Special Luster!
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冷たい土の上にはそれよりも冷たくなった黄龍がいる。
なぜか着装は解けていて、彼の長い髪が地面をはっている。
月の光のせいで青白いわけではない。いつかみた雪のように真っ白な肌をしている。
雪よりも硬質で、もっと冷たい肌の色。
「・・・え?えーな・・・。」
「輝・・・。」

「リーダーっ、え、え、エイナが、えーなが・・・。」
何がなんだかわからなくて、ただ体が恐怖を感じ、唇が無意識の中でかたかたと震えていた。赤星は少しだけ笑みを浮かべると体のバランスが崩れる。
「わ、わ・・・りーだっ。」
自分に覆い被さるようにぐらりと倒れた赤星の背中を抱くと、手にぬるりとしたものがついた。なま暖かくて、現実にあるというのに目の前に現れると途端に現実感がなくなるシロモノ。
血だ。
「リーダーっ!こんなケガしてたのっ!?どうして言ってくれないの・・・っ?」
返事はない。呼吸の音も心臓の音も聞こえない。

「ど、どうして・・・?どうしてオレに言ってくれなかったの・・・?」
なんで黙ってたの・・・?
すでに事切れてる赤星の体を抱きしめていると、前から影が伸びてきた。

「・・・くろばさん。エイナが・・・リーダーがっ・・・。オレ、おれ・・・。」
「泣くんじゃねえよ、坊や・・・。ひでえ顔だぞ・・・。」
抱いているリーダーの顔は汗をかいている。・・・汗と思ったのは自分の涙のあとだったのか。
黒羽は手袋を取って彼の頬を優しく撫で、膝をついた。
「・・・まいったな。」
「なにが?」
彼はやつれた笑みを浮かべて輝の手をとる。いつもなら逆なのに。
「お前さんひとりに全部まかせなくちゃならねえのがよ・・・。」
え・・・?と言う前に彼の手から、まるで波がひくように体温がなくなっていくのがわかった。
立て膝をついたままどこかへと旅だったその姿は憧れのままだった。



「・・・・・・・・・・・・うっ。」
悲しんでいるヒマはない。自分の後ろからかぶさるように影ができる。人の影ではない。
異様なシルエットの影は歯の隙間から漏れる空気の音付きで、自分に刃を向けてきた。

「はあっ・・・あ、お、オレのトンファー・・・どこ?」
どこにもない。
ポケットの中にも、転がっているわけでもなく、消えてしまっている。
全身が心臓になったかのように体が波打つ。


近づく影。


物言わないみっつのからだ。


月に照らされた自分の体は意識と反してかたかたと震えが止まらない。
「な、なんで・・・どうして、どうしよう、どうしようっどうしようっ!!」
殺されちゃうっ・・・!
何も出来ずに死んじゃうよおっ・・・!


影から無数の手が伸び、自分の体をうつぶせに地面に押しつける。
その手がだんだん鋭利な刃物のようになり、そいつらはつま先から輝の体を切り刻みはじめた。丸い枝を輪切りにするように、最初に足首、次にふくらはぎ、次に膝、だんだん自分の体から足、手・・・
自分の体がばらばらと離れてゆく!

「うっ、うっ、うわああああっ!!」





「う・・・う、う、うう・・・。」
「・・・坊や?」
椅子にだらしなく腰かけて自身も仮眠をとっていた黒羽だが、輝のうなされ声に顔にかぶっていた帽子をとった。
額には脂汗、握りしめているトンファーは爪が当たってか、かちかちと音がする。
「う、う、・・・うああっ!!」
「おい、どうした・・・?」
まるで何かに憑かれているかのように、毛布をぎゅっと握りしめて首を引きつらせる輝に、さすがの黒羽も少し焦り彼の肩を押さえつけた。

「ど・う・し・た?!」
「へあ・・・?あ、く、くろばさん・・・。」
一字ずつ区切って、輝の耳にたたき込むように言葉を口から出す。彼はようやく憑き物がとれたように、いつもの丸い瞳に光が戻った。
輝はベッドから上半身だけ起こすと、いつも通り黒羽の手をとって訳のわからない事を口走った。
「よかった・・・。黒羽さん生きてる・・・。」
「・・・・ハハ・・・・・・・・おい。夢の中でも殺すんじゃねえぞ。」
「よかったあ・・・。」

オレも生きてる・・・。
足首を回す。手首をならす。夢の中で胴体から切り取られた首も、当たり前だがつながっている。彼は心底ほっとしたかのように、肩から力を抜いて大きく息を吐き、そして目から大粒の涙をこぼした。
涙は雨のように止まらない。黄龍の肌も、赤星の血も、黒羽の冷たい手のひらも、とてもリアルな感触だったが夢だったことに本当に安堵した。
体から疑似恐怖と悲しみとが流れ出してくれるようでほっとしていた。
「ほんとによかった・・・。」
「何だ、そんなにすごい死に様だったのかオレは。」
「うん・・・。」
黒羽は苦笑して、手袋をはめたままの手で彼の涙を拭った。
輝は自分の手を掴んで離さない。自分のトンファーを持っている時みたいに握ったり、緩めたりを繰り返している。

目の前にいる黒羽の手はちょっと熱くて、体温があった。
夢の中での手があまりに冷たくて、妙に現実感があったのでなおさら彼の手の温度にほっとする。
医務室の時計を見るともう次の日になっていた。普段なら絶対起きてない時間だ。
赤く染まってた空は黒いドレスに着替えてる。
当たり前だが、洵の姿はもうない。
「洵さんは・・・?」
「散々お前の心配してたぞ。用事があるからってオレにカギよこして帰ったよ。」

輝はぼさぼさになった髪の毛を左手でかくと、申し訳なさそうに黒羽を見つめた。
「黒羽さん、つきあっててくれたの・・・?」
「気絶して、次に目え覚ましたとき1人だったらイヤだろ。」
「ごめんなさい。・・・気イ使わせちゃって・・・。」
「よかったじゃねえか。怖―い夢みた後ってよ、妙に人恋しくなるよな。」
くすくす笑う彼の表情は優しい。
「・・・・・・。」
輝は涙で真っ赤になった瞳に手にあててもらっていたアイスノンを当てながら『このひとも怖い夢をみるのか。』とどうでも良いことを考えていた。

「それにな、・・・坊やにちょっと聞きたい事があってさ。」
「・・・・・・なんですか?」
ギターの音が医務室に響く。夜中なので一応は控え目に弾いているらしいが、それでも耳に乱暴に響いて輝はちょっとだけ身をすくめた。


「なぜ焦って強くなろうとする?」
・・・・・・!

帽子の下から見える瞳が、見透かされたような鋭い視線に変わっていくかのようで、とても刺さる。
輝は急に指先をいじりはじめて口をもごもごさせると、また笑顔を作った。
普段、作り笑いをしないヤツがすると、こんなに違和感があるものか?
口の端がふるえてる笑顔なんかしねえだろ、お前は。


「だって・・・だって、なんでも早いほうがいいよっ。いや、そうじゃないときだってあるけど・・・。これは違うよ。早く強くなって、戦力になりたいんだっ!」
彼は喉がつかえたかのように、苦しそうに言葉を絞り出す。しかし、その言葉達はせきを切ったかのように止まらない。
「それに、エイナだって普段はあんなんかもしれないけど、銃とかすっげえ上手でしょ?この間のエイナとってもとってもカッコよかったっ!リーダーだって空手もなんでも出来てとっても強いし、武道の型をとる姿だってすっげえキレイだよ!黒羽さんだって、優しいしカッコイイし!」


「オレひとりだけなんのとりえもないんだもん。だから、早く強くなりたいんだよっ!」


「あのな、坊や。」
黒羽は立ち上がってギターをカベに立てかけ、腰に手を当てた。長い足がスタンドの蛍光灯のひかりが織りなす陰影で強調されて、当たっている光が濃くなる。
洵が座っているイスをがらがらと彼のそばまで持っていき、背もたれに腹をつけるようにして座った。
黒羽はニッコリ笑い、言葉をひとつひとつ区切って物語を読むようにつぶやいた。
「戦力になる、そりゃ大事だ。けどな、旦那がお前さんを強くしているのは、敵と戦う前に、自分の身を自分で守る事ができるようになるために!・・・強くしてんだよ。」
「自分・・・を?」
「そうさ、坊や覚えとけ。自分の身を守れて初めて他の人間を守れる・・・。」
「守る・・・。」

「それで初めて、敵を倒すという事が出来るようになるのさ。」
腹を付けている椅子の背もたれに顎を深く沈めた。彼の瞳はありもしない方向を向いている。
黒羽の瞳が少し揺らいだのを輝は気がつかない。
憧れのひとの過去を彼はまだ知らないのだ。
きっとこれからも多分わからないのだろう。
ヒーローっていうのはそういうものなのだから。

「・・・そうなの?」
「そうだよ。・・・それにな、坊やは自分に何も取り柄がないとか言ってるが、そんなこたない。」
「ホントっ!!?オレ、オレの取り柄って何っ?」
自分が気に入っている丸い瞳に光が戻ったのがわかった黒羽は、ニッと笑うと面白そうに洵のイスを片付けながらつぶやいた。
「悪イな坊や。オリャそこまで親切じゃねえんでな。自分でゆーっくり考える事だ。」
「ええ〜っ!!けちっ!」
「なにいってんだ。」
色が薄く柔らかい髪の毛をくしゃりと撫でて、立てかけていたギターを手にとった。
「クイズの答えは自分で考えるから楽しいんだぜ。もう部屋帰って寝な。」

ぱたん。

医務室から出ると、そこには父親がわりの青年が立っていた。
ちょっとだけ眠そうに目をこすって。
「おや、ねむってんのかと思ったぜ。」
「あんまり夜遊びしているからよ、迎えにきたぜっ。料理さめてるぞ・・・。」
「当たり前だなそりゃ。」
黒羽は、闇の向こうで親友が微笑むのがわかった。

「あいつの良いところはいーっぱいあるだろ? 一回見ただけで技術をモノにできるヤツなんかいねえって。それにあの動体視力! あいつ顔面に野球ボールが当たる瞬間まで目を開けていられるぜ、きっと。能力以上に努力するし、良い子だよ。」
この男はおおざっぱそうで、結構見ている。
それは格闘家としての観察記録なのか、『リーダー』として後輩を見ているからなのか、どちらにしてもその眼差しは優しいのだろう。
「おい、それ坊やの前で言うなよ。」
「どうしてだよ?ホメてやるのがダメか?」
「オレと坊やとのクイズの答えをお前さんが言うのはルール違反さ。」
「なんだよそりゃ。」
赤星は声を抑えて、くっくと笑った。
2人の後ろから、月が照らしている。



焦って強くなんなくてもいい、かあ・・・。
1人残った医務室でベッドを占領している輝は、転がりながら右手を天井に突き出した。
ごつくて少し太い指が包帯のおかげでますます太くなっている。
「オレのいいとこってなんなんだろ・・・?」
ぼそりとつぶやいた言葉は医務室に広がるが、その答えを拾ってくれる者はいない。
自分のいいとこすらわからなくても、オレの事を必要としてくれる人はここにいる。
オレの良いところをわかってくれるひとが、家族以外にここにいる・・・。
右手をぎゅっとにぎって、枕元に置かれていたトンファーを掴んで抱きしめる。



次に目を閉じる時は、もっと素敵な夢がみられるように、
あるいは素敵な事が朝に待ちかまえているように、
今日はリーダーの言うこと聞いてゆーっくり・・・寝よ。


===***=== おしまい ===***===
2002/1/2
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background by Atelier N