第13話 暁 光
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誰かが自分の手を叩いているような気がした。

うっすらと目を開けた洵がのろのろと起きあがる。
「いっつ‥‥」
後頭部がひどく痛んで、手をやると血がついた。身体的な動きには問題はなさそうなので、ただ頭皮が切れただけのようだった。

(ああ‥‥そうだ‥‥。急に揺れたんだ。それで‥‥ぶつけて‥‥)

ゆっくりと立ち上がる。もう揺れは止まっているのに、なんとなく壁で手を支えていないと不安な気がした。目の前の階段室へのドアが半開きの状態で動かなくなっている。ドアを回り込んで、階段を見上げた。

(うそ‥‥!)

上の方の壁が倒れ込むように覆い被さっていた。踊り場までよろよろと上がる。既に洵の身長近くまで壁だか天井だかわからないものが迫っていた。そして左手に回ると折り返しから上が‥‥‥‥

ただ瓦礫で埋められていた‥‥。

(閉じこめられた‥‥)

一瞬パニックを起こしかける。体中が危機に備えて血流を欲しがった。

「だめ‥‥。落ち着か‥‥ないと‥‥‥!」

言葉に出して自分に言い聞かせる。この心臓ではそんな心拍出量は維持できない‥‥!

右手で左胸を掴むように押さえた。
胸が痛い。息が苦しくてどうしようもない。ずるずると身体が床に崩れた。
なんとか階段を降りて廊下に這い出す。両手で胸を抱えるようにうずくまった。

(そうだ‥‥携帯!)

コートのポケットを探るがカラだ。いつものクセで、電源を切って宿直室のロッカーに放り込んでしまっていた。落ち着いて考えようと両手でこめかみを押さえた。

その時、洵は、初めて気づいた。
左手首の腕時計が、さっきからずっと振動し続けていたことに‥‥。


===***===

肩に回されている怪人の長い腕が重い上にうざったくて仕方がないが、黄龍は無言でうつむいていた。既にリーブレスはしっかり左手首にはめている。コートの袖はポケットに入っているが、腕は抜いてある。ただ羽織った状態になっていることに、ディーラムはまったく気づいていなかった。

運転していた刑事がさりげなく送ってきたサインが予定のエリアに入ったことを示していた。小さな窓から流れる風景は造成地のようだった。

いきなり車が止まった。
「こんなところでなぜ止めるっ」
「通せんぼしてるヤツがいてね」運転していた刑事が前を指さす。
「かまわん! ひき殺‥‥!」
立ち上がったディーラムが見たものは、搬送車の正面にバイクを真横に止め、その上に立ってまっすぐに自分に向けて銃を構えている赤い姿だった。

「オズリーブス‥‥!」
ディーラムは人質の肩をひっつかまえようとした。が、彼が引き寄せたのはコートだけだった。エンジニアは車の床を転げ、大きく開いた後部ドアから外に飛び出していた。ドアを外から開けたグリーン、ピンクの影と共にそのまま車から距離を取る。同時に運転席からも刑事が飛び出した。搬送車から飛び出したディーラムの前に、レッド、グリーン、ピンクの3人と、刑事、そしてエンジニアが立ちふさがった。
「貴様ら‥‥!」

「俺様の肩に腕まわしてくれんの、かっわいい女の子だけって決めてたんだけどな〜。いーかげん、勘弁してくれって感じだったぜ〜?」
黄龍がウィッグをぐいとむしり取って眼鏡と共に投げ捨てると、さらりとした長髪を振り立て、それを右手ですっと掻き上げた。雲間から差し込む光が、そのブラウンがかった髪に透けた。

「ここがお待ちかねの"行き先"ってヤツでね。さあ、本職に戻るとしましょうか!」
黒羽は外した眼鏡を畳んで上着のポケットに入れる。左腕をいったん伸ばすと、胸の前にぐっと引き寄せた。
「着装!」黒羽と黄龍の声がぴったりと揃う。二人の身体が黄金の揺らぎに被われた。

転身した黒羽と黄龍の後ろから赤星の声が弾ける。
「ここで幕を引かせてもらうぜ! 龍球戦隊っ」
「オズリーブス!!」

「かまわん! アラクネー様への手土産が増えるだけだ! お前達の首というな!」
ディーラムの声に嘲笑が混じった。


(人間形態もとれるなんて‥‥)
岩の上に出現したアラクネーは、遠目でその顔形はわからなかったものの、オズリーブスの内の2名が、人間形態から戦闘形態に変形したのを確認した。

3次元の人間は驚くほどバリエーションが少ない。それでも中にはあの5人のような戦闘タイプもいたというのが、幹部達の認識だった。ロボットや人造生命体と考えるには、オズリーブスの動きはあまりに自律的に過ぎたのだ。
通常人を遥かに越えるその戦闘力を見れば、彼らが怪人達同様、戦闘のためだけの存在であることは明らかだろう。となれば、あの戦闘形態が彼らの通常の姿のはずだ。だが人間形態も取れるのだとすると‥‥。状況によっては一般人の中に紛れ込む可能性もあるということだ‥‥。

(やっかいなことね‥‥)

アラクネーは小さな溜息をついた。

===***===

<博士、洵センセイカラノ信号ヲきゃっちシマシタ>
葉隠の持っている通信機からいきなりサルファの声が聞こえてきた。
「どこじゃ! どこにいる!?」
<西都大学ノ防災棟ノ南側建造物。電磁波の減衰ノ状態カラ87%ノ確率デ地下カラノ発信デス!>

葉隠は防災棟の内部構造を知っていた。10年前からここの理学部と工学部で客員教授をやっていた関係で設計に携わっていたのだ。あの建物の地下はほとんどが地下2階分の深さで、そこに数々の種類の発電設備がある。防災‥‥と言いつつ、補助電源に関する工学部の実験設備も兼ねていた。そして南側の一角は地下1階の深さで、そこに監視パネルなど機器の制御を行う部屋がある。洵がいるのはたぶんその区画と思われた。その上部の建造物は先ほどの攻撃で瓦礫の山と化している。

そして、葉隠は、設備の運搬用のルートが倉庫の北寄り東側にあることを思い出した。機器の運び込みや工事に立ち合った人間でなければ知らないことだった。
葉隠は毛布にくるまって外階段でうずくまり、車を待っていた宮野看護婦に駆け寄った。
「洵が見つかった! 防災棟の南側の地下におる!」
「そんな‥‥!」
「看護婦さん。防災棟の鍵、もう一つあるはずなんじゃ。倉庫の方に運搬用の入り口があって‥‥!」
「一緒に来て見ていただけますか?」
青ざめた看護婦が少しよろめきながら立ち上がった。

宮野が葉隠と虎嗣を案内して事務室に入るとキーボックスを開けた。葉隠が『防災棟運搬路』と書かかれた三つの鍵の束を手にとる。
「それなのか、あきちゃん?」虎嗣が大小の変った鍵の組み合わせに首をかしげた。
「確かじゃ。倉庫のドアの鍵、地下に通じる床扉の鍵と、その電源ボックスの鍵じゃ‥‥」

葉隠と虎嗣が外に飛び出た。川村警部を捜すが見つからない。ただでさえ年末年始は救急隊の稼働率が急激に高くなる時期なのだ。そこに持ってきてこの広い病院の敷地に避難命令が出たりしたのだから、混乱して当然だった。

葉隠の頭にいやな想像ばかりがよぎる。ケガをして動けないのかもしれない‥‥。コンクリートの下敷きになって、必死で信号を送っていたとしたら‥‥!

「とらちゃん‥‥。儂が行く。つきあってくれるか?」
「当然だろう、あきちゃん。いったい誰にものを言ってるんだ?」
「お二人とも! 危険ですわ!」
追いかけてきた宮野が止める。
「大丈夫じゃ。もう火は消し止められているし。儂らなら洵の位置もわかるんじゃ。あの警察の人が来たら、事情を話しておいてくれまいか?」

有望は既にこちらに移動中だった。モバイルさえあればベースの機能はほとんど使える。洵に何かあった時のことを考えたら、こちらに事情がわかった人間がいてくれるのは心強かった。

雲が切れて薄日が射してくると共に、風が強くなってきていた。

虎嗣と葉隠は防災棟一番北側のドアから倉庫に入った。入り口付近はコンクリートを打っただけの空間になっている。内側から大きな両開きのシャッターを開ければ小型のクレーンなどがそのまま入れるようになっていた。といっても機材搬入も落ち着いたここ数年は、この空間も大きな物置と化し、あちこちに段ボールの類が大量に積み上がっていた。
エリアの一番奥、左手側の床に2m四方の地下への扉があった。葉隠が床に膝をついて、二カ所ある鍵を開け、次いでそばの壁にある電源ボックスを開けてスイッチを入れる。分厚い鉄の扉が左右に開き、床にぽっかりと穴が空いた。

「こりゃ、凄い‥‥」
虎嗣がつぶやくと、奥の隅にある梯子の手すりに早速とりついた。すぐに葉隠も続く。2mほど降りて踊り場にたどり着いた。頭の上の扉が自動的にゆっくりと閉まる。踊り場から先はきちんとした鉄の階段だ。階段を降りると葉隠が先に立ち、南の方向にほとんど小走りで進んでいく。誘導タービンその他の様々な機械とパイプやケーブルが入り組む中、虎嗣もその後に続いた。

一番南の端まで来るとまた鉄の階段があった。葉隠はそこを駆け上ってドアを開けた。

「洵!」

葉隠の目にまず飛び込んできたのは、見慣れたブルーグレーのコートの背中だった。ぺたりと座り込んで、右肩から廊下の壁に寄りかかるようにうずくまっている。

「洵!!」

どたどたと駆け寄りながらもう一度呼ばわる。葉隠がその側に膝をついたのと、洵が半身を捻って顔を上げたのがほぼ同時だった。

「‥‥え‥‥、博士‥‥?」
「洵! 大丈夫か!」
「‥‥なんで‥‥。あ‥‥おじさんも‥‥?」
「ケガは!? その手! 血か!?」
葉隠が洵の手をとる。
「‥‥ちょっと‥‥頭、ぶつけちゃって‥‥。でも、たいしたこと‥‥ないよ」
「とにかく、立てるか?」

葉隠に手を引かれるようにして、洵が壁に背中を押しつけながら立ち上がった。が、ふらついてはなはだ心許ない様子だ。
「ほら、洵坊」
虎嗣がすっと洵の前に背中を向けて片膝をついた。
「やだ‥‥なぁ‥‥、おじさん、まで‥‥」
洵が思わず苦笑する。
「何ぶつぶつ言ってるんだ、洵坊! 早くしろ!」
虎嗣が急かせた。葉隠に押しやられるようにして、洵がどさりと虎嗣の背中に体重をもたせかける。少しぼんやりしている頭で、髪の感じが竜太さんと似てるなぁなどと、悠長なことを思った。

葉隠が先に立ってドアを開け、階段を下りようとした時だった。いきなり頭上で激しい爆発音が響いた。葉隠と虎嗣が顔を見合わせる。ぞっとするような震動が伝わってきた。
葉隠が階段を駆け下りる。虎嗣は、洵をゆすり上げると左手を後に回し、右手で前に回った洵の両手を諸共に掴んで、急ぎ足で葉隠を追った。

階上から伝わってくるいやな音がどんどん大きくなり、もう何度か破裂音が起った。
空気にいやな気配が満ちて、髪の毛がちりちりと逆立つような感じがする。

北側の階段を鉄製の踊り場まで駆け上がった。
葉隠が梯子を登り、頭上の出口の開閉スイッチを入れた。

動かない。

何度スイッチを入れ直しても頭上の扉は開かなかった。

「あきちゃん、どうした!?」
「扉が開かないんじゃ!」
葉隠が梯子を片手で掴み、のけぞるようにして無理矢理扉を開けようとする。虎嗣が洵を下ろしながら叫んだ。
「むちゃするなっ!」
「こりゃ普通の油圧式じゃ! 電源が切れてるなら力で開くはずじゃ!」
「背中痛めたらどーする! ワシにまかせろっ」
葉隠がはしごを下り、代りに虎嗣が手すりを掴んだときだった。

<博士っ! どこにいらっしゃるんですっ!>
葉隠の通信機から有望の悲鳴のような声が飛び出した。

「まだ地下じゃ! 扉が開かん!」

<防災棟の倉庫部分が爆発して、炎上してます!>

「なんじゃと!」

===***===

ディーラムの顎に当たる部分が不気味にふくれあがる。顔の前で両の掌を交差させると、その長い指の間に3つずつの黒い固まりが挟まれていた。それを無造作に投げつけてくる。

5人は左右に散り、直撃は避けたものの爆風で吹き飛ばされる。
「たまんねー手品だぜっ」
とっさに瑠衣をおしやった黄龍が言い終わらぬ内に、爆風の中を飛び込んできたディーラムが、黄龍の首を握り潰さんばかりの力で高く掴み上げた。

「あっ‥‥ぐ‥‥!」
黄龍が両手で鮮紅色の腕を掴む。既にその両足は地を離れていた。
「貴様を真っ先に血祭りにあげてやるっ!」

「ブレードモードッ」
赤星がディーラムの肩のあたりをブレードで斬りつけた。黄龍の喉を掴んでいた長い指が緩む。黄色い長身ががくりと膝をついた。

「マジカルスティック・稲妻重力落とし!」
怪人の後ろから飛び上がってきた瑠衣のマジカルスティックがフルパワーでディーラムの後頭部に炸裂する。その間に赤星が黄龍を支えるように離脱した。
「大丈夫かっ」
「な‥‥、なんとか‥‥」
黄龍が大きく喘いだ。

「ピンクッ 気を付けてっ」
輝の声に瑠衣がとんぼを切って距離を取る。が、既にディーラムの指には次の爆弾が握られており、それがピンクの華奢な身体めがけて投げつけられた。
「させないよっ」
瑠衣を庇うように飛び込んできた輝が、信じられないことにそれを全部トンファーではじき返す。
「うっわ。できちゃった‥‥‥」
一番吃驚したのは本人だった。自分の武器で衝撃を受けたディラームが思わず後退した。

「ミドッ ムチャだぞっ 離れろ!」
黒羽の声が飛ぶ。
「ブラック・チェリー!!」
「リーブチャクラム・ストームシュートッ」

チェリーの直線に、チャクラムの曲線が絡むように怪人の巨体めがけて飛んだ。二つの爆裂弾が怪人の身体に命中して爆発する。
「ぐわあ―――っ」ディーラムががくりと崩れた。

「スターバズーカッ」
赤星がリーブレスに向かって叫ぶ。4人が赤星の元に走った。5つのリーブレスを所定の場所にはめ込む。あっという間に、スターバズーカが飛行形態から火砲の形態に移行した。

「ファイヤ―――ッ」
5人の声と共にスターバズーカから放たれた輝線がディーラムの鮮紅色を包み、その身体が形骸を留めずに破壊される。

「あ、お前はっ?」

ディーラムを吹き飛ばした煙の中に、一人の華奢な肢体が浮かびあがった。

頭から足先まで黒衣を纏ったスパイダルの四天王が佇んでいた。
顔の殆どを被うマスクの中から、切れ長の目が炯々とこちらを睨み据えてくる。
「アラクネーかっ!!」

「オズリーブス‥‥。あくまで我らのジャマをする気か‥‥」
低めの、だがよく通る声でアラクネーが言った。
「勝手に侵略なんかされてたまるかっ てめーらもいい加減、諦めて帰るんだな!!」
赤星が答える。

「我が司令官が立てた作戦が失敗することなどありえない。必ず地球をわがスパイダルのものとし、三次元侵攻への足がかりとさせてもらうわ。目覚めなさい、ディーラム!!」
アラクネーの手甲の石はとうに輝いていた。呼応するように、ディーラムの破片の中の赤い光が周囲の空間にぶれを生じさせる。
「ディメンジョン・ストーンよ、ディーラムに新たな命を!」
その声を残してアラクネーが消滅する。
「みんなっ 距離をとれっ」
黒羽が叫んだ。

ディメンジョン・ストーンが次元の歪みの中で怪人の身体を再構築し始める。この歪んだ空間に交わることは死を意味するし、そこにはなんの攻撃も不可能だった。そしてこれが始まったら、怪人が身長が50m台の巨大な姿に変化するのに1分とかからなかった。


2002/1/13

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