第17話 約 束
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「よし。じゃ、基本からだ。元素を原子番号の小さいものから順に言ってごらん」
「うん!H,He,Li,Be,B,C,N,O,F,Ne,Na,Mg,Al,Si,P,S,Cl,Ar!」
「よし。じゃ、価電子数は?」
「族別で述べてもいい?・・・・・・えーっと、水素とリチウムとナトリウムが1でしょ?それから2は・・・・・・」

 ドアの前で大人達が四人もたむろしているのは、普通ではちょっと見られない光景だ。
「・・・・・・赤星、ちゃんと先生出来てるみたいね・・・・・・。安心したわ」
「いや、赤星の奴、あれで結構、人にものを教えるのは上手いんですよ。この二人はあいつが鍛えてますからね」
 黒羽はすぐ後ろにたむろっている黄龍と輝を有望に示す。
「ええ、知ってるわ。でもあの人、時々大きく本筋から外れたりするから・・・・・・ちょっと心配になったの」
「主任、勤務中なんでしょ?いいの、抜け出してきてて?ハカセに怒られない?」
「大丈夫よ。今は休憩中」
「頑張ってる瑠衣ちゃんのために、俺様紅茶とクッキーでも用意して来ようっと」
「あ!オレも行く!」

 現在、『森の小径』はちょっとした喧噪に包まれていた。オズリーブス最年少、中学三年生である桜木瑠衣の高校受験が迫っているのだ。メンバー全員に可愛がられている彼女の一大事件は、本人よりもむしろ周囲の大人達を浮き足立たせている。彼等は交代で彼女の家庭教師を担当したり、何かというと彼女の世話を焼いたりと、揃って甲斐甲斐しい。
「・・・・・・お前等・・・・・・部屋のすぐ外で騒ぐのはやめろよ!勉強になんないだろ!?」
 そう、時として少々お節介が過ぎるほど。
 化学担当の赤星が出入り口のドアに向かって怒鳴ると、気配達は大人しく遠ざかっていった。
「・・・・・・ったく・・・・・・揃って心配性なんだよな、あいつ等」
 赤星のぼやきを瑠衣が聞きつける。
「人のこと言えるの、赤星さん?」
「無駄口叩いてる暇があったら勉強する! 後一週間しかないんだからな!」
「はあい」
 くすくすと笑う。せわしない大人達の中いちばん堂々と構えているのは、もしかしたら瑠衣本人なのかも知れなかった。

 葉隠博士作、ショートブレッド&アメリカンチョコチップクッキー。さくさく感は申し分ない。菓子皿に取り分けてうんうんと満足そうに頷き、輝は背後に声を掛ける。
「こんな感じでいいかな?エイナ、紅茶入った?」
「・・・・・・」
 ひたすら砂時計を見つめる黄龍。
「よし」
 2分間きっかりから紅茶を注ぎ始める。それを見た輝が呆れた顔をした。
「神経質だよね、エイナってさ」
「アキラが大雑把なだけだっての! 早過ぎるといい香り出ないし、遅いと苦みが出んの。いい加減覚えろっての、店出てるくせに」
「ふーん」
 さして興味もなさそうに輝が答える。

 『森の小路』に続くドアが突然開いた。驚く黄龍。
 顔を出したのは理絵だった。いつもの、どこを見ているのかいまいちわからない無表情をこちらに向ける。
「紅茶の葉・・・・・・持って行っていいですか? 注文があったので・・・・・・」
「あ、ああ。悪りー」
「ごめんね、理絵さん。少しの間とは言えお店任せちゃって」
「構いません。この時間帯ですし」
 謝る輝にそれだけ言うと、彼女はアッサムの葉を持っていった。察するに、注文はミルクティーらしい。黄龍が胸を撫で下ろす。
「・・・・・・あー、びっくりしたぜ!足音ぜんぜん聞こえなかったじゃん」
「オレ聞こえてたよ」
「マジ?」

 輝は頷いた。但し、と付け加える。
「わかるかわかんないか、くらいの小さい足音だったけどね。なかなかいないよ、あんな歩き方出来る人」
「ふーん?」
 答えて、黄龍は用意してあったトレイに紅茶を乗せた。それに輝がクッキー類の皿を乗せる。
「アキラがこれ持ってけよ。いい加減、どっちか店に出なきゃヤバいっしょ?」
「うん。・・・・・・理絵さんナンパするなよっ!」
「店でするわけねーじゃん?」
「店じゃなかったらするんだ。これ持ってったらオレも店に出るからなっ!」
「ちぇ・・・・・・お邪魔虫」
「べーだっ!」
 舌を出し、輝は飛び出していった。トレイを手にしたまま走って紅茶をこぼしもしないのは、ひとえに彼の卓越したバランス能力のなせる技であろう。
「曲芸だねー」
 呟いて見送ると、黄龍はエプロンを付け、ざっと髪を結った。



 オズベース・コントロールルーム。葉隠から召集を受けた五名は内容を説明されて驚いた。
「放火事件・・・・・・が、スパイダルと何か関係有んの?」
 黄龍が尋ねる。輝が言葉を繋いだ。
「次元回廊の反応は無かったんでしょ?どうしてわかるの、ハカセ?」
「怪人も目撃されておらん。じゃがな、前例はあるじゃろう?それにどうも、ただの放火事件ではなさそうなんじゃよ。有望君、この写真、モニターに回してくれんかね」
「はい、博士」

 葉隠の傍にいた有望が一枚の写真をモニター映像に出した。それを見た瑠衣が真っ先に声を上げる。
「あ!こういうの、見たことある!よくTVの健康番組とかで使われてる写真でしょう?人の体温とか測る・・・・・・サーモグラフィだったっけ」
「おう!おうおう、瑠衣ちゃんは賢いのう」
 途端、葉隠の博士然としたダンディな表情が、孫を溺愛するその辺のお爺ちゃんと化す。この極端な変貌ぶりは時として周囲を意味も無く疲れさせるほどの代物だ。
「あ、あの・・・・・・博士、すみませんが続きを・・・・・・」
「おお、そうじゃな。これはその火災が起きた直後の写真じゃよ」
「よく熱探知機なんぞで火災直後の写真なんか撮れましたね・・・・・・」
 思わず突っ込む黒羽に、葉隠はちっちっち、と指を振って見せる。
「わしが作ってやったわい!デジタルカメラ内蔵熱感知機じゃ!しかもゴーグル付でコンパクト。制作期間は三日間じゃ」
「小学生の工作みたいなノリでそんな画期的発明をしないでください」

「特警に使わせたらこの写真を撮ってきおった。彼らの話によるとな」
 赤星を無視して葉隠。
「最近、ある特定の火災にだけ奇妙な点があるんじゃよ。始まりは一ヶ月前のとある一件の火災じゃ。もちろん消防隊が駆け付けたんじゃが、消防士達は全く想像もしなかった事実に遭遇した」
「何なんです、それは?」
 黒羽の言葉に、葉隠はひとつ頷いた。
「炎の中に入って行けなかったんじゃよ」
「・・・・・・はあ?」
「それは・・・・・・どういう」

「ここからが本題じゃ」
 葉隠はひとつ咳払いをした。
「彼らはもちろん、消防士の標準装備を身に付けておった。消防服、手袋、ブーツ。しかしそれでも炎には入れなかった。彼らの装備の耐熱性を炎の温度が上回っておったんじゃよ」
「・・・・・・」
「ほぼ、通常の火災ではありえない高温よ」
 有望が説明する。
「モニターを見て。出火位置の温度が通常の火災の二倍から三倍・・・・・・同じ材質でよ」
「じゃ、これはスパイダルの仕業だと?」
 疑問形ではあるが、赤星の口調はその想定に同意していた。葉隠は頷く。
「万一そうで無かったとしても、次回は君達に出動してほしいんじゃ。消防団の手に負えない事態じゃからな。実はこの火災は周期的に起こっているんじゃ。一ヶ月前、先々週、先週の、共に日曜……一週間刻みでの」

「・・・・・・え・・・・・・じゃ」
 瑠衣が思わず声を上げる。
「ぴったり。って感じだなあ。瑠衣ちゃん、今回は俺様達に任せときなって」
 黄龍の言葉に瑠衣は慌てた。
「ちょっと、待って!!あたしだって・・・・・・!!」
「駄目だ。瑠衣」
 赤星がぴしゃりと遮る。
「受験当日だろう?大丈夫、俺達四人だけだって十分何とかなる。心配するな」
「だけど!」
「瑠衣ちゃんっ!受験は一度しかないんだよ!?」
「一度じゃないわ!」
 輝に向かって必死に言う。
「病気とかした人のために、もう一日だけあるの、受験日!その時受ければ・・・・・・」
「そのラストチャンス、本当に風邪でもひいたらどうするつもり?」
「お姉さま・・・・・・」
「それとも、ピンクはオレ達の実力を信じていないのかな?」
「・・・・・・!そんな」
「じゃ、いい子で勉強してるんだ。おじさんおばさんに無理言ってこっちに居るんだろう?志望校に合格できなくてどうする」

 黒羽の一言に、瑠衣は完全に沈黙した。やがて大きく息を吐く。
「・・・・・・わかりました。みんな・・・・・・頑張って」
「まっかせといて!絶対に一度でケリ、付けるからねっ!」
 輝の声に全員が頷く。瑠衣はぎこちなく微笑んだ。部屋の隅で作業をしていた田島が言う。
「全員、リーブレスを提出していってくれ。スーツに耐熱強化を施したいからね」
「りょーかい」
「頼むぜ、田島さん!」
「瑠衣ちゃん、君のも預かっておこう」
「はい」
「では、解散じゃ!」
 葉隠の一言を境に、各人はてんでんばらばらに動き始めた。





「オズリーブスめ!!しぶとい虫けらどもだ……。まだ、奴らの本拠は発見できんのか!!」
 首領Wの神殿。シェロプはコンソール・パネルをばん!と叩き、部屋にいる科学者達を怒鳴りつけた。
 四天王にはそれぞれ、一定以上の設備が備えられているラボと一定以上の技術と知識を持つ科学者達が割り当てられている。そのラボで、科学者達はシェロプの激昂ぶりに身をすくませた。
「申し訳有りません……三次元世界の情報が少なすぎまして……」
「小娘……!」
 シェロプの脳裏にアラクネーの姿がちらつく。無表情で愛想の欠片もない平民の小娘。
「情報を出し惜しみしおって。情報を提供する代わりに技術を寄越せなどとほざきおる……ええい、いまいましい!!」

 『味方』でありながら『敵』。今、四天王同士の関係を表すのに一番適した語がそれだった。
 資本主義。競争力が上がる利はあるが、それぞれの利害が一致しない場合、全体的に見れば目的の達成に大幅な支障が出る。ましてシェロプは身分を重んじる階級主義で、実力主義で四天王を構成してきた現司令官ブラック・インパルスとの間には考え方にも大きな齟齬があった。現在のスパイダルは全くと言って良いほど足並みが揃わず、遅々として作戦が進行していない状況だ。戦力的に見れば三日で壊滅させられる筈のオズリーブスにここまで手こずっている理由の一つがそれだった。

 もう一つの理由が、首領Wの異常なまでの強行軍だった。怪人は元々この暗黒次元にいる生物に改造を施し、一騎当千の戦力として作り出すものだ。莫大な費用と手間が怪人一体につぎ込まれている。この暗黒次元を掌握する際、スパイダル軍は怪人を含め、戦力のほぼ全てを使い果たした。もっとも反抗勢力は徹底的に叩きつぶしており、その後の為政に影響が出ることは無かったが、暗黒次元を手に入れた首領Wは息付く間もなく、今度は3次元世界への侵攻を開始したのだ。軍部は戦力を整えるどころの騒ぎではなかった。現在の技術では、怪人を一体造り出すのに1ヶ月は掛かる。そして怪人を造り出す公的な権利を有するのは四天王以上の階級の者に限られていた。首領Wは手を下さず、司令官であるブラック・インパルスは今のところ司令官という責務を全うするため、怪人の制作には携わっていない。噂では他部への牽制のため一体だけ秘蔵の怪人を持っているというが、それも定かではない。現段階で実際に怪人を制作しているのは四天王のみということになる。一週間に一匹の割合だ。そのため、相手に戦力を立て直す時間を与えてしまっている。

 もっとも、本来ならそれで充分な筈だった。3次元世界の生物は脆弱だ。最も知能の高い生物である人間でさえ、純粋な戦闘力としてはアセロポッドに遠く及ばない。残った怪人と四天王の各が僅かに持ち得る師団で侵攻し、最後に自分達が出ていけば、それで侵略は可能だった筈なのだ。
 しかし、そこに出てきたのが、OZという組織だった。

「奴らの残党が存在し、あまつさえあのような抵抗をしてくるとは……」
「お怒りをお鎮めください、シェロプ様。御自ら依然放った怪人が一体、既に潜伏しております。そろそろ活動を始めている頃ではないかと……」
「確かにな。あれは私の持つ怪人の中でも特殊な部類に入る。あれが奴らをおびき出せればこちらのものだ。しかし調整に抜かりはないな?」
「勿論です。精神的には少々不安定ですが、ほぼ問題ないレベルです」
「シェロプ様」
 通信士がヘッドフォンを耳に当てて報告する。
「通信です。暗号名『F』」
「何だと?」
 シェロプの顔色が変わる。
「すぐに秘密回線に繋げ。後は任せるぞ」
「はっ!」



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background by Studio Blue Moon