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スタージャッジ
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部屋に戻った僕は机――移送機――の引き出しを開けた。とにかくエネルギーを摂っておかないと、いざって時に動けない。エネルギーボードは地球のもので言ったら……そうそう、大きめの板チョコみたいな外形だ。地球の出動頻度なら1枚で3ヶ月程は持つ。 あれ、ボードが無い。なんで? ヴォイスはちゃんと送ったって言ってたよな? グランゲイザーの中継ポイントにひっかかってるかとも思ったけど、無い! ログはちゃんとここまで電送されてることを示してる。僕は焦ってボードを探し回った。はずみで飛び出しちゃったとか?(そんなことある訳無い)。実際に移送機の下や裏も見たけど、無いんだ!! 部屋を見回す僕の目に恐ろしい物が飛び込んできた。屑入れの中の丸まった銀色の……。がばっと取り出して伸ばす。エネルギーボードを包んでたはずのシールドシートじゃないかっっ! ってことは…………!! 僕はだっと部屋を飛び出した。隣の、あの陽子・ジョーダンと名乗った少女の部屋のチャイムを鳴らす。陽子はすぐに出てきた。 「あら、マゼラン、どうしたの?」 「あ……あの、君……、も、もしかして、机の中にあった……」 「あっ チョコレート! ごめんなさい、あたし、全部食べちゃったわ!」 いきなりエネルギー残量がゼロになった気がした。思わず柱に手をつく。陽子が心配顔で僕の顔を見上げた。 「大家さんのプレゼントだと思って……。好きなチョコだったの? なんとか探して返すから……」 ………そういや、あれ、人間が食べてなんともないのか? あれが原因でこの子が死んじゃったりしたら……。と、とにかく本部に聞いてみよう。不用意に怖がらせちゃだめだ。僕は慌てて作り笑いをした。 「……あ、いいんだ。ちょっと……変わったチョコだったろ、だから……」 「でもすっごく美味しかったわよ。どこで買ったのか教えてね」 「……知らないんだ。もらっただけだから」 「そうなんだ。じゃあ代わりに今度、あたしの好きなチョコレートをあげる。お祖父ちゃんちのそばにあるの」 「うん、ありがと。じゃあ」 僕は挨拶もそこそこに部屋に戻ると通信機を取り出して本部にアクセスした。 〈あら、0079、また事件?〉 「大変です! 送ってもらったエネルギーボードを地球人に食べられてしまいました!」 〈それはまた、珍しい〉 「珍しがってる場合ですか! あれ、人間が食べて大丈夫なんですか!? その子に何か……」 〈安心しなさい。あれはほとんどの生体に無害です。プラスもマイナスも、なんの影響も与えません〉 「エネルギーはどうなるんです」 〈そのまま体内に蓄積しています。吸収システムを持つ貴方なら簡単に取り出せますよ〉 「どうやって?」 〈表皮の薄い部分から吸収するんです。地球人の構造からして唇が適切でしょう〉 「……くちびるから……どう……?」 〈……0079のシステムは……なになに、エネルギーは経口摂取と……。ならば当然く……〉 「ちょっと待って下さい! 地球の習慣において、そーゆー行為はですねっ!」 〈各惑星での習慣云々は派遣されている担当員が担うべき問題です〉 「無理ですよっ 僕は次のボードが来るまで、グランゲイザーで眠らせてもらいます!」 〈スタージャッジ0079! おまえはあのエネルギー……HCE10-9の重要性をなんだと思っているのです! 指名手配中の広域犯罪者であれを手に入れたがる者がどれだけいるか!〉 「……そ、それは………」 〈問題の地球人の生命を気にしなければ、HCE10-9を一気に吸い出すことも可能です。その場合、HCE10-9の移動経路となる表皮細胞は熱により広範囲の壊死を免れないでしょう。表皮の薄い部分からエネルギー流量を押さえつつ徐々に回収するのが最も安全な方法なのです。惑星原住生命の遺失は極力避けるのが本部の方針なのはわかっていますね〉 「……わかって、います」 わかってる。もちろんわかってるさ。 そんな方針なぞ無くたって、あの子をそんな目に遭わせられるか! 「とにかくエネルギー回収に全力を尽くします」 〈回収が完全に終了するまでその人物を監視下に置きなさい。スパイ・クリーチャの使用も許可します。それから例の植物は?〉 「あ、忘れてた。すぐ送ります!」 回収してきた芽をケースごと一番下の引き出しに入れ、机の裏に掌を当てる。上面に現れたコンソールに手早く座標をセットして送信した。机がかすかに振動する。引き出しを開けてももうそこには何もない。 そこまで終えて、僕は椅子に座り込んだ。 なんてこった。 陽子からエネルギーを返してもらうには、僕は、彼女に……地球人が言う……つまり……キスをしなきゃならないらしい。 キスというのが地球人にとってどういうものか、なんとなくは判ってる。物理的な生殖行為の1プロセスが、人間の社会的進化に伴い、異性とのコミュニケーションを主要目的とする精神的行為に変形したもの。相手の身体に物理的な障害を残すようなものじゃないが、若い個体や女性にとっては精神面に与える影響が大きい…… わー、こんな知識あっても、ぜんぜん役に立たないじゃないか! 困ったことには時間も無い。24時間過ぎたら今の僕は"死ぬ"。そうしたら任務は半年前の僕が引き継いで、そいつが………。 考えたら嬉しくない気持ちになってきた。過去の僕は陽子のこと知らないんだぞ。そりゃ僕だってそんなに知らないけど、少なくとも……。だからってグランゲイザーに戻ってバックアップ取ってたら半日はかかる。その間にあの子がやばい連中に捕まったら……。 とにかくあの子のそばにいなきゃ。エネルギーのことはそれからだ。 ピンポンとチャイムの音に顔を上げる。ドアを開ければそこに居たのは目下大問題中の地球人、陽子だった。 「マゼラン、いろいろごめんね」 そう謝る少女の顔を、僕は改めて見つめた。 陶器みたいにすべすべした感じの色白の肌。ほんのり上気した頬。明るい色合いのゆるやかな巻き毛に、くるくると表情豊かな黒い瞳が印象的。すっきり通った鼻筋に、艶やかでふっくらピンク色の……。 ……って、だめだめだめ! 意識するとこっちが思考停止になっちまう! 「マゼラン、まだ怒ってるの?」 「お、怒ってない、怒ってない。ぜんぜん怒ってない」 「ほんと、良かったぁ! それでね、ちょっとお願いがあって」 「なあに?」 「色々お買い物したいんだけど、近所のお店がわかんないの。知ってたら教えてくれない?」 買い物ね。少なくともそばにいる口実にはなりそう。ここらに何があるかなんて覚えすぎて飽き飽きしてるもんな。 「いいよ。良かったら付き合おうか?」 「ほんと! わーい、ありがとう!」 陽子はすごく嬉しそうな顔で僕の腕を掴んだ。面白い子。外見は高校生ぐらいだけど、もっと小さな子が背伸びしてるみたいだ。 このまま行けるというので僕も靴を履いた……ら、地鳴りのような音が響いてきた。地震? 廊下に踏み出た僕の目に飛び込んできたのは、ものすごい勢いで走ってくる怪人の姿。小さめだが手足が2本ずつで頭1つの標準パターン。そいつは一目散に僕に向かって飛びかかってきた。相手の勢いのまま室内に転がり込んでドアを閉める。もちろん陽子のことは廊下に押し出してある。 何者だ? 指名手配リスト……のヤツじゃないし、え!? どこの星のヤツだよ!? 宇宙人データベースの僕も知らない宇宙人なんて! もしかして、けうけげん?……ってそれは日本の妖怪だろう! 力は地球人よりちょい上ぐらいだから、たいしたこっちゃない。電撃とかの武器もないみたいだ。真っ先に僕を狙ったってコトはまあ普通のヤツか。捕まえて本部に送還だな。言葉通じるのかなぁ…… 「きさま〜〜〜!」 え? 「ワシの娘に何をする!」 わー、けうけげんがしゃべった〜〜! 「パパ、やめて!」 飛び込んできた陽子が、固まった僕に馬乗りになった怪人をなだめ始めた。さっきからなんか気になる言葉が飛び交ってるんだけど。娘とか、パパとか…… 「陽子! 大丈夫か!」 「大丈夫よっっ もう、出てくるのはよっぽどの時だけって約束したでしょ!」 「ヘンな男が部屋に侵入してきたんだぞ! これぞよっぽどの時!」 「違うの、間違えたのはあたしなの! あたしがマゼランのお部屋で眠っちゃっただけで……」 「なにー!!! ききき貴様っっ 娘を部屋に連れ込んで眠らせて何をするつもりだった何を!!!」 「ちがうってば!! もうやめて! マゼランを放して!!」 僕はというと、怒りまくった怪人にがくがく揺すぶられながら、この怪人がちょいと髪が長いだけでれっきとした地球人であること、でもってこれが陽子の父親なんだって事実を一生懸命理解しようとしていた。 ===***=== 僕は車で遊園地に向かっていた。陽子は後のシートに居る。あのとんでもない親父さんと並んで。なんでこんな事になってるかというと、陽子が父親をなだめるため(自分が行きたかったのもあるらしいが)遊園地行きを提案したからだ。親父さん――モロ・ジョーダン氏の仕事は遊園地のアトラクションの企画なんだそうだ。 無言のまま運転する僕を尻目にお客さん達はひたすらしゃべり続けてる。 「なあ陽子、一人暮らしごっこなんかやめてアメリカに帰ろう。日本に来るのは大学が始まってからでいいだろう?」 「やだ。半年間は一人で住むんだもん」 「パパが住んでた頃と比べると日本も物騒だ。今度のことでよくわかった。どうだ。いっそ入学を取り消して、アメリカの大学に入り直せば……」 「絶対やーよ! そんなこと言うなら、あたしは今からずーっとミナゾウお祖父ちゃんとこに住んじゃいますからね。大学終わっても帰らないから」 「そっ それは……っ」 おかげさまで多少の状況は見えてきた。陽子は来年の春から日本の大学に入学が決まっており、留学中は日本にいる祖父の家に住む予定になっていたようだ。だがおてんば娘は父親の反対を押し切り、半年早く日本に来てしまった。親父さんは送るだけと約束させられたものの、娘が心配で遠くのビルから様子をうかがっていたらしい。 聞くほどに親父さんに同情したくもなるが、僕の任務の最大の敵がこの人物なのは間違いない。陽子がどんなに言ってもモロ氏は僕への疑いを解かず、ずっと見張っていると宣言したんである。地球に来てからの2418年の任務の中でここまでのピンチに陥ったことはない。そんな気分になるぐらい僕はめげてた。 平日とはいえ夏休みなので、ファンタジーランドはまあまあの人出だった。到着するとモロ氏は陽子より大喜び。娘の手を引っ張ってジェットコースターだのなんだのに乗っている。子供の感動を忘れないアトラクション研究家とその娘……と考えればいい眺めと言えなくもないが、僕としてはどうしたって任務を遂行しなくちゃならない。 チャンスは意外に早く訪れた。ミラーハウスでなんとか親父さんを巻くことに成功。良心の呵責はあれど、地球の平和と僕の命となにより陽子自身の安全がかかってる。大目に見て欲しい。 「あれえ? パパ、どっか行っちゃった?」 「あ、お父さん、なんか調査したいことがあるって言ってたよ」 「そうなの。そうねえ、パパ、ほんとにお仕事好きだから……あ、観覧車! マゼラン、あれ乗りたい!」 陽子はぱたぱたと走り出し、僕は慌てて後を追った。 観覧車に乗ったのは初めてだ。カプセルに閉じ込められて上下にぐるっと回るってムダっぽいと思ってたけど、乗ってみるとよく出来てる。少なくともこの隔離された感じは今の僕にはぴったりだ。 よく晴れていて見晴らしは最高。陽子はあちこちから風景を見下ろして大はしゃぎ。狭いカプセル内をさんざん動き回ったあげくに、僕の隣にちょこんと収まった。 「観覧車、大好き」 「そうだね。こうやって高いとこでのんびりするのも、悪くないね」 「マゼランのお仕事は、高いとこに上るお仕事なの?」 「え? どうして?」 「高いとこには慣れてるけど、のんびりできないみたいだから」 「はは……。そうか。そうかもね」 確かにその通りだ。僕はしょっちゅう高い所を飛んでるけど、何かを探したり、追っかけたり、時には追っかけられたり、そんなのばっかりだから。 「あ、パパだわ!」 「えっっ!」 僕は陽子の肩に置こうとしてた手を思わずひっこめた。彼女が示した先。はるか下の広場の中を走っているモロ氏が見える。陽子とよく似た明るい髪色が目立ってる。周りの人が……ちょっと引いてるみたいだぞ。あーあ、申し訳ない。さぞかし焦ってるだろうな。 「パパったら怒ってばっかりで、本当にごめんね。よくわかんないけど、男の人と話すのだけはいっつも怒るの」 「きっと、君のことが本当に心配なんだよ」 「そうかなぁ。でもフリークライミングとかはすぐやらせてくれたのよ。男の人って岩登りより危ない?」 そ、そう言われましても、なんと応えたらいいのやら。異なる遺伝素子から子孫を生み出していくシステムは宇宙的規模でポピュラーだけど、いわゆる「性」のあり方はあまりに様々だし、だいたいビメイダーの僕にはそのへんのとこはどうも……。 「パパ以外の男の人と二人っきりになったの初めてだけど、ぜんぜん怖くないじゃない?」 「だって最初から怖かったら二人っきりにならないだろ」 きょとんとした丸い瞳が僕を見つめる。 「じゃ、マゼランはこれから怖くなるの……?」 「あ……。い、いや、そーゆー意味じゃなくってっっ!」 あたふたと言葉に詰まった僕に、少女はにっこりと笑った。 「マゼランはいい人だから大丈夫だもん」 「……どうして、いい人ってわかるの?」 「間違えちゃったことを判ってくれたから。怖い人は判ってくれないよ。悪いと思ってやったことも、間違いもおんなじように怒るの」 「なるほど」 僕は思わず微笑む。かなり不十分な気もするが、明快といえば明快。悪いと判ってることをやる自然人の性癖は我々には理解しがたい部分もあるけど、そういうコトはよくあるらしい。 たわいもない話がなんでこう楽しいんだろう。陽子の言うことは面白くて心地よい。僕はエネルギーのことを抜きにして、この子に興味を持ち始めてた。 「あ、マゼラン、富士山が見える!」 「ああ。今日、いい天気だからね」 「ミナゾウお祖父ちゃんの家はあの山のそばなの」 「大学が始まったら住むって言ってた?」 「そうそう。ミナゾウお祖父ちゃんはママのお父さん。えーと、あたしのママは日本人で、パパはアメリカ人なの」 「ああ……それで……」 陽子の黒い瞳は母親譲りだったんだ。 「じゃあ今、ママだけアメリカにいるの?」 「ううん。ママはあたしが生まれた時に死んじゃった。ほら、これがママ」 陽子の見せてくれたロケットには若いモロ氏と日本人女性が並んでいる。まさに美女と野獣だけど…… 「とてもいい笑顔だね」 「家にはこういう写真がいっぱいあるのよ。パパはママのことを今でもすごく愛してるの。ママのことは知らないし、死んじゃって可哀想だけど、でもきっととても幸せだったと思う。あたしも、あたしのことをそういう風に愛してくれる人と会いたいな……」 「きっと会えるよ……」 「ほんとに?」 「君はいい子だからね」 陽子は嬉しそうに微笑んだ。 教科書通りの会話で逃げた僕の心臓は、どきん、どきん、と妙な具合だ。この子は自分をずっと愛し続けてくれる男性との出会いを夢見てる。キスはその人間との大事な儀式になるはずだ。でも僕は陽子にとってそんな役割の果たせる男じゃない…………。 2006/7/29
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