8 抱きしめたい | ||||||||
|
||||||||
朝。鳥の声。街のざわめき。 トランクスは窓の外を眺めながら、平和な空気をいっぱいに吸い込んだ。 あちらでは、浅い眠りで常に外を警戒し、起きるとすぐにテレビをつけた。またどこか別の都市が、人造人間に破壊されていないかを確認するためだ。 今日の被害者は数千人にのぼります。 彼らはどこどこに潜伏している模様です。 周辺住民は充分に警戒してください。 そしてその地域では大パニック。 ところが奴らは全く警戒していない地域をわざと狙ったりする。 そんな暮らしがいつしか当たり前のようになっていた。 世界は昔、こんな平和な姿をしていたというのに。 客間の時計は10時。仕方ないよ、と彼は思った。昨日はここのブルマにいいように踊らされた。彼女に悪気はないだろうが、トランクスは翻弄されて気持ちが落ち着かず、寝付いたときには夜明け近かったのだ。 ここのブルマを母と別人のようにとらえることは良くない傾向だ。けれどこのブルマはやはり自分の母ではない、とも思う。なぜなら彼女はトランクスを産んでいない。 「屁理屈だな」 と、彼は思わず声に出した。 確かに産んでいないけれど、「まだ」産んでいないだけだ。 オレはどうしてこんなにも二人を別人としてとらえたがっているんだろう? もし別人だという結論が出ても、そんなこと何の意味もない。どっちにしたっ二人は同じ遺伝子を持った人間なのだから。そして自分はその遺伝子をしっかり継いでいる。 トランクスはブルマに借りた服のまま部屋を出た。ヤムチャのスウェットだ。 「こういう無神経なところが母さんだよな」 もしヤムチャさんがあとでその事実を知ったらいい気分はしないだろう。それにもしふいに帰ってきてオレのこの姿を見たら、あらぬ疑いを持つに決まっている。ブルマはヤムチャのちょっとした八方美人すら気にくわないくせに、自分の行動にはかなり無頓着なところがあった。 リビング、キッチン、研究室。彼女の姿はどこにもない。心を落ち着けると、庭のほうに気配を感じることができた。玄関を出ると、つなぎを着込んでタイムマシンと格闘するブルマの姿が見えた。 汗を拭いながら、一心不乱に取り組んでいたが、近づいてくるトランクスに気が付くと彼女はにっこり笑った。 「おはよ。よく眠れた?」 「あ、あぁ・・・」 「そうでもないみたいね。目の下にクマさんがいるわよ」 「えっ!?」 トランクスは思わず目の下を隠すように両手で顔を押さえた。 「こんなプリティーな私と一夜をともにするんじゃ寝不足にもなるわよねぇ。健全な青少年なら当然だと思うわ」 まるでやましい部分があるかのように真っ赤になるトランクスを見て、ブルマは指をさして笑った。 「ぶははは! あんたってホント、ウブっていうか、純心っていうか、からかいがいがあるわねぇ〜!」 「か、からうなよ!一応、オレのほうがひとつ年上なんだからっ!」 子供のようにふくれっ面をしてそっぽを向いたトランクスの目に、出来かけの機械が飛び込んできた。ひどく不格好で大きなそれはおそらく燃料をチャージするための機械だろう。まだ完成には至らないが、それでも形になってきている。 昨日材料を買ってきて、今朝ここまでできているということは、一体何時に起きて作っていたんだろう? いつも朝が苦手で、濃いコーヒーで無理矢理目を覚ましていた母の顔が、トランクスの脳裏によみがえる。 そういえばブルマはずいぶん汗ばんでいるし、手は作業で真っ黒になっていた。 トランクスは誰にも進入されたことのない胸の奥を、ブルマにぎゅーっと捕まれたような感覚に襲われる。 いつもそうだよね、母さんの優しさは理解されにくい。彼女自身に「親切にしている」という自覚がないから、相手にも親切にされたという感情がめばえにくいのだ。 でも母と二人で長年暮らしていたトランクスにはその優しさがすぐにわかった。一番尊敬している母。いつもなら母さんありがとうと素直に伝えている。しかし彼は目の前のブルマに対しては、違う衝動に駆られた。 抱きしめたい。 |
||||||||
|
||||||||
|