キミの隣 4



 ブルマは呆然として目の前の旧友を眺めた。
 死にそうな思いまでしてはるばる会いに来てやった私に向かって……

「……今、もしかしてバカって言った?」

「言ったさ。バカだよおめぇ」
「ど、どういう意味よ! アンタ、よくもわざわざ会いに来てくれたブルマさんにそういうこと言えるわね!」
 悟空は足を投げ出して座ると、ブルマに席を勧めるように自分の隣の地面をポンポンと叩いた。ブルマはふくれっ面しながらもそれに従っていた。実はここに来てからまだ数分しか経っていないのに、ひどく疲れていたのだ。立っていると少し辛かった。

「オラはおめぇに殺されたわけでもねぇし、おめぇに言われたことで生き返らねえわけじゃねえ。二度死んで、生き返る方法がないだけなんだ」
「そりゃそうだけど……でも孫くん、もし生き返る方法があったら生き返ってた?」
 その質問に、悟空はすぐに答えなかった。ブルマは続けた。
「きっとそれでも生き返らなかったのよね。自分がいると平和じゃなくなるから。あたしがそういう風に思わせちゃったのよ。孫くんにいなくなってほしくてあんなこと言ったんじゃないのに」
「わかってる。オラがいなくなればいいって意味だなんてもとから思ってねえよ。ただ……なんとか方法探して生き返ったとして、また誰かが攻めてきて、オラが戦って地球を守ればそれでいいんだとは思えなくなっちまった」
「それってあたしのせいね」
「ブルマのせいっていうか、ブルマのおかげかな」
「おかげって、何が?」

 悟空は静かに笑って何もない空間を見つめた。

「まわりのライバルも仲間も、普通の地球人と比べたら飛び抜けて強いヤツばっかだろ? それでときどき、自分たちが中心みたいに錯覚しちまう。
 オラも強くなり過ぎちまって、だんだん弱い者とか小さい者の気持ちを忘れちゃうときがきっとあんだよなー」
 悟空が話すのを、ブルマは軽く目を伏せて聞いていた。
「ブルマが言ったことは、オラも他のヤツらも気づいてたはずだ。だけど誰も言ってくれなかったし、オラも真剣に考えてみようとしなかった。だからおめぇが言ってくれたおかげで、直視できたんだ」
「……じゃあ孫くんは、これでいいの?」
「ああ、これで良かったんだと思ってる。
 ガキのころさ、オラなんにも知らなくて、ブルマによく怒られたろ? 変なことしてっとおめえ、オラの頭げんこつで思いっきり殴ったよな。大人になっても、きっと同じなんだ。
 オラが大事なこと忘れたり、間違った方向に行きそうになったら、ブルマだけは、げんこつで殴るみたいにオラにガツーンと言ってくれるだろ。隣でブルマがいろいろ言ってくれると、まわりが見えてくる」
「……それって要するに、すごく口うるさいってこと?」
「うーん。ま、とにかくおめえはそのままでいいってことだよ」
 悟空は頭をかきながら、屈託なく笑った。
「……そっかー。わかった」

 そんな風に笑われると、なんだか悩んでた自分がバカみたいに思えるわよ。ブルマは心の中でつぶやいて小さくため息をついた。けれどこうやって、顔を合わせて話さなければ思いつめてしまっただろうということも彼女にはわかっていた。だから、来て良かった、きっと。
 ブルマはにっこり笑ってから、口の悪い言葉でそれを伝えようと思ったが、口を開けた途端、ふらりとバランスを失った。悟空はとっさに反応して彼女の腕をつかんだが、ブルマはすでに力が抜けていて、その腕は青白く冷たかった。

「ブルマ!」
「孫くん……なんか、すごく……眠い」
「おい! 眠るなよ! ブルマ!」
 ブルマははっきりしない口調で何か答えたが、寝言のようで悟空には聞き取れなかった。長く居すぎたのか? 時間制限があるなら神龍もはじめから言ってくれりゃーいいのによぉ! 心でつぶやきながら、彼はブルマを抱えた。
「よし、オラが出口まで連れてってやるから。眠るんじゃねーぞ!」
 冷え切ったブルマを背負うと、彼は上空に微かに見える光に向かって飛び立った。

「ブルマ! 起きてるか?!」
「……むにゃ〜……」
「オラがしゃべってるから、寝ないで聞いてろよ」
「……うにゅ」
 返事なのか寝言なのか判別できない答えに、悟空は苦笑した。
 そう言えばずっと昔、彼女をこうやって背負ったことがあった。そのときよりもブルマがずっと軽く小さく感じられるのは、自分の成長のせいなのか、力のせいなのか、どちらにしてもこの旧友との間に、長い年月が流れていたことを今更ながら実感した。

「あのなブルマ、変な話なんだけどさ、オラ時々見る夢があんだ。予知夢っていうのか? みんなこうなるんだろーなって、オラ確信してんだ。
 つってもオラはもう死んじまってるから、そんなのありえねえんだけど、なぜかそう思うんだよなー。もしかしたらおめーらもみんな死んだあと、みんなであの世でまた楽しくやるってことかもな。
 それでよ、その夢ってのはさあ、オラもブルマもみんなも、今より歳くってさぁ……

     ‥‥……━★

 変な夢を見てた。


 私たちは恒例行事のようにまた集まってる。私も今より歳をとってる。(と言ってもまだまだ美しいけどね)
 クリリンくん、おじさんぽくなっちゃって。なぜか髪の毛ふさふさ。ハゲてるわけじゃなかったのね。ヤムチャは老けた感じはないけど、すっかりナイスミドルだわね。きっといまだに遊んでるんだろうなぁ。孫くんだけは、それほど変わらない。なんでだろ? ま、あいつは昔っから不思議だらけだから。
 クリリンくんの隣には金髪の綺麗な女の子がそっぽ向いて座ってる。クリリン、でれでれしちゃって。念願の彼女ができたみたい。ずいぶん若いけど。
 のろけまくってるクリリンくんをからかうように、孫くんが隣に座ってる私に何か耳打ちした。なんて言ったのか、夢を見てる私には聞き取れない。

 けど夢の中の歳を取った私は、それを聞いて弾かれたように笑い出した。
 少女のようにカラカラと、お腹を抱えて笑う私につられて、孫くんもヤムチャもクリリンくんも笑い出した。


あの私はきっと幸せだね。

孫くんも、みんなも幸せだね。

これはきっと私たちの未来。
孫くんはもういないのに
なぜか確信してしまう。


いつになっても いくつになっても
みんな同じように笑うだろう。


いつも きっと

キミの隣で。



  『四十二巻 中表紙に捧ぐ』




前へ エピローグ
一覧へ