第25話 下弦の月
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金色の光が亜麻色の大きな蜥蜴を包み込む。大きく開いた口から飛び出た断末魔の叫びを包み込むように、その身体が崩壊した。それと同時に‥‥

「うわっ!」
「きゃあっ」
スプリガンの折れた両手首から、ライフル弾のように質量のある弾丸が三色のスーツに向かってぶち込まれる。黄龍は即座にバズーカを引き起こすと即席の弾避けに仕立てた。扱うのに最低3人は必要であろうスターバズーカは砲手を庇護するには充分な質量と大きさを持っている。逆に言えばエネルギーを使い果たした火砲には、金属塊の役割しか残っていなかった。
「ブラスター!」
瑠衣が即、黄龍の手の上に自分のブラスターを載せる。黄龍のブラスターも既にエネルギー切れとなっていた。

スプリガンが意外に思ったことに、連射が途切れた刹那の3発の反撃はこちらをはるかに外れた地面に爆ぜた。パニクってるのかと喉元に浮かんだ嘲笑がすぐに消える。黄龍の通常モードのブラスターは地面に落ちていたアトリスのディメンジョン・ストーンを見事に粉砕していたのだった。これではアトリスを巨大化させることはできない。スプリガンは思わず舌打ちした。

だが黄龍の銃もすぐに沈黙する。援護に戻ってきたホーネットが、捕えた地球人を楯のように引きずっていた。赤星の首には金属の腕が絡みつき、右手は背中に回されている。足はほとんど地面から浮きかけていて、左手でホーネットの腕を掴んでは必死で呼吸を保とうとしている。
「リーダーっ!!」
「レッドっ」
赤星の身体を淡い霞のようなものが覆っているのに気付いた3人は血の気が引く思いがした。見た目はなんとかスーツの形状を保っているものの、リーブグリッドの調整を失ったリーブ粒子がとうとう散じ始めていたのだった。

「ずいぶんと大人しくなったもんだな、ええ? いったい、どうしたね?」
「‥‥この‥‥ヤロ‥‥‥」
背後の敵を蹴ろうとするがもはや子供の抵抗に等しい。あがく地球人を揺さぶってホーネットが楽しそうに笑った。
「まあいい。とにかくオレの腕を飛ばしてくれた礼はしなけりゃな。だろう?」
ロボットはそう言いながら、背中にねじり上げた赤星の右手をゆっくりと押し上げていった。
「うあ‥‥っ!」
肩の軋みに赤星が喚き声をあげた時、空から白い機体が急降下してきた!

舞い降りてきたオズブルーンは、ホーネットの後方にいたスプリガンめがけてバルカンを掃射した。さしものスプリガンも、そんなものを喰らったらただではすまない。慌てて跳び避けた。ボスの危機にホーネットの腕が思わず緩み、獲物がずり落ちる。その瞬間、パールグレーの顔面に黄龍の放ったシェルモードが炸裂していた。同時に輝が稲妻のように飛びかかっていく。

頭上を飛び越える緑の疾風と入れ替わるように、赤星が地面を転がって離脱した。かけよった瑠衣に手渡されたリーブレスを急いで左腕にはめる。身体を覆う感じが戻ってきて思わず息をついた。
「大丈夫?」
「ああ‥‥」
確認するように右肩を少し動かすと、ざっと立ち上がった。
「よーし、ピンク! あいつも片づけるぞ!」
「うん!」


舞い上がったオズブルーンから視線を戻した時、スプリガンは、よく知っていて、なのに初めての声を聞いた。
「きゃああっ!」
少し離れたところで、少女の身体が輝く刃に貫かれようとしている。スプリガンは反射的に空間を跳んだ。アラクネーを押しやって飛びすさると、指先のマシンガンをぶっぱなす。ブラックリーブスは一瞬伏してそれを避けると、跳ね起きて長剣を構えた。

目の前の黒い姿はやはりどこかヤワに見える。この世界の平均寿命を考えればコイツは自分よりずっとガキのハズだ。なのに、なんてぇ威圧感だ‥‥とスプリガンは思った。
腕甲ごと斬られて血の滲んだ前腕をぎゅっと押さえて少女は震えている。そのわななきが機械の背中から伝わってきた。得意の糸も無い上に、ここまでの気魄で迫られたら呑まれてもムリはない。対峙は魂のやりとり。諜報が主たる任務だったこの少女が、そんなことを体験する時間などなかったろう。

「フン。お前さんが来ようが来まいが、オレの勝ちだな」
低い声でそう言う黒ずくめの全身からにじみ出すオーラは、不思議と猛った感じはしない。だが来るのが少し遅れたらアラクネーは確実に死んだろう。いったいどこで戦闘機から飛び降りたのか。冷徹な判断で最も弱いところを突いてきた。あちらではホーネットと4人が、すっかりと"いい勝負"になってしまっている。仲間を援護するために、その側に駆け寄るよりも遥かに効果的で攻撃的な手段で、こちらの注意を引きつけて‥‥。

‥‥‥‥くそったれ。オレの方が、こいつの思惑通りに動いちまったってか?

「やってくれるぜ‥‥。このメカニックもどきが‥‥」
スプリガンのちょっぴり悔しそうな声音に、黒羽はぴんと揃えた左手の人差し指と中指を、左右に振ってみせた。
「『"また"やってくれた』だ。言葉は正しく使うんだな」
「ちっ‥‥。ほざけ」
スプリガンがぼそりと呟くと、いきなりがなりたてた。
「ホーネット! こいつらみんな殺っちまえ!」
右前腕に仕込まれている瞬間移動装置の座標を基地に合わせると、手を後ろに回してアラクネーの細い腕を掴む。その空間から消えながら、スプリガンは陽動もここまでだなと思った。


黒羽が駆け戻った時、既にホーネットの片翼は破壊されていた。
「ブラック!」
呼びかける赤星の声には心底の安堵がある。
「みんな、遅れてすまなかった!」
「ったくだぜー!」
赤星の向こうから黄龍がいつもの調子で答える。その先、ちょっと離れたところにいる輝が、あまり似合わない敬礼もどきを送ってよこした。隣にいる瑠衣は小首をかしげて、くるりとスティックを回してみせる。赤星が正面にいるパールグレーの塊を見据えた。
「もうバズーカは使えねえ。ドラゴンアタックで片づける!」
「了解!」
ホーネットを中心にした円周上に半円に近い形に位置づけた5人の声がぴったりと重なった。
「ドラゴン・アタック!」

意思ある戦闘機ホーネットは5人の手の中に大きなエネルギーが生じるのを驚愕の目で見た。だが、モンスター軍団の怪人を生かすという自分の任務が失敗した今、汚名はなんとしてもそそぎたかった。彼は中央の赤いボディに向かって走った。この手で握りつぶせたはずの命だった。

その命から一足早く光の球が放たれた。胴体の中央に温かい圧力が生じた。身体が後ろに引かれる感じで足が地面を引きずる。重心を保たねばと思った時、左右からまったく同じ熱が押し寄せてきた。

パールグレイの金属の塊はくしゅくしゅと溶けて気化した。
ほとんど同時にほうっと息を吐いた戦士達を讃えるように、桜色の花吹雪が散った。


===***===

スパイダル基地の司令室。

スプリガンの後方でアラクネーは座り込み、子供のように小さく丸まっていた。マスクとフードは取っているものの黒い長衣を脱いでもいない。口元は少し切れている。たぶん身体にも打身ぐらいあるだろう。そして切られた右腕は不器用にごつく布でまかれている。機械のボディになってから、出血していたキズをどうしていたかなど忘れていた。だいたいこの金属の手は、少女の腕に布をまくにはとんと不向きだった。

「こっちのディメンジョン・クラッカーの準備はほぼOKだ。万が一やつらが乗り込んできても、装置の方は避難すりゃあいい。もう、陽動に気を使うこともねえだろ」
どこを見たらいいかわからなくなりそうで、前を向いたまま、スプリガンはぶっきらぼうに言った。アラクネーは帰ってからずっと黙りこくっている。
「アセロポッドだって、全員クラッカーの開発にはりつけてたし、そっちに回せなかったからな。まああまり気にするな」
なんだって自分はこうくっちゃべっているんだと、スプリガンは思った。どうもさっきから、あまりに不似合いなことばかりしているようだ。

だが、こちらの苦労の甲斐の無いことに返事も無い。まあ気持ちは分からないでもない。アトリスもホーネットも、他人の部下というのにそれなりにアラクネーの言うことを聞いていた。なにより慕ってやまない司令官殿の作戦の一翼を担いながら、丸1日持たなかった。だが今までだってあいつらにしてやられたことはある。そんなにヘコむこっちゃないだろうとも思うのだが‥‥。

「‥‥わたしは‥‥あの時‥‥」
「あん?」
独り言のように、少女がつぶやいた。
「怖かった‥‥。なぜ? 今までだって戦ったのに。あの黒いヤツも、他のヤツも‥‥」
「‥‥‥お前には武器がなかった。逃げる術もなかった。その上アイツは本気だった。怪人を倒すための障害物じゃなく、お前自身を殺そうってな。怖くて当然だろう?」
「‥‥‥‥わからない‥‥。怖いなんて‥‥。そんなことは‥‥‥‥」

「あのなあ、嬢ちゃん!」
スプリガンは少し大きな声でそう言うと、アラクネーに向き直った。
「ものごとにゃな、いっくら夢で見ようが、想像しようが、その場になってみなきゃあ、わからねぇこともあんだよ。殺されそうになるのもいい経験さね、お子サマにはな!」
わざと気に障る言い方をする。案の定、少女は顔を上げ、キっとこちらを睨んできた。スプリガンはその黒紫の瞳を見下ろして言った。
「もうすぐ司令官殿が戻るが、どうするね? オレから言っておくか?」

アラクネーはすっくと立ち上がった。
「いい! わたしの口からきちんとご説明するわ!」
ふわ、と黒衣の裾がなびいた。くるりと向き直って歩き出したが出口で立ち止まった。肩が上下して息が荒くなっているのがわかる。それを押さえ込むような声で言った。

「スプリガン」
「なんだ」
「‥‥ホーネットをムダにしたことは詫びる‥‥。それと‥‥」
「それと?」
「‥‥‥‥‥‥なんでもないわ‥‥」
アラクネーはそのまま通路に消え、残ったスプリガンは少し肩をすくめた。

ディメンジョン・クラッカー自体はほぼ完成している。あとはエネルギーの問題が解決すればこちら側の準備は完璧だ。向こうでは色々と手こずっているらしいがそれも時間の問題だろう。暗黒次元とこの次元。思った時にすぐ行き来ができるのは悪くない話だった。


===***===

「それ‥‥っ まさか、アイツの剣じゃねえのかっ!」
黒羽がデスクに置いた金属を見て赤星は叫んだ。あの時、防刃の喉当てに沿わせてかわそうと思っていたこの刃が、豆腐でも切るように喉元に入ってきた。今思い出してもうなじが総毛立つ感じがする。

コントロールルームには5人と葉隠がいた。田島と有望はバズーカのメンテとチャージに入っている。スプリガンの攻撃を受け止めたバズーカは、至急の修理が必要な状況だった。

「なに? アイツって誰よ?」
黄龍が不思議そうに訊ねる。片端をスカーフで巻かれた細長い銀色のそれは、確かに切れそうではあるが、刃物っぽくない。研ぎ跡が無く、なにか割り取ったもののようにも見えた。
「ブラックインパルス。前の時、敵の司令官ってヤツに殺られそうになったって言ったろ?アイツの持ってた脇差しに似てんだよ」
「変わった切っ先だからな‥‥。‥‥覚えてたか‥‥」
肯定を意味する黒羽の静かな言葉に、赤星の目がまん丸になる。
「お前‥‥。アイツとやりあって、大丈夫だったのか!? ケガは? また例の空間か!?それで連絡できなくて‥‥」

黒羽が軽く手を上げ、赤星がやっと大人しくなる。だが黒羽の方もしばし言葉がでてこない。自分がブラックリーブスとして大事な局面に間に合わなかったのは事実だ。赤星はこちらが話さなければきっと聞いてこない。それがリーダーとして、あまり良くないとしてもだ。だからなんとか説明しなければと思ったのだが、いざこうなってみると、どう言ったらいいかと躊躇う。

丸テーブルに両肘をついている瑠衣はとても疲れているのがわかる。赤ジャンパーを羽織った赤星の右肩はがっちりとテーピングされていた。皆、必死で地球を守ろうとしている。動揺させてはいけない。敵の参謀が自分の父親であるなど言えるわけがない。自分だとて、いきなり地球を征服しようというヤツラを許せるはずがない。スパイダルと戦う気持ちに変わりはない‥‥。
‥‥‥‥変わりはないはずなのだから‥‥‥‥。

黒羽はゆっくりと話し出した。
「病院の駐車場に居たんだ。情けねえ話だが道を聞かれて、いきなり殴られてな。人間に‥‥化けていて、スパイダルと思わなかったんだ。で、気が付いたら、あの場所にいた‥‥」
オズブルーンが何処まで往復したか、それは全て記録が残っている。赤星が苦々しげに言った。
「‥‥俺達の正体、きっちり覚えてたんだな、あのヤロウ‥‥。別の世界の人間じゃ、そうそう簡単に個体識別なんてできねえだろうって思ってたのに‥‥」

「そっそれで、黒羽さんっ どうやって? まさかもう倒しちゃったとか‥‥?」
輝の言葉に黒羽がちょっと苦笑する。
「流石にそこまでうまくは進まんよ、坊や。リーブレスが通信装置で、着装に必要ってことに感づかれてな。奪われたリーブレスを取り返すまでにえらく喰っちまった‥‥」
「その場所って、また基地とかだったのか?」
「いや、ただの山の中だった。幸いあっちは一人で、おかげでなんとかな‥‥」
「でも、あんたも生身だったんだろ? よく無事だったね〜」
「こっちのことを知りたかったんだろうよ。まあ喋ることはないがね」

黒羽が直面した際どさを考えて、皆、押し黙る。険しい顔をした赤星が頭をがしがしと掻いた。
「なんか気持ちわりいな」
「リーダー、どうしたの?」。
「最初から俺達を4人にして倒すってのが目的だったとしたら‥‥」

「あのスプリガンっての、何やってたんだろうってかい? 俺様もちょっと気になってた」
黄龍の言葉に赤星が頷く。
「だろ? 怪人も四天王も2人ずつ出てきて、本気っぽいわりにはなんか中途半端っていうか‥‥」
「アセロポッドも出てこなかったもんね‥‥。また何か悪いことの準備してるのかな‥‥」
瑠衣の言葉に、皆、沈み込む。それはあまりに可能性があることで、それでも疲労している今は、あまり考えたくないことでもあった。

と、警察回線に通信が入った。すぐ側に居た葉隠がそれを取る。5人が一気に緊張を帯びた。輝に至っては既に立ち上がっている。
「オズベースじゃが? 風間本部長、また何か? ‥‥はい‥‥‥。ほう、それはよかった。わざわざ恐縮ですな。はい、確かに。みんな喜ぶじゃろ。風間さんもお疲れでしたの。では‥‥」

通話機器を置いた葉隠が、5人の顔を順番に見やった。
「被害者がすっかり回復したそうじゃ。危篤だった人も、2日程度で退院できるそうじゃぞ」
「えっ! ほんとっ! よかったぁ!」
輝がそう叫ぶと、どさっと腰を下ろす。葉隠は黒羽の顔をみやった。
「君の先輩の刑事さんたちも、もう退院しとるそうじゃ。よかったの」
「そうですか‥‥」
帰投してからずっと硬い表情だった黒羽の眼差しがやっと緩んだ。葉隠がにっこりと笑う。
「とにかく今は、皆の無事と成功を素直に喜んだらどうじゃ。本部長さんも、よくやってくれた、みんなにくれぐれもよろしくと言っておったぞ」

その言葉を聞いて、5人の顔がふわっと明るくなった。
照れたような、それでいてちょっぴり誇らしげな若い5人の笑顔を、葉隠は頼もしげに見つめた。


2002/11/16

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background by La Boheme