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スタージャッジIII 〜混乱(マゼラン)〜
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あんなに青かった空がつと色褪せ、驚くほど早く赤に変わり始めた。 海は相変わらず輝いているけど、反射光の波長がどんどん長くなってる。 陸地を見やれば木々の緑がシルエットと化しながら、鳥たちを迎え入れてた。 2000年の間、僕は地球の何を見てきたのだろうと思った。 冷めてきた海風が髪の中に潜り込んできて気持ちがいい。海辺で遊んでいた家族連れは宿やバンガローに帰ってしまった。静かになった分、岩だらけの海岸にぶつかっては散る波音が細部までしっかりと認識できる。文字通り海と山の境目で両方の景色を独り占めして、なんだか贅沢な気分だ。 夕焼けは深くなり、周りの空気までが朱に染まっていく気がして、そこではっとした。僕はずいぶん長く、ただ風景を見てたんじゃないのか? 僕は慌てて隣を見て、微笑みを含んだ眼差しとぶつかった。陽子の色白の頬は夕陽の色を映してピンク色。だがその表情は大人びて僕を包み込むように優しく、僕はなぜか前任者の0024のことを思い出した。 「……あ。あんまりきれいなもんで、つい……」 僕の言い訳めいた言葉に陽子はにっこりと笑った。 「そうね。明日もいいお天気になりそうで、良かったね」 僕――スタージャッジ0079――は、地球人の少女、陽子・ジョーダンと日本の小さな離島に来ていた。任務じゃない。ただ「遊びに」だ。本土から150Kmほ離れた面積20平方Kmぐらいの島。遙か昔に火山で隆起したもので、中央部の山からなだらかに続く裾野がそのまま海の中に続いている。 僕らが眺めているここは岩場だが、ちょっと行ったところは砂浜に整備されていて、そこから山に続くゆるやかな斜面はキャンプ場になっており、少し登れば木々の間にバンガローも用意されていた。陽子は以前父親のモロ氏とここにキャンプに来たことがあって、とても気に入っていたらしい。 ちなみにモロ氏は10日ほど前にアメリカに帰っている。陽子は結局、僕と一緒にいるのだと父親を説得しきった。たった三ヶ月だと泣いた陽子の声がまだ耳に残っている。 ひょんなことから陽子に取り込まれてしまったビメイダー用の高純度エネルギーHCE10-9は、まだ半分以上彼女の体内に残っている。エネルギーを一番安全に回収する方法は僕が陽子にキスをすること。僕がスタージャッジであることもキスの意味も判った上で、陽子は僕と一緒に居ることを選んでくれた。僕はただその現実に甘えている。 陽子を眠らせてできるだけ早くエネルギーを回収し彼女の記憶を消してしまうという最適解通りに動くのが僕はイヤだった。それはビメイダーとしてあり得ないことだったけど、第六感(マイニング)回路は大丈夫だと囁き続けている。僕は今、思考や出力をハイレベルにチューンされた時に似た、高揚と不安定の入り交じった状態にあった。 陽子が僕の腕を取った。 「バンガローに戻ろ?」 「ああ」 もう一度夕焼け空を振り仰いだ僕は、遥か上空にチカッと光るものを見た気がした。 「どうしたの?」 「いや……なんだろ。何か……」 そのとたん、頭の中にグランゲイザーのエマージェンシー・シグナルが割り込んできた。上空110Km、ものすごい勢いで地表に向かって飛行する物体がある。ほとんど「落ちて」いるに等しい。大きさから考えて人工衛星やスペースシャトルじゃなさそうだ。 「陽子、悪い! バンガローで待ってて!」 まん丸に目を見開いた陽子を残して、僕は3歩だけ内陸側に駆け上がると宙に飛び上がった。陽子が以前「銀色タマゴ」と言ったカプセルが僕を囲んで上昇した。 このカプセルは僕に特化した簡易電送システムを内蔵した高速移動機だ。サポートアーマー同様、僕に内蔵されている受信装置めがけて電送されてくる。大気圏内での単純移動の際はサポートスーツよりムダが少ないからこいつで飛ぶことが多い。 だが今回のように熱圏にいるグランゲイザーに即行で戻りたい場合は僕自身を電送させるしかない。原子レベルに分解されて再構築されるなんて、あんまりやりたくはないが仕方ない。まあ僕のようなビメイダーは、もともと設計図通りに「構築されて」生まれるわけで、自然人に比べれば電送のリスクは無いに等しいのだ。 あちこちのチップやパーツが微妙に緩んでるような気持ち悪さを感じながら目を開けると、もうグランゲイザー内の電送機の内部だ。考えてみれば十年ほど使ってなかったよ、これ。 違和感を振り払ってハッチを開けコントロールルームに飛び込んだ時、グランゲイザーはすでに高度200Kmに到達していた。二分弱でさらに高度100Kmまで降下。それまでに僕ははっきりと目標を把握していた。長さ300mほどのずんぐりした物体。シールドは発生しているがもはや大人しく着陸できるような速度じゃない。 僕は通信機を公宙(パブリック・スペース)航行の緊急時周波数に合わせた。少なくともこれは地球外船だ。そして最近地球の周囲にいる船で僕が把握していたのはただ一つ。ラバードの船だった。 「地球担当のスタージャッジ0079だ。状況を説明してくれ」 「はん。坊やか。ちょっとトラブルでね」 ラバードの声は歪んでいた。通信状態もむちゃくちゃだろうし。しかし、こんな状態の船にラバード本人も残ってるとは……。 「何人残ってるんだ? 高度20Kmまでに脱出できないか?」 この熱では生体波のキャッチは不可能だった。 「フラーメ達は逃がした。わたし一人だ。ちょっと動けなくてな。かまわんさ。お得意の奴で吹き飛ばしてくれていい」 「わかった。すぐそっちに行く」 「な……!?」 高度20Kmより下がったら地球の大気圏内飛行物とぶつかっちまう。ラバード1人ならそれまでに引っ張り出せるだろう。まだなんだか喚いてるフォンを切ると僕はハッチから外に飛び出す。移動カプセルに包まれて、ひたすら落下するラバードのシップめがけて急降下した。 相手はでかい分空気抵抗も大きいからすぐ追いついた。身体一つになった瞬間強い熱波を感じだが、今度はサポートアーマーが僕の身体を覆い守ってくれる。ものすごい勢いで落下する船――それも極めつけに熱い!――にとりつくのはちょっと大変だったが、ハッチは既に剥がれかかっていてすぐに中に入れた。 「ラバード、どこだ!」 コントロール区画はどっちだ。中央か、前方か。そこらじゅうが軋んで音をたててるし、外郭が崩壊してる場所もある。僕は焦って大声を張り上げながら通路に沿って飛んだ。と、前――というか下――の角からニシキヘビのようなものがのたくってきた。ラバードの髪! 僕はそいつを掴んでぐいっと引き上げた。 「レ……レディの髪を、なんだと思ってる」 つり上げたマグロ……もといラバードは一応文句を言ったが、いつもの勢いがまったく無い。腹部を押さえ込んでる。 「大人しく掴まってろよ」 僕はラバードの身体に手を回すとさっき見つけた破損箇所から飛び出した。グランゲイザーからのデータによれば現在の高度は約23Km。いいだろう。 「ヴァニッシュ」 水平距離にして300mほど離れてから、僕は落下する船を消滅させた。暗い夜空に一瞬のストロボ。落下物を補足していただろうNASAその他に、また「謎」を提供してしまった。でも、謎への好奇心が最後には人を宇宙に連れて行くんだ。 「ラバード、大丈夫か? 戻れば治療マシンが……」 言いかけて僕は口をつぐんだ。ラバードは途上星侵略防止法にはしょっちゅう違反してて……。本気でまずいことも何度かあったんだけど、その……、運用上見逃してたこともあって……。グランゲイザーに入船した個体のデータは自動的に本部に送信される仕組みになってるから、ごまかすわけにもいかないし……。 「4サトゥルあれば……自己修復できる。それより……危険なのは、お前のほうだ」 ラバードの囁くような声に、僕はぎょっとした。 「……スタージャッジ。……マリスの狙いは、お前だ……。あいつは……」 「どういうことだ、ラバード?」 見るとラバードは「眠って」いた。修復活動の優先順位が上がってしまったらしい。 マリスって誰だ? 僕が危険って? ラバードのトラブルとどう関係してるんだ? 長い付き合いとも言える長身の女ビメイダーを抱えたまま、僕はしばらく夜の空に立ちつくしていた。 * * * 僕は意識の無いラバードと一緒に、遊びに来ていた島の山中に着地した。この島はキャンプ場以外での野営が禁止されていたから、夜の森は真っ暗でまったく人気が無かった。ラバードを横たえてみると、腹部から背中のかなり広い範囲に半透膜シートがべったりと貼ってあった。どうもかなりのダメージを受けたらしい。 ビメイダーの身体は頭脳および制御系からなるコア・システムと、筐体と駆動システムを兼ねるボディ部に分けられる。強化細胞タイプのボディなら損傷しても単体独力で修復可能だし、それに要する時間も一般的な自然人に比べて速い。全身に配置されている未分化細胞のおかげだ。ちなみにコア・システムの修復は自分専用のドック(製造カプセル)に戻らないと無理だ。僕のドックはもちろんグランゲイザーにある。ラバードが4サトゥル――約5時間――で修復できると言ったのは、損傷がコアに到達していないことが判ってるからだ。 本部とは既に連絡を取った。スタージャッジの破壊に頻繁に関わっているSJキラーとして知名度があるヤツは5名ほどいるが、それが地球圏に入ったという情報は無いそうだ。元々ビメイダーは記憶のバックアップさえあれば生き返ることが可能だ。特にスタージャッジは職務上短いタイムスパンでバックアップを取るし、本部にも転送された記憶データとそれぞれのドックがある。だから本気で「消す」のはほとんど無理。それにそもそも地球みたいに売りが少ない僻地惑星の担当者を狙っても見合うようなことはあまり無い。 僕は陽子に連絡をとるとラバードを担ぎ上げてバンガローに向かった。 陽子のそばにいた方がいい。ラバードの話によっては陽子をグランゲイザーに連れて行こう。陽子のエネルギーのことを知ってる者はいないはずだけど、僕より陽子に危機が迫ってると考えた方が今は自然な気がする。幸い僕らのバンガローはキャンプ場の一番はずれのほとんど山の中だ。センサーの感度を上げて周囲をサーチしつつ、ラバードを大急ぎでバンガローに運び込んだ。 「こっちよ」 陽子が示した部屋の隅には借りたマット二枚が縦に並べて敷いてある。陽子にとってラバードは「髪の長い背の高いおばさん」で、だからこうしてくれたんだろう。 「ありがとう」 ラバードに向けられた陽子の優しさが嬉しい。僕はラバードを横たえ、でも一枚のマットは外した。これからのことを考えると陽子にはきちんと眠っておいてもらいたい。 陽子が毛布を広げてラバードに掛けてくれる。 「おばさん、大丈夫なの?」 「大丈夫。少し休めば治るよ。それより君も休んだ方がいい」 僕はもう一枚のマットと毛布をラバードから少し離れた処に敷き直すと、陽子をそちらに促した。 陽子は大人しく毛布にくるまった。普段は物怖じせずに「こうしたい」とはっきり言う子だが、僕の仕事が絡んでくると素直に言うとおりにしてくれる。人一倍好奇心旺盛なのにあれこれ聞いてこないのは、僕を困らせまいとしてるからなんだろう。陽子のそういった点にも僕はすごく感謝してた。 「マゼランは寝ないの?」 陽子の枕元とラバードとの間に座り込んだ僕を見上げて、陽子がそう言う。 「ああ。おばさんが夜中に起きて勝手に暴れたら困るだろ?」 陽子がくすくすと笑った。 「このキャンプ場、夜は騒いじゃいけないのよ。キャンプ・ファイヤーもダメなの。だから静かにしてね」 「そうだったね。治ったらすぐ帰らせるよ」 「その時は起こしてね。包帯のお礼言いたいの」 「わかった」 陽子の声は眠そうになってきた。今日はかなり山歩きをしたからね。でもラバードが傍にいて気にならないとは、ある意味剛胆だ。 「……でもマゼランもちゃんと寝ないと……。おばさん、きっと暴れないよ……」 「そうだね。もう少ししたら僕も寝るから。安心してお休み」 陽子の髪をそっと撫でると、陽子の両手が僕の手を挟むように捉えた。ちょっとほおずりして、そのまま目を閉じる。小さな柔らかい掌から、規則正しいゆったりした息づかいが伝わってくる。 ビメイダーは毎日寝る必要はない。もちろん休息時間としての睡眠は必要だし、その時はセルフチェックや情報の再整理も行われる。でも1週間程度連続して稼働していても別段問題は無い。たとえ睡眠時でもセンサーに何かがひっかかれば即割り込みが入り、一気に正常の活動レベルに復帰できる。 スタージャッジは全てビメイダーで、だから僕がビメイダーであることは自明だ。だけど陽子はそれを知らない。というか「ビメイダー」がどういうものなのか、陽子には説明してない。地球にはビメイダーに相当する存在は無いから、どう言ったら……。 ――いや、説明しようと思えばいくらでもできるのだろう……。……ただ……僕が作り物であることを知ったら……陽子はどんな反応を示すのか……。 ビメイダーと自由人の最大の違いは、まず僕らが作られた存在であること。そして誰かの所有物だってことだ。たとえば僕の所有権は発展途上星保護省にある。 職務上、僕の知ってる自由人の多くが犯罪者だったりするので、僕の感想は偏っているかもしれないけど、自由人の中にはビメイダーを蔑む連中が結構いる。この前のシリウス星系の警察官みたいな、あんな敬意をビメイダーに払う人はあまりいない気がする。 実は、被所有が解除されて自由人と同等の権利を得ているビメイダーも存在するらしい。ビメイダーだからもちろん自然人じゃないけど、でも自由人……ってことになるのかな? どうするとそうなれるのか、僕は知らない。自由人って言葉は魅力的だが、だからって自分が自由人になると言われてもピンと来ないしね。まあとにかく、世間一般には自由人=自然人なんだ。 僕は最初から地球に赴任するために生まれた。僕の細胞は酸化還元作用でエネルギーを作り出すことが可能だし、細胞を保つ体液も地球人同様に赤い。前任者の0024が作られたのはずっと昔で、どの種が地球の代表になるのかはっきり特定はできなかった。だから彼は僕よりもっと一般的な体型で、身長も3mはある。でも僕が作られた頃は既に人類の文明が定着していたから、僕は地球人と全く同じ外見を持ってる。陽子と一緒に歩いていても、誰も気にもとめない。 それでも僕は陽子とはあまりに異質な存在なんだ。 2008/5/5
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