第13話 暁 光
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「洵が、倒れた!?」
<悠長に倉庫の消火を待ってる場合じゃないの! なんとかしないと!>

着装を解いた5人を乗せたオズブルーンは、あともう少しで西都大学医学部キャンパスに到着する。赤星は学生時代に何度も入った防災棟の記憶と、有望の説明で、状況を的確に把握していた。

「よし、わかった。俺が北から中に入って、南側のどっかを内側からぶっとばして道を作る」
<吹っ飛ばすってどうやって! バズーカはエネルギーを再充填するまで使えないわよ!?>
「ドラゴン・アタックがある。俺一人で足りねえってんなら、黒羽も行く」

赤星があっさりと言ってのける。

黒羽に、行ってくれるか、と訊ねもせず、また、行ってくれ、と頼むことすらしなかった。

<‥‥サルファとデータ付き合わせて計算してみる。たぶん二人ならいけると思うわ‥‥>

通信を切った赤星が操縦席の背もたれを軽く叩いた。
「わりぃな、黒羽」
「どういたしまして」黒羽が少し肩をすくめ、赤星をちらと見上げた。

その唇の端は満足げに笑んでいた。

===***===

オズブルーンは西都大学防災棟の北側の空き地に着陸した。倉庫の東西から何本もの水の放物線が火に浴びせられていた。

「三人は南側で待っててくれ」
ただまっすぐに、その燃えさかる炎を見つめて赤星が言った。

半身になって三人を見やった黒羽が、どこか子供っぽい笑みを浮かべると、右手の親指で自分の鼻先をつんと弾いた。

「うまくやれよ、お二人さん!」黄龍が、黒羽と赤星の後ろからその肩を叩く。

「いくぜ、黒羽っ」
「おうよ、赤星!」

赤星と黒羽が、火焔に向かって放たれた矢のようにスタートを切った。
「着装!!」

走る二人の男が一瞬金色の光に包まれる。
赤と黒の躍動が炎上する倉庫の中に消えていった。

「大丈夫かしら‥‥二人とも‥‥」
「大丈夫だよっ なんてったって、リーダーと黒羽さんなんだよっ?」
「そーゆーこと。さ、アキラ、瑠衣ちゃん、あっち、回るぜ!」
黄龍が祈るような面持ちの輝と瑠衣を促した。

===***===

燃えさかる倉庫に突っ込んだ二人はすぐに地下への床扉にとりついた。両側から油圧に逆らって扉をこじ開けると中に飛び込み、そのまま鉄の踊り場に着地する。
「先行け!」
黒羽が再度梯子に足をかけ、扉を閉めようと手を伸ばす。火が入ったらかなりまずいことになるのはわかっていた。

赤星は床まで一気に飛び降りると南へ走った。鉄の階段を3歩で駆け上がるとドアを開ける。地上から忍び込んだ煙がすでにあたりを満たしていた。
「竜太なのか!?」廊下に虎嗣が出ていた。初めて見る息子の姿だったが、その息づかいも気配も、間違えようがなかった。
「親父、博士は!? 洵はっ!?」
「気を失ってるが呼吸も脈も確保できてる。あきちゃんはまったく大丈夫だ」
「二人のこと頼むな。すぐ、抜け道、作ってやる!」

階段室に入ろうとして防火扉が動かないことに気づいた。天井が歪んでドアが引っかかっている。階段の瓦礫をはね飛ばす衝撃で、天井が崩れてこないことを祈るしかない。ドアの上部を向こう側から左腕で固定すると、その直ぐ下を右の掌底でぐんと押し変形させる。形だけでも開閉できることを確認すると、身体をドアの陰においたまま、リーブラスターを階段室に撃ち込んだ。
(引火の心配はなさそうだな‥‥)

「赤星!」
黒羽が駆け込んできた。
「竜太! 黒羽君!」
葉隠が部屋から出てくる。後ろには意識のない洵を抱えた虎嗣がいた。
「博士。埋まってる階段をドラゴン・アタックで吹き飛ばします。ここに居てください。上部の状況と俺たちのスーツの残存エネルギーから計算してほぼうまく行くはずです。でも、万が一、崩れてきたら俺たちにかまわずに北側に逃げて下さい。いいですね?」
赤星が葉隠と虎嗣に説明している間、黒羽は黄龍に連絡を取る。
「瑛ちゃん! 階段の位置をぶち抜く! 周囲に人がいないようにしてくれ!」


赤星と黒羽が階段の踊り場に駆け上がる。左手の折り返し側はすっかり低くなっていて、赤星は膝をついて奥に入り込んだ。黒羽が躊躇いもせずにその隣に陣取る。彼の方は座り込むまではいかないが、壁に背を押しつけて足を前に出し、身を低くしなければならなかった。後ろはすぐ壁。そして二人のすぐ前まで瓦礫の山が押し寄せ、壁が天井のようにみしりと垂れこめている。

「二人ともっ そんな位置じゃ反動をまともにくらうぞっ やめるんじゃ!」
ドアから覗いた葉隠が叫ぶ。黒羽が葉隠を見つめ、強く言い返した。
「この方向でないと、意味がない!! 早くそっちに隠れてて下さい!」
「黒羽君、竜太っ」聞こえてきた父親の声に赤星は正面の瓦礫だけを見つめて喚いた。
「親父っ その二人、なんとしても守ってくれ! 少しでもケガさせたら承知しねぇからなっ!」

虎嗣が無言で葉隠の腕を引っ張ると、階段室のドアを力の限り押し込む。

自身の息子と、その息子が魂を重ねる存在を、その空間に閉め込んだ。

後ろ髪を引かれる表情の葉隠を、有無を言わさず北側のドアに押しつける。洵をその隣に下ろすと二人を庇うようにその前に立った。


黒羽と赤星の両腕がその胸の前で重なった。リーブレスを掴み、キーワードを叫んだ。
「ドラゴン・アタック!」
身体の周囲を温かい流れが包む。胸の前で上下にした掌の中にぶわんという圧力が生じて、それがどんどん大きくなる。スーツを構成していたリーブ粒子がエネルギー弾として手の中に流れ込んだ。
赤星がその圧力の周囲を撫でるかのようにすっと掌を回した。ちらりと親友の顔を見上げる。赤星同様に完全にスーツが解除されている黒羽がにやりと笑った。赤星が頷く。

「いけ――っ!」
「シュートッ!!」
初速を最高に上げていた。二つの波動が二組の手から放たれる。赤星の発した輝線は階段に沿うように斜め上に、そして黒羽の掌を離れた煌めきは下から空に向けて‥‥! 

膝立ちしていた赤星が、反動で斜め下方に叩きつけられた。黒羽の身体は後ろの壁にめり込むように圧しつけられる。胸や腹部に強い圧力がかかり、思わず二人の口からうめき声が漏れた。まるで息ができない。コンクリートと鉄筋の中で、エネルギーが弾けた。目を閉じても、焼け付くような光で視界が真っ白に染まった。

寸刻早く行動を起こしたのは黒羽だった。重心が沈んでしまった赤星の腕を掴むと、崩れ始めた壁の中からその身体を強く引き出す。足場の悪い中で赤星の体重がかかり、後ろにバランスを崩しそうになった。が、今度は体勢を整えた赤星が黒羽の身体を抱きとめる。瓦礫が降り注ぐ中、二人は殆ど転がるように階下に降りた。

頭を両腕で庇いながら、二人はそれでも全身全霊で、構造物の崩れる様子を見聞きしていた。

それは永遠に続くかのように思えた。

===***===

結末はあっけなくやってきた。ウソのように衝撃が静まる。

からからと欠片の落ちる音の中で、階段の踊り場が日の光で満ちた。

「やったぜっ」赤星が思わず歓声を上げる。
「成功だ! 急いでっ」黒羽がドアを開けて叫んだ。

洵を背負った虎嗣。そして洵の背中に手を添えた赤星がその斜め後ろに。葉隠と、その両肩を抱くように支えて隣を歩く黒羽。4人が、ごろごろしたコンクリで岩山の斜面のようになった階段を一歩一歩登る。上には満面の笑みの黄龍と輝、消防隊員達の手がさしのべられていた。
「早く! ここを離れて下さいっ」消防隊員が叫ぶ。
数十メートル先ではまだ倉庫が燃えさかっていた。


担架が待っていた。赤星が父親の背中から洵を抱き上げ、芝生に置かれた担架に横たえる。洵がぽかりと目を開けた。
「竜太さん‥‥?」
「もう、大丈夫だぞ」
赤星が微笑んだ。

「洵‥‥!」
葉隠が洵のすぐ脇に膝をつき、その顔をのぞき込んだ。

洵の手が、葉隠に向かってさしのべられた。

「ありがと‥‥。お父さん‥‥」

葉隠が目を見張った。

呆然とする父親の眼前で、息子の担架が持ち上げられる。運ばれながらも、息子の栗色の瞳は、弱々しく、だがはっきりとした笑みを浮かべて、父親の顔を見つめていた。

虎嗣が葉隠を促して立たせ、その肩をささえるようにして、洵の担架のほうに押しやった。

「お父様も一緒にいらしていただけますか?」
救急隊が声をかける。

「あ‥‥、ああ‥‥。ああ‥‥もちろんじゃ。もちろん一緒に行きますぞ」
葉隠の表情が、驚きから、心からの歓喜の笑みに変わり、そのまま救急車に乗り込んだ。


赤星は、同じ敷地内の救急治療棟に向かうその救急車を、黙って見つめていた。

いきなり赤星の脇に歩み寄った虎嗣が、息子の肩に腕を回し、一瞬強くその身体を抱き寄せた。きょんと目を丸くした赤星が父親に向き直った時、既に虎嗣は、背中で手を振りながら歩き去るところだった。

苦笑して、まだ大きなその背中を見送る。

胸の中に、洵の、染み込むような一言が、繰り返し、波のように打ち寄せていた。


===***===

洵が目覚めた時、病室の中はもう昼近くの光が満ちていた。

強心剤の投与で昨日の夕方にはすっかり調子は戻っていたのだが、その後駆けつけた医局長の計らいで、一晩、個室で休ませてもらったのだった。けっきょく葉隠も泊まり込んで、とても久しぶりに、たくさんのことを話せた気がした。

葉隠が寝ていた隣の補助ベットはすでにきちんと整えられている。枕元にはベースに行ってくるという走り書きのメモが残っていた。

ずっと黙っていた病気のことも正直に話した。葉隠は、全て、お前の判断に任せると言い、ただ‥‥けっして諦めないこと、遠慮しないこと‥‥、それだけは絶対に約束せいと、指切りをさせられた。

心配をかけて、そのことで疎まれるのが怖かったのだと、初めてわかった。

でも、何も不安に思うことなどなかったのだ。本当に、なんにも‥‥。

ノックの音がした。答えると、入ってきたのは有望だった。
「あ、有望さん‥‥?」
「気分はどうかしら? お弁当を持ってきたのよ」
「‥‥すみません‥‥」
ベットの足元から台をスライドさせて、タッパーを並べながら有望が笑う。
「まだ私と瑠衣ちゃん、台所に入れてもらえないの。だから中身、保証できないわよ」
「え? じゃ、これ」
「男性陣4人による合作なの。輝君が音頭とったらしいけど、ホント大騒ぎだったわよ」

改めて‥‥。今、自分を囲む人たちのことを考えた。
それぞれに色々な思いをかかえながら‥‥皆、信じた道を進んでいく‥‥。
その歩みに、とてつもない優しさを秘めて‥‥。
そしてその優しさが、いつも自分にも向けられていたのだと、洵は思った。

「どうしたの、洵君?」
「あ‥‥いえ‥‥。みんなに、凄く嬉しいって伝えてください。それで‥‥博士は‥‥?」
有望がくっくっと笑う。洵の問いには答えないでこう言った。
「ねえ、洵君、食事が終わって気分がよかったら、ちょっと散歩に出ない?」



有望に引っ張って行かれたのは、防災棟だった。驚いたことに、作業着姿の何人もの人間が復旧作業に入っていた。正月3日からこんなに来てくれるなんて、信じられない。なんてすごいメンテナンス体制の会社なんだろうと、洵は目を丸くした。

だが‥‥そのうち‥‥、聞き覚えのある声が聞こえてくるのに気づいた。電信柱の上でボックスの中身をチェックしてる黄色いヘルメットの作業員が、インカムに何か言っている。
「田島さん! ライン11と12、OKです。次、15、16をお願いします!」
梯子の下では小柄な作業員が、袖をまくり上げた腕を額にかざして上に向かって怒鳴っていた。
「ねえ、リーダーっ そんな上に登るの、オレの方が得意だよっ」
「だめだ、輝っ。お前、さっき、まったく逆にケーブル繋げるとこだったろっ
 信号ライン、紅白で結んじゃうヤツに任しとけるかよ! 水引じゃねーんだぞっ」
「だって、つまんないよーっ」
「じゃあ、そこら片づけてろよ! 機械やコードの類は触るな! 頼むから絶対触るなよ!」

「ほら、テル〜! お前、そんなとこじゃ役、立たねーんだから、こっち手伝えってーのっ」
階段の瓦礫を運び出していた長身が、作業帽をとると長髪を掻き上げ、また帽子をかぶり直した。
「ねー、瑛那さん、これもそっち置いていい?」
かわいらしい声の華奢な作業員は、帽子が大きすぎて顔がほとんど見えない。手に何か機械のようなものを持っている。
「あー、瑠衣ちゃん、ダメってば! そんなトコ置いたら黒羽に持ってかれちゃうって。下、持ってって聞いてみ?」
向こうでは小型のショベルカーが一台、器用に動き回り瓦礫を押しやっている。その運転手は一転黒ずくめのカッコウだ。いつも目深にかぶっているテンガロンハットの鍔が、今日は上に押し上げられている。もの珍しいものを運転できて嬉しいのか、楽しそうな表情がよく見えた。

「有望さん‥‥あの、これ‥‥‥いったい‥‥?」
「明日、大事な手術があるんでしょう? だからその時に大丈夫なとこまでは直そうって、相談して決めたのよ。田島博士始め、技術者の方も下に大勢いらしてるわ」
「そんな‥‥。みんなお休みだったんでしょう? 竜太さんたちだって、昨日あんな‥‥」
「いつも洵先生にはお世話になってるし、葉隠博士の頼みじゃ断れません!って、二つ返事で来てくれたの。昨日のうちに博士から連絡受けて、赤星がみんなにメール出しまくったのよ」
「嘘みたい‥‥。日本の頭脳結集して‥‥、こんなことやっちゃって、いいの?」
もう感謝を通り越して唖然としてしまっている洵だった。

「よっ 洵!」
いつの間にやら赤星が降りてきていた。妙に作業員姿が合っていて、洵は思わず吹き出した。
「なんだよ! 人の顔、見るなり!」
「赤星、あなた、似合いすぎだわ、そのかっこう‥‥。電気工事っていうより土木工事だけど」
有望にまで笑われて、ふくれた赤星だったが、思い立ったように洵に聞いた。

「そうそう、洵、お前、明日のオペ、ちゃんと立ち合えそうか?」
「うん、もう大丈夫」
「そっか、よかったなー! もうすぐ手術棟へのライン、全部回復すっからな!」
「竜太さん‥‥ほんとに‥‥何から何まで、ありがとう‥‥。危ないとこも助けてくれて‥‥」
「ばーか。気にすんな。あれが俺たちの仕事で、俺の夢さ。お前が人を治すのと同じようにな。じゃ、まだもうちっとあるから行くわ」

行きかけた赤星に洵が呼びかけた。
「ねえ、竜太さん」
「なに?」赤星が顔だけ振り向く。

「僕‥‥。もう‥‥怖がるの、やめた‥‥。何も、怖くない‥‥よね?」

「ああ‥‥。怖いことなんか、何もないさ。壊れないものは壊れない」

赤星がくるりと向きを変え、洵を真っ正面から見据えた。

「洵、信じろ。世の中に、確実なものは、あるんだ」

陽光の笑みを見せると、男は踵を返して戻っていった。

それは闇の名残を映す紫の空に射し込んだ、暁の光だった。


===***=== The End ===***===
2002/1/13
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