5. 乙女心 | ||||||||
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2人は暗い荒野にいた。あたりは砂漠で、落ちてきそうな程の星が空で瞬いている。 「……ここは?」 ブルマが見上げると、悟空は真横に停まっていたキャンピングカーを覗き込んで、彼女を手招きした。悟空の横に立ち、背伸びしてブルマが窓から見たのは、Tシャツに短パン姿でビールを飲むヤムチャだった。 「人がいないとこがいいんだろ? ヤムチャの気が街から遠いとこにあったんだ。それにしてもヤムチャのヤツ、なんだって車の中で暮らしてんだ? 前に家のカプセル買ったって言ってたよな?」 「うん。確かに買ったと思うわ。ヤムチャはあんたたちサイヤ人とくらべるとはるかに常識人だし、人当たりもいいから、修行の合間にいろいろ仕事してたもん。力と運動神経を活かしてけっこう稼いでたから、高いヤツ買ったわよ」 ブルマはもう一度中を覗き込んだ。シャワーを浴びたばかりのヤムチャは相変わらずで、満足そうにビールを口に含んでいる。奧のソファーには、すやすや眠るプーアルが見えた。 「今付き合ってる彼女は、ここにいないみたいね……」 「そーだな。声かけてくか」 ドアに手を伸ばした悟空を止めて、ブルマはもう一度ヤムチャを見ながら言った。 「ねぇ、男って一人になりたいときがある?」 「あるかもな」 「そういうとき心配してる人に一言もなく消えるのはなんで?」 「うーん……どこで何してるのか誰かが知ってたら、それってあんまり一人になってる感じがしねえしな」 「つまり、誰かに把握されてると、たとえ一人になっても日常から離れられないってこと?」 「よくわかんねぇけど、そうかも」 一緒に住んでいたとき、時々ヤムチャが何も告げずにふっと姿をくらますことがあって、それは2人の間でよくケンカの原因になった。浮気を疑うというよりも、ブルマは好きだからこそヤムチャがどこで何をしているのか把握していたかった。どこかに行くのは自由だけれど、何か一言あってもいいと常に思っていた。 けれど今、車の窓からヤムチャを見ていて彼女は初めて気づいた。もともとヤムチャは盗賊である。人当たりが良くて常識があっても、いきなり都会で生活することになってさぞかし窮屈だったに違いない。きっと時々、盗賊だった頃のようにプーアルと気ままに過ごしたくなることもあっただろう。 今、窓から見るヤムチャは、満ち足りていて、幸せそうでもあった。 「今頃気づいてごめんね」 小さく笑ってブルマが謝るのを、悟空は怪訝そうに見つめた。 「声、かけねえのか?」 「うん。ベジータとのことでヤムチャに迷惑かけたくないし」 「……オラには?」 「孫くんはべつにあたしの元彼じゃないから平気」 けろっとして言うブルマに、悟空は肩を落とした。 「で、どうすんだ? 飛び出して来ちまったけど……」 「ねえ! せっかくこんな星の綺麗なところに来たんだからさぁ、あたしのこと抱えてちょっと飛んでよ」 「へ?」 「あたしけっこうあんたたちみたいに空飛ぶの、憧れてんのよね〜。でも頼んだってベジータがそんなことしてくれるわけないしさぁ、ヤムチャとはけっこう普通のデートしてたからあんまり飛んでもらったことないなーと思って。だから孫くん、今ちょっとやってみてよ」 にっこり笑って抱えてくださいと言わんばかりに両腕を伸ばしたブルマを見て、悟空は虚を突かれたような顔をした。もちろん彼にとってブルマを抱えて飛ぶなんて箸を持ち上げるくらい簡単なことだが、そんな頼み事をされたのは初めてで、ちょっと面食らっていた。 小脇に荷物でも抱えるような格好で悟空はブルマを左腕に抱え、スピードを抑えて空に飛び立った。 「うわぁ! すごいすごい! 高ぁい! あ、孫くん、ヤムチャよ!」 悟空が飛び立つときの気を感じて、ヤムチャがキャンピングカーから飛び出して来た。 「ブルマ! 悟空!」 「ヤムチャ〜!またね〜!!」 大きく手を振るブルマと、軽く手を挙げた悟空の姿はすぐに見えなくなった。 「何しに来たんだ、あいつら……」 ゆっくりとしたスピードだったので今からでも追いつけそうだったが、自分の下着同然の格好に気づき、苦笑して車内に戻った。 「こんな格好見られたのか? 気配を消して覗くなんて悪趣味だなぁ、あいつら……」 そして彼はまた、2人が飛んでいった夜空を見ながらビールを飲み干した。今起きた出来事なんて、些細なことだというような表情で。 月明かりに照らされた砂漠と、どこまでも続くような星空を眺めながらブルマは興奮して声をあげた。 「速いのね〜! それに見て、この星! すごいキレイ」 「そうか? オラんちのほうはいつもこんなだぞ」 「んもぅ! ムードないったら。少し合わせなさいよ」 ブルマは自分で飛んでいるかのような気分で、両腕を左右に伸ばした。髪が風にさらさらとなびいた。 「それにしても気持ちいいわね。こうして飛ぶのって。いいストレス解消になるかも。あたしでも練習すれば飛べるようになる?」 「教えてやろっか?」 「教わるのはめんどくさいなぁ。誰かが時々こうして抱えてくれれば済むし。孫くんとヤムチャとクリリンくんで交代制にしようか」 そこに夫であるベジータの名前は挙がらない。悟空はまじまじとブルマを見た。 「……おめぇ、ベジータに対して態度違うよな。遠慮してんのか?」 そう言われると、ブルマは急にしゅんとして小さな声になった。 「あたし、ベジータに好かれてる自信なくなっちゃった」 「えっ?! なんで?!」 悟空は驚いて空中でピタリと静止した。魔人ブウと戦ったときもベジータはブルマたちを守るために捨て身にもなったし、ブルマが死んだことを告げてようやくポタラでの合体も承諾した。悟空ですら、ベジータの弱点はブルマだと知っているのに、なぜ当の本人がそういう発想をするのかさっぱり理解できなかった。 「だってみんなはあたしの頼み事聞いてくれるのに、ベジータはなかなか聞いてくれないんだもん。みんなはあたしのこと怒ったり怒鳴ったりしないのに、ベジータはすぐ怒るんだもん」 まわりに常にちやほやされて育った美人特有の悩みである。しかし恋愛に疎い悟空がそれに気づくはずもなかった。 「それはしょーがねえだろ、あのベジータなんだから」 ブルマが何か言い返そうとして口を開いたとき、同時に2人の腹の虫が鳴った。 「……そういや腹へったな」 「肉まんしか食べてないもんね。どっか食べに行こうか?」 「それならオラ、いいとこ知ってるぞ」 ブルマが場所を聞こうとしたとき、既に悟空は額に指を当てていた。空からふっと2人の姿が消え、後には満天の星だけが残った。 次回、第6話「酒と泪と男と女」! |
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