第4話 坊やの決心
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「・・・・・・う。」
「気が付いた?黄龍のやつ、相当力一杯殴ったみたいだな。このまま目が覚めないかと思ったぜ。」
柔らかく微笑む男性の顔が目に入った。誠実そうな瞳に、ちょっと鍛えられた筋肉がはだけたシャツの下からのぞいている。彼は『これ、回してな。』とそばにいる女性に書類を渡す。

自分の体が転がっているのがどこかのソファだとわかった瞬間、輝はがばりと起きた。周りを見渡すと、このソファ以外は全く生活感がない。
金属のようなカベが鈍く光り、まるで機械でいっぱいのよう。
機械関係の取り扱いが苦手な輝は思わず頭を抱えて、そしてキョロキョロと辺りを見回した。
まっすぐな瞳で自分を優しく見る青年に、彼の横に寄り添うようにしている美しい女性。青年の影からくすくす笑いながら見つめる、多分妹達と年齢が近い少女。
「ここは?あ、あんた達・・・何者なの?」

「ふうん・・・。」
輝はぎょっとして思わず声がする方向を見た。いつのまにか隣には1人の男が座っていた。
男は輝を上から下にじっと見つめている。先ほどの黄龍、とは違って幾分余裕ありげに。

・・・・・・気配も感じなかったっ・・・このひと・・・。

そいつは自分の寝ていた頭の方に座っていたらしい。
帽子の影から伏し目がちになって、こちらを見つめる男の恰好は黒ずくめ。足を組み直すとスカーフもしゅるりと動いて布と布がこすれる音がした。
黒ずくめの男は書類と輝の顔を交互にみつめ、つぶやくように口を開いた。
「・・・ミドリカワ・・・ ・・・・・・?」
「テルじゃあないぜ〜。言ったらすっげえ怒ってたからな。ア・キ・ラだ。エイケイアイアールエイ。フリガナくらいふってもらいたいもんだぜ。」
「ああっ、お前っ!」
「よう、王子様。」
黄龍が無邪気に笑って右手を挙げると、輝は左手で彼の顔を指さしてこう叫んだ。
「銃刀法違反の見境なしだ!」


一瞬場が静まりかえり、そして大爆笑の渦となった。輝と黄龍だけぽかんとしている。
「おいおいおい、ちょっと笑いすぎってカンジだぜ〜。ひっでえなあ。」
「いや、最高だよ!お前の事を実によくまとめてるじゃねえかよ!?しかもわかりやすくさ!」
「ふっ・・・クスクス。」
「な、な、な、なんだよっ!」
皆の笑いをさえぎり、輝は大声を上げた。彼らの緩んでいた頬がまた引き締まる。
「一体、あんた達はだれなのっ?ここどこなのっ?どうしてオレを連れてきたのっ?!なんのためにっ?それに、オレのことや、ああ、なんでひなた達のことも知っているんだっ?!」
「ほい、そこまで。自己紹介は・・・終わったみたいじゃな。」

奥から初老の男性が現れた。深い皺が笑顔のせいでますます顔にきざまれている。
映画に出てくるような、理想的な年の取り方をしている男は笑顔を絶やさない。
それでいて自分をみつめ、笑顔を返すその顔は近くに住んでるような気のいいおじいちゃんである。
輝は突然現れた老人をちょっと見つめてから、隣に座っている黒ずくめの男に詰め寄るように近づく。
「どうして知ってるのっ?・・・教えて。」
「質問はひとつずつ・・・。そりゃ、調べたからさ。」
男がはめている手袋を胸の方にひっぱりながら、指をこきと鳴らす。
「調べた・・・?」

「そう。俺の名前は赤星竜太。で、こっちが黒羽健。キミを連れてきたのが黄龍瑛那。」
「私は星加有望。このコは桜木瑠衣ちゃん。」
輝の瞳が紹介された顔を順々にくるくると追っていく。まるで小さな子供のような視線の追い方に、有望は思わず微笑んだ。
「んで、儂は葉隠・・・じゃ。こんにちは、翠川テル君。キミを連れてきたのは我々に協力を・・・。」
葉隠、と名乗った老人は『言葉が違うのお。』と一回咳払いをした。
「名前もちげーよ、ハカセ。」
「わかった、わかったわい。黄龍くん。・・・協力ではなく、・・・我々と一緒に戦ってもらいたい。」
好々爺のようだったシワだらけの老人の瞳が光った。
自分の背筋が自然とのびる。先ほどまでのふわりとした空気が急に冷たくなる。
少しだけぞくぞくする気配だ・・・。

陸上の100メートル。
ばきゅーん、と鳴る瞬間の心地よさそっくりだ。

男達の表情がすっと変わる。どこにでもいそうな顔が、歴戦の戦士のように影が濃くな
った。
輝はぞくぞくする気配を覚えた。怖いのと、快感が入り交じっているかのような、肌がざわつく気配。
怖いからじゃない、何か起こりそうな、そんな気配。
自分の瞳がらんらんと輝いてきているのがよくわかった。
彼は腕まくりをしていたパーカーの袖を下ろしてニッコリ笑った。

「戦うって・・・何と?」
まるで新しい遊びを考えついた子供のように、さもなくば悪い大人の誘いにわかっていて乗る子供のように、身を乗り出した。

「その言葉を聞きたかった、すごくね・・・。じゃ、本題に入ろうか?」





「―――あともうすぐじゃ・・・。あまりにも時間がない。キミは星加博士と竜太達がデータ検索している時に見つけたのじゃよ。」
「オレが・・・あ、オレが?」
輝は思わず心臓に手を当てた。動悸がやかましい。


どく、どく、どく、・・・どくっ・・・どくっ・・・どくっ・・・


(お、おい・・・テ・・・じゃない、アキラ、下向いちまったぞ・・・。胸抱えて・・・。大丈夫かよ〜・・・?あの弾高いんだぜ・・・。)
(・・・・・・そんな心配してるの、お前だ・けだ。フフっ。)
黒羽は隣に座っている、胸を抱えているせいで表情が見えない輝の顔を、じっとのぞき込んだ。
「・・・坊や?」
「す・・・すっげえ、すげえ、めっちゃくちゃカッコいいよっ!!」
輝は思わず隣の黒羽の手をとって、歯を出した。

「お、・・・おいおい。」
「すっげえ・・・なんか、うまく言えないんだけど・・・。よくわからないけど。オレ、頑張るよっ!」
「そーんな簡単に決めていいのかー?テルちゃん?」
「だからさっ!」
いつの間にか握りしめていた黒羽の手を解放して、今度は黄龍の前に出た。
「今の状況よりは遙かにいいよっ!何もしないでぼさーっとしているよりはねっ!」
「よーし。いいぞ、楽しくなってきた!」
「うんっ!」
輝はにっと笑うと今度は赤星のそばに来て、自分の額に指先をそろえた手をすっと構えた。ずーっと、少しだけ憧れていた敬礼の挨拶だ。

「これからよろしくなっ、リーダーっ!」
「ああ、おたが・・・」
「よっしゃあーっ!!頑張るぞっ!!おうっ!!」
彼はリーダーの言葉を遮って、一人で気合いを込めると皆の耳はふさがった。
「それじゃ、オレ家からバイクとってくるっ!ここに置かせてもらっていいだろっ?」
「あ・・・かまわない、けど、輝。お前バイクの免許なんか持っていたか・・・?」
「マウンテンバイクさっ!機動力抜群だよっ!あ、ねえ?出口ってここからーっ?」



あわただしく輝が出ていくと、部屋の温度が少し下がった気がする。有望と瑠衣は丸い瞳が丸くなったまま。黄龍は面白そうに口笛を吹くマネをして、黒羽は握られた手を軽く振っていた。
「な・・・なんだか騒がしいヤツって感じ・・・?元気いーな・・・。オレちょっと引いたぜ。」
「なんで?オレは結構好きだぜ。」
「そ、話進まないだろ?ああいうのがいてくれないとよ?」
お互い顔を見合わせて笑う黒羽と赤星に、黄龍だけが苦笑まじりにため息を付いていた。
「はは・・・オレ様が面倒みそうだから、ヤなのによ・・・。って?」

ばんっ!プシュー・・・ギュウウ・・・・・・うんん。
あわただしく出ていった翠の風がまた入ってきた。
頭をぼりぼりかいて、一同の顔を見渡している。

「な、なんじゃどうした?なにがあったんじゃい?」

「ゴメンゴメン・・・うちにバイクとりに行こうとしたんだけど・・・・・・ここ、どこ?」



池の鯉がぱしゃりとはねる。
心配そうな娘達の表情とは対称的な顔で、縁側に2人で座っていた。
「あいつが飛び出していったのが、なんで良いことなんだ?」
「きらちゃんも、あなたも、ちょっと独立しないと?」
「独立だと?」
「きらちゃん、あなたからちょっと離れて過ごしてみるのもいいんじゃなくて?」
「なに・・・。」
彼の唇を手のひらでふわりと押さえつけて言葉を拒む。決して力強い訳ではないが、夫が自分の手を力いっぱい引き離す事は出来ないということを、彼女は知っている。

「子離れしてないのは、一体どっちかしら?」
「ぐ・・・・・・。」
「あなたが手をださなくても、やりたいことくらい自分で見つけてきてるはずなのよ。ホラ。」



ただいまあーっ!!オヤジいるーっ!!?出てきてよっ!!オレもう怒ってないよっ!!
ちょっと話あるんだけどーっ!!?



ついにオズベースに4人目の戦士が集った。5人目の戦士はどこにいるのか・・・。
残された時間は多くない。


   (エンディング)

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