第11話 ワンダー・シーン
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『竜太……竜太!おるか!』
「……!?」
 発信音の直後、リーブレスの通信機能をオンにする。よく知った声が流れ出た。
「葉隠博士!」
 リーブレスはごく簡単な通信機を内蔵している。そしてこの通信機は緊急時以外の使用は厳禁されていた。赤星はすぐに事態を悟った。
「出たんですか!?」
『ああ!いいところを邪魔して悪いが、急いで向かってくれ!』
「お、俺達は別にそんなんじゃ・・・・・・で、場所は!?」
『L7ぽいんと! L7ぽいんと! タイヘン!タイヘン!』
『こりゃ!静かにせんか、サルファ!』
「わかりました!俺もすぐに向かいます! 有望! 戻るぞ・・・・・・!?」
 言いながら振り向くと、既に自動車の助手席に行儀良く座っている有望の姿があった。しゅっ、とシートベルトを引き出しながら赤星に言う。
「事態が事態だから仕方ないわね。急いでよ、赤星!」
「・・・・・・ああ!」
 赤星が運転席に乗り込んでいる間に、有望は既に都心の地図を開いている。
「ポイントは?」
「L7だ」
「わかったわ。すぐに最短距離を探してみる。L7だったら多分、このまま直接向かった方が早いわね」
「・・・・・・」
 先程とうって変わって真剣な顔で地図にペンを走らせる有望。その顔は既にOZの科学者の顔だ。
「・・・・・・出来た奴だよ、お前は」
「ありがと」
 苦笑する赤星に有望は地図から顔は上げず、ただ少しだけ微笑んだ。その手が急に止まる。
「どうした?」
「ここ・・・・・・L7!」
 有望が驚愕の表情を浮かべた。車のエンジンをかけている赤星に言う。
「娯楽施設・・・・・・遊園地だわ!今日は土曜だから人、多いはずよ!」
「何だって!?」



「よりによって遊園地かよ・・・・・・!」
「敵さん、いよいよ本格的にオレ達を狙って動き始めたらしいな」
「赤星さんとお姉さま、大丈夫かしら・・・・・・巻き込まれたりしてないよね?」
「大丈夫だよ! 今は全然違うところにいるはずだもの」
 変身した四人が辿り着いたのは大規模なレジャーランドだった。テントは引き倒され何メートルもの太い柱はひしゃげて折れ曲がっている。
「ここ、とーこのお気に入りの遊園地なんだぞ・・・・・・!」
 セクターから降りたグリーンが憤慨したように呟く。暴れ回っている影が見えた。蜘蛛の子を散らす群衆に逆らい先陣を切って飛び込んでいく。ブラック、イエロー、ピンクもそれに続いた。
 立入禁止の鉄柵を足場にして跳ぶ。ぎん!と通る音が響いた。誰もいなくなった広場へ出ると、異形がはっきりとこちらを向いた。目前には観覧車。避難できない人々がまだ中にいるのが見えた。異形は明らかに彼等を狙っていた。
「やめろーっ!!」
 グリーンが叫びながらトンファーをくるりと逆手に構えた。他の三人もすぐに追い付く。
「ブラックリーブス!」
「イエローリーブス!」
「グリーンリーブス!」
「ピンクリーブス!」

「いくぞっ!!」
 ブラックのその一言が戦闘開始の合図となった。真っ先に飛び込んでいくグリーン。
「たあああああっ!!」
 姿勢を低くして突っ込む。怪人は鎌のような両腕でルートンファーを受け止めた。鋭い音が空気を裂く。もう一方の鎌を振り翳す怪人。不利と見て取ったグリーンは飛び離れた。その瞬間を狙ってブラックチェリーとリーブチャクラムが交差する。
「ブラックチェリー!!」
「リーブチャクラム! 当たれえっ!!」
 しかし怪人はその両腕を器用に震った。ブラックチェリーは右の鎌に、リーブチャクラムは左の鎌に、それぞれ防がれる。チャクラムは勢いを失い宙を舞ったがブラックチェリーは鎌に着弾し爆発した。
「やった!?」
「いや・・・・・・!」
 ピンクの歓声をブラックが遮る。もうもうと捲き上がる煙の中から怪人は傷ひとつない姿で現れた。
「ち・・・・・・こいつはどうやら随分頑丈なようだ」
 ブラックが矢をつがえながら呟いた。グリーンはトンファーを構えなおし、イエローは腰からリーブラスターを引き抜く。ピンクはマジカルスティックのボタンを押した。機械音と共に、若干ながらリーチが伸びる。四人はゆっくりと怪人を取り囲むように展開した。

「行くわよっ!」
 ピンクが身軽に地を蹴った。グリーンがその動きに沿うように続く。「女の子にはこっちが合わせてあげなきゃ」彼の持論のひとつだ。
 大抵が2メートルを超える怪人にはグリーン、ピンクの小柄な体型は大きなメリットである。グリーンがピンクの前に出るようにしてトンファーを振るう。その隙にピンクが懐に飛び込んだ。マジカルスティックが胸部に触れる。見えない電流が弾けた。
「!」
 それでも怪人の動きは止まらなかった。振り下ろされた鎌から、両のトンファーがピンクを護った。金属の擦れ合う嫌な音。ピンクは咄嗟に体を小さくした。グリーンの邪魔になるからだ。
「駄目なの!?」
「ピンク、退がってな!!」
 ピンクが戦線を離脱すると同時に、怪人とグリーンの力比べが始まった。押し合う武器と武器。しかし。
「保たないよ!」
 ピンクの言う通りだった。明らかにグリーンが押されている。細い体の分、腕力ではどうしても敵わない。
 すると突然横合いから長い刀身が滑り込んできた。
「イエロー!」
 ぎいんっ!
 怪人の鋼鉄化した二の腕にそれは激突した。ブレード・モードのリーブラスターから、衝撃がイエローの両手に容赦なくのしかかる。
「・・・・・・ってえ!!」
 第三者の介入で力の均衡が崩れる。グリーンが跳躍した。
「唐竹割ッ!!」
 脳天に全力でトンファーを打ち込む。どんな生物でも頭は急所だ。強引に連打し、着地したその瞬間。
「二人共、退けッ!!」
 「!?」
 ブラックの声に、反射的に一歩下がるイエロー、グリーン。二人の間を正確に矢が奔った。怪人が雄叫びを上げた。今正に振り下ろそうとしていた鎌を持て余しながら轟音を立てて地に沈む。
「マジかよ・・・・・・!?」

 怪人に巻き付いた煙が晴れていく。爆発に受け身を取ったイエローが思わず呻いた。グリーンのトンファーと二発目のブラックチェリーをまともに喰らったのに、怪人は尻餅を付いただけだ。ゆっくりと起きあがってくる。
「・・・・・・ブラックのフォローがなかったら、俺様達のどっちか鎌の餌食だったってわけね・・・・・・」
「半端じゃないよ、こいつ!手が痺れるほど力込めたのに・・・・・・!」
「マルキガイナスみたいに、特別な防御方法を持ってるのかしら?」

「いやあ・・・・・・そいつは単にタフなだけだ」
「・・・・・・!?」
 意外なところから答えが返ってきた。その声を聞いたブラックが空を仰ぐ。視線の先には観覧車があった。その中ほど。
「・・・・・・誰、あいつ!?」
 ブラックの視線を辿ったピンクが声を上げた。奇妙な鎧を纏ったように見えるその人影は観覧車の円の中心近い鉄骨に泰然と腰掛けている。片足をあぐらをかくようにして座っている黒の姿は威風堂々として揺るぎない。
 ここに来た時には確かにいなかった筈だ。観覧車の中に閉じこめられた人々もたった今気が付いたようだった。いくつもの悲鳴が上がる。
「何者だ!」
「俺か?」
 ブラックの誰何に影は笑った。

「俺は機甲将軍スプリガン・・・・・・暗黒機甲兵を束ねるスパイダル四天王の一人だ。以前は俺の怪人が世話になった」
「四天王・・・・・・!!」
 絶句する。四天王ということは、以前対峙したシェロプやゴリアント、アラクネーと同格・・・・・・正真正銘幹部クラスだ。当然、怪人とは比較にならない。
「大人しくしてな、カトラス。俺はこいつらに話がある」
 最後の四天王はゆっくりと立ち上がった。
「アセロポッドは今回は出さなかったぜ。邪魔なだけだろう?」
「・・・・・・何が目的だ」
 ブラックが慎重に尋ねる。レッドが居ない今、彼は事実上のリーダー代理だ。三人もわかっているので口を出さない。また、怪人の方もスプリガンの指示に従って大人しくしている。不気味に静まりかえった場に、ブラックとスプリガンのやりとりだけが交錯した。
「アセロポッドが邪魔だと言った理由は二つ。ひとつ、決定打が与えられない以上奴等はうっとうしいだけだ。人海戦術なら話は別だがな。それともどうだ、やってみるか?アセロポッドを何人抜けるか」

「もうひとつは何だ。言え」
「やれやれ、つまらん奴だな・・・・・・」
 スプリガンは本当につまらなそうな声で言った。
「お前等の力量を正確に測れなくなるだろう?」
「やはり、オレ達が目的か・・・・・・!」
 ブラックの口調が明らかに怒りの色を含んだが、対するスプリガンは涼しげだった。
「俺達をおびき寄せるためだけにこんな、人間の多い場所を襲ったわけか!」
「そう熱くなりなさんな・・・・・・殺すつもりはねえんだ。一応な」
「ほざけ!」
 スプリガンはひょいと肩をすくめる。
「まあ、いいさ。俺としては当初の目的を果たさせて貰うだけだ・・・・・・カトラス!やっていいぜ!」
 途端、怪人が吠えた。それと同時に四人も一斉に動き出す。ブラックを中心に、彼等は拡がるようにして展開した。
「そいつは言葉こそ喋れねえが、頑丈だ。そういや、もう一人はどうした。確かお前等、五人だったよな」
 言いながら見下ろす。カトラスと戦っているのは、ブラック、イエロー・・・・・・。
「・・・・・・?」

 いつの間にか、グリーンとピンクが視界から消えている。
「おや?おちびさん達はどうした?」
 スプリガンの声に鉄骨を蹴る連続音が被る。その金属音はあっという間にスプリガンの背後まで到達した。
「ここだよッ!!」
「マジカルスティック・稲妻重力落としっ!!」
 挟撃。左右から二つの影が躍り掛かる。グリーンは右のトンファーで、ピンクはマジカルスティックでそれぞれ仕掛けた。しかし。
 実際には、ぱん!という乾いた音がしただけだった。
「!?」
 武器を持つ手が全く動かない。
 二人の武器はスプリガンの両の手にしっかりと捉えられていた。スプリガンの笑みが深くなる。グリーンはトンファーを掴まれている右手に微妙な違和感を感じた。
「はっ!いいねえ、ガキ二人がよくぞこの俺に喧嘩を売ったもんだ!!」

 刹那の判断が明暗を分けた。
「!ピンク、武器を手放してッ!!」
 グリーンの警告は一歩遅かった。反応の遅れたピンクの体がぐいと引かれる。次の瞬間、鉄色の鎧の左手からはトンファーだけが、そして右手からはピンクがスティックごと、中空に放り出されていた。
「瑠・・・・・・!!」
「ピンク――――――っ!!」
 例えパワード・スーツを纏っていても、地上は遙か下だ。叫びかけたイエローの声にグリーンの絶叫が重なった。
 その数瞬に、幾つかのアクションが起こった。伸ばしたグリーンの右手が空を切る。よりピンクの落下地点に近かったイエローが全力で走る。それを追おうとした怪人とイエローの間にブラックが割り込む。

 しかし、落下地点まで距離がありすぎた。
「……嘘だろ!?」
 ぞっとしたようにイエローが呟く。誰の目からも間に合わないことは明白だった。
(落ちる……!!)
誰もが思った瞬間。
「―――そう慌てなくっていいぜ、イエロー!」
「!?」
「っと!」
 どさっ!と音がする。
 まっすぐ落下してきたピンクをしっかりと受け止めた腕があった。ピンクが恐る恐る目を開ける。
「……あ……!」
「立てるか?」
 駆け付けたレッドは腕の中のピンクに言った。
「うん!」

 ぱっと飛び降りるピンク。レッドはスプリガンを睨み付けた。
「レッドリーブス、参上!!……で、なにもんだ? お前」
「お仲間に聞けよ。二度名乗るなんざ面倒だ」
 スプリガンはそう言うと、呆然と地上を見下ろしていたグリーンに声をかける。
「坊やよ、敵を目の前にして余所見は禁物だぜ」
「―――!?」
 鉄骨の上で慌てて飛びのく。グリーンは基本的に両利きだ。左一本でも戦れるし持ち替えることもできるが、やはり獲物が一本では心許ない。しかし、グリーンにはそれよりもっと気になることがあった。ここから見ていたグリーンだけがわかったことだ。
(……こいつ……!)
「何で、わざとレッドがいる方向へピンクを投げたんだっ!?」
 まるで彼女を傷つけまいとしたかのように。
「言ったろ?」
スプリガンは笑いを含んだ声で言った。
「殺すつもりはない、ってな」
 その台詞が最後だった。スプリガンの姿が急に不安定なものに見えて、グリーンは瞳を瞬いた。
「!?」
 突然、その姿はざらりと崩れた。まるで黒い砂が波にさらわれるように消失する。
「あ……!!」
 掴もうとする暇さえなかった。手を伸ばしかけた格好でうめく。
「逃がしちゃった……ッ!?」

「なめるなよ……!!」
 真下でブラックの怒声が響いた。グリーンは急ぎ全速力で観覧車を駆け下りる。下ではブラックのラスターと怪人の鎌が一騎打ちを繰り広げていた。ブラックはたった一本のラスターブレードで二刀流の怪人と渡り合っている。
「このオレを倒したいなら、もう少し腕を上げてくるんだな!!」
 鋭い金属音。ブラックが刀身の中央で相手の鎌を受ける。怪人はそのまま押してきた。パワーの上では怪人が勝っている。しかしそれがブラックの狙いだった。
 ブラックが突然、ラスターの重心を変える。押し返す力が急に失われた。鎌が流れる。よろめく怪人。
 ブラックはそのまま刀身を滑らせた。怪人の肌は鎧のようで剣を受け付けない。だが、昆虫が動く為に関節を持っているように、怪人にもまた鎧と鎧の間に関節を持っていた。
 ブラックのラスターがそのわずかな隙間を捕らえた。

「これで―――どうだっ!!」
 絶叫があがった。怪人の胸の隙間にまともにブレードが差し込まれている。
「ブラック!!スターバズーカ、やるぞ!!」
 レッドの声に、ブラックは素早くラスターをガン・モードに移行させ、退く。血飛沫が上がる。血の色は黄緑で、それはとんでもなく非現実的な光景だった。
 五人はスターバズーカにリーブレスをセットした。バズーカが機械音を発し起動する。
「いくぞっ!!」
 全員でバズーカを支える。銃口に光が灯った。
「ドラゴンスターバズーカ!ファイア!!」
 レッドの合図でバズーカが発射された。巨大な光の奔流が怪人を呑み込む。断末魔の悲鳴。
 カラン、と音を立て、ディメンジョン・ストーンが地に落ちた。緑色の宝石はどす黒く変色し、光を失った。
「……」

「あれ?」
 全員が思わずそれを覗き込む。以前、アラクネーと対峙した際、これが赤くなり怪人が復活、巨大化したのだが。
「……幹部が何かしないと巨大化はしない、って事か?」
 言いながら、レッドが注意深くそれを手に取る。掌の中でそれはすぐにぼろりと砕けた。
「駄目か……」
「取り合えず、観覧車の人たちを助けなきゃ!怖い思いさせちゃったし」
 ピンクが言う。
「そうだな……ここのスタッフに連絡取らなきゃ。どこかにスタッフ用の電話か何か、ある筈だ」
 それを境に、全員が救助活動に従事することとなった。



 五人が開放される頃にはすっかり日が暮れていた。一旦人気の無い場所へ行き、着装を解除する。黒羽が赤星に言う。
「オレ達はセクターで来たから、それで戻るが……お前はどうするんだ?」
「俺は直接来たからさー……」
「赤星! みんな! お疲れ様!」
 遠くで手を振る人影。瑠衣が驚いて声を上げた。
「お姉さま!?」
「見ていたわ。遠くからだけど……頑張ったわね、瑠衣ちゃん」
「あ、はい!」
 えへへと照れ笑いする瑠衣。
「あら……輝君、どうしたの?考え事?」
「え!?ええっ!?」
 有望の言葉に初めて、全員が輝に目を向ける。突然注目を浴びた輝は慌てて両手をぱたぱたさせた。
「どうって……別にオレ、何にもッ!そうそう、今日の夕飯何かなー、って!」
「ばーか!だーからお前はテルなのっ!」
「何だと、エイナっ!?」
 いつもの口喧嘩が始まる。赤星と黒羽は苦笑し、有望は微笑んだ。瑠衣がぱたぱたと黄龍に駆け寄る。彼女は小声で囁いた。

「ね、瑛那さん」
「んー?」
「瑠衣が落っこちそうになった時。瑠衣のこと本名で呼びかけたでしょ?」
「……あの状況でよく聞いてたねー……」
「うん! 心配してくれたんでしょ? ありがと!」
 黄龍は思わず苦笑いした。
「……あのねー、瑠衣ちゃん。お兄さんは別に……」
「そうだよ、瑠衣ちゃん! こんなヤツ、ただ間抜けなだけだよっ。みんな心配してたのは同じなんだからねっ!」
 輝がさっと会話に割り込んだ。
「言いやがったな!? テル!」
「言ったよっ! それがどうかした!?」

「黄龍!」
 赤星が口を挟む。
「絶対に本名を呼ぶな!! そこから全て駄目になる可能性は高い。ペナルティーとして明日、通常のノルマが終わった後道場まで来い!!」
「げ!!マジ!?」
「出ましたなあ……『鬼の赤星』」
 黒羽が呟く。有望は苦笑した。輝はふと、空を見上げた。
「……」
 暗黒次元の奴らって、みんな酷いやつばっかりって思ってたのに。
(……あいつ)
 何でわざわざあんなこと、するんだろう?



 強い風が、彼女の髪を大きくはためかせた。
 暗黒次元と三次元世界との間で、アラクネーは地上を見下ろしていた。
「お出掛けかい?」
 いつのまにか背後に浮かんでいたスプリガンに振り返りもしない。
「……機甲将軍殿は何の成果も持たずにお戻りのようね?」
「そうでもねえさ。予想以上だった。しばらくは退屈せずにすみそうだ」
 楽しそうに言うスプリガンの声はアラクネーの気に障ったようだった。
「貴方には真面目に指令に従うつもりは無いの? これは遊びではないのよ。怪人を巨大化もさせずに……まともな軍人の振る舞いではないわね」
 スプリガンはその質問に答えなかった。代わりに、軽く肩をすくめて言う。
「そう言うお前さんこそ、ひとりで人間界に御忍びかい?いいご身分だ」
「わたしの任務は諜報よ。三次元世界の人間の生態調査……必要なことじゃなくて?」
「将軍自ら、それも怪人を持って。かい?」
 彼女の手にしている幾つかのカプセル状の球体をスプリガンは見逃さなかった。アラクネーが初めて、ちらりと彼に視線を向ける。

「……恐ろしい夢を見てショック死しても証拠は残らないわ……よく覚えておくことね」
「怖い怖い……!」
 スプリガンは両手を上げて降参のポーズを取った。
「それではお前さんの秘密は口外しないことにしよう」
「賢明だわ」
 地上からの風が吹く。
「アラクネー」
「……」
「シェロプに不穏な動きがある」
「……わたしを誰だとお思い? 知っているわ」
「そりゃ、そうか」
 しばしの沈黙の後、アラクネーが尋ねる。
「……何故、そんなことを私におっしゃるのかしら?」
 スプリガンは再び肩をすくめて、言った。
「俺は、ブラック・インパルスは割と気に入っていてな」
「当然だわ」
 彼女の声色が明らかに変化した。それは彼女の決意を顕わしているかの如き強さを宿していた。
「あの方は人の上に立つ資格をお持ちよ……! わたしは全力でお支え申し上げる。それだけよ」
 三度目。スプリガンは肩をすくめた。
(やれやれ……若いねえ)
「そうか。まあ、頑張ってくれや」
「――――――言われなくてもっ!」
 アラクネーの黒い長衣が翻った。舞うように、彼女は下界へと身を躍らせた。


===***===(エンディング)===***===
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background by 雀のあしあと