スタージャッジ
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揺すぶられたり投げられたり転がり落ちたり。
"繭"は遊園地の乗り物みたいな扱いを受けてた様だが、中の僕は楽しみからはほど遠い所にいた。抜け出そうと必死であがいてるけど気ばかり焦って進まない。横倒しに動かなくなってから既にずいぶんの時間が経ってしまった。

電磁ネットのパワーサプライをたぐり寄せようとして何カ所もぶち切ってしまったため、駆け回る電流で小さな独房の中はひどいことになっている。有機物の分解をする時しか酸素は必要じゃないから窒息の心配はないが、こんな状況が長く続いたら電子頭脳が熱暴走してしまう。僕にとって呼吸はむしろ高出力なボディの廃熱のために必要なんだ。

やっとの思いでネットのパワーサプライを破壊し、サポートシステムを駆動する。いつもの出力が無いのはエネルギー残量が少ないからで仕方が無い。次はクレイ崩しだ。いい方法があるわけもなく、まずは殴りつけるという極めて物理的なやり方で。

何も見えない暗闇で、頭の中に陽子の映像がリフレインしてる。楽しそうな笑顔、笑い転げる声、光を弾く髪、心の内を正直に映し出す大きな瞳‥‥。

ラバードは陽子達をどうしたんだろう。

あいつは僕と同じく創造主を"殺せない"ビメイダーだし、地球人はラバードを造ったスブール星人とよく似てる。僕の第六感(マイニング)回路も大丈夫だって結論を出してる。でも‥‥。

渾身の力を込めて肱をクレイにぶち込むと、やっとめり込む手応えが戻ってきた。寸分違わず同じ場所に二度、三度と打ち込めば、ぼこり、と穴が開き、淡い光が入ってくる。

スタージャッジはその星の生命と必要以上に関わり合ってはいけない。僕らの存在そのものが、僕らの任務に反してる。

だから初めてだ。僕にとって初めてだったんだ。
こんなに長いこと、他の誰かと一緒に過ごしたことは‥‥。


壊れた部分に肱を押し込みぐっと力を入れると、厚い粘土の殻が少しずつ壊れていく。ネットが身体に巻き付いてるおかげで自由が効かず、まだるっこしい。

ラバードは陽子の中のHCE10-9を狙ったんじゃない。ただ僕に対するアドバンテージを取るためだけに、彼女を捕まえた。狙いは的中だった。ラバードの髪の中から陽子が現れた時、本当に僕の頭も身体も動かなくなったんだ。生まれて初めて‥‥恐ろしいと思った‥‥。

粘土がだいぶ壊れて片腕が自由になってからは早かった。ひな鳥よろしく殻から転がり出る。身体に巻き付いてるネットの残骸をむしり取り、しばし飢えたように息をついた。

「なんだろう、ここ?」
僕の居たのは不思議な丸い部屋だった。袋のように床から壁まで一体に繋がってて妙に柔らかい。壁を撫で、拳で押してみる。ぐんと突いたら肱まで埋まってしまった。引き抜くのは簡単だったけど、いまいち気色が悪い。とにかくグランゲイザーとのチャネルを確認してみた。問題は無い。僕のいるのは太平洋上。海抜4Kmぐらいの場所らしい。

と、天井から声が響いてきた。
〈お目覚めかい?〉
「ラバード!?」
〈ずいぶん手間取ったじゃないか。中で壊れちまったかと心配したよ〉
「あの二人をどうした!?」
さもおかしそうな笑い声がした。
〈知りたきゃ上がってくるんだね〉

声と同時に天井の一部にぽこりと穴があいた。飛び上がってみる。案の定天井も柔らかく、多少握力があれば貼り付ける。ヤモリにでもなった気分。ここから上がって来いって意味なのか?
「う、わ‥‥っ」
手足がいきなり何かにつかまれた。天井が変形してるんだ! そのまま首がもげそうな勢いで上に引き上げられた。
がくんと止まった所は、非対称が基調のちょっと酔いそうな部屋の中。腕も脚部も元天井だった物体にくるまれて動かせない。

奥に座っていたラバードがつかつかと歩み寄ってきて僕の頭にぽんと手を置いた。
「思うままになってくれると、坊やも存外可愛いな」
「ふざけるなっ 二人をどうした!」
怒鳴ってその手を払う。といっても僕にできたのは頭をめちゃくちゃに振っただけだ。ラバードは人を馬鹿にしたように笑う。
「滑稽だな。そんなに感情的な様子を晒すなど、ビメイダーらしくもない」

‥‥その通りだ。ビメイダーは任務を遂行するために常に最善の手を選び、行動するように作られてる。決して感情にとらわれること無く。いろいろな立場の異星人が絡み合う中で長期に渡って星の自然な進化を保つスタージャッジの任務をビメイダーが担っているのはその特性が故のことだ。

ラバードが少し身をかがめ、バカにするように僕をのぞき込んだ。
「そのうえ変身もできないと来た。エネルギー不足なんだろう? 品薄だって話は聞いてるよ」
そんな情報交換のルートもあるのか。スタージャッジをジャマに思ってる奴等は多いから。確かに今の僕は緊急形態になれないどこじゃない。繭からの脱出にかなりパワーを食った。あと数時間もしたらきっと動くことさえできなくなるだろう。

僕が黙っていたので、ラバードは面白くなさそうに奥の椅子に戻った。何か手元で操作すると横の壁の一部分が明るくなり、9分割の画面にいろんな映像が表示される。そのうちの1つが全体に広がった。

表示されたのは入り組んだ通路の集合体。ざらついた画面の感じから考えて、たぶん天井が半透視材で出来てるんだろう。こちらから相手の様子は見えるけど相手からはただの壁にしか見えないという至って行儀の悪い素材だ。ごちゃごちゃした通路がざっと流れ、角の小さな部屋になっている部分がアップになった。
「陽子!?」

小部屋の中の陽子はスブール風の不思議な形のソファによじ登り、手を伸ばして天井を真剣に見回している。目元は泣きはらして赤く、両腕に巻かれた包帯が痛々しい。そのうち部屋に親父さんが入ってきて、二人で何か話し始めた。確かにそう緊迫感は感じられないのだが、この親子、その点だけは信用できない。

「ラバード、貴様‥‥」
「おっと、勘違いするなよ。わたしだって置いてくるつもりだったんだ」
「なに?」
「小さい方が固まったお前にしがみついてうるさくてな。引っぺがしてお前だけコンテナに放り込んだんだが、扉を開けといたら入って来たんだ。大きい方もだぞ。別にムリヤリ連れてきたんじゃないからな」
「陽子が……」

あぶなっかしくて、明るくて、子供みたいな陽子。
なのにメアロタンギの時も逃げずに手伝ってくれた。ラバードに捕まった時さえ、僕の命乞いをして‥‥。

なんでって思う一方で、少女の言葉も行動も、全てがとてもあったかく蘇ってくる。

‥‥‥‥僕はたぶん、きっと、ずっと、とても、嬉しかったんだ‥‥。


ラバードは妙に寛容な笑みを浮かべて僕を見ていた。
「スタージャッジのくせに星の人間を手なずけたりして、この不心得者が」
「‥‥不心得か‥‥。そうかもな‥‥」
「まあいい。非力な地球人の仲間なぞ何人増えても同じだ。お前が規則だらけのダイヤモンド頭じゃないと分かって好都合だ。実はな‥‥」

「その前に、ひとつ聞いていいか?」
「なんだ?」
「陽子達のいる場所、迷路みたいに見えるんだが‥‥」
「そうだ。せっかくだから知能検査に協力してもらおうと思ってな」
「知能検査だぁ? もうちょっとマシな方法、思いつかないのか!」
「翻訳器も出て無い未開惑星なんだぞ! 迷路が一番手っ取り早いだろうが! ほら、対角の出口にはちゃんと食べ物も用意してある!」

「‥‥わかった。わかったから、続きを話せ。実は、なんだ」
「わたしが地球を観光地として開発しようとしてることは知ってるな」
「ああ。スブール星の住人はみんなして紫外線に弱いくせに、ご苦労なこった」
「市場は私の同胞だけじゃない。それに海底やドームを使えばスブール人だって楽しめる」

スクリーンの映像は切り替わり、分割された画面に地球の色々な風景が映し出された。きれいなビーチや高原、一方で大量の車やゴミの山‥‥。
「わたしが初めて訪れた頃はこの星にも素晴らしい場所がたくさんあったのに、どんどん人間どもが破壊してしまった。残っている自然もこのままではいつか潰されてしまう‥‥」

ラバードの声音は真剣だ。気持ちの上ではわかる。それでも今の地球と似た道を通って、その後良い環境を取り戻した星もあるのだから。
知能の発達した生命は安楽さを求める傾向があり、一個体あたりのエネルギー消費が高くなっていく。その種が星の中で大きな勢力を持っており、かつ科学水準が低くて生じた負担を環境に向けざるを得ない場合、今の地球のような状況に陥り易い。要は精神と科学水準の進化のタイミングの問題だ。
もちろん最悪の状態から脱却出来ず、文明が滅びてしまうこともある。それでもそれがその星の住人が選んだ道であるなら、他からの個人や組織の恣意のままに変動させることがあってはならない。

「お前さえ邪魔しなければ、多くの景勝地がわたしの支配下で美しく保てていたはずなのに……」
「その星の在り方も生き方も、星の住人が決めなきゃだめなんだって、何度言ったらわかるんだ」
「もし星の人間が宇宙に飛び出し、自らの意志で他の星の人間と交流を始めれば、地球はスタージャッジの管轄から離れ、お前の任務は終わるんだったな」
「ああ」
「だからお前を捕まえたんだ」
「は?」
「地球の代表者にわたしを紹介しろ。交流してやる。あと本部に報告書を書け。『地球は宇宙の住人になりました』って」

「‥‥あんた、本当にちゃんとした交流をする気が、あるのか?」
「もちろんだとも」
スクリーンに地球の立体映像が現れた。ラバードが指示棒で示しながら説明する。
「まず地球人は全員どっかの大陸に集める。一応この一番広いトコを考えてるが、やたら密集するのが好きな生物だからこっちの狭いほうでもいいかもな。で、残りは環境に応じて、適宜アミューズメント・パークやリゾート・パークに‥‥」
「それがいかんって言うんだ!!!」
「なぜだ! 地球人はみんな2割引にしてやるつもりなのに!」
「そーゆー問題じゃない!」

「もうこのダイヤモンド頭! いい加減に説得されろ! わたしがどれだけ苦労してアミューズメント・プランツを開発したと思ってるんだ!」
「アミューズメント・プランツ‥‥? もしかして、フラーメ達が育ててた‥‥?」
「そうだ、見ろこの叡智の結晶を!」
今朝見たばかりの黒々とした芽がスクリーンに映った。それがどんどん成長していく。微速度カメラみたいなもんだろう。それで‥‥。

「‥‥う、うそだろ!?」
芽は大きな木に成長した。きれいに放射状に枝が伸び、それぞれの枝には巨大な実がついている。そのうち幹を中心に枝が回りだした。
「実は乗れるんだ。今日見たあの乗り物を真似て、縦回転するようにしても面白そうだな」

「なんなんだ、これ」
「カミオ星のハウス・プランツを改変したんだ。ここまでするのは苦労したがな。でもあとは蒔いて水やるだけだ。建築の手間がない上に環境にも優しいぞ。ほらほら、他にはこーゆーのもある」

スクリーンにはいくつかの妙な植物が映しだされた。睡蓮のような花が水上をぐるぐる回りながら移動してる。これは花に乗れるようになってるらしい。マングローブのように入り組んだ植物の根をコブがすごい勢いで移動するものもある。うーん、よく出来てる。楽しそうだ。陽子が見たら喜ぶだろうなぁ‥‥って、だめだめ!

「遊園地に現れたのは本当に調査のためだけだったんだな」
「そうさ。そうしたらお前が居たんだ。これも運命だよ、スタージャッジ。風はわたしに吹いている。さあ地球の代表に紹介しろ。本部に報告書を送るんだ!」

ああ、ラバード。まったく、この根性は認めるよ。認めるけど‥‥。

「‥‥少し、考えさせてくれないか」
「おお! その気になってきたか! よしよし、1ヶ月でも2ヶ月でもゆっくり考えるがいい。あの部屋はお前のために用意したんだからな!」
げ、あの無気味な部屋! やっぱり僕対策だったのか。衝撃を吸収する材質って一番やっかいなんだよ。

ラバードは満面の笑みで、僕のそばに寄ってくる。悪いな、ラバード。あんたの要求、呑めるワケないだろ?
「ラバード。それで‥‥。頼みがあるんだ。陽子達に会わせて欲しい。映像だけじゃ安心できない」

ラバードはまた僕の頭をぽんぽんと叩いて、わははと笑った。
「ほうほう。おやすいご用だ。あの小さいのに惚れたようだな、スタージャッジ」

「‥‥えっ‥‥。惚れ‥‥って、お、れは‥‥」

「ビメイダーとはいえ、そろそろそういう事がわかっていい歳だぞ、坊や」

ラバードは至極まじめな顔でそう言った。

===***===

「これ、取ってくれよ、ラバード」
「囚人のくせに図に乗るな。らしいカッコでいいだろう?」
「客じゃなかったのかよ」
「誰が客だ。それにお前は身動きできない方が可愛げがあっていい」

‥‥なんか危ない発言だな〜〜。勘弁してくれ。

ラバードの前を歩かされてる僕は、両腕もろとも上半身を幅広の拘束シートでぴっちりと巻かれていた。スブール星はなぜこーゆーグッズが発達してるんだ、まったく。とはいえ、こうやって素直に陽子のところまで案内してくれるのだから、あまり文句も言えないけど。

基地の上面に出ると雲一つ無い黒い空に星がきれいだった。基地といっても思った通り、そこらでよく売ってる組み立て式の浮遊ステーションだ。長径が150mを越す楕円ボールを半分にしたようなヤツで、居住部や重力エンジンは内部に組み込まれてる。さっき上面と言ったのは断面の平らな部分のこと。昼間はたぶんドームがかかるようになってるんだろう。
ここは基本的には発着場で、甲板と言った方がいいかな。内部に通じるでかいハッチや飛行艇があった。そしてとんがった方の隅に例の迷路の建物が‥‥。こんなトコロに50m四方もの迷路を用意するって門外漢の僕にはその心理はさっぱりわからないや。

ラバードに促されて4m近い迷路の屋根の上に飛び上がった。まるで分厚い氷の上にいるようだ。そして氷の下に広がるのは迷路。ちょっとくらくらする。陽子たちは迷路の中央近くの脱出口の下にいるはずだった。この迷路は途中の天井にもいくつか脱出穴があって、うまくすればそこから抜けられるようになっている。だが天井は高く扉も特殊な錠前でがっちりと施錠してあるから、出口までマジメに歩いた方が早いはず、というのがラバードのコメントだった。

だが、ラバードの予想に反して、"氷原"の一角がゆっくりと押し上がっていく。
「ほう。こんな短時間であの錠を開けたというのか?」

ラバードのつぶやきを僕は聞いていなかった。だっと駆け寄る。半透視材を通して、親父さんの肩の上に立ち、不安定な状態で重い上げ戸を押し上げようとしている陽子が見えた。
「陽子!」
少し上がった戸と屋根の隙間に靴先を入れ、単純な蝶番で開閉するその戸を蹴り開ける。

「‥‥あ。マゼ、ラン‥‥? マゼラン!」
屋根の縁につかまって叫ぶ陽子の頭部はまだ天井面より下だ。僕は縁にひざまずくと頭を延べた。
「僕の首に手を回すんだ!」
「うん! パパ、足につかまって!」
そのまま身を起こして立ち上がり、陽子を引き上げた。屋根に手をかけた親父さんを肩に掴まらせて引きずりだす。

「マゼラン!」
陽子が僕に飛びついてくる。抱きしめたかったけど、こうぐるぐる巻きにされてちゃ無理。でも肩に回されてる細い腕もくすぐったいような髪の感触もその声も、全てが僕の歓喜を呼び覚ます。

「生きとったのか、宇宙人!」
親父さんが拘束シートの上からどんと僕の背中を叩いた。その声にも安堵と喜びがあって、僕はまた嬉しくなる。
「ありがとう、親父さん」


「感動の再会はそのくらいにして。そいつらほんとにあの鍵を開けたのか? ほとんど不可能なはずだぞ」
ラバードが近寄って来たのに気がついて、少し後じさりした陽子に訊ねる。
「なんか、鍵みたいなの開けた?」
「これのこと?」
陽子が取り出したのは南京錠みたいな大きな錠前。曲がったヘアピンがまだ刺さっている。
「それ、アイツに投げ返してやって」
頷いた陽子が問題の錠前をラバードに向かって投げる。受け止めたラバードは驚きの眼で錠前をためすがめつ見ている。電子ロックに慣れすぎて、物理的な仕組みから離れて久しいんだろう。

ラバードが顔を上げて、僕と陽子達を見やった。
「なかなか面白いな地球人も。だが全てはお前との話がついてからだ、スタージャッジ。無事が判ればもういいだろう。その二人は責任を持って元の場所に帰してやる。お前とは話の続きをしよう」

「そうはいかないよ。やっぱりあの話には乗れない」
ラバードはふふんと笑った。
「まあそう言い出すだろうとは思ったさ。ならばお前はこのままここに留め置きだ。お前の今の身体が死んで、新しいお前が生まれた時、古い身体を処分しに来るのは知っている。ならば新しいお前をまた捉えて、徹底的に言い聞かせるだけだ」
「それもイヤだ」
「はん。エネルギーが尽きかけて戦うこともできないお前に、いったい何ができる?」

それが使命だからか、必要だからか。それとも無性に欲しただけなのか。些細な事柄は溶け合って形を失い、僕はただ陽子の名を呼んだ。応えた陽子が僕を見上げる。

「怖い目に遭わせてごめんね。でも、君のことは僕が護るから」
そう囁いて、身をかがめた。

陽子がかすかに息を呑んだ。つややかな唇がわずかに開いたまま動きを止め、驚いたように見開かれていた黒い瞳がそっと閉じた。少女が僕の身体にすがるように少しだけ背伸びをした時、あらゆる感覚が遠く切り離されたように感じた。

そっと触れ合った唇の感触だけが、その時僕の全てを埋めた。

2006/8/26

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