第7話 蒼龍・火竜
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「いったい、どこ行くんよ、朝っぱらからさぁ。こんなとこに何があるわけ?」
「いや、お前に来てもらったほうが早いからさ」

小さな印刷屋やら畳屋やらそんなものがごちゃごちゃと並ぶ下町の風景に、およそ馴染まない二人の男が歩いていく。赤い革ジャンの似合うがっちりした偉丈夫と、ジーンズにクリーム色のブルゾンの洒落た印象のある細身の長身。赤星竜太と黄龍瑛那。彼らが最近巷を騒がせているスパイダルと戦っている男達であることを知っている者は、この世にほとんどいない。

「お、ここだよ、黄龍」
赤星が一見ごく普通の民家の門をくぐる。門の脇に小さな木の看板が出ていた。
「鷹山武道具店だぁ?」
「おっちゃん! 俺だよ!」
黄龍の質問にも答えず、赤星は勝手にガラスの戸をガラガラと開けると怒鳴りたてた。
「おや、リュウ坊、来たな」
中から出てきたのはもう70歳は越しているだろう老人だった。少し足を引きずっているが、その立ち振る舞いは矍鑠たるものだ。

「その呼び方はもうやめてくれって。で、コイツがそうなんだけど、出してやってくれる?」
赤星は面食らっている黄龍の腕を掴み、老人の前に引き出す。
「あ、ど‥‥どーも‥‥」
「おやおや‥‥また、およそ、向かない雰囲気の兄さんだねぇ」
老人はそう言いながら、奥に引き込むと、一対の黒い手袋を持ち出してきた。
「ほい、黄龍、着けてみてくれや」
赤星がそれを黄龍に手渡す。見た目は指を切った革手袋のように見えるが、はめてみると指の第二関節をすっぽり覆う長さがある。親指がすべて包まれている所も違うし、掌側に比べて甲側の革、特に指の部分は普通の手袋よりずっと厚い感じだ。

「手、ちゃんと握れるか?」
「え? あ、ああ‥‥。なんだ? 外側はえらくしっかりしてるのに、内側は柔らかい‥‥?」
「お若いの、ちょっと見せてごらん?」老人がいきなり黄龍の手を取る。手袋の出来を試すように、手を開かせたり握らせたりしていたが、にっこりと笑う。
「ふむ。指はきもち長くてよかったが、まあ、いいじゃろ。リュウ坊の見立て通りじゃったな。じゃあ、これでいくつか作っておけばいいかな?」

「ああ、頼むよ」赤星は笑んで老人に応えると、黄龍に言った。
「このおっちゃんのパンチグローブってさ、かさばらないのにサポートしっかりしてんで、知る人ぞ知る名品なんだぜ。手、痛めると、俺たち、マジにやばいからな。一つ持ってると助かる時もあると思ってさ。お前ってけっこうムチャなとこあるし‥‥」
「あんたに言われたかねーって」
黄龍は少しばかりむくれた顔をしてみせたが、赤星は笑って取り合わない。
「もっと早く頼んどきゃよかったんだけど、こっちもばたばたしてすっかり遅くなっちまった」

「ところでリュウ坊、おまえ、いつ、これ持っていくんじゃ?」
老人が手袋と一緒に持ってきた黒布の包みをひょいと赤星の目の前に差し出した。
「え? これ‥‥。もしかして‥‥?」
赤星が慌てて包みを開くと金属で繋がった5本の木の棒が出てきた。磨き抜かれた赤みを帯びた木肌が、こんなものにはとんと縁のない黄龍の目にも美しく映る。
「すげえ‥‥、赤樫か‥‥。きれいだなぁ‥‥」
赤星の声には深い憧憬が込められている。欲しくてたまらなかった一品というヤツらしい。
「いったい、それ、なんなんだい?」
「五節棍‥‥。俺がどうしても使えるようになりたい武具でね‥‥」

布の中からそれを取り出そうとした赤星の右手が宙で止まった。と、彼は大きく溜息をつくと、憧れの武具に手を触れることなく、それを再び包み直した。
「嬉しいけど、これ、もう少し預かっててくれよ。俺、まだ4つもうまく取り回せねえんだ」
「リュウ坊‥‥。4つを持っていったの、ずいぶん前じゃったろう? そんなんじゃ、いつまでもタツ坊に追いつけんぞ?」
赤星は言い訳めいた笑いを浮かべて、頭を掻いた。
「俺、兄貴に追いつこうなんて思ってねえよ。いつかちゃんとぶん回せるようになって、多少打ち合えれば、それでいいんだ。今は、趣味より仕事、仕事!」

「儂の目の黒いうちになんとかなるんじゃろうな? 五節棍同士の演武なぞ、今日日なかなか見られるものじゃないからの」
鷹山老は布包みを受け取り、キロリと眼鏡越しの上目遣いで赤星を見る。
「あ、ああ。たぶんな‥‥。あ、代金、ここおくよ」
「親父殿とタツ坊によろしく伝えてくれ。ムチャはせんことじゃぞ、リュウ坊」
「ああ。おっちゃんも元気でな!」

元来た道を戻りつつ、サンキュー、と礼を言った黄龍が、からかうような口調で重ねた。
「リュウ坊とタツ坊ねぇ?」
「こーんなガキの頃から俺と兄貴のこと知ってるにしても、あれはねーよな」と赤星が苦笑する。
赤星の父親と兄が武道家で道場をやっていることは以前聞いた。警察学校などにも教えに行っていて相当腕が立つそうだ。赤星をして「今の親父ならともかく兄貴には絶対勝てねえ」と言うのだから、やはり化け物の家族は化け物らしい。

「ところでさ、さっき、あんたの見立てって言ってたけど、あれは?」
「グローブの型だよ。お前の手、掌に比べて指が長くて細めだろ。だからいくつか注文つけた。何度か組めばだいたいの感じはわかるからな。どうだい、ぴったりだったろ?」
得意そうに笑いかけてくる赤星に、黄龍は心の中でつっこみを入れた。
(そーゆー能力があんなら、有望さんに指輪でも買ってやったら?)

モノにしそこねた瑞々しい唇のアップは、喉に押し当てられた冷たいスタンガンの感覚と一緒に頭に焼き付いている。未練があるわけではないが、あそこで有望の気持ちをハッキリ知ることがなかったら、本気で口説き落とそうとしてたかもしれない。

女にマジでは惚れない。微妙な距離をわかってくれる女としか付き合わない。とにかくけっして深入りしない‥‥。そう決めてやってきた自分が、いくらとびきりの美女とはいえ、女の頼みでその女の想い人の願いを聞き入れるなんて、ザマはない。

(あの人のこと助けてあげて頂戴)

自分の道を自分で掴み、切り開いていける強さと能力を持ちながら、女の瞳は、いまだ恋人でない男のために必死の色を浮かべていた。あんな目で見つめられなかったら、こんな男と一緒に「セイギノミカタ」なんかやっていなかったハズだった。
いや、女だけじゃない。探偵事務所の先輩にあたる黒羽健が、長い時間、赤星と行動を共にし、女房役を買っている。それがまた黄龍にとっては不思議だった。

黄龍は手慣れた手つきでタバコをくわえ、お気に入りのジッポで火をつけた。味蕾への刺激だけを楽しむように軽く吸い、ふっと上向きに煙を吐き出した。赤星は数メートル先でしゃがみ込み、野良ネコをからかっている。

いったいこの男はなんなのだろう。

口に出して認めることは今までもこれからも決して無いだろうが、黄龍は黒羽に惹かれている自分を知っていた。黒羽は、他人との関係において、立ち入らず立ち入らせず、それでいて全てを把握するという、黄龍の最も理想とするスタンスを常に保てる男だった。なにより彼は組織の後ろ盾を持たない一匹狼であろうとし、またそうある実力を持っている。黄龍が、いつか自分も‥‥と目指す姿の一つの体現が黒羽健という男だった。

赤星も確かに人並み外れて強い。頼りにもなる。だが彼はOZという組織の後ろ盾があることに何の衒いも持たない。常にOZの一員として、また、オズリーブスのリーダーとして振る舞う。その点では、初めて見た時の印象通り、赤星は"組織の飼い犬"であり、"優等生"であり、それは黄龍が世界で二番目に嫌いなキャラクターだったはずなのだ。

問題は、なぜ自分が、この男の頼みを聞き入れ、ここに居るのか‥‥だ。そして、なぜ袂を分かつこともなく側に居続けられるのか、だった。
有望のためか。黒羽のためか。単にヒマだったからか。それともガラにもなくセカイノヘイワのためなのか‥‥。理由のすべてをかき集めても、どこか何か足りない気がした。

「わりい、つい‥‥」
携帯灰皿に吸差をねじ込みながら近寄ってきた黄龍を見上げて赤星が言った。とはいえ赤星の左手には仰向けになった茶トラのネコがまだ張り付いており、後ろ足で盛んにキックを喰らわしている。
「へぇ、カワイイじゃん?」
「この春に生まれたぐらいだよな。近所で可愛がられてるみてーで、よかったよな、お前」
赤星は白い小石を拾うと、ひょんとネコにそれを見せ、くるくると動かした。興味が移ったのを見計らって転がすように小石を投げる。ネコはまろぶように走っていき、小石をもてあそび始めた。
「またな」と茶トラに手を振ると立ち上がる。
「お待たせ」黒い瞳が笑った。

===***===

赤星と黄龍がオズベースのコントロール・ルームに入ると、輝がだっと寄ってきた。
「リーダーっ エイナッ 遅いよっ 二人だけで、どこ行ってたの?」
黄龍が背の差を強調するように、わざとかがんで輝の顔をのぞき込み、その丸い瞳の前で一対のグローブをヒラヒラさせる。
「いーもの買ってもらったぜ〜」
「え!? なにっ ずるいよ、リーダーっ」
赤星は頭を抱えた。毎度のことだがこの二人、なんで一緒になるとこーなんだ? ホントに20と25か? いや、輝はいつも変わんねーんだが、黄龍が豹変するんだ‥‥。

「わ、わかった。輝、こんどお前の分も頼んどく。でも、トンファーならセームの方がいいだろ? パンチグローブなんてジャマなだけだぜ」
「そりゃ、そうだけどさっ 親父の仕事で使ってた手袋と似てて、つまんないっ」
「普段、良い子でムチャしない坊やには、そんなものいらないのさ。わかるだろう?」
入り口側の壁によりかかっていた黒羽が笑いながら助け船を出した。いつもながら輝の扱いにかけては完璧である。
「なんだ、そうだったの」
輝は、黄龍の前で思いっきりそっぽを向いてみせると、葉隠用の大きな肘掛けイスに座り、ぐるぐると回転させた。

瑠衣は学校。葉隠と有望は二日前からパリの空の下だ。OZパリ本部の会議に、スパイダルの報告とリーブス・プロジェクトの成果発表を兼ねて出席している。あの年齢で往復含めて5日で3つの会議というのは強行軍すぎないかと心配したが、洵が一緒に行けることになったので、ほっと胸をなで下ろした一同だった。
葉隠暁紘は日本の頭脳だ。今では国外に行く際はSPも付く。そしてその養子が西都大学病院の優秀な医師であるならば、もうこれは付き添ってもらうのは当然という状況であった。とはいえ当の葉隠は、出発の直前まで「お前達から医者を奪うのは心配だ」と言い続けてはいたのだが。

しゅっとドアが開いて田島が入ってきた。輝が慌てて立ち上がったが、田島は手振りで、そのまま座っていていいよと示し、いつものイスに座った。
「スターバズーカの最終調整、OKだ」
「お疲れさまでした、田島さん。で?」赤星が身を乗り出す。
田島が作戦テーブルのキーボードを叩くと壁のモニターに、新兵器であるスターバズーカの画像が表示された。
「なに、これ? なんかジェット機の模型みたいだよ‥‥?」
輝の不思議そうな声。
「通常はこの形態だ。必要になったらリーブレスでコールすれば、お前達の処に飛んでいく。ここから発進させてもいいし、オズブルーンなんかで近くまで持っていってもいい」

田島がマウスとキーボードで、画像を回転させ必要な部分をズームアップする。
「ここにお前達のリーブレスをセットする。そうすると‥‥」
画面の中で飛行物体がかしゃかしゃと変形し、いかにもバズーカ砲という形状になった。
「すげ‥‥。ウソみてー」
黄龍が思わず声を上げた。田島が説明を続ける。
「ロックを解除してからリーブ粒子が臨界点に達して発射できる状態になるまで3秒かかる。その3秒間は砲身を極端に動かさないほうがいいな」
「まあ、3秒ぐらいなら、敵さんもじっとしててくれるでしょうよ」と黒羽。

「田島さん‥‥リーブレス、やっぱり5つセットしないとダメなんすか?」
赤星が五角形に配置されたリーブレスのアタッチ部を見つめながら言った。
「最低4つでもなんとかなる。だがそれだと発射できるようになるまで、20秒が必要だ」
「20秒‥‥!」
赤星が天井を仰ぐ。戦いの中であまりに長い時間だった。

臨界状態のリーブ粒子を浴びせる方法は、敵の身体を覆った粒子が内部に落ち込んでいくように爆発するため、周辺への被害が少ないという極めて優れた特性を持っていた。今までスーツを解除することで敵に対応していたが、このスターバズーカの完成により、赤星達のリスクは大幅に減少したのだ。

だが、リーブ粒子の制御には特殊な電磁場を発生できる制御格子‥‥リーブ・グリッドがどうしても必要だった。
リーブ・グリッドを作るためには大がかりな設備が必要で、それは本部が攻撃を受けた時に破壊されてしまった。現在のオズベースではリーブ・グリットを作るのは不可能なのだ。現存するリーブ・グリッドはリーブレスに組み込まれた5つだけ。彼らが当分の間5人だけで戦い続けなければならない理由もここにあった。

リーブレスのリーブ・グリッドを使う限り声紋認証が必要になる。メンバーが最低4人、まともな反応で使いたければ5人が揃わないと、結局スターバズーカは使用できない。これは大きなデメリットではあった。だが、それでも着装の解けてしまうドラゴン・アタックよりはずっとマシだろう。

あとはコイツを現場でうまく使えるかどうかだ、と赤星は思った。


2001/12/23

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background by Studio Blue Moon