第4話 坊やの決心
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有望の手のひらが踊るようにパソコンのキーを叩く。
機械の中に埋もれている彼女の顔は背景と不釣り合いなくらい美しかった。
その優雅さは、ここが研究室でなければピアノを弾いているといっても良いくらいだ。

彼女の指先が少し勢いよくキーを叩くとパソコン画面に1人、姿が現れた。

「リサーチの該当者の中から、更に絞り込んだ結果・・・よ。今現在は自宅で家族と一緒に暮らしている。学生時代の陸上、水泳記録は目を見張るものがあるわね。すごい・・・。」
「で?」
黄龍は有望の後ろから身を乗り出すように、画面が映し出す顔を見つめている。
画面の顔は人形のように大きな瞳、さらりとした流れるようなショートカット、白い肌はきめが細かくて、頬も唇も化粧っけがないのにうっすらとピンク色。瑠衣と同じくらいの少女にしか見えない。
「この子が4人目にふさわしい?性格は?友達は?家族は?」
「申し分ないけど・・・。裏表ない性格、友人達の評判も上々、家族は両親に妹が3人。」
「ほーお・・・。」
彼は息を細く吐くとぼりぼりと頭をかいた。画面の顔は何回見ても、一緒に戦うパートナーと言うよりもそばに置いて守ってやりたい、そんな感じの顔立ちだ。

「と、言うわけだ。黄龍、意思確認のために、お前が連れてきてくれないか?後から黒羽も向かわせる。」
「あのよ、赤星さん。きれいな女の子と知り合ってどっか遊びに行く、それならいいぜ。・・・・・・俺様の口からこんな細くてカワイイ子に『一緒に戦ってくれ、だからついてこい』なんていえるかよ?」
「は?」
「え?」
赤星と有望は顔を見合わせるとくすくす笑い出した。


「女の子じゃねえよ、黄龍。こう見えても男だぜ。本人かなりのコンプレックスらしいぜ。」
「げ、マジで!!?おいウソだろ?こんな顔の男いてたまるかよ!?」
「ここでウソついてどうすんだよ。ほい、行ってくれるか?」
「あ、あっあ〜・・・いーぜ。見に行ってみるよ。」
赤星はいつも通り屈託なく笑うと、彼に分厚い資料の束を差し出した。

「このかわいらしー妹ちゃん達もついでにね。」
黄龍は資料をばらばらとめくりつつジャケットを羽織ると、左手を上げて出ていった。





オレのオヤジは、世間で言うと『フェミニスト』というものらしい。

ひなたにも昴にも、燈子にも毎日毎日優しい言葉をかける。母さんにもいつも優しい言葉をかけて、影では毎日『愛してるぞ』って言ってんのを、オレ達は知っているが知らないフリをしている。
妹達の手にケガをさせるようなマネは、包丁と果物ナイフを使う時以外絶対にさせない。
道は必ず女性に譲る。
開くドアは、後ろに女性がいたら必ず押さえて待っている。
・・・・・・きりがないや。

女の人には優しいのに、オレにはちょっとぶっきらぼうだった。
大工の仕事で教えてくれたのは『手順は一度で覚えろ』この言葉だけ。あとは見て、たくさん失敗しながら覚えるってことらしい。
上手に出来た時は、とってもとってもホメられる。失敗したときは容赦なく怒られる。
それが世間では当たり前だと思っていたんで、加えて親戚も女のひとばっかだったんで、オレはずっとオヤジとおんなじ行動をとってきた。
女の子には優しくしてあげて、自分にはちょっと厳しくしたくて。

母さんや妹達と同じくらい大好きだったオヤジの事が、急に煩わしくなったのは一体いつだっけ・・・?



忘れちゃった。



重厚な日本家屋の戸が乱暴に開けられて風が通る。
3人の少女達が事の成り行きを目で追いながら、出ていった者の心配をしている。
奥の部屋を覗くと、ため息ばかりついている父親の姿。娘達が覗いているのがわかっているはずだが、今日に限って優しい笑顔を作る事はない。
母親は慣れた様子でだまってお茶を用意して、彼のそばでにっこり笑っている。
白髪が混じりはじめた黒い髪をぼりぼりかき、眉間にしわが寄る。
無精ひげを髪と同じようにばりばりかくと、ようやく近くに座っている妻を見つめた。

息子そっくりの大きな瞳とさらさらの髪をもつ彼女は何も知らぬような顔をして、ゆったり微笑んでいる。初めて出会った時とあまりかわらない容姿の彼女を見て、またため息をついた。
「なあ、蛍・・・あいつは、一体何を考えて生きてるんだっ?」
「・・・・・・ウフ。」
「目標も持たずに生きてるフザケたガキがいっぱいいるが・・・。オレの息子もそうだとは思わなかったな・・・。」
自分達の息子は、21に見えないくらい子供だった。与えられる物には素直に喜び、初めて出会う風景に感動し、初めて会う人に警戒心を抱かない。いつまでたっても人擦れしない。
やってみろ、と言うことには一から学び、心底楽しみながらすするようにその知識と技術を自らのカラダにたたき込む。機械いじり以外はなんでもかんでもそつなくこなすことができる。


・・・・・・・・・・・・ん?




「・・・・・・・・・。要するに、なんでも出来るが受け身なんだなあいつは・・・。今気づいた。」
「あら。」
蛍はお茶をゆっくり注いで、『ちょっと熱いかも・・・』とつぶやきながら彼に手渡した。
「まあ、あなた。やっと気がつかれたの?だったら、きらちゃんが飛び出して行ったのはとっても良い事ね。」
「なんだそら?」
息子にそっくりの蛍の顔は柔らかい表情で微笑むと、また夫にお茶を注いだ。



まだ両親の動向を隙間から眺めている妹達を後目に、一番落ち着いた雰囲気の少女が玄関の引き戸を静かに閉めて薄手の上着を着た。ふわりとしたデザインのスカートがひるがえる。
「ひなた姉え?探しに行くの?ほっとけばいーじゃん・・・。すぐ帰ってくるって。」
ウルフショートのヘアスタイルをかき上げて、いつもの状況に少し呆れたようにつぶやいてみせる。
彼女は爪を噛んで、指の逆むけをひっぱっている。
ちょっと反抗的な思春期の少女を演じている彼女のココロの動向は、姉が一番よくわかっている。
昴は素直に口に出せない分、心配している態度が指に出る。
お兄さまのこと、いつも一番心配してるもんね・・・。

「あら、すばるちゃん。お父様達はどうだった?」
「いつもどーり。」
「そう。」
黒髪の少女は静かに笑う。それでも切れ長の瞳は憂いを帯びて眉が少しだけ動く。
兄よりも落ち着いた雰囲気を持ち、父親そっくりの顔をしている。
下を向いている2人のもとに、ぱたぱたと大きめのスリッパを履いてやってくるのは燈子。ちょっと心配そうにしているのは2人の姉と変わらないが、彼女は感情をはっきりと顔にも態度にも出す。その表情は今にも泣きそうで、兄そっくりの大きな瞳がこぼれそうだ。
すっかりゆるくなった三つ編みの先をもてあそびながら、燈子は口を歪めた。
「おにいちゃま、怒って出ていっちゃったよ?ね、ねえ、大丈夫かな・・・?」
「ちょっと、とーこ・・・。アキ兄いがいくつだと思ってんのよ、ああみえてもとーこより10も年上なのよ。大丈夫よ〜、心配する方が間違ってるって。」
「そうかしら・・・?様子が変だったし。・・・二人はおるすばんしててね。あ、お父様とお母様には内緒よ。」

ひなたは唇に人差し指をあてながら靴を履こうとする。
腕を組んだまま憮然としている昴を後目に、燈子は眉をへの字にして足をばたばたさせてじだんだを踏んだ。
大好きな兄が自分から1秒でも離れているのは、決定的な理由がない限り絶対にイヤなのだ。
「え〜いやだっ。ひなたお姉ちゃまがいくならとーこも行くっ。」
「とーこちゃんは、すばるちゃんとおるすばん、ネ?あとからお菓子焼いてあげるから・・・。」
「いーやーだっ!あたしも行くっ!」
「こらとーこっ!」
燈子が引き戸を開けて飛びだそうとした瞬間、突然現れた長い足に鼻をぶつけてしまった。
「きゃっ。・・・な、なに?おきゃくさん・・・?」
「おっと。」


燈子が顔を上げると、そこには大きな背の男性がいた。ちょっと長めの髪の毛、頭にひっかけているサングラスがきらりと光る。身に付けている服も靴もなにもかも手入れが行き届いているのがわかる。適当なカッコをしている兄とは何か違う、と子供ながら燈子は感じた。
太陽を背にしていたので表情がよく見えなかったが、目が慣れるにつれてよく見えるようになった。彼はちょっとだけ焦げ茶色の髪の毛をぱさりとかき上げて、甘く微笑む。その顔は自分の兄とは正反対の男の顔だ。

「大丈夫かいお姫さま?よく見えなかった・・・。ゴメンね。」
その男は、玄関のタイルの上にぺったり座っている燈子を両手で抱えて立たせると、ぱさぱさと彼女の服のホコリをはらった。
昴は恋愛にあまり興味はない。そのかわりにTVにでている芸能人は大好きだ。
整った顔の男がとても好きな昴は、TV画面から出てきたかのような美しいスタイルの男に思わず顔が熱くなるのがわかって、姉の後ろにそうっと隠れる。
賢明なひなたはそんな妹をちょっとあきれ顔で見つめ、そしていきなり入ってきた不審人物に遠慮なく疑いのまなざしを向ける。
彼女は外見が行き届きすぎた男はあまり好きではないのだ。

「どちらさまですか・・・。うちのどなたに御用事なんですか?」
「写真。」
「え?」
男は面白そうに、くっくと笑うとひなたの髪の毛を指さした。
「写真よりもずっと綺麗な髪の毛なんだね、驚いたよ・・・。」
その言葉にひなたよりも昴の方が頬を赤くして、羨ましそうに姉を見つめるが、ひなたの方は全く意に介さず目をそらした。
「・・・カワイイ。」
「用事がないのでしたら、お引き取り下さいませ。」
彼がさりげなく距離を詰めるのがわかったらしい。ひなたは彼が誉めた長い髪の毛をちょっとひるがえして後ろに下がった。
(あ〜・・・冗談があまり通じなさそうなコだな・・・)

「どうしてひなた姉えの名前を知ってるのさ?何イ?知り合い?」
ひなたは、少し非難めいた口調になっている昴の言葉にまたあきれ顔になると、『そんなわけないでしょう?』とつぶやき、足を一歩後ろに下げた。
「とーこちゃん、こっちいらっしゃい?」
男は、自分達の一歩前にいる妹を庇うようにして後ずさりしている昴とひなたをくすくす笑いながら見つめた。

「こんなカワイイ妹さん達に心配かけさせるなんて、キミ達のお兄さんはさぞかし出来たお兄さんなんだろうな?」
「・・・お兄さまに何かご用なのですか・・・?」
「そ。」
男はニヤリと笑い、細く長い指がひっかけていたサングラスを取ると上着のポケットにすとんと落とす。
吸い付くような長い指に見とれていた昴に微笑み、そんな自分をちょっときつい目で見るひなたの視線に気が付くと、少し慌てて顔を直した。
「俺はキリュウエイナっ。エイナでいいよ、オレ的には君たちと一緒にもっとおしゃべりしていたいんだけどね〜。・・・残念ながら用があるのはキミ達の兄貴の方なんだ。で、その『アキラお兄さま』がどこにいるかわかるかな?」



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