7 王子様 | ||||||||
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二人はベンチで先ほどのホットドックを無言でほおばり、心を落ち着けた。 ブルマはトランクスに抱きついたときの感じを思い返していた。ちっともドキドキしない。彼をどんどん好きになっているのは確かなのに、少しもドキドキしない。 一方トランクスは、まだ心臓がバクバク言っていた。素人に手を出してしまうとは……。ブルマにちょっかいを出されたとはいえ、やや理性を失った自分を猛烈に反省するトランクスだった。変に過去に干渉するわけにはいかないんだぞ! なにやってんだオレは! しかも接近しないどころか、ブルマに抱きつかれてしまった。どうしよう……。 食べ終わり、ブルマがすっと立ち上がった。 「助けてくれてありがとう。でも、あんたってちょっと変よ。すぐわけのわかんないことをブツブツ言うし。あたしこんな人とひとつ屋根の下で過ごしてだいじょーぶかしら?」 会話をしないでいるとどんどん怪しまれそうなので、トランクスは程々に話をしてみることにした。彼自身、自分と同年代のころの母が何を考え、何を感じ、どのように生きていたのか興味があった。 「その事だけど……ヤムチャさんはホントに帰ってこないの? ブ、ブルマの恋人なんだよね?ヤムチャさんがいないのにオレが泊まって大丈夫かなあ?」 「関係ないわよ。あそこはあたしんちであって、ヤムチャんちじゃないんだから」 あくまでもブルマはドライである。 「追いだした原因は?」 ブルマはすぐに答えなかった。やっぱり浮気なのかな? 聞いちゃまずかったかな……トランクスが質問を取り消そうかと思ったそのとき、彼女が口を開いた。 「ヤムチャは、いいヤツなのよ。顔も良いし、スポーツできるし、ほんと優しいし。女の子に人気あるの。あいつ私以外の女の子とデートしたりはしないのよ。だから浮気じゃないんだけど、あたしは嫌なのよ」 「なにが?」 「好かれてると思ったらもっと相手に冷たくしてほしい。告白されたらこっぴどく断ってほしい。なのにそれができないの、あいつは。私には特別優しいと思うけど、それじゃだめなの。私だけに優しくしてほしいの。でもヤムチャにそれが出来たら苦労しないわよね。仕方ないとは思うけど、あたしめちゃくちゃ寂しくなっちゃうんだぁ」 少女は恋している。あの、オイルで汚れた作業着ににくわえ煙草の母と、目の前の少女が、トランクスにはまるで別人のように思えてきた。 二人は確かに同じ人間だし、変わっていない部分もめちゃくちゃある。けれどあの母には背負ってきたものが、この少女には母が失ったものが、それぞれ存在している。二人は同一人物でありながら、同時に別人でもあるのだ。 「好きなんだね」 「んー……好きかな。けど、きっとヤムチャとはいつかダメになる」 「え?」 「ヤムチャはすぐ謝ってくれるし、あたしのわがまま聞いてくれるから、長く付き合っていけると思う。だけど、あたしたち何かが欠けてんのよ。あたし、もっと圧倒的な恋がいつか現れたら、ヤムチャとは続かない、たぶん。ま、現れないかもしんないけどさ」 そうして、オレの父と、ベジータさんと恋をしたんですか? トランクスは、目の前のブルマではなく、心の中の母に問いかけた。 「現れるよ、必ず。王子様が」 「おうじさまぁ?! なにそれ?」 「遠い遠い星から来た王子様が、キミのことさらってってくれるんだ」 「ふふ……トラン、へんなこと言うのね」 「ホントだって。オレにはわかってるんだから。信じていいよ」 「そお? その王子様はあたしだけに優しいかしら?」 「たぶんね」 トランクスはそう言って、納得させるように頷いた。少女らしくはしゃぐブルマは、母にはない可憐さと純朴さを持っていて、トランクスは母とはまったく違った意味で彼女が愛おしく思え、微笑んだ。 ブルマはくすくす笑ってから、くるりと振り返り、トランクスの顔を覗き込んだ。 「その王子様、トランだったらいいのに」 トランクスは呆けたような顔をして、間をおいてから急激に赤くなった。 「オ、オ、オレは、オレは−」 言葉に詰まる彼の肩を軽く拳で突いて、ブルマは笑った。 「うそうそ。トランは急いで帰らなきゃなんないんだもんね。冗談だから、そんなに困らないでよ」 トランクスは赤くなったまま、屈託なく笑うブルマを複雑な思いで見ていた。 親しくならない。その誓いを守れる自信がなかった。 |
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