2. 後悔だらけの夜 | ||||||||
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ああ、こんなことなら、引き受けなければ良かった。 悟空はベッドの上で、激しく後悔していた。 最初に後悔したのは夕食のときである。 まず、悟飯が思いだしたようにこう言った。 「そうだお父さん、さっき誰か来てませんでした?」 「えっ!? だ、誰が!?」 「いや、小さな気だったのですぐに誰だかわからなくて、探ろうと思ったら消えちゃったんですけど……でもなんとなく憶えのあるような……。お父さんと一緒にいたと思うんですけど、誰か来てました?」 「……気のせいじゃねえか?」 「そんなことないよ。ボクも感じたもん」 悟天が悟飯に加勢した。 「えっ、えっと……そ、そうだ! 集金のおっちゃんだよ! 来てた来てた!」 「そうでしたか? でもどうして急に消えちゃったんでしょうね? 気が段々小さくなって、感じられなくなっちゃったんですけど」 「……さ、さぁなー」 もともと上手く嘘をつけるような悟空ではない。話題の人物は実は自分の懐にいるというのに、そのことを隠すなんて悟空にとっては空を飛ぶより難しい芸当だ。夕食など、とても食べているようではなかった。 思わず箸をテーブルに置くと、すかさずチチが突っ込んだ。 「なんだ悟空さ、今日はえれぇ小食だなぁ」 「えっ!? う、うん……なんかオラ、腹が痛くってさ。きょ、今日はもう寝かせてくれ」 立ち上がってよろよろと寝室に向かう悟空の後ろ姿を見ながら、チチはつぶやいた。 「初めてでねぇか? 悟空さが腹痛なんて」 「ぼくたちがいないスキに拾い食いでもしたんですかねぇ……」 寝室のドアを閉めると、悟空はベッドに身を投げ出して大きなため息をついた。すると懐からブルマが這い出してきた。 「ねぇ、孫くん」 「ん?」 「あたしもお腹すいちゃった」 「そ、そう言われてもなぁ……」 「みんなが寝静まったら、なんか食べさせてよ」 「は!?」 思わず大声を出して、二人は同時にシーッと指を口に当ててから、また小声に戻った。 「寝静まったらっておめぇ、チチと悟天はまだしも、悟飯はオラたちが寝てからもしばらく勉強すんだぞ。オラいつも真っ先に寝ちまうから、そんな時間まで起きてたことねえぞ」 ブルマは悟空の胸の上でぺたんと座ったまま、両手を合わせた。 「お願〜い。でないと、あたし餓死しちゃう〜」 悟空はもう一度深々とため息をつき、ブルマを両手ですくい上げてから身体を起こした。 「なんだってそーまでして隠れる必要があんだ?」 両手を顔の前に持ってきて覗き込むと、ブルマは困ったように横を向いて、一層小声になって言った。 「ベジータに見つかりたくないの」 「べつにチチたちにも口止めしとけばいい話じゃねえのか?」 「だって考えてもみてよ。もしベジータが血相変えて飛び込んできてさー、スーパーサイヤ人化して金色になっちゃってて、おでこに血管浮かべたこわーい顔で『ブルマを出せー!』なんて言われたら、誰でも白状すると思わない?」 「うーん……」 「普通するわよ。いくら悟飯くんも強いって言ったって、ベジータには迫力で負けるって。絶対。ベジータが激怒しても白状しないのは孫くんだけよ」 「けどよぅ、オラ、隠し通せる自信がねぇんだけど」 「がんばってよ〜。上手くいったらこんどおいしいモノごちそうするから。ねっ?」 明日のごちそうより、今日の晩飯を満足に食いたい、と悟空は思うのだった。 そして。悟空は今、ベッドに入って激しく後悔している。 慣れない嘘で気疲れしてぐったりしているのに、まだ起きていなければならないのである。いつもならとっくに熟睡の時間だ。チチと悟天はもう寝付いているようだが、悟飯はまだ起きている。睡魔は襲ってくるし、夕飯をまともに食べなかったせいでハラが鳴っている。なんだってこんなやっかいなことを引き受けてしまったのだろう、と今は後悔しきりなのだが、ブルマと話しているとなんだか言いくるめられてしまう自分がいる。 ぐるるるる……。もう一度ハラの虫が鳴り、気持ちが一気に食べ物だけに向かった。もうなんでもいい。とにかく悟飯さえ寝てくれれば。 ん? ガバーッと音を立てて、悟空は飛び起きた。間違いない。いろいろ考えているうちにいつのまにか悟飯も眠ったようである。横を見てチチが寝ているのを確認する。よし。 そーっと足を降ろすと、悟空はベッドの下を覗き込み小声で呼んだ。 「ブルマ」 返事がない。 「ブルマッ」 もう一度呼んでもやはり返事がなかった。 不思議に思って、悟空はベッドの下に手を突っ込んだ。指先が小さくて暖かいものに触れ、引っぱり出してみるとそれはブルマだった。 ブルマは眠っていた。悟空に持ち上げられても気づかないくらいぐっすりと。 悟空は、今日何度目かわからない、計り知れない深いため息をついた。 次回、第3話「発覚寸前」! |
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