キミの隣 エピローグ



 「ブルマ」

お願い孫くん。
ほんとに眠いのよ。
もうすこし寝かせてよ。


 男はいらだっていた。数分前、空が暗くなった直後、遠くで愛する女の気がひどく乱れて、まるで自分を呼ぶかのように彼の心をかき乱した。
 その女の安否が気がかりなあまり、大嫌いなあの男の「瞬間移動」という術を使えたら……などという思いが頭をかすめる。
 そんなことを考えている自分、嫌になるほどのあの女への執着、自分にこんな思いをさせている女の身勝手、すべてが不愉快だった。

 この星で孫悟空と呼ばれているあの男が死んでから、いや、正確に言うと、ハゲ頭のチビが、あの男の死の詳細を伝えたあとから、女の様子はおかしくなった。

   あいつ、ドラゴンボールをつかって何をしやがったんだ。

 ベジータは舌打ちする。彼女の変化に気づいていながら何も手を打たなかった自分も歯がゆい。


 そのとき荒野に横たわるブルマを視界にとらえた。地面に降りたってかけより、すぐに触れると、冷え切った身体をしていたが息はあった。外傷は何もなく、顔色が優れない程度で、まるで眠っているようだった。


   生きている。


 その事実に一安心すると、より一層すべてに腹が立ってきた。
 彼はできるだけ乱暴に彼女をひっぱりあげて起こした。

「ブルマ」
「うぅん……眠いって言ってるでしょ〜」
 強く引っ張られ、仕方なく身体を起こして目に入ったのは、悟空の顔ではなかった。
「べ……ベジータ?」
 眠気も吹っ飛び、座ったまま呆然と見上げるブルマに、彼は恐ろしく静かな口調で言った。

「なにをしている?」

 ベジータが、ぶちキレんばかりに怒っているのがブルマにはわかる。彼のまわりに目に見えない怒りのオーラが存在している。そのせいで空気がヒートアップしてパチパチと音を立て、静電気のような光が飛び散る。

「なにをしていると聞いているんだ」

 こんなときの自分には誰も近づかない。昔っからそうだったから、ベジータにはそれがわかっている。目の前の女を怖がらせようとしているわけではないが、怒りがあふれて止まらないのだ。

 だが呆然としていたブルマは、怖がるどころかにっこり笑うと、立ち上がってベジータの首にしっかり両腕を回した。空気が彼女の腕ではじけて微かな痛みがあったが、彼女は少しも気にせずにしっかりと彼に抱きついた。
冷たくなった自分の皮膚に、彼の体温が心地良い。


   生きてるんだ。あたし。


 こうするとそれが実感できる。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
 空気は次第に音を立てるのをやめ、目に見えない殺気が消えた。ベジータは彼女を抱きしめようとはしなかったが、ふりほどきもしなかった。
「大丈夫。愛してるから」
 こんなことを口にするのはブルマも初めてだった。だけど今は言わずに入られなかった。
「あたし決着をつけてきたの。もう歩き出せる」
 回した手に力を込めると、生きてこうしていることの喜びが湧いてきた。

「ベジータ、一つだけお願いがあるの」
 ベジータは何も答えなかった。ブルマは気にせず言った。

「あたしより先に死なないで」
 ベジータは何も答えなかった。
 けれどその力強い手が、ためらいながらも彼女の背中にそっと回された。ブルマが生きてるってことを確かめるように。


ああ、やっぱりそうなのよ。

私たちはみんなみんな幸せになる。

あなたは笑わなくてもいい。
あなたはそこにいるだけでいい。
でもわたしを隣に置いて。

ずっとずっと、キミの隣に。



  オワリ



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