Silly Scandals
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シャンデリアの光が少女の瞳に溶け込んだような気がした。瞳の中のそれはぴしぴしと音を立てて崩れようとしている。フロアではこちらに殺意を持った視線を投げつける者達もいる。
何が起こるのかわからずに悲鳴を上げるものたちも。このショーのための彩りとして呼ばれた哀れな貴族達は泡食うように逃げまどう。
「……来た!」

シャンデリアの揺れが収まると、ど派手に天井を突き破ってゲリラの大群が現れた。
シェロプは面白そうに微笑み、アラクネーは指輪を篭手に変えてきっと構える。
たった4人相手に何十人ものゲリラとは、まあそこまでこちらの実力を見てくれているのかそれとも人海戦術か多分後者だろう。
「殺せ!倒せ!」
「頭は狙うな!!証拠として首を持っていくんだ!!」


ゲリラ達の弾丸と千のナイフが何十にも重なり将軍達に襲い掛かる。
シェロプはマントを片手で掴み、形良い唇が動くと周りが緑にぼやけた。彼を襲った弾丸は周りに駄菓子みたいに散らばっている。
「バリアか?この若造が…こさがしい。」
「どっちが?」
ゲリラの舌打ち声をフン、と流すと彼のフルーレがしゅぴん、と踊る。
「まったく……大人数でなんとかやろうとするあたりがあまりスマートではないが…。」
シェロプはフルーレを構えてゲリラと化した貴族達を次々と突き刺す。
弓のようにしなるフルーレをほんの少しの手首の動きで、くねらせては敵の体に這わせて刺す。的確に急所を狙い、時に急所を外して苦しませる。

「戦場では良い案だわ。とりあえず頭数出せば、何も考えない兵隊は安心する…バカの見本ね。」
彼女が纏っている浮遊マントは自己防御機能があるらしい。その白い肌にキズひとつついてはいない。アラクネーがシェロプと自分に襲い掛かった残りのゲリラを糸で絡めとり、なんの慈悲もなく絞め殺す。
糸が紅い軌跡を残してしゅるりと彼女の手元に戻る。

「バカは大人数であればあるほどそれだけで安心する。」
「そしてその大半が倒されたとき、残ったモノはどうなるか。」


大ホールに舞い降りたゲリラのほとんどが、若き将軍達のフルーレと糸の餌食となり、残された者達はその恐怖なのか畏怖なのか、とにかくあまり心情良くない思いで満たされている。
男は顔が青ざめるのがよくわかり、そして新しい夢織将軍の実力もよくわかった。
彼女は誰にも庇護されてなどいない。
実力主義の参謀が求める能力を持ち、誰もが認めるちからを持つ少女だったのだ。
見た目で可愛らしいコドモと思ってしまっていた男はとんでもない見劣りに舌打ちする。
同胞達も自分達と同じくいい顔色ではない。
そう。


「恐怖が伝染した味方は、敵に勝るわ。」
アラクネーは彼の元に踊るように駆け出し、彼の顔に自分の顔をすっと近づける。
彼は喉を鳴らした。息するヒマもなく彼女の指先がきらめき、自分の顔に絡みつき、そして男の視界と意識は途絶えた。
糸と少女が弧を描いて宙をくるくると回り、少女は機甲将軍と牙将軍のもとに降り立つ。

「ま、まさかたった4人でここまで…。」
「信じられん!今度の四天王は若い連中ばかりと聞いていたぞ。」
「だからあ、どうした!?」
シェロプがフルーレを心臓に突き刺し、相手の剣を短剣で受け止める。矢継ぎ早の剣の襲来も彼にとってはお遊びのようなものらしい。
獲物を倒す喜びで、彼の口元が緩みはじめる。
「貴様らが私の能力を勝手に過小評価していたようだな!全く、ご苦労なことだ。」
「くそ…っ!ぐえ。」
彼は解剖を楽しむ子供みたいに、何のとまどいもなく他人のからだにそのフルーレと言う名のピンを突き刺す。急所をわざと外しているようだ。もがいているのを見て、ひとしきり満足したあとにぐさりとトドメをさす。
その悪趣味さにアラクネーは思わず眉間にしわを寄せる。


アハハハハ、とシェロプは再び笑う。
「それに、あとどこに2人いるというのだ?あいつらはただの人形だぞ。」
カベの花のリモコンスプリガンと同じくリモコンゴリアントはこんな状況になっているというのに談笑をやめようとしない。突貫工事で作られた彼らはそれだけの機能しかもってないのだ。
「こうすれば、どうなる?」
「………!?」

悪魔のような笑みを浮かべてシェロプは胸元にあったブローチを『3人』の元に投げつけた。何かを察知したアラクネーがふわりとジャンプするまで数秒間。
かつん、とブローチが大理石の床に落ち、品の良いそれにひびが入ると、壁際にいるリモコンたちは大爆発を起こした。


「きゃあああっ!!」




「あんのバカ!!!」
少女の悲鳴を聞いたゴリアントとスプリガンは思わず上ずった声を荒げた。
爆風に至近距離で当てられたのなら、あのマントの防衛機能も危うい。それ自体が壊れると少女の体は人形みたいにふっとぶはずだ。
「表向き、『4人皆で仲良くゲリラ退治』、だろうが。一人死んだらどうなるかわかんねえーぞ。」
「ヘタすると『3人仲良く感電死』かもな。」
「そんなマヌケな死に方お断りだぜ!行くぜ、ダンナあ!!!」

そりゃコッチのセリフだ、とスプリガンは舌打ちしつつ、すでに瓦礫と化した館へと向かった。





天井が抜け落ちた館と言う名前だったガレキの山の中、シェロプのバカ笑いだけが聞こえる。かろうじて美しい壁と天井が残っているところもあり、律義に彼の笑い声が響くのを助ける役目をしているようだ。
「おい、アラクネー!」
「死んだんじゃねえの?」
「今回ばかりは死んだらおれらの首もやばいぜ。」
「同感。」
「おやこれはこれは。機甲将軍に牙将軍。そちらの首尾は?」
フルーレとバカ笑いを腰に収め、先ほどと変わらず実に優雅な足取りでふたりに近づく。
シェロプは瓦礫となった館に満足そうに微笑んだ。
「ほとんど自滅と言ったところでしょうか。まあそれも私の剣の腕のたまものといったところかな。」
「小娘はどーしたんでい?」
「死んだのではないかね。」
「仲良くっつっただろ…。」
「おやおや。機甲将軍のセリフではないな。」
額に手を持っていきため息をつくスプリガンに、シェロプはニっと笑って両腕をがば、と広げる。そしてその口から出されるのはいつもどおり舞台俳優が出すみたいな大げさ極まりないセリフ。
「戦場では手柄も大事だが生き残ることの大事だろう?いくら諜報が専門とはいえ自分が生き残る術くらい身につけてもらわねば。」
「公爵殿は生き残るのが得意なようですな。」
「そのくらい出来て当然だろう。それをわかって参謀閣下も彼女を登用したのではないのかね。」
「同感だわ。」

少女の高い声が瓦礫の中から聞こえる。
まだ少し残っている天井の梁の上で姿勢良く立つその姿…アラクネーだ。
黒髪をまとめていた飾りは爆風で取れ、ボロボロになったドレスの裾を太ももあたりで結んでいる。マントは流石スパイダル参謀閣下直轄組織で作られただけある。参謀と同じく相当頑丈らしい。「やるじゃねーか」と、シェロプの思惑が外れたことをからかい気味に言うゴリアントは機嫌がよさそうだ。シェロプを舌打ちする音を聞いたスプリガンは「まだ感電死するこたなさそうだな」と、こともなげに言ってみている。
糸のおかげか、まるで宙を舞う蝶のようにふわりと降りてきた少女は、ため息まじりに同僚達に近づく。
「おしゃべりはそれまでにしたら?すっかり囲まれていてよ。」
「お…っと。こりゃすげえ。」


ジャキジャキジャキっ!と銃を構える音がする。スプリガンがスコープで確認する……いち、に…ざっとみつくろって200くらい?
人海戦術のいいところは情報が伝わるのが遅いところか。
都合悪い恐怖情報は、未だ彼らの耳と目に伝わってないのだろうか。
銃をこちらに向けるしぐさはまるで感情がないように見えた。
「やれやれ…まだこんなにいたのかよ!?派手にやったわりにはサボってやがったな、てめーら。」
「お前ら疲れたろ?オレとゴリさんでヤるから休んでてかまわねえぞ。」
「断る。」
「私もだ。」

「とにかくようやく!!!暴れられるぜえ!!」
「ひとり50だ。いくぜっ。」

今まで裏方に回っていたのが相当イヤだったのか、ゴリアントとスプリガンの目は子供のようにキラキラしてた。いや、何かえげつないように『ぎらぎら』か?
ゴリアントはごおお、と、突風のように声を荒げて弾丸の嵐を突き進む。分厚いヒフを持つ彼にとって弾丸など何の意味もない。当たっては、めり込み、そして蚊のように払えばいいだけの話。
「ちょっとカユくなるけどよ!そりゃあ!!」
獣の如く長く硬い爪で人間を引っかくと、それは何本もの剣で同時に斬られたかのような錯覚を覚える。
ガブ!と肩に噛み付くとそのままイキオイあまって引きちぎる。
痛みをこらえる間もなく、ひき肉みたいになってすっかりと倒れた仲間を見て固まったゲリラを『文字通り』踏み潰し、右手で左手で、右足で左足で何人も簡単に倒している。
獣本来の野性が蘇るのか、わけのわからない言葉(というか雄たけびというか)を吐き、それでも向かってくる奴らにぎゅるりと噛み付く。

ぐおおおおおお!!がおおおおお!!



「おお怖え、ノリノリだなゴリさん。貧血起こすなよ嬢ちゃん。」
体に直接響き渡るような声に、腕をさすったスプリガンの手首からはアラクネーの糸と同じようなものが伸びていた。
糸を武器に戦う彼女は、自分と似たモノを握りしめている彼を驚いた風に見る。
「ワイヤーだ。普段はこういう時にゃ使わないが、色々と便利なんでねえ。」
「貴方は…銃が得物と聞いていたわ。」
「銃が好きってだけでな。昔はなんでもエモノにしねーとヤラレる所で、戦ってたっ。」

彼が金属の腕をしならせると、彼女の糸よろしくワイヤーが宙を遊び始める。
男達がでっかい銃から弾丸を撃ちまくるが、群がる虫に突っ込んでいくみたいに走り出すスプリガンに効くわけもない。そうでなくとも彼の体は最高級の金属体で、穴を開けるのにも苦労するというのに。

「うおおっ」
唸声なのか、歓喜の末にぽろりと出た雄叫びなのか、機甲将軍は獣のような声をあげ走り出したイキオイそのままに一人のゲリラの腹をその金属の拳でぶん殴る。衝撃で後に吹っ飛んだゲリラの背中からは、スプリガンのワイヤーが腹を通って巻き散らかる。アラクネーの糸と同じように血の線を描きつつ、他のゲリラたちを締め殺す。
「おらあっ!」
両手を交差させワイヤーを締め上げると、糸に細工でもしてあったのかその体は一瞬にして砂となった。

ざんっ……


体が崩れる音が波のように聞こえて、アラクネーは奇妙にも安らぐ感情を覚えた。
「ケッコー使えるなこのワイヤーってのは…だが得意のエモノを奪っちゃ、お前さんの株が下がるかね。」
「好きにおし。」
「怖い怖い…。フフフ。」



「スプリガン!シェロプにアラクネーよ!!こっちはあらかた片付けたぜ!!お前らはどうなんで?」
「もう少しキレイに戦いたいところなのだがね。」
少し離れた場所に立っていたシェロプの前には痙攣を起こして倒れている奴らがたくさんいた。
こともなげに振り返り、満足そうにニッコリ微笑むその姿が、妙に歳相応だった。
「50もいたのか?あんまりすぐに片付けられたから手ごたえがない。」
「おい、てめーはどうなんだ?出来なかったらオレが殺るぜ。」
アラクネーは表情を変えずに、3人の四天王たちにポイポイっ、と小さな飴玉のようなものを投げつけ、そして自身もそれを口に含ませる。
「私はもう片付いているわ。貴方達も死にたくなかったらそれを口に入れておくことね。」
3人はアラクネーの後ろの光景の異様さに気が付き、あわてて少女がよこしたそれを口に含ませた。
薄紅色の煙が立ちこめ、ひとがばたばたと倒れている。
どうやら毒を撒き散らかしたらしい。

「やってくれるな…。」
「お前な……無差別かよ、ちょっと吸ったじゃねえかよバカヤロ!」
「だから毒消しを差し上げてよ。感謝したらどう?」
「こんの小娘…!!」
「やーれやれだ。」
ロボット体のためにそんなものが必要ないスプリガンは、丁重にそれを彼女に返し、年長者らしくまとめてみせる。

「それじゃま、参謀閣下に報告に参ろうかね。言っとくが大げさに手柄あ立てたっつってもムダだぞ。オレ様のロボットバードが全部中継してたからな。」
「早く言えよてめえ!!」
「言ったら楽しくねえだろうが。」




レジスタンスの一派を一掃し、あまりの若さと、とりどりのメンバーのために不安の声が高かった新生四天王たちであったが、これをキッカケに国内に賞賛の声を満たせることができるようになっていく。4人で共同戦線を張ったのはあとにも先にもこれしかないのだから、貴重な体験だったのかもしれない。




彼らがレジスタンスになぞ気を留めていられなくなるのは、もう少し先の話だったりする。


    (おしまい)
2004/6/14

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background by Studio Blue Moon