6. 酒と泪と男と女




「さ、寒…」

 逃避行の末、二人が立っているのは遙かなる天空。神殿、である。
「ここなら、ばれねぇぞ」
 ブルマは自分を抱きかかえるようにして両腕をさすった。昼間は太陽に近いかのごとく暖かいこの場所も、夜ともなると上空の冷たい夜風が吹き付けて、半袖では鳥肌が立った。
 悟空が建物のほうに顔を向けたので、つられてブルマもそちらを見ると、三つの人影が近づいてくるのが見えた。
「悟空」
「ようピッコロ」
「いらっしゃい、悟空さん、ブルマさん。その格好じゃ寒いでしょう。どうぞ中へ」
 ピッコロのあとから、デンデとポポも出迎えた。


 神殿にてやっとまともな夕食にありついた悟空とブルマは、食べながらピッコロたちにことの次第を話した。

「くだらん」
「くだらんとは何よ。重大なことなのよ、これは」
「どうせ戻るつもりだったらさっさと戻ればいい」
「ベジータの愛情を確認しないと意味なぁい!」
「なぁブルマ、そのアイジョウの確認って、どうなればいいんだ?」
「そ、そうね……例えば、スキとか愛してるとか、そういう言葉がほしいかな」
「オラだってべつにそんなこといわねえぞ」
 悟空がつぶやくと、ブルマは抱えていたスープの器をドンッとテーブルに降ろした。
「いーのよ孫くんちは! べつに夫婦円満なんだからいちいちそんなこと言わなくても」
「フウフエンマンってなんだ?」
とーにーかーくー! ベジータはねぇ、冷たすぎ! すぐぷいっとどこかに行っちゃうし、帰ってきてもただいまも言わないのよー! デンデくん、帰ってきたらただいま言うでしょう?!」
「は、はあ。言いますけど……」
「そうよねぇ! しーかーもー、どこ行ってたの?って聞くと、知るか、とかいうし、ただいまぐらい言ってよっていうと、くだらん、とかいうのよ! まさに今のピッコロのように!」
 いきなり矛先が向いてきて、ピッコロは思わず飲んでいた水を軽く吹いた。

 食前酒が回って饒舌に磨きがかかっているブルマは、もう絡むわ愚痴るわで誰も口出しができない勢いである。
「だいたいさぁ、くだらんて何よ。どぉゆうことよ? こっちは心配するっつーの! ねぇ?」
 またもブルマに顔を向けられ、デンデは苦笑した。ピッコロは口元を拭いながら、苦々しくブルマを見た。
「何を心配する必要があるんだ。ベジータだったら普通の地球人のように事故にあったり犯罪に巻き込まれるという危険はなかろう。放っておけばいい」
「そういう問題じゃなぁい! さらにハラ立つのはさぁ、ベジータなんて昼間はそんな風のくせにィ、夜になるとさあ………」
「夜になると、なんだ?」
 ポポに問いかけられて、ブルマは言葉を切り、咳払いをしてごまかした。
「とにかく!!! 宇宙人にはわかんないのよ。ねぇ孫くん?」
 今度は隣に座っていた悟空の手を取り、目を輝かせて同意を求めた。しかし悟空は申し訳なさそうに答えた。

「オラも宇宙人なんだけど……」

「あっ、そっか。じゃあナメック星人にはわかんないんだわ、きっと。だってナメック人は男も女もないんだもんねぇ。こういう男女の機微には疎いのよ。あのねあんたたち、地球の色恋ってのはこういうもんなの。デンデくんも、神様なんだから憶えときなさい!」
「は、はい」

 すっかり場がブルマのペースで進み出したので、ピッコロが助け船を出した。
「ところでおまえたち、そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
「そーだな。戻るか」
「もう戻るの? せっかく盛り上がってきたのに。ふぁ〜。それにあたし眠くなって来ちゃった〜」
 ブルマはあくびをして、箸を投げ出すとテーブルにつっぷした。
「でも悟空さん、チチさんに気づかれたんじゃないですか?」
「……そうだな。どうしよう」
「腹が減ったからおまえが起き出して一人で食べていたということにすればよかろう。その後、満腹になったから少し外で鍛えていたことにして」
「それにしよう! なぁブルマ!」
「うぅ〜ん。なんでもいい。あたしもう寝る……」
 散々しゃべって勝手に眠る体勢に入っているブルマを、四人はあきれて眺めた。

「ブ、ブルマさん? ホントに寝てますよ」
「あきれた女だな」
「はは……こいつ昔っからこんなだからな」
「おまえらが甘やかすから、この女の性格もいつまでも直らんのだろう。誰かがびしっと言わんかぎりな」
 ピッコロが試すように悟空を見ると、デンデもポポもじっと悟空に視線を注いだ。
「えっ? オ、オラが言うのか?!
「いっそのこと置いて帰ったらどうだ? 目が覚めれば渋々うちに帰るだろう」

 悟空はうーんと唸ってテーブルの上に伸びているブルマを見た。その寝顔はさっきまで管を巻いていた女とは別人のように穏やかで愛らしい。ブルマが俗に言う「美女」(それもかなり上級のほう)に属することは、長い付き合いでさすがの悟空にもわかってきた。しかし、まわりが言うから悟空もそう認識しただけで、美醜の感覚が乏しい彼自身に実感はない。

 けれど、少なくとも今は、この寝顔を壊したくない。起こしたり、悲しませたり、怒らせたりしないで、そのままにしておきたい。そう感じて、悟空はそれが「美しさ」なのかもしれないと思った。みんなが守りたい、見ていたいと感じるから「綺麗」な人や物は大事にされる。甘やかすってもの、そういう意味かもしれない。そんなことをまるで他人事のように考えながら、悟空は言った。

「いいさ。もうちょっと付き合ってやればブルマも気が済むだろ。連れて帰る」
 膨れた腹をさすりながら立ち上がると、テーブルに伸びているブルマの手を取りミクロバンドのボタンを押した。それから小さくなった彼女を起こさないように拾い上げ、そっと懐にしまった。
「とことん甘いな、おまえも。……だいたいおまえたち、なぜわざわざ瞬間移動などで飛び出してきたんだ? その場でブルマがミクロバンドを使えば、なんとかごまかせただろう」
「あのときはオラもう焦ってて、肉まん食べてゴメンってすぐ謝ろうと思ったからなぁ。ま、いいや。とりあえずピッコロの考えた言い訳でいく」
 悟空が苦笑するのを見て、ピッコロも笑った。

「じゃ、世話になったな」
 3人を見回し、自宅の気を探ろうとした悟空の背中に、ピッコロはつぶやいた。
「オレは男も女もない種族でよかったぜ」
「え?」
 悟空が振り向くと、彼はにやりと笑って言った。
「苦労してるな」
 そのセリフに、悟空はまぁな、と答えて彼らの前から消えた。

「悟空さん、笑ってましたね」
 悟空が立っていた場所を眺めながら、デンデがぼそっとつぶやいた。
「案外楽しいものかもしれませんね、男と女というのも」
 それを聞いたピッコロは鼻で笑ったが、そんな彼もやはり悟空とブルマが座っていた席を眺めていた。そしてその場所をあごで指し示すようにして言った。
「デンデ。おまえ、なりたいか」
 デンデは驚いたような顔でピッコロを見上げたが、すぐに吹き出し、大きく首を振った。

「いえ、全然! ボクには荷が重いです」
「オレもだ」

 二人はそれぞれ笑うと、ポポに促されてそれぞれの場所で眠りについた。


次回、第7話「二重生活」!


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