第13話 暁 光
<1> (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (戻る)

元日は晴れの特異日とよく言われるが、今年も例外ではなかったようだ。正午過ぎの眩しい冬の日射しの中で、喫茶「森の小路」に通じるゆるやかな坂を二人の男が早足で登ってくる。

「なんか、けっこう遅くなっちゃったな〜」
「どこかの色男さんが、瞳ちゃんの初詣に付き合うなんて言い出すからいけない」
「だって、瞳ちゃん、年々色っぽくなっちゃってさー。そのうえ振り袖が、超お似合いだろ? 初詣で悪い男にひっかかっちゃ、やばいっしょ? だから俺様が‥‥」
「何をおっしゃる。だいたい瞳ちゃんの形意拳はかなりのもんなんだぞ。素手で組んだら瑛ちゃんだってかなわんと思うがね」
「チッチッチッ。わかっちゃないねぇ、黒羽〜。女の子ってのはな、着物姿んときゃ、心底おしとやかにしたいもんなんよ。俺様みたいにカッコイイ男がそばにいりゃ、それだけで言い寄る気にもならないしねー。頭脳的平和的解決ってやつよ、これが!」
「はいはい、女性のことじゃ、瑛ちゃんにかないませんよ‥‥‥‥」

黒羽健と黄龍瑛那は、きれいに拭き清められて注連飾りの飾られたそのドアを、いつものように押し開けた。
「よう、瑠衣ちゃん、おめでとう」
「おめでとさん!」

「あ、黒羽さん、瑛那さん! おめでとうございます!」
お正月の雰囲気とこのドアベルの音ってなんとなく合わないかなと思いながら、カウンターの中の桜木瑠衣は入ってきた黒羽と黄龍に挨拶した。
奥の飾り棚の生け花を手直ししていた翠川輝がどだだと駆け寄ってきて黒羽の手を取る。
「黒羽さんっ 今年も、ヨロシクねっ!」
「こちらこそ、よろしく、坊や」
「今年もお前のめんどう見るのかと思うと、俺様、暗くなっちゃうぜ?」
「なんだよ、エイナッ オレ、お前にはヨロシクって言ってないよっ」

まったく進歩のない二人を見ながら、ほんとに慌ただしい年末だったわ、と瑠衣は思った。いや、スパイダルはクリスマス以降、大人しくしていてくれた。問題は赤星と黒羽だった。
クリスマスの時の無関心さはなんだったのっと言いたくなるほど、赤星とあろうことか黒羽までが正月準備に盛り上がってしまったのだ。どのくらいって‥‥、こき使われる黄龍と輝を横目に、思わず「あたし、受験中でよかった‥‥」と、思ってしまったくらいである。

普段、掃除や整頓という言葉とは縁のない赤星が腕まくりして徹底的な大掃除を始めた時には、有望でさえ「この人こーゆートコがあったのねー」と驚いていたくらいだった。輝が和紙や水引で器用に飾り物を作るのに大喜びして、とにかく28日までに全部飾るんだっとさんざん急かした。29日と31日は飾れないのだそうで、言われてみればそんなことを父が言っていたのを思い出し、ちょっとしんみりしてしまったりもした。

黒羽は黒羽で黄龍にあれこれ指示しながら、格納庫を整頓しまくり、パーツ類の在庫を全てチェックし、文字通りねじりはちまきで各メカの操縦席を掃除した。そして、なんとすべてのメカに正月飾りをつけてしまったのである。ヤング三人が「ね、ねえ、スパイダル来たらこれでいくの?」「ヒーローって、こんなんでいいんだっけ?」「マ、マジかよ〜?」とこそこそ言い合うのを気にもとめず、赤星を引っ張ってきて自慢げにそれを見せ、挙げ句の果てにランド・ドラゴンの飾り付けの位置について、二人で大議論をしたのであった‥‥‥‥。

近い年齢の黄龍までもが「オジサン達の考えることはわかんねー!」とぶつくさ言っていたのだが、かつて本部の道場でちょっとしたヒマを見つけては打ち合う二人を見るのが好きだった瑠衣は、やっぱり武道やってる人ってこうなのかしら‥‥と、温かい理解を示してはいた。いやまあ‥‥あまり手伝わされなかった彼女だからこそ、言えた台詞かもしれなかったが‥‥。
おかげでここ「森の小路」は大晦日を待たずして準備万端整い、黒羽と黄龍は例年そうしているように、佐原探偵事務所で大晦日の夜を過ごして、こちらに初出勤してきたというわけだった。

「あ、こっちも初詣、行って来た?」
カウンターに置かれた破魔矢を見つけて黄龍が聞いた。
「うん! 赤星さんとお姉さまと輝さんと4人で、氷川神社に行って来たの!」
「オレ、あそこの本殿、すっごく好きなんだよっ 彫刻がすごくいいんだぜっ」
「おー、流石、宮大工の息子は見るトコが違うって感じ?」
「うるさいなっ 誰が見たってキレイなもんなキレイだよっ」

「黒羽さんと瑛那さんも行って来たのね?」実は瑠衣は、さっきから黒羽が抱えている紙袋が気になっていた。
「行って来た。行って来た。で、黒羽ったらさ! この袋一杯お守り買ったんだぜ?」
「も、もしかして、交通安全のお守り‥‥?」瑠衣がおそるおそる聞いた。
「あいつらにつけてやるのに、他に何があるっていうのかな? 特にジェット・ドラゴンには3つはつけておかないと心配でかなわん」
「黒羽さんって、もしかして、赤星さんのことより、ジェット・ドラゴンのこと心配してる?」
「もちろんだ」
速攻の一言を聞いて思わず赤星に同情した瑠衣だったが、交通安全のお守りって戦闘にも効くのかしら‥‥という根本的なギモンはあえて伏せておいた。

「で? 肝心の隊長さんはどうした?」
「リーダーならおうちにおせち料理を取りに行くって、でかけたよ。でも、ついでにケンカがどうのこうのって言って、そうしたら主任もついてくって言って行っちゃった」
「初ゲンカしに有望さん連れてく‥‥ってことはねーし‥‥なんなんさ、それ?」

「ああ、お二人さんは『ケンカの神様』のところのようだな」
「ケンカの神様ぁ?」三人が思わず口を揃える。黒羽はニヤニヤと笑った。
「旦那がガキの頃、ケンカでコテンパンに負けた帰り、たまたま通りかかった祠にお参りしたら勝ったってんで『ケンカの神様』って名付けて必ずお参りしてるんだな、これが。他は、神社と仏閣の区別もつかないお人なんだけどねぇ‥‥」

「うっわ。あん人らしいっていうか? しっかし、いきなり、スパイダルに勝たせて下さい、なんて言われたって、そこの神様だってめんくらっちゃうんじゃないの?」
「でもわかるよ、リーダーの気持ちっ オレも大会で記録出したシューズとか捨てられないもん。なんかお守りって感じなんだよねっ」
「そして!」と瑠衣。「そーゆーのにちゃんと付き合ってあげるお姉さまって素晴しいわっ」

やいのやいのと4人で騒いでいると、いきなりドアベルがなり、羽織袴の男が一人入ってきた。歳の頃は50代後半ぐらいか。太めの眉にぎょろりとした目。もじゃもじゃした口髭と顎髭のおかげで、余計迫力のある顔つきだ。唐草模様のものすごく大きな風呂敷包みと、二重にした紙袋を持っている。

「すみません。あの、ここ6日までお休みなんですけど?」と瑠衣が言った。
「いや、ワシはちょっと息子に会いに来たんだが‥‥。竜太はいますかな?」

「あ、赤星さん‥‥!?」3人が固まって来客を見つめる中、黒羽が思わず帽子を取った。

赤竜拳の開祖、赤星虎嗣60歳。赤星竜太の父親であった。


===***===

問題の虎嗣の息子は幼馴染みと共に小さな祠の前に佇んでいた。ある神社の裏の斜面の途中、木々の間に隠れるように、それはあった。神社から下りてくる階段も上ってくる階段もほとんど埋もれていて、赤星は途中何度か有望の足元を心配しなければならなかった。

ここを秘密の神様と決めた少年は20年を経てもなお、松の内にはここを訪れる。願いはいつも同じ。もっと強くなりたい‥‥と。ただその強さの意味と目的は徐々に変わってきてはいた。

「ここにお前と来ると、なんかヘンな感じがするな‥‥」
「あら、何かうしろめたいことでも‥‥?」
有望がくすくす笑って言った。小さい頃、ぜったい願いを叶えてくれるんだ、と引っ張ってこられたこの場所に、この男が未だに来ていたのかと思うと微笑ましくてしょうがない。
「いや‥‥そんなことねえけど‥‥」

両手を合わせて目をつむり一心に何かを祈っていた少女の横顔を赤星はよく覚えている。肩までに切りそろえた髪がさらりさらりと流れるのが不思議な感じだった。その少女が時を越えて今また自分の隣に居てくれると思うと、身体があったかくなるような感じがした。

赤星は小さな祠に向かってすっと背筋を伸ばした。武道家らしい清々しい所作で丁寧に二礼。手を合わせると少し左手を下にずらし、ぽんぽんと音を響かせる。一礼して掌をぴたりと合わせ、そのまま瞑目した。有望もまた赤星の斜め後ろでそっと手を合わせた。

じゃ、行こうかと有望を振り返った赤星が、ジーンズのポケットから携帯電話を引っ張り出した。
「ああ、瑠衣? 親父? うん、これから行くつもりだけど‥‥? えっ そっち行ってる!? 料理も持ってきてるって? 相変わらずイキナリな人だなー! わかった。すぐ帰るよ」
ぱちりと携帯を閉じると、有望を見て呆れたように言った。
「親父、こっちに来ちゃったんだって。義姉さんの料理持って‥‥」
「あら、こちらが取りに伺うはずだったのに?」

「きっと、博士に会いたかったんだろ。うちの元旦って博士と洵が来るのが恒例になってたからさ」
「それだけの友情があったからこそ、おじさま、OZにあの山丸ごと提供して下さったのね」
地下にオズベースを抱える「森の小路」の裏の小さな山。ここの正式な所有者は赤星虎嗣だった。彼は葉隠の相談を受けて二つ返事でその使用権をOZに譲渡したのだった。

と、赤星が急に笑い出した。
「でも‥‥親父が譲渡したのはあの土地の使用権だけじゃなかったんだな、これが‥‥」
「え? まだあるの‥‥?」
「その前に、俺の使用権を博士に渡してんだ‥‥」

赤星竜太が西都大学に入った時、虎嗣は次男にこう申し渡した。葉隠暁紘博士の助手となり、ボディガードとして博士の安全を守ること。それがイヤなら赤竜拳を破門する‥‥と。なんと理不尽な!と思ったのだが、高校時代に引き起こした大量のケンカ騒動を破門の理由に挙げられては何も言えない。どうしても赤竜拳の門下生ではいたかった赤星には選択の道がなかったのである。これが彼がOZに関わったきっかけだった。

「ボディガードはいいとして、助手ってのがきつかったよなー。博士ってむちゃくちゃなシミュレーションしたがるし‥‥。あげくの果てがこれだもんなー!」
「おじさまを恨んでる‥‥? こんな大変なことに巻き込まれて‥‥」
「いや‥‥そうでもない‥‥」
赤星は有望を見て笑った。

「俺、たぶん‥‥悔しいけど、感謝してると思う‥‥。苦しいこともいっぱいあるけど、こんなやりがいのあることも、ちょっとねえもんな。そう思わねえか?」


===***===

「あきちゃん! 元気だったか! 会いたかったぞーっ!」
「とらちゃん! わざわざ来てくれたのかぁ!?」
「森の小路」では、約3名が呆然と、1名は苦笑して、葉隠博士と赤星虎嗣の派手な抱擁を見ていた。落ち着いているのは、博士と一緒に来訪し、毎年このシーンを見ているドクター孫洵ただ一人。

で、次にはいつもの‥‥‥‥
「洵坊! お前も元気そうだな!」虎嗣が大きな手で洵の髪をくしゃくしゃにする。
「おじさーん、その呼び方、いい加減、やめて下さいってばぁー!」

(この世界の人間は、一度坊主呼ばわりしたら一生そうだぜ。諦めるんだな)
と赤星竜太に言われたのは幾つの時だったか。まさか四捨五入して三十路になるこの年齢になってまでこう呼ばれるとは思ってもいなかった。

洵が孤児院から葉隠博士に引き取られたのはちょうど十年前、十六歳の時だ。そしてその最初の年明け、博士は元日早々、洵をつれてある家を訪れた。それが赤星家だった。
「儂の息子じゃよ」と紹介されて「洵です」と挨拶したら、その家の主はすべてを見通すような目で、洵の顔をじっと見つめ、そしてその迫力有る顔を一瞬で破顔してこう言った。
「あきちゃん、これはまた‥‥! いい息子ができたもんだ!」

異常なほどの記憶力を持つ洵はあらゆる言葉やシーンを覚えてしまう。だがこの出会い頭の赤星虎嗣の一声は、特に深く洵の心に刻まれた。そして紹介された赤星家の二人の息子。長男の竜水22歳、次男の竜太17歳。性格も顔もあまり似ていない兄弟だったか、その所作も言葉も、繊細な洵に警戒感を抱かせない不思議な何かがあった。


虎嗣の大きな唐草模様の風呂敷からは、これまた大きな四段重が出てくる。
「これが茜の料理。こっちはワシの好きな天楽。それから久保田の万寿。あと今年は特別にこれが手にはいってな」虎嗣が袋の中から大事そうに包みを取り出した。
「なんじゃ?」
「四季桜の花宝って聞いたことないか?」
「うそじゃろ。あれ‥‥蔵元と親しくないと手に入らないはずじゃ‥‥」
「それが手に入ったのさ。このすっきりした甘さは絶品だぞ」
「とらちゃん、えらいっ! 万寿を持ってきただけでもえらいのにっ! 信じられん!」

日本酒話で盛り上がる二人を見つつ、5人は相変わらずカウンター前に寄り添っていた。
「洵さん、ハカセって甘いモノのイメージしか無かったけど、オサケ好きだったんだね?」
輝にそう聞かれて、洵はほとほと困ったように答えた。
「確かに日本酒は好きだし、だいたい何に対してもマニアックなんだよ、博士は‥‥。でも基本的にお酒には弱いからなー。いきなり寝ちゃうし‥‥」

「ま、いいじゃないですか、洵先生? たまには博士も気晴らししていただかないと‥‥」
黒羽が鷹揚に洵をなだめる。しかしこう付け加えるのも忘れなかった。
「し、か、し、だ。他の連中は飲んじゃダメ。いつスパイダル来るかわからないからな。特に未成年のお二人さんは‥‥」
「黒羽さんっ オレもうハタチ越えてるよっ」
「おっと、これは失礼‥‥」

「でも‥‥」と面白そうに葉隠と虎嗣を見ていた瑠衣が言った。
「ねえ、黒羽さんと赤星さんもずーっと歳とったら博士たちみたいになるのかな‥‥」
「は?」
さしもの黒羽が思わず固まった。
「瑠衣、きっとこんな感じだと思うの、黒羽さんと赤星さん‥‥」
「こりゃ、いいっ! 瑠衣ちゃん、サイッコーだぜ!」
黄龍が吹き出した。輝も黙って頷く。そうそう‥‥こーゆーこといきなり言い出すのが女の子なんだよね‥‥。洵は天井を見上げて、何か想像しているようだ。
「おいおいおいおい、瑠衣ちゃん‥‥。あんな歳まで、オレに赤星の面倒見させる気か? そいつは勘弁だぜ?」

外で大きなくしゃみの音がした。鼻の頭をこすりながら首を傾げて入ってきた赤星が、黒羽と黄龍に目線で挨拶すると、父親の顔を見て呆れたように言った。
「親父! 来るなら来るって、電話ぐらいしろよー!」
「今年初めて親の顔を見て、最初の言葉がそれか?」
「義姉さんの料理だけあれば、親父はいらなかったのに‥‥」
「何を言うか、この親不孝者! だいたいお前は‥‥」

「ほれほれ、寄ると触ると言い合っておらんと‥‥。ほれ、みんな 皿と箸とグラスを用意せんかい」
葉隠の言葉で、やっと当初の予定通り、ことが動きだした。


2001/12/31

<1> (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (戻る)
background by 壁紙倶楽部