第8話 A Tender Soldier
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「やれやれ、やっぱり壊れたか。」
スプリガンは両腕のちぎれたマリオネをモニターごしに見つめて、脚を組み直した。
まるで最初から壊れる事がわかっていたかのように、余裕ありげにふんぞり返ってみせる。
力に固執したおかげで、ボディの強度はあまり考えに入れていなかった。
いや、最初から眼中に入ってなかったといった方が正しい。
卓越したスピードと、マリオネには叶わないだろうがある程度の力があったら、彼は倒せるだろう。

「しかしな、まだ対策があったりするんだこれが。」
彼はメインのモニターも目に入れつつ、それに繋げていた自作の通信装置を起動させた。
もうひとつ、先ほど自分の手の中で生まれたリモコンも接続して。
赤い斑点が、画面の中心に出る。
「さあマリオネよ、呼んでやるぜ。文字通り・・・お前の右腕となるヤツをな。」
リモコンに付いているボタンをカチリと押す。



マリオネは音に気が付くように一回だけ、体に電流が走ったように引きつらせた。
そしてゆっくり、彼の命令に応えた。

「わかりました・・・スプリガン様 おまかせください」

雨の中で、人口知能が言葉を返した。
瞳が雨の色からまるで花のような色となったのをだれか気がついただろうか。
赤い花の色。

マリオネが言葉を返したその後にゆっくりゆっくり・・・音が聞こえた。




ずるっ・・・ずるっ・・・ずるっ・・・


背後からずるずると何かを引きずる音がする。
時折、びしびしとはねる音。
ばちばちと何かが電気を帯びている音。
だんだん近づいてくる。何かやばそうな者が。

誰ともなくその音に気がつきはじめ、だれかがつぶやいた。
「・・・・・・何?」






先ほどよりも少しだけ前に時間を戻そう。
オズベースのメインルームの真ん中。モニターを見ながら、葉隠博士、有望主任、田島博士にサルファが戦いの動向を見守っていた。

この調子だと、あともう少しで決着が付きそうだわ・・・。

有望は主任としての顔を少しだけ緩めた。
ベースのメインルームで赤星達の戦いをモニターでみつめる、彼女にとってこの一瞬一瞬が、正直言って一番神経をすり減らしている時間だった。
戦いに常道なんてない、刹那の時に状況がいっぺんにかわる、そんなことはしばしばだ。
『あともう少しで決着がつきそう』などと、思ってはいけない事はわかっているが、一刻も早く皆の無事がわかりたい、というのも本音だった。

「有望主任・・・。」
「サルファ?あなたの見立てはどうかしら?」
サルファはまた瞳をかちかちと点滅させた。
「さるふぁガ計算スルおずりーぶすノ勝率ハ、イツデモ100%デス!心配シナイデ主任。」
「私も信じてるわよ、もちろん。」
2人の会話を横で微笑んで聞きながら、博士と田島は並んでモニターを見つめていた。
リーブス達と、ロボットの動向を。
「強大な力を持っておるのは、どうやらあの両手だけみたいじゃからな。先ほどから見てると、足技は繰り出してないし・・・。」
「このまま、安心できる展開まで持っていってくれればいいですが・・・。」

その会話を聞きつつ、有望は博士の後ろでモニターをみつめていた。
彼女を気遣ったサルファも同様に眺めている。

その時だ。


ごつっ・・・ごつっ・・・

がつんっ・・・がつっ

「・・・・・・・・・・・・?」
ナ、ナニ・・・?

小さな音がする。
葉隠博士も、有望主任も、田島博士も、誰も気が付いていない。
広いこのメインルームで、サルファの敏感なセンサーだけがその音を確認した。
何カヲブツケル音・・・?

一体・・・ナニ?
不気味な音に、サルファはまるで怪談を嫌う赤星のような気分になりながら振り返った。
「・・・・・・・・・・・・。」

サルファがゆっくり振り返って、そしてレンズに飛び込んできたもの。
それはゆらゆらと揺れる光の糸。
強化プラスチックケースの中に置かれていたものは、顔が吹っ飛んだネコ型のロボットのはずだった。
しかし、彼のレンズにうつるその姿は以前とはくらべものにならないほど凶悪で醜悪な姿となっている。
くずれた可憐で哀しい姿ではない。キバが何本もはえて、口を閉じるのが困難になっている。
それを嫌がるように口が目もとだった場所まで裂けて、発達したキバがぬらりと光った。
壊れた体からはコード類がのたうち回り、まるでミミズが暴れているような錯覚をサルファは覚えていた。それは、じわじわと体から糸を引くように発光し始めている。
壊れた瞳が何かに共鳴しているかのように光ったり光らなかったり、黒かった瞳が真っ赤に染まっている。

『破壊活動ヲ繰リ返スダケノ機能シカナイ、ソンナノハコノろぼっとダッテイヤダッタハズデス・・・。』 

「バ・・・バカナ、ソンナ。」
輝に聞かせた自分の言葉が頭の中を駆けめぐる、彼の顔も。
破壊活動・・・ソンナ。
マタ・・・ソンナコトノタメニ、起動サセラレタ・・・?
全テノ機能ハ停止シテイタハズナノニ・・・!
「ソンナ・・・ソンナ、コンナコトガ・・・!」

震えるサルファの声で葉隠博士達はようやく彼の方を向いた。
「サルファ・・・どうしたん」
博士は息をのむというのはこういうことなのだと、身をもって実感した。
動かないものが、予告もせずに動く。これほど恐ろしい事はないかも知れない。
少し前まではロボットの残骸だったはずのそれは、残った毛を逆立たせてぬらぬらと糸の光を放っている。
瞳は明らかに敵意むき出してらんらんと輝く。
「な、こんなバカな事が・・・っ!」
「そんな、なぜ?なぜ今になって動き出したの?」

驚愕する3人と一体のロボットを無視して、ロボットは声にならない機械音を上げて強化プラスチックのケースめがけて体当たりを始めた。一回体当たりをしただけで、かなりの厚さのプラスチックにヒビが入る。ヒビと同じく、ロボットの顔も崩れるが、すぐにミミズコードが修復をしている。
目の前の彼らをジャマな障害物、もしくは殺意を満たすものとしてでも見ているのだろうか、瞳はますます赤く輝く。

「そこから脱出するつもりだわ!」
「な、なんてことじゃ、ケースが吹っ飛ぶぞ!」

「な・・・・・・!」
ヒビが入ったあとのカベは、ロボットにとってはもろい土壁と変わらなかったらしい。
次の瞬間、博士の予告通りカベは吹っ飛び、プラスチックの壁は弾丸の如く降り注いだ。
「2人とも危ないっ!」
「田島博士ッ!」
田島は博士と有望に覆い被さるようにして床に伏せ、更に彼を庇ってサルファが全面に立ちふさいだ。
サルファの目が一瞬だけきらりとひかる。
「サルファ!」
博士と有望が、覆い被さった田島の体と白衣の間に見た物は、もはや醜悪なかたまりとなったロボットが天に向かって吠える姿だった。

ぎゅわあああああーっ!!!



悲鳴にも機械がこすれる音にも似た雄叫びを上げる。
飛び散ったケースのかけらは鋭利な魔弾となり、田島とサルファめがけて空中に踊らせた。
どれもこれも、あきれるくらい美しく光ってからその身を散弾銃のようにぶちまける!
「ワワワワワワ!!」
「ぐ・・・うっ!うおっ。」
形のくずれたロボットは弾丸と共にカベとガラスを突き破って、猛スピードで出ていった。

その跡に散乱したプラスチックの破片は、ベースで使用されている色とりどりのランプが付いた機材の光を受け、何事もなかったかのように散らばっている。


「う・・・。」
「た、田島博士、大丈・・・。」
有望は思わず「はっ」と呼吸と悲鳴の間の音を出し、彼の腕を取った。
自分と博士を庇ったその肩と腕に撃たれたような、ナイフで切り裂かれたようなあとがある。
高速で飛び散ったプラスチックのカケラ。そこらじゅうに散らばっているモノの中で、鮮血がしたたっているものがある。
「た、たじまはか・・・っ!」
彼は顔色が変わった有望の肩を、落ち着かせるかのようにゆっくり抱くと声をだして笑ってみせる。
「大丈夫ですよ・・・すべて貫通してくれたみたいだ。止まってくれていたら後が面倒でしたけどね。葉隠博士、大丈夫ですか!?」
「う、うむ・・・。2人分の体重はちとキツかったぞ・・・。」
「あっ。」
不意の出来事とはいえ、博士の脚をザブトンがわりに使ってしまっていた事に気が付いた有望は、あわてて移動した。

「す、すみません博士・・・。おケガは?」
「わしは平気じゃ。それより、田島君の方が心配じゃい。」
そう言って田島を見ると、彼は自分の白衣を歯で切って器用にキズ口に巻いている。
彼はにっこり笑って両手を横に振ってみせた。
「ちょっとは鍛えてあるんで大丈夫ですよ、フフ。」
よかった。あとは・・・。
「・・・・・・サルファ!」
「ハイ!」
サルファはゆっくり3人に振り返り、レンズをちかちかさせてみせた。

サルファの体には、めりこんだカケラが多数付いており、ようやく上半身を起こした博士が目をまんまるにして喜んだ。
「2人トモオけがハ?ダイジョウブデスカ?」
彼は手を胴体に持っていってカケラを撫でると、機械音と共にきらきらと床にこぼれた。
少しばかりへこみはあるが、こちらもどうってことはなさそうだ。
「お前のボディは本物の弾丸でも耐えられるように、がんっじょーに!作ってあるからのう。」
「ハイ、コノクライナラさるふぁハ平気デス。シンパイシナイデ。」
「発信器は取り付けたみたいじゃな!」
「モチロンデス。」
サルファがキーボードに近寄り、かちかちとキーを打ち始めた。
田島の傷の手当を手伝った有望も、すぐにサルファの隣に座る。



「レッド!聞コエテマスカ!今、回収シタろぼっとガ・・・ワワ、ソチラニ向カッテイマス!!」
モニターを移動している黒点は丁度彼らが戦っているところを目指している。
(聞こえてるぜ、サルファ・・・!お前の声も、何かヤバそうなのが近づく音も!)
「あ、か・・・レッドっ!!」
有望は思わず身を乗り出して叫んだ。

(有望もそんなでっけえ声出さなくても聞こえるって。大丈夫・・・まかしとけって!)
「何のんきな事言ってんのよ!!ちょっと!」

ぶつっ・・・
一方的にリーブレスの通信を切った赤星・・・レッドリーブスは目の前にいる、両腕が破壊されたマリオネを見た。
青い瞳が紅く光り、体からゆらゆらと光を出しながら黙って何かを待っている。


自分の右腕となる者を、待っている。


2002/2/13

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background by Atelier N