スタージャッジ
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観覧車のカプセルを出て鉄の階段を駆け降りた陽子は、僕の手を引っ張って次のアトラクションに向かう。シートに座ってぐるぐる振り回されたり、ロープや材木でできた障害物をひたすら乗り越えたり(彼女はこういうのがえらくうまかった)、はたまた大きな柔らかいボールに埋もれつつ、足場がぼよんぼよんと弾む妙なトンネルを走り抜けたり。
陽子は本当に明るい子だった。列に並んでいる時すら何か楽しみを見つけた。それは雲や敷石の形だったり、木や草やそこにいる小さな虫だったりするのだ。たった1時間かそこらの間に僕は10年分も笑った気がする。

「楽しいね、マゼラン」
「ほんとだね。みんな、おもちゃみたいな乗り物なのに……」
「マゼラン、遊園地に来たこと、なかったのね」
「ああ。こういうのに乗ったのは初めてだよ。そうか。君は何回も行ってるんだろうね。お父さんの仕事がそうなら」
「うん。もう飽きるくらい、いっぱい」
「飽きるくらい? やっぱりいつかは飽きるの?」

陽子はさもおかしそうにくすくす笑った。
「あのね、マゼラン。遊園地が楽しいのは乗り物があるからじゃないのよ」
「え?」
「一緒に居て楽しくなる人と一緒だから楽しいのよ!」
「……はは……そうか……。じゃあ……」

日頃使ったことのない思考回路をフル回転させ、必死で言葉を探してる僕の腕を、陽子ががしっと掴んだ。
「アイスクリーム屋さんよ!」
あ、はい。たしかにアイスクリームだかジュースだかのスタンドが……。
「マゼラン、何が好き!?」
「……え……、あ、バニラが……」

あーあ。もう走っていっちゃった。

もう、難しい任務だなぁ。……でもまあ、いやじゃ無い。むしろ……って、ダメだろ! もっと焦れよ、0079! 

僕はちょっとだけ本部に状況を報告しようと通信機を出した。見た目はほとんど携帯電話だから怪しまれることはない。
「こちら0079」
〈0079、エネルギーは回収できましたか?〉
「いや、まだです」
〈少しもですか? 何やってるんです。アーマーも着用できないし、そのままだって15時間ぐらいしか持たないでしょ〉
「言われなくたって僕が一番わかってますよ! ところで例の"芽"は……」
〈カミオ星の鉱植物のようです。ただ遺伝子操作されているので詳細はまだ不明です〉
「カミオ星。たしか住民は珪素系でしたよね……」

「見〜つ〜け〜た〜ぞ〜」
「うわっ」
いきなり肩を捕まれて慌てて通信を切る。乱暴に向きを変えさせられたら、目の前にあの人が居た。
「あ……、親父さん……こ、こんにちは……」
「貴様、陽子をどこかに連れて行こうと企んでるんだろーが、そうはいかんぞ!」
「そんなこと企んでませんって! だいたいほら、どこも行ってないでしょ」
「当たり前だ、ワシの娘が勝手にどこかに行ったりするものか!」
「わかってんなら、いーじゃないですか!」
「スタンドで張っていれば、アイスクリーム好きのあの子は必ず来ると思っていたのだ! だから園内のスタンド3カ所をぐるぐると……」

「パパ。もう終わったの?」
見ると陽子が山盛りのアイスクリームを載せた大きなコーンを二つ持って立っていた。
「おお、陽子! 大丈夫だったか!」
「何が? とっても楽しかったよ。パパの方は? またお仕事だったんでしょ?」
「え……あ、ああ、まあな。もう、終わったよ」
「じゃ、一緒に次のアトラクにいこ! 船のあったよね」
「おお、バイキング・アドベンチャーだな、よしよし、それならあっち―――」


急にあたりがうす暗くなってゆく。上空には大きな輸送艇。そこから黒いシミが広がり出し、遊園地が黒いドームで覆われていく。コヒーレント制御をかけた紫外線反射粒子……。やつらか! でもなんでこんな所に?

あたりがざわつき始め、いくつもの悲鳴も上がった。だがモロ氏はおちついたものだ。
「新手の参加型アトラクションか?」
「違いますよ! あいつらは……」
「ウミウシじゃないの?」
「なんで!」
「ほらみて、あの旗のとこ、なんかくっついてる」
見るとポールにフラーメが数匹はりついてる!

「陽子。ウミウシは海の生物だし、あんなに大きくないだろう?」
「うん……。でもなんか似てない?」
「宇宙人なんですよっっ! あれはっっ!」
「本当か?」
「本当です!!」
「では避難の放送を流さないと……」

「スタージャッジ、見つけた」
「やっぱりいたな〜」
広場の真ん中、3匹のフラーメが頭に大きなリボンをつけた巨大な犬のような生物をつれて降りてきた。まずい。コイツはメアロタンギ。ラバードのペットだけど、かなり凶暴なんだ。波長の長い光だけが射し込む中、赤みを帯びた6つ足異形の姿は恐ろしげだ。広場にいた人達が悲鳴を上げて逃げ始めた。

「陽子! 君も早く逃げ―――」
「ウミウシが鳴いてる……。もしかして、しゃべってるのっ?」
宇宙共通語のひとつだから地球人にはわからない……っていうか、それ以前のことで驚いてくれ、頼むから!

「スタージャッジ、通信の電波でいるの判ったぞ。調査のジャマはさせないからな」
「調査だと!? なんの調査だ!」
「言わない言わない」
「言ったらまたラバード様に怒られる」
「でも今日はメアロタンギ借りてきたからな。覚悟しろ」
「いけー、メアロタンギ!」

6本の足が、ぞろり、と波打つように動く。
「下がって!」
二人を後ろに押しやって飛び出す。メアロタンギはトランポリンでも踏んだように高く飛び上がる。僕はぐんと距離を詰めると、まだ宙にいるヤツの中足を掴み、背中から地面に叩きつけた。掴み換えた前足ごと仰向けになったやつの顎を押さえ込む。だが中足と後ろ足ががつんと背中に入ってきて絡みつき、ものすごい力で締め付けてきた。

「マゼラン!」
「こりゃ、陽子!」
「ばか! 早く、逃げ……」
すぐそばまで駆け寄ってきた陽子が慌てて追っかけてきた親父さんに捕まった。驚いたことに陽子の手にはまだアイスクリームが……
「そうだ、クリーム! それ、コイツに食わせて!」
「は、はい」

のど元を押さえられてがばっと開いているワニみたいな口に、陽子はこわごわとアイスをコーンごと放り込んだ。ごくんとそれを飲み込んだメアロタンギが押し黙る。
「もっといるの?」
「頼む!」
「どの味が……」
「なんでもいい! あっ コーンはいらないよ!」
「パパ、アイスアイスアイス!」
「なんだなんなんだ!」
陽子が親父さんを押しやるようにぱたぱた駆け去る。メアロタンギがまたぎゃーぎゃー言い始めたが、中足と後足が弱まってる。みしみしいってたボディが少しラクになった。効いてるな。もっと食わせりゃ大丈夫だろ。

「おまたせ!」
陽子が大きめの四角い容器をかかえて走って来た。おやじさんの方は2つも。ケースごと外してきたらしい。
「そこらに置いて、下がって!」
二人は地面にアイスクリームのボックスを置く。匂いで気づいたのかメアロタンギが暴れ始めた。親父さんが陽子を引っ張るように離れたのを見計らい、力をゆるめる。メアロタンギが跳ね起きるより早く、僕は二人の前に戻ってた。
思った通り、メアロタンギはアイスクリームに向かって突進し、手近の容器に鼻先を突っ込んだ。長い舌で容器からアイスの塊を巻き取り、頬を膨らませてがぶがぶと食べている。次の容器に移る時は足どりがだいぶおぼつかなくなっていた。

「ど、どーなっとるんだ?」
「あいつ、甘いモノが大好物なんですが、乳脂肪喰うと酔っぱらう体質なんです」
「なるほど。しかしどーしてそんなこと知っとる。さっきもウミウシ語を話してたな。貴様、何者だ?」
「い、いや、あれは……ん? 陽子、どうしたの?」
陽子は小さな握り拳を両の頬にぎゅっと押し当て、えらく妙な顔つきでメアロタンギを見ていた。
「あんなに急いでアイスかじって……。……歯が……。冷たい……」
「…………大丈夫だと思うよ……」


「こら、食うな!」
「知らない人から食い物もらうな」
「わー、メアロタンギが!」
ウミウシ……じゃない、フラーメたちが必死で尻尾を引っ張るが、メアロタンギは前足で3つ目の容器を抱え込み、幸せそうに眠りこけていた。
「それだけ食ったら当分起きないだろ。さっさと連れていけ!」
「くそー」
「覚えてろ、スタージャッジ!」
「ラバード様に言いつけてやる!」
フラーメ達はメアロタンギを担ぎ上げ、ぞわぞわと逃げていった。


たくさんの人が広場を避けるように逃げていたけど、そのあとをフラーメが追っている様子はない。既に人が居なくなったアトラクションをフラーメ達がしげしげと眺めている。

「観覧車が止まったままなのが気になる。停電にはなってないと思うんだが」
モロ氏が言った。確かに観覧車は止まっていた。中心の部分やカプセルにもフラーメが数体貼り付いている。
「ウミウシどもがかじって故障したのでは……」
「あいつら草食です。それにラバードは広域指定されるような乱暴なマネはしないタイプなんだけど……」
「どっちにしろ早く追い払わないと、ゴンドラに乗ってる客がパニックを起こすぞ」

「となるとまずは"勧告"してみるのが一番手っ取り早いんですが……。うーん、どうしようかな。さっきから避難の放送してる設備をこっそり貸してもらえないでしょうか」
「こっそり……?」
「はあ……。僕がウミウシ語を話せる事とか、あんまりおおっぴらにすると色々……」

モロ氏は髪を掻き上げるとにやっと笑った。
「いいだろう。案内しよう」

僕はアイスクリームの旗が立っていた鉄のパイプをパキンと折り取った。こんな棒でもあると無いとじゃ大違い。
「で……陽子。君は車のところで待ってて……」
「あたしも一緒に行きたい」
「危ないからだめだ。フラーメがまた来ると思うし」
「怖くないもん」
「だめだってば」
「やだ」

「陽子。かえってジャマになる。言うこと聞きなさい」
モロ氏がいきなり厳しい声でそう言った。陽子がちょっと涙目になって黙る。ひたすら甘いだけの父親だと思ってたのに、そうじゃなかったんだ……。

うつむいた陽子はひどく幼げに見えて、なんだか可哀想になった。僕は陽子の手を取った。
「ちょっと行ってくるだけだから。すぐ戻るから」
「……うん……」

「くおら〜〜! 娘に触るな! 誰のせいでこんな事になったと思っとる!」
「ぼ……僕のせいじゃないですよ!」
「さっさとしろ! こっちだ!」
「はいはい! じゃ、陽子!」

陽子は少し潤んだ瞳のまま、それでも僕らのやりとりにおかしそうに笑って、手を振った。


===***===

モロ氏は園内のルートに呆れるほど詳しかった。案内板を何度か見ればすぐ覚えてしまうのだそうだ。どう見ても通り道じゃない建物の裏やら、時にはフェンスを乗り越えて僕らは走った。それでも何度かフラーメに見つかったが、幸い少なかったのでなんとかなった。

奴らの飛行船の割にそばで、空いているインフォメーションを見つけた。係員が慌てて逃げたらしく、ドアの鍵も開いていたので助かる。中に入るとモロ氏がスイッチをパチパチと切り替え、パネルから伸びているマイクを僕に示した。
「いいぞ。勧告とやら、話すといい」
「ありがとう」

僕はマイクに向かって大声で叫んだ。
「こちらスタージャッジ。スブール星のラバードとフラーメ達に告ぐ。君達は途上星侵略防止法及び星間交易法23条に違反している。20標準クロノス以内に全員退去せよ。これは勧告にあたる。指示に従わない場合、各個体の生体波が第3級の星間指名手配のリストに記録される。指揮命令系統の末端にあたる者も同様である。全員速やかに飛行船に戻り帰還せよ」

どうなんだろう。うまくフラーメ達に聞こえたかな。いつの間にやらモロ氏が外に出ていて、小さな窓ごしに指を1本立ててきた。さっきの台詞をもう1度繰り返すと、今度は親指と小指で作った丸のサインが送られてくる。僕も外に出てみた。
「いったいなんと言ったんだ?」
「15分以内に撤退しろ。さもないと指名手配リストに載せるぞって」

そのうち黒い雲の中から赤いトレーラービームが伸びてきた。アトラクションに貼り付いているフラーメ達がぞろぞろと降り始める。トレーラービームの中をフラーメ達が上がっていくのがわかった。親父さんがどんと僕の背中を叩いた。
「おい、うまくいったみたいだぞ」
「ああ、よかったですよ。素直で」


「撤退はしてやるが、お前も言うとおりにしてもらおうか、スタージャッジ」
えらくクリアな標準語にぎょっとして振り返った。
「ラバード!!」
オレンジと黄褐色の派手なボディスーツを身につけたその身体は地球の女性と似ているが、身長は2mを遙かに越す。いつもはきつく結い上がっている頭部の髪がざらりと下りていた。

「こんなところにわらわら出てきて、何を企んでるんだ、ラバード!」
「こっちの仕事はお前のように単純じゃないんだよ、スタージャッジ。毎度毎度ジャマしおって。だがこれで、終わりにしてもらうぞ」
ラバードがぱちんと指を弾くとバズーカ砲のようなものを持ったフラーメが数体現れた。強化合成人間(ビメイダー)捕獲用の電磁ネットと……クレイ弾か! 僕は親父さんを庇いながら一歩下がる。これは逃げないとまずいことになりそうだ。

「おっと動かないでもらおう。でないと仲間が死ぬぞ」
「仲間? 僕に仲間は居ないぞ?」
戸惑った僕を見て、ラバードはふふんとせせら笑った。くいっと小首をかしげると、ラバードの毛先で巻かれた塊が前に引き出された。上の部分がぱらりとほどける。そこからこぼれた明るい栗色が目につき刺さるような気がした。

「陽……子……?」
「パパ! マゼラン!」
肩から下をぐるぐる巻きにされたままの陽子が叫んだ。

「この化け物!!」
「あっ だめだっ」
飛び出したモロ氏がラバードの髪に巻き付かれ、頭まで完全に包まれてしまう。
「パパっ」
「よせ、ラバードっ! その二人は僕と関係ない! 正真正銘の地球人なんだ! さっさと放せ!」

「関係ない? これでもか?」
ラバードの口元が歪む。陽子の目が大きく見開かれた。
「あ……ぃやっ…ああーっ!」
「やめろ―――っ!」

締め付けられていたラバードの髪が緩み、陽子が喘いだ。
怯えと苦痛で、少女の吐息が震えている。

僕の頭や胸の中で熱い、ものすごい圧力を持った何かが暴れ回る。それは痛みに近くて、抑えるのに少し、時間が必要だった。

「‥‥ラバード‥‥。言う通りにするから。その人たちに手を出すな」
「私だってよそ様の星の住民を殺す趣味は無いよ。用があるのはお前だけだ」
「その言葉、忘れるな」

フラーメが大筒を構える。それを見た陽子が悲鳴を上げて暴れ出す。
「マゼラン、逃げて、逃げて! 撃たれちゃうよ!」
「なんだ、何を騒いでる」
乱暴に揺すられても陽子は黙らない。ラバードを見上げて言いつのる。
「撃たないで! マゼランを撃たないで! あの大きな動物だって殺さなかったでしょ!? ウミウシも殺さなかったでしょ!?」

身体の中の熱い塊がまた動きだす。もし僕がもう少しなんとかできてれば、君はこんな怖い目に遭わなくてすんだのに‥‥。なのに‥‥君は‥‥

必死に何かを訴えてくる少女をラバードは面白そうに見ていたが、すぐに僕に向き直った。
「何を言ってるか判らん。黙れと言え。頭がくすぐったくてかなわん」

「陽子、落ち着いて。こいつら僕を殺す気は無いんだから」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとだ。お父さんと逃げることだけ考えるんだ。僕は大丈夫だから」
「‥‥うん‥‥」

僕は自分の身体の機能をサポートしているセンサーや小さなパワーユニットを全てオフにした。どちらにしろ電磁ネットで巻かれればサポート機能は使い物にならない。あとは合成人間として持って生まれた力しか使えない。

体中に今まで経験したことの無い感覚が広がっていた。たぶんそれは、自然人の言う、不安とか恐怖とか、そういった感覚。‥‥もし、陽子に何かあったら‥‥。だが今は賭けるしかない。

「陽子。ごめんね。でも大丈夫だから‥‥」
それでも僕は、まあまあの笑顔を作ることができた。陽子は涙でいっぱいの瞳でこっくりと頷いた。

「いいぜ、ラバード」
ラバードがぱちんと指を鳴らした。1体のフラーメが進み出て砲を構えた。

電磁ネットの衝撃は思ってた以上だった。筋肉が引き攣れて思うようにならない。きつく巻き込まれて、たまらず倒れ込んだ。ラバードが近寄ってくると僕を荷物よろしく掴み、ぽんと投げ上げる。クレイ弾が3発、僕の身体で弾けた。地面に落ちた時、僕は既に白い分厚い速乾性の粘土で覆われて繭に入ったようになっていた。

外と遮断される寸前、僕の名を呼ぶ陽子の哀しげな声が聞こえた。


2006/8/12

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