12. 冒険の終わり | ||||||||
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「悟空さぁ〜!」 ドアの前に立っているチチに呼ばれ、悟空は身体を起こしてすぐにそこに飛んだ。 「話、終わったのか?!」 「ああ、終わっただ」 「で? もう怒ってねえのか?」 「んだ。もう怒ってねえ」 チチとの会話の合間に悟空がちらっとブルマを見ると、ブルマはチチの後ろから悟空に向かってこっそりVサインをして見せた。 「そっか! 良かったな〜!」 「さっそくブルマさんを瞬間移動で送ってやってけれ」 「うん。わかった」 「あのさ、いきなりベジータの前はやめてよね。まず近場で、父さんか母さんのとこにしといて」 「はいはい」 適当に返事をして悟空は額に指を当てた。ブルマは彼の肩に手を伸ばし、チチを見た。 「それじゃチチさん、ご迷惑かけました」 「よし。見つけた。じゃ、行ってくる」 悟空が軽く手を挙げたとたん、二人はその場から消えた。 チチはしばらくその場を眺めていたが、ふと思いだしたように腕まくりし、 「さてと。洗濯、洗濯」 と言いながら家の中に入っていった。 「あらぁ〜、ブルマさん、お帰りなさい!」 「母さん。ただいま……」 「なんだか最近ブルマさんがいないなぁと思ったら、悟空ちゃんとデートだったのね! いいなぁ〜。悟空ちゃん、ママとのデートはいつになったらしてくれるのぉ〜?」 「えっ…………えっと……」 「あっ、悟空ちゃんにお紅茶お出しするわね。ちょっと待ってて」 悟空はあっけにとられてブルマの母が走っていく姿を見送ったが、ブルマは平然として言った。 「どうもありがと。それじゃ行くわね。孫くん、迷惑かけてごめんね」 「ああ、気にすんな」 悟空はそう言ったが、ブルマがすたすたと歩き出したところで呼び止めた。 「あのさブルマ」 ブルマは足を止め、上半身だけ振り向いた。 「なによ?」 「オラ、ずっと思ってたんだけどさ、ベジータってもともと悪人だろ?」 「は?」 「もともとは地球をぶっこわそうとしてたすげー悪いヤツだったよな。自分だけが強ければそれで良くってさあ、仲間も殺しちゃうような」 「何がいいたいのか全然わかんないんだけど?」 「つまりさー、そんな悪いヤツだったベジータが、今はこうしておめえたちと暮らしてるってすげぇことじゃねぇのか?」 「まぁ……そうかもね」 「ああいうヤツがおめえと一緒に暮らすってことは、それだけおめえのことが好きってことだろ?」 「…………」 「オラそういうこと詳しくねえからよくわかんねえけど、それだけじゃおめえの言ってたアイジョウの確認ってやつにならねえのかな?」 ブルマはその大きな瞳で穴のあくほど悟空を見ていたが、突然ぷーっと吹き出した。めずらしく真剣に言葉を選んでしゃべっていた悟空は気分を害したのか、唇を尖らせた。 「なんだよー、オラおかしなこと言ったか?」 「はは……いや、孫くんらしいなと思って」 笑いがおさまると、ブルマは息を弾ませながら言った。 「あんたさぁ、あたしが帰ろうとしてるときに言ってどうすんのよ。普通は訪ねて来たときにそうやって諭して、帰らせるもんでしょ? そしたら散々付き合わないで済んだかもしれないのに」 「あ、そっか。そうだな。でもよぉ、おめえが来たときはそんなこと考えてもみなかったからな。かくまうので必死でさ。今おめえが歩いていくの見てたら、急に考えちまったんだ。そういうことを」 悟空は頭をかいて笑った。ブルマはそれを見てもう一度笑った。笑い声はやがておさまり、二人の顔には静かな笑みだけが残った。 「でもさ、孫くん」 ブルマはその微笑みをたたえたまま、悟空を真っ直ぐに見据えた。瞳はその日の空と同じ青色で、どこまでも深く澄んでいた。 「二人で久しぶりに冒険したね。ちょっと変わった冒険だったけど、かなりドキドキしたし」 「おっかねえ目にもあったしな」 「けど、けっこう楽しかったかも」 「ああ。けっこう楽しかったかもな」 ブルマの真っ直ぐな視線を受け止め、悟空は少年のような笑顔を見せていた。二人の間には、長い時が流れても変わりようのない不思議な空気があった。 「じゃ、またね」 「おぅ、またな」 ブルマはひらひらと手を振って再び歩き出した。悟空はしばらくその後ろ姿を見送っていたが、彼女が振り返らないのを確認すると、彼女の背中に向けて軽く手を振り、その手をそのまま額に当てて一瞬で消えた。 直後、ブルマが振り返ったときには、草がただそよ風を受けて揺れているだけだった。 おそるおそるドアを開けて覗き込むと、ソファーで新聞を読んでいるベジータの後ろ姿が見えた。ブルマはドアの位置に立ったままで、控えめに話しかけた。 「あの、ベジータ、今回は、もちろんあんたが原因だけど、あたしもほんのちょーっとだけは悪かったかと…………」 「おい」 ベジータが低い声で話をさえぎったので、ブルマは思わずビクッとした。ベジータは振り向かずに続けた。 「何か忘れてるぞ」 「え? な、何が?」 「帰ってきたら真っ先にいう言葉があると言ったのはおまえだろう。言い出したおまえが出来てないようでは、オレも約束できんぞ」 ブルマはまさに豆鉄砲をくらったように、口を開けて目を丸くしていたが、向こうを向いたままのベジータの耳がどんどん赤くなるのを見ると、少女のように笑って彼の背中に飛びついた。 「ただいま! ベジータ!!!」 終わり
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