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そのゴツゴツした異形に、俺の甲化した右の拳が吸い込まれるように決まった。

悪夢としか思えない化け物が、俺のその一撃でがくんと折れ曲がる。続いて左。頭部にヒットした俺の手に、ものがひしゃげる感触が伝わってきた。


これが俺の力だ。人間ではけっして有り得ない俺の力だ。

こんな化け物をも沈める、俺の力だ。


まだ向かってくる。自分の作戦が失敗した今、ヤツが考えていることは俺を倒すことだけだ。

だが‥‥。俺とてそう簡単に死ぬ気はない。いや、貴様らを根絶やしにするまで、俺は死ねない。


見ているか? 俺の身体を切り裂いて、頭脳以外のすべてを人工物と入れ替えた奴ら。
貴様らが俺に与えた力で、貴様らの謀略を必ず阻止する。思い通りになぞさせるものか。貴様らの作り出した化け物を片端から倒して、その悪行の全てを叩き潰してやる。


後悔しろ。この俺を、この世に生み出したことを‥‥。


ヤツの触手が伸びて絡みついてくる。だが、既にそこには、さっきのような威力はない。手刀一閃でそれをぶち切る。俺を引っ張ろうとしていた化け物が反動で後ろによろめいた。

俺は高く飛び上がる。全エネルギーを足先に集中して蹴り込んだ。慣性でぐるりと一回転した化け物は両手を高く上げ、断末魔の声とともに最後の息を吐き出す。そして‥‥爆発‥‥。ひと欠片の肉片もひと欠片のパーツも残らない。秘密保持のため、ヤツらの身体はこう作られている。


・・・・・・もし、偶然が起らなければ、俺はヤツになっていたのだろうか?


甲化現象が解けた。喉の奥にひりつくような何かがへばりついている。


と、俺の耳が一つの足音を聞きつけた。足場の悪い岩場を軽快に走ってくる。まあ、あいつなら、この程度の起伏、バイクでも走り抜けるだろう。

「おーい、本郷!」
呼びかけられて初めて振り返る。こういったタイミングにも、もはや慣れた。あいつは身軽に斜面を駆け下りてきた。

「やったな」
「ああ」
「あ、怪人にやられた人たち、みんな元に戻るってさ」
「そうか」
「どうした? なんか元気ないな。大丈夫か?」

そう訪ねたあいつの顔を、俺はまじまじと見つめた。あいつの唇は少し切れていて、頬に青痣が浮いている。当たり前だ。いくらFBIの凄腕と言っても、あくまで普通の人間が相手の場合であって、あんな化け物は前提じゃない。


俺はこいつが特命捜査官であることに甘えているのかもしれない。かつてのバイク仲間であったことにも‥‥。本当はこんなところまで、連れてくるべきではないのだろう‥‥‥。


「おい、ほんとにへんだぞ? どっか、やられたのか?」
いきなり腕を掴まれて驚いた。あいつが心配そうな顔で俺を見ていた。

「あ、ああ‥‥。大丈夫だ。お前こそ大丈夫なのか?」
「何、言ってんだよ、大丈夫に決まってんだろ?」

あいつがいつものように屈託なく笑って伸びをした。
「しっかし、被害が広がらないうちに片づいて、ほんとよかったぜ! ありがとな、本郷!」

その笑顔を見て、俺はやっと落ち着いた気持ちになる。

お前は素直に人々のために戦う。きっとお前こそが純粋な正義だ。

俺は時々自信がなくなる。俺の戦いの意味は何か。誰のために戦っているのか‥‥。

だが、お前が、俺の戦いは正しいと思ってくれているなら、俺は歩いていける気がする。


「いや‥‥滝‥‥。俺こそ、お前がいてくれて、助かってる」
「ほんとか!? ならよかったけどな。よーし、これからも頑張るぜー!」
「ああ‥‥。よろしくな」


そうだ。だから、どうか、俺の側に居てくれ。

いつまでも、俺の道しるべとして‥‥。


        (了)  (戻る)
2002/7/11

background by 妙の宴