熱 雷 1
 
「ビーデルさん、早く早く!」
いきなりの夏の雷雨に追われて僕たちが飛び込んだのは、手近にあった牧草置き場だった。

「わぁ! 素敵! いい匂い!」
彼女がはしゃいだ声をあげる。

ブルマさんの所に居候しながら大学に通っている僕にとって、カプセルコーポの第3実験場はほとんど庭みたいなもの。で、この牧草置き場はけっこうお気に入りの場所だったりしてる。

「ねえ、悟飯君、あれは‥‥?」
ビーデルさんは隅にあった2つの干し草の塊を不思議そうに見ていた。
「ああ、牧草ロールの小さいやつ! 写真見て、面白そうだから作ってみたんだ」
そう。ロールケーキのように丸められた牧草がごろごろしてる写真を見て、なんだか楽しそうで、スタッフの人たちが草刈りをする時ちょっと試してみた。

「こっちのはロールにしなかったの?」
部屋のもう片方に沢山積み上げてある干し草は‥‥
「ロールにするの、飽きちゃったんだもん‥‥‥‥」

彼女は一瞬目を見開くと、叩き合わせた両手に顔を埋めるようにして笑い出した。いや、確かに牧場だったらきちんとやんなきゃいけないけど、ここは別にそんなんじゃなくて‥‥。

「笑うけど、意外に難しいんだよ、あれ! 機械があればちゃんとできるんだろうけど、ないから
 でっかい鉄板で太巻きみたいにしたんだけど‥‥」
「だって‥‥。悟飯君の口から"飽きちゃった"って言葉が出てくるのって面白いんだもの!
 そのうえ、マジメにイイワケするし!」
「へ、ヘンかな‥‥‥‥?」
「いいえ! どっちかって言うと、とってもいい感じよ!」

ビーデルさんは僕に向かってふわっと両腕を広げる。と、いきなりつま先立ち気味に半回転すると、雷の落ちる音と同時に、無造作に積み上げた干し草の上にどさりと倒れ込んだ。
「わわっ ビーデルさん!?」
僕はびっくりしてその脇に膝をついた。

俯せたしなやかな身体が、僕の下でくるりと向き直る。海色の瞳が僕を見上げて、また笑う。
「心配性の悟飯君」
僕はわざと少しふくれてみせる。
「違うよ。服が干し草だらけになっちゃうって言いたかっただけだよ」
「いいのよ。だって、すごくいい匂いなんだもの! すごくいい気持ち!」

雨で少し濡れた髪に干し草がたくさんついてる。茜色のニットが冬毛の抜けるネコを抱き上げた時のようにヒサンな状態。


この人は、時々、小さな女の子に戻ったようになる。
いったい、いつからだろう。そんな印象を持つ時間がどんどん増えた。