第8話 A Tender Soldier
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しゅっ、と空を切る音が暗闇のトレーニングルームに響く。
足を宙に蹴り上げるたびに、腕を突くたびに、心地よい音に支配されてゆく。
「ぜえっぜえっ・・・はあっ・・・う。」
気持ち悪い・・・っ。

輝は思わず走ってカベに手を付き、呼吸を整えた。
吐き気がする。
このごろはムチャクチャな鍛え方をしないように心がけてきたので、体が悲鳴をあげる事は少なくなっていたというのに。

気持ち悪い・・・・・・。
胸が苦しい。

ここへ来て、初めて手にしたトンファーに輝はたちまちトリコになっていった。
稽古を積めば積むほど力が付いてくるのがわかった。
敵を倒して、赤星や皆からホメられるのがとっても嬉しかった。
この人達の役に立てることがとっても嬉しかったのだ。

けど、今日、強くなることが初めて恐ろしくなった。
自分がいつかあのロボットと同じように、何も考えずに敵を殺す日が来るのではないのかと、恐ろしくなった。
もしかして、強くなればなるほど、この恐ろしさから徐々に解放されていくのではないのだろうか。


そしてそれは・・・・・・何も考えずに敵を殺す日が、どんどん近づいて来る事のあらわれなのではないのだろうか・・・。


輝は思わずむきだしになっている両腕を抱いた。
ひとしきり汗をかいた後の肌が、まるで吸い付くようにべっとりしている。その不快感に眉をしかめ、唇を噛んだ。
「オレっ・・・オレはどうしたいんだろ・・・・・・。」

現実はヒーローみたいに上手くいかないなあ・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」



輝はディパックの中からごつい携帯電話を取り出した。
嫌がる彼に黄龍がムリヤリ持たせたものだ。
『リーブレス以外に、何か通話手段があったほうがいいっしょ?優しい俺様にカンシャするよーに!』と面倒な手続きも何もかも全てを済ませてくれた。
機械類に関しては驚くほど物わかりが悪い自分に、彼は文句を言いつつ説明をしてくれたのだが、結局リーブレスばかり使っている。
しかし、今は彼が手ほどきしてくれた携帯電話を使って、彼と話がしたかった。
黄龍の説明を電話のボタンをなぞる指と共にゆっくりゆっくり思い出しながら、慣れない操作を始めた。

「電話帳・・・どこを押したらでてくるんだっけ・・・?」
わかんない・・・。もう、イヤになるなあ。
けど、今日は絶対思い出さなくちゃ・・・。

「あ、リダイヤルってのがあったはずだっ!」
えーと、ええーと・・・。

ムチャクチャにボタンを押していくと、ようやく名前が出てきた。

赤星さん 瑠衣ちゃん 俺様 

「・・・・・・俺様っ?あ、エイナってば自分の事、『オレサマ』って登録してたんだっけ。」
黄龍の不敵でヒトをバカにしたような笑みが、頭の中に浮かぶ。
その映像だけで、自分の心臓に何かがちくりと刺さる。


とぅるるるる・・・とぅるるるる・・・・・・


呼び出し音をききながら、輝はトンファーを抱えて瞳を閉じていた。
いつだったか修行に疲れ果て、ここでそのまま眠ってしまった事があった。
しかし、今は疲れのせいで目を閉じたのではない。
黄龍の携帯電話につながるまで、色んな事が頭を駆けめぐりそうだったのがイヤだったのだ。


振り払った黄龍の腕と、その時見せた彼の顔。
田島がつぶやいた『サルファにきいてごらん』という一言。
サルファが口にした『ろぼっとノ価値。』
そして、有望が自分に語りかけた言葉。


『優しいだけじゃダメな時だってあるはずよ・・・・・・。』


美しく、文字通り『優しい』笑顔で語りかけた彼女の言葉が、輝は一番わからなかった。

優しいだけじゃダメ・・・。どうしてなんだろ・・・。
ダメな時っていうのは、一体どういう時のことを言うんだろう?


じゃあ、その逆はどういう時なんだろう?


ひきょーだなあ・・・オレ。
考えることをあとに回してる。
輝は自己嫌悪感が皮膚にじわじわ伝わるのがわかって、思わずため息をついた。

けど、今だけは許して・・・・・・。
後から必ず考えるから。エイナのとこいって一緒に・・・。

・・・・・・いっしょに、考えてくれるかな?


「・・・・・・あ、つながったっ!」
考える事を一時放棄した輝は、再びゆっくり目を閉じた。






美しいひとの泣き顔というのは、こたえるものだ。
悲しそうな目。涙でうるうる潤んで、こぼれそう。
俺を見る目は優しくて、悲しそうで、俺を抱いて何かを耳元で言っている。

(なにもできなくて ごめんなさいね・・・・・・けど)

嘆きと自分への詫び。
泣いてから、貴女はどこかへと出ていった。
なぜそんなに泣いていたんだろ・・・。


そして、どうしてここはこんなにも冷たいんだろう?
俺は・・・・・・俺は。




まぶたの上からさんさんと光が照っている。早く起きろといわんばかりに容赦なく。
「う、・・・・・・んんうっ。」
「気が付・い・た?」
甘く囁く声とは正反対の、太い声が生暖かな息と共に耳にあたる。その息だけで眠気がぶっとんだ。
恐る恐る目を開けると、ニッコリ笑ったゴツイ体の男が横で寝ていた。
「うっわ!!ナエちゃんっ!」
「いやーん、やあっと気がついたあっ!!」
まるで自分に覆い被さるようにして、抱きしめられた。筋肉と脂肪が混じったその太い腕から逃げられる奴を、黄龍はまだ知らない。
唇を奪われそうになるその瞬間に、彼女の顎に自分の手のひらを入れる事に成功した。

「あーん、黄龍ちゃんの鎖骨〜っ!これ自慢になるわ〜・・・。写真撮っとけばよかったあ。」
「・・・・・・。」
買ったばかりのジーンズは、脱がされてない。
目に見えるくらいホっと息を吐いていると、彼女はくすくすと笑っている。
「ばーかねえ、酔っぱらった子を相手にするほど鬼畜じゃないわよ、ウフ。」
黄龍はあたりを見回すと、恐ろしく広い部屋で寝かされていたというのがわかった。
装飾品も派手だが、趣味はいい。

薄いカーテンから漏れる光は、輝く太陽の光。
もう朝だ。

「・・・・・・。」
おい・・・何も覚えてねーぞ・・・・・・畜生。



「・・・俺様はどーなってこの部屋に来たんだよ。」
「あらん、飲みつぶれたのをアタシが介抱してあげたのよお。覚えてないの?」
なおも顔を近づける彼女に、軽く蹴りを入れるとようやく上半身を起こすことができた。
蹴りと共に、自分の頭に残っていた酔いが回ってくらくらする。

「あーもう、介抱してくれたのは礼言うけど、俺様の横で寝ていいのは、きれいな姉ちゃんだけだっつの!こらさわんな!!」
「いーじゃないのよお、黄龍ちゃんの胸板っ。」

黄龍はいつの間にか着せられていたバスローブを腰に巻き付けて、ベッドから転がるように起きた。
昨日の事は余り覚えてない。
久しぶりに行った彼女のクラブで酒ばっかり飲んでた。
いくら飲んでも酔いが回らないと思っていたが、それは自分に対するウソだったらしい。

頭ががんがんするのを庇うように右手で押さえつけていると、彼女はボトル入りのミネラルウォーターをぼん、と投げつけてよこした。
「黄龍ちゃん、久々だったけど・・・。アンタちょっぴりいい男になったわネエ。」
「あん?・・・何何?そんなに俺様イイ男になった?」
彼女は黄龍の胸を人差し指でつつうっとなぞり、くすくす笑った。

「随分、鍛えたんじゃない。ちょっとだけ盛り上がってるからわかるの、いつからそんなに運動するほど健康優良児になったのかしらん?」
「ナエちゃん・・・。」
ナエの瞳で、覗かれるように見られる事が黄龍はあまりスキではなかった。
つけまつげの下から、なんでもかんでも見透かされるような気がして。

彼女のように、頭が良くカンがスルドイタイプの女性と深く関わり合いになる事を、黄龍は無意識のうちなのか、避けている事が多かった。
彼女とこうしてつきあいができるのは、彼女が生物学的には『男性』だから、というのもあるのだろう。

黄龍はハッ・・・と面白くなさそうに顔をしかめて、彼女に向き直った。
「なんでもねえよ、ナエちゃんの気のせいだっつの。」
「黄龍ちゃん。アンタは他人と面かわしてしゃべるのがキライでしょう?だからこそ、目があった女の子達はアンタにメロメロになる。」
肯定の意味を込めて、ひゅうっと唇を鳴らした。
その通りだ。
大正解。
かけひきで目を合わせることはあっても、普通にしゃべるときに目を合わせる事はあまりない。
男でも女でも。
たとえ命を預かりあう仲間でも。

目を合わせない、じゃなくて合わせるのをどこかで拒否してる。


「面と向かって、しゃべってごらんよ・・・。その後はすっごーくラクになるわ。」
彼女は黄龍のジャケットの内ポケットから、最新型の携帯電話を取り出して、彼の右手めがけてぶん投げた。
「?」
「昨日、電話来てたわよ。テルってコから。きっとカワイイ男の子でしょ?紹介しなさいよね。」
「輝から・・・・・・?」

ナエはベッドのそばにおいていた黄龍のタバコを、2本取り出して火を付けた。
「ゴメンね、思わず電話取っちゃったのよん。」
「なんの用だよ・・・。ったくよ。」
「こらこらそんな風に言わない〜・・・。」
彼女は自分のくわえていたタバコを彼の口に押し込み、自分は新しいタバコに火をつけた。

「今時、関係修復のために電話かけてくる子なんてめずらしーわよオ。こじれたら、めんどくさいからそのまんまってヤツがザラなのにさあ。『エイナと話がいっぱいしたいんです。そう伝えておいて下さい・・・。』だってサ。場所はいつもの公園、ずっと待ってるからって。」
「公園・・・。」

黄龍は髪をかき上げて、だるそうに大きなため息を付いた。
「ずっと待ってるって、男が言うセリフかよ。」
「黄龍ちゃん。」
ナエは彼の頬に軽くキスをしてニヤリと笑った。
「その子、今度アタシに紹介して。約束よ、や・く・そ・く。」
「・・・・・・努力してみるよ・・・。」

黄龍は頬をごしごしこすってから、裸の上半身にジャケットをばさりと着込んだ。

天気予報ははずれたらしい。
気分とは裏腹に、腹立つくらい眩しい光が体に射し込んでいる。






真っ暗の中に、赤黒く染まった雲。
太陽というものは存在しない。
闇の中、スパイダルの居城。
赤と黒が入り交じる空を背景に、スプリガンは螺旋階段に腰掛け、かちかちと工具をいじくり何かを作っていた。
ごつい金属の手のひらの中で、びっくりするほど繊細な仕掛けのリモコンが生まれようとしている。
こういうものを作っていると、何も考えずにすむ。しかし、今回に限っては物事を整理するのに少しだけ頭を使っていた。

まだマリオネには動くよう指示は出していない。
少しだけ暴れさせればいい話なのだが、あれが暴れるとOZの残党どころか日本自体壊滅しかねない。
オモチャの暴走を止めさせるのは自分の意識次第でどうにでもなるが、万が一、の場合も考えて一応手は打っておいた。
そのためにこんなリモートコントローラを作っているのだ。


「精が出るこって。」
「・・・・・・。」

振り返ると、自分の手のひらの中身をじいっとみつめる牙将軍ゴリアントの姿があった。
猫背に、でかいキバを光らせていつも通りぎらぎらと輝く目玉。
スプリガンは自分の顔を、あまり表情を出せるように作っていない。
それでも顔をしかめるマネをしてゴリアントに悪態をついた。
「あまり顔近づけんな、近くで見て耐えられる顔だと思ってんのか?お前さんは。」
「うるせいやい・・・。おめえんとこの怪人はどうよ。ひ弱そうだなア、ありゃ。」
「ふふ。」

スプリガンは作りかけのリモコンを傍らに置き、すっと右手をはらうと目の前の空間にマリオネの立体映像が出てきた。
人形のように無機質な表情、冷たく青い瞳、そして何より細いからだ。
3次元の人間達とあまり変わらない姿の怪人は、武器すら持っていない。
ゴリアントは自分が率いる魔獣達とはあまりにもかけ離れた姿に、思わず鼻を鳴らして牙をむいてニタリと笑った。
自分が力を込めるだけで、くずれて壊れそうなその体に彼は嘲笑を浴びせた。
「何回見ても弱そうだな〜・・・。オレっちんとこの下級魔獣にもヤラれそうだぜえ?」
「・・・・・・シンプルな程強い、オレはそう思う。」
彼は目の前にいる立体映像に触れるマネをして、ゴリアントに振り返った。


「なあゴリさんよ、このマリオネ・・・何か特殊な能力があるかといや、そんなこたねえんだ。」
「何?お前なんだ、人形をぶっ壊されるためにわざわざ、3次元へ送ったのかよ?」
「まあまあ焦らさんな・・・特殊な能力もない、オレの命令がなければ何もできん、その上弱そうな体。・・・それでも、それを補って余りあるほどの『力』が、こいつにはある。」
「力?それじゃやっぱり能力があるんじゃねえか。」

「そうじゃねえ・・・マリオネは・・・・・・とっても。」
あるはずのない物体を握りしめるマネをして、スプリガンは嬉しそうに笑った。


「『力持ち』なんだ、ゴリアント・・・。」


ゴリアントはスプリガンのレンズがぎらりと光るのを見た。
まるで自分が戦う時のように、らんらんと輝いてるのがわかり、彼は少し後ろにその身を引いた。

「その両手は、ヒトやモノを簡単に・・・・・・『ひきちぎ』る・・・。」
「な、なるほど。乏しい顔つきや動きはそのせいか。」
「まあ、その気になりゃ壊滅くらいできそうだが・・・。今回のあいつへの命令は、ジャマするOZの残党だけを片づける事だ。」

スプリガンは赤と黒の空を見た。
この場所の空は、決して最初からこんな空ではなかったはずだ。

暗黒次元と呼ばれるようになったのは、一体いつからだったか・・・。



BIが彼らに出した命令は、『降伏』させること。
美しく青い空、豊かな資源、意外にも高水準の文明社会。
暗黒次元は文明こそ優れているかもしれないが、青い空というモノが存在しない。
いつでも赤黒く、よどんだ空気がたちこめる。
 
「他の人間達は奴隷やらでオレ達が使うんだろ?もしマリオネが意思を持って暴走したとしたら、あの国なんてすぐになくなっちまうぞ。」
スプリガンは両手でものを引き裂く真似をした。

「それに、あいつら偵察機をぶっ壊してそのまんまにしているらしいな・・・・・・。」
「なに、あのネコ型のか?・・・どうするつもりだ。」
「・・・・・・。」
青灰色の通信装置に、赤い斑点のような物がひとつ、ぽつんと浮かんでいる。
壊されたネコ型の偵察機はどこにあるかまではわからないが、とにかく存在している事は確かだ。



スプリガンはくっくと何かをこらえているかのように、笑って見せた。
「再利用は大切だと思わんか?マリオネよ・・・。」


立体映像のマリオネは、何も見つめてない。
彼の命令だけをずっと待っている。

2002/2/5

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background by Atelier N