大人の酒談義  

「あ〜あ、寝ちゃったわね。孫君と一緒で、お酒に弱いんだから。」
彼女は、ワイン一杯で寝てしまった教え子に毛布をかけながら微笑んだ。
その表情は、不思議と「母親」を感じさせる。

彼女はブルマ。巨大企業カプセルコーポレーションのトップに立ち、自らもさまざまな発明品を世に送り出してきた才媛だ。


「孫君」彼女は、彼の父親をそう呼ぶ。弾むように。以前、あまりにもうれしそうに呼ぶ名に、「ほう、ブルマさんの初恋の相手ですか」と尋ね、盛大に噴出されたことを思い出す。
「ぶはっ・・・、どっどこからそう思うのよ。」
「気づいていないんですか?彼の名前を呼ぶとき、目が輝いていますよ。」
指摘すると、彼女は、珍しくしばらく考えてから
「そうね。私にとっての孫君は永遠のナイトかも」とくすりと笑う。
彼女のその顔は、10代の少女のようだった。

「会ってみたいですね。『孫君』に」
回想から戻った私はつぶやいた。
「突然何よ。」
「いえ、彼がブルマさんの初恋の相手かと聞いたときの事を思い出したので」
「恋・・・じゃないわね。少なくとも、孫君を見てときめいたりはしなかったわ。でも・・・」
「でも?」
「愛はあったかもしれないわね。」

瞬間、室内で突風が吹き荒れた。
「ぶ、ぶ、ブルマさ〜〜ん。」
寝ているとばかり思っていた教え子が、泣いていいのか怒っていいのか途方にくれた様子で彼女を見つめている。
「まあ、落ち着いて。悟飯君。」
彼女は、豪胆なのか慣れているのか少しも動ぜず、どうどうと悟飯をなだめた。
「人の話を盗み聞きするからよ。まったく。・・・よし、家具も食器も壊れてないわね。奇跡奇せ・・・」
「どうした悟飯!!!」
突然現れた男が、悟飯の両肩をゆすって絶叫。
「ああ、近所迷惑・・・」
ブルマさんはつぶやいたが、ここはパーティーを開くことも多いため、防音には配慮してある。それよりも、
「誰ですか?彼は。」
「あれが、『孫君』よ」
あれが、悟飯の父親?どう見ても「兄」の年頃だが。



恐慌状態の父子を彼女は「騒ぐとご飯あげないわよ」の一言で沈黙させた。
まあ、まだ悟飯は目を白黒させているが。
父親のほうは、彼女のいれたホットレモネードを飲んでいる。
表情もしぐさも、若い・・・というか、幼い。
ふうふうと冷ましながら、ブルマさんと瞬間移動がどうの、悟飯の気がどうのと話している。
いたずら心を起こした私は、
「やっぱりあの二人、仲よさそうだね。」
と悟飯にささやく。
彼は、ピキッと固まった。

「孫君と私?そりゃ、仲いいに決まってるじゃない。そういえば、けんかもしたことないわね。」
「そっか?よく殴られたり撃たれたりしたけど。」
「それは『しつけ』!あんたに常識を叩き込んであげた恩をわすれたか。」
「まあ、ブルマは初めての女だったからな。」

ぶっ。そのせりふには、私も紅茶を噴出した。可愛そうに、悟飯は半泣き状態で「お父さんと・・・ブルマさんが・・・」とつぶやいている。
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ。」
ブルマさんが足を蹴飛ばしたらしく、「孫君」は「イデッ」とうめき声を上げた。

「孫君にとって私ははじめて『会った』女なのよ。」
それによると、彼は幼い頃祖父と山奥で暮らしており、ブルマさんに会うまで自分と祖父以外の人間を見たことがなかったという。
「私もね、私をカプセルコーポレーションの娘だと知らない、そしてそのことを知っても何の打算もない人間にあったのは初めてだったのよね。」
そうか、私にとって彼女は研究者だが、当時の彼女は誰からもお嬢様として扱われただろう。彼と彼女の出会いは、何も持たない人間同士として初めての出会いだったのだろう。

「私は孫君を愛してるわよ。弟みたいな存在として、家族愛でね。悟飯君だって、ピッコロのこと愛してるでしょ。師弟愛で。安心した?」
悟飯は、からくり人形のようにギクシャクとうなづいた。


「それにしても、若いお父さんですね。」
まだ体をこわばらせたままあらぬ方向を向いている悟飯を少し哀れに思い、話題を変えるべく助け舟をだす。
「そりゃ、オラしん・・」
「悟飯君が生まれたとき孫君まだ10代だったもんね」
なぜか、孫さんの言葉をさえぎるようにブルマさんが答えた。
「それにほら、うちのべジータだって年食わないでしょ、孫君より年上なのに。そういうタイプの人間なのよ、ね。」
確かに、あまり人前には出ないが彼女の夫であるべジータさんも若々しい。

「孫君が悟飯君を連れてきたとき、びっくりしたわよ。結婚したときもびっくりしたけど。」
ワインを口に含みながら、彼女は笑う。
「クリリンなんか、『悟空でも子作りの仕方知ってたんだ』って感心してたわ。」
ゴガチッ
悟飯君がテーブルに頭をぶつけた。かなり痛そうな音がする。
「丈夫なテーブルでよかったわね。」
ブルマさん、心配するところはそこですか?
「いや、オラ、知らなかったんだけど、亀仙人のじっちゃんと牛魔王のおっちゃんが教えてくれた。」
あっけんからんと言う孫さん。
「さすが、よく孫君のこと分かってるわ。牛魔王も早く孫がほしかったのね。」
・・・だんだん悟飯がかわいそうになってきた。苦労してるんだな、こいつ。
差し出したグラスを、彼はぐっと飲み干した。よし、飲め飲め。飲んですべて忘れて寝てしまえ。


「それで?孫君は私のことどう思っているの?」
4本目のワインをあけながらブルマさんが聞く。孫さんも赤紫色のコップを傾けているが、中身はぶどうジュースだ。
「う〜〜〜ん、ブルマはブルマなんだけどなあ、やっぱり、うれねえばばか。」
売れねえばば?
「なによそれ、私をあんなしわくちゃの占いばばと一緒にするわけ?」
占いばばか。うわさで聞いたことがある。
「亀仙人のじっちゃん、うれねえばばのこと『姉ちゃん』ってけっこう頼ってるだろ。さっきブルマがオラのこと弟だって言ったとき、オラもブルマのこと姉ちゃんみたいに頼ってるって思って。」
普通、弟が姉に「頼っている」と認めることはあまりないと思うが。
孫さんは裏表のない天真爛漫な人だ。だからこそ、彼の前では皆自分の殻を取り外してしまうのだろう。
「ふ〜ん、嬉しいこといってくれるわね。せいぜいお姉さまを敬いなさい。」
二人の会話は、幼子のようでほほえましく、少しうらやましい。
いくつ年を重ねても、二人の関係は出会った頃の少年と少女のままなのだろう。

20年以上前の、少年と少女の出会いに乾杯。
・・・・そして悟飯君、これからもがんばれ。

       (おしまい)
2006/9/21

こちらのお話は掲示板にお越し下さった天衣様から頂きました。「私はロボット」と「カベルネ♪メルロ♪グルナッシュ♪」に出てくるオリキャラ、タオ博士の一人称のお話です。まさか自分の小説が元になった小説を頂く日が来るとは思っていなかったので、とても感動しています。
悟空を示す「孫君」という表記が新鮮で、軽妙な文体が心地よい読み応えです。ラスト間際の「私をカプセルコーポレーションの娘だと知らない、そしてそのことを知っても何の打算もない人間にあったのは初めてだった」というブルマの台詞は、ブルマと悟空の出会いの一側面として実に深いとらえ方で、盲点を突かれる思いでした。しかし悟空の「はじめての女」発言は最高ですね。無邪気に勝てるモノはございません。そして悟飯誕生の秘密が今ここに。最終的にはやはりチチの導きがあったんじゃないかとにらんでおりますが(爆笑)
とにかく天衣様、本当にありがとうございました。

   (戻る)