夢で逢えたら



 この家に静寂が訪れてから一週間。
 たった一人の女がいないだけで世界はこうも違うものかと感心させられる。


「おい、ベジータくん、どうしたんだ。最近元気がないじゃないか。考え事ばかりして」
 夕食の席で、オレの向かい側に座っている白髪の男が声をかけてきた。ブルマの父親だ。
「まぁあなたったら。何を言ってるの」
 その隣の女が立ち上がってオレのカップに紅茶を注ぐ。いつも笑ってる気味の悪い女はブルマの母親。

 どちらも、立て板に水というかのれんに腕押しというか、つかみ所のない妙なテンポの地球人で、なぜこの両親からあのような打てば響く・・・響きすぎてやかましいぐらいの娘が生まれたのかが謎である。

 全員のカップに紅茶を注ぎ終えた母親が、唐突に言った。
「ベジータちゃんは、ブルマさんがいなくって寂しいのよ」
「おお、そうじゃったか」
「お、おい!! ちょっと待て! 誰が寂しいだと?! あの女がいないつかの間の静寂を静かに楽しんでいるだけだ! どうしてオレが寂しがる必要があるんだ! だ、だいたいサイヤ人というのはなあ、いつもじゃれあっている地球人などと違って孤独や静寂を愛するんだ! オレが寂しいなどという感情を持つわけがなかろう! しかもよりによってあの女などに! 笑わせるな!」
「おお、そうじゃったか。すまんすまん。ハハハハハ」
「ホホホホホ。さ、ベジータちゃん、紅茶を召し上がれ」
 一気にしゃべったせいで息を切らしているオレの顔に、注ぎたての紅茶が差し出される。なんとも優雅で高貴な香りが漂い、オレは気持ちを落ち着けて席に座り直した。


 目の前の二人は人の話を聞いているのかいないのか、すでに違う話題に移っている。オレが気分を害するとこの二人はあっさりと引き、オレの主張を認め、受け入れる。怯えて謝ってくるわけでもなく、ブルマのように楯突いてくるわけでもない。こうあっさりと引かれるといつまでも怒鳴っているのも大人げないし、オレが執着しているみたいでみっともないので、オレもあっさりと引く。いつもその繰り返しだ。
 オレは熱い紅茶をゆっくりと喉に流し込んでその香りを楽しんだ。王族にふさわしい香り高い飲み物だ。サイヤ人にとって食事とは、一気に!一心不乱に!集中して行う、いわば戦闘のようなものだが、その戦闘を終え、優雅な「食後のひととき」というのも悪くない。王子のオレはそのような楽しみかたも理解できる。下級戦士のカカロットなどには到底無理だろうがな。フ。


 話こんでいる夫婦をそのままにして、オレは自室へと向かった。せっかくあの女のいない静かな生活なのだ。何かいつもとは違うことをして充実せねばなるまい。

 廊下を歩いていると、向こうから微かな鼻歌が聞こえてくる。この気はあのヤムチャという男だ。オレがちょっと戦闘力を押さえていたせいか、男はオレの姿をみとめるまでオレに気づかなかったようだ。戦士にあるまじき、なんという不用心な男だ。
「あぁ、ベジータ! 今日も修行はナシか? ブルマが旅行に行ってから全然修行してないよな」
 あの女がいないせいでオレ様がトレーニングに身が入らないような言い方をするな! オレは貴重な静寂を充実して使うために……と説明しようと思ったが、その前に男の派手な服装が目に入ったため、つい違う言葉が出てきてしまった。
「お前もこのところ、外面ばかり磨いているようだな」
 この家では見せたこともないような高そうな服を着て、髪をべたべたしたもので撫でつけ、両手を上着のポケットに入れて浮かれて歩いている。この男は今日も出かける気らしい。毎晩帰ってくるものの、そのときには全身がキツい香水の匂いに包まれている。その香りは毎夜ごと違うが、どれもブルマの香水とは違って、甘ったるくて目眩がするような、下品で不快な香りだ。
 オレの目線から、オレが思っていることを察したのか、ヤムチャは焦って両手をバタバタと振った。
「べ、べつにさー、オレだってブルマがいないのは寂しいんだぜ。だけど。オレ達みたいに付き合いが長いともう夫婦みたいなもんだからさ。同時に羽が伸ばせる部分もあるんだよ。ちょっと息抜きして、帰ってきたらまたブルマ一筋だよ。久しぶりに会うと新鮮でいいんだよなー。だからこういう息抜きもさぁ、二人が長い付き合いを続けていく上では実は欠かせないんじゃないかなーと……」
「そんなことはどうだっていい。聞かれてもいないのに何をべらべらしゃべっているんだ」
「そ、そうだな。ベジータにとっちゃどうでもいいことだよな。ま、とりあえずこのことはブルマには言わないでおいてくれよな……って、お前がいちいち告げ口するわけないか。じゃ、またな」
 ヤムチャは一方的にしゃべり、勝手に結論を出すとすたすたと歩いていった。

 告げ口だと? ばかばかしい。だがあの女にこのことをつげたらいつもより更に激しい言い争いになるだろう。きっとヤムチャに愛想を尽かすに違いない。そうなったら、もうやつらが目の前でいちゃつくのを見てイライラさせられずにすむかもしれない。……何を考えているんだ、オレは。そんなことはどうでもいい。オレはオレの生活をするだけだ。

 オレは部屋に戻ると、真っ直ぐにカレンダーの前に進んだ。赤いペンで今日の日付に×をつける。×はこれで7つ。○のついている日、ブルマが帰ってくる日は明日。

「静かな生活も今日までか」
 オレは誰もいない部屋で口に出して言ってみた。こんな言い方では喜んでいるように思えたので、もう一度言い直した。
「静かな生活も今日までか。残念だな」
 これでよし。

 さて、今夜も早々とベットに入る。これがオレ流の「静寂の楽しみかた」なのだ。明日、目覚めると、もうあの女のやかましい声がしているかもしれない。
 あるいは、夢にあの女が出てきて、やかましく騒ぐかもしれない。

 昨日もおとといもその前も、あの女はずうずうしくオレ様の夢に出てきていつものようにワーワー騒いでやがったからな……。


オワリ



あとがき
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