Ladies First   

スパイダルの居城は貴族しか入る事ができません。
それは当たり前の事なのですが、自由に出入りできる方となると話は別になります。
かなり高位の貴族であり、戦場でそれなりの結果を出された方ではないと、自由に入るなんて事が出来るわけありません。

私は、とある貴族のお嬢様の側仕えをしていました。気立てがよくて、本当に貴族なのかと思うくらいお優しい心を持った方でした。琥珀色の髪の毛に、水をたたえたような澄んだ瞳。
とろかすような笑顔を見れば、だれでもお嬢様の事をお慕いするに違いありません。
そのお嬢様が、ある晩こっそりと私の部屋にやってきたのです。

「ヴィトレ、起きてる?」
「お嬢様、こんな夜更けにどうなさったのですか。」
「あのね・・・・・・・・・。」

お嬢様が顔を赤らめて、旦那様に話す前に私にお話してくれた事は、恋の話でした。
城に入っていく貴族達の中に、とても素敵な方がいらしたようです。
お嬢様ももうお年頃ですし、恋くらいしてもかまいません。むしろ嬉しいくらいです。
私に出来る限りのお力添えをと思い、想う方のお名前を聞いてみました。

「白い仮面をお付けになった方なの。細剣を腰に差していたのよ。」


それだけで私は頭の中に浮かんだお名前がありました。
スパイダル帝国貴族のシェロプ様です。
時期将軍候補のエリート貴族であるシェロプ様は、城に出向く事もたくさんお有りなのでしょう。
お嬢様は遠くから見るその方の歩く姿だけで、恋をしていたのでした。

「ねえ、ヴィトレ。私どうしたらいいのかしら?」
「お嬢様、お手紙をお書きになられては如何でしょう。」


手紙を書いて、蜜蝋を垂らしてこの家の印で封をするのです。
お嬢様の家も由緒ある貴族の家系です。スパイダルでは古い家柄です。
シェロプ様は、たくさんの手紙やらなにやらをいただいているに違いありませんが、この家の印を見れば封くらいは切ってくれるはずです。
そして、お嬢様のお姿を見てくだされば、きっと一目で気に入ってくださるはずです。
お嬢様は私の言った通りにお手紙を書いて、私は人伝えに手紙を運ばせました。



そして数日後、何故かシェロプ様から呼ばれたのはこの私でした。
もちろんお嬢様には内緒にして、何故だろうと思いつつ、彼の城へと出向いたのです。


「アレスト姫のお手紙は読みましたよ。」
「まあ、お嬢様もお喜びになります。」
「一目私に会いたいと・・・・・・そう、お書きになられていましたね。」


仮面をお付けになられたお顔がはにかんだのがわかりました。
気さくにお答えになるシェロプ様はまるで少年のようで、これが高位の貴族の態度かと、お嬢様を想う時に感じる素敵な違和感を持ちました。
優しくて、けれども品のあるお声で、シェロプ様は困ったようにつぶやきました。

「是非お会いしたいですが、私は帝国中に敵がいましてね。アレスト姫を危険な目にあわせるかと思うと、そう軽々しくお呼びできません。」

敵。
ゲリラの事です。
将軍候補の彼の首も、ゲリラ達の間ではきっと高い値がついているのでしょう。
また、若くして将軍に抜擢されるその身を狙う貴族達も大勢いるに違いありません。


「それでですね・・・是非貴女に頼みたい事がありまして・・・・・・。」


シェロプ様は仮面の後ろでニッコリ笑ったと思います。
私は彼のお話を聞くために、耳を傾けました。






私はシェロプ様の御返事を持って、お嬢様の所へ帰りました。
手紙を読んだお嬢様は大喜びです。
なぜなら遠く見つめていた人とお近くでお会い出来ることになったのですから。
どんな服を着ていけばいいのか、どんな髪飾りを付けようか、そんなことで嬉しそうにしているお嬢様を見ると、私も嬉しくなりました。


お嬢様は彼が会いたいと仰ったその日に、あとで記憶を消去できる護衛ロボットを連れて、夜中にこっそりとお1人で出ていかれました。
もちろん、私もお嬢様に内緒でついていきました。
だって、心配だったんですもの。
出来ることなら最後まで見守っていたかったですけど、それは無理なお話です。
ですから、お城に入るところだけでも見届けようと思ったのでした。


城に着いたお嬢様を、シェロプ様の召使いが恭しく連れていきます。
どんな話をなさっているのかはわからなかったんですけど、お嬢様の顔がどんどん嬉しそうになっていき、城の中へと消えていきました。
それを見て、私は安心して屋敷への帰路についたのです。
あとは、シェロプ様がエスコートして下さるはずですわ。








シェロプはアレストの手を取って、城の中を案内した。
月も出ていない新月の夜なので、少女がバルコニーにあまり近づきすぎないように、シェロプが気を配る。
最も、この次元は月が出ること自体珍しい。だが、こんなに冴えわたる暗闇も珍しかった。
壁に取り付けられたランプの火が、バルコニーからの風でゆらいでおり、闇を歩く2人を照らしていた。

代々伝わる重厚な造りの城は古ぼけているとも言えるが、今はこんなでかい城を造る技術も消滅している。彼の権力の象徴と、機密事項の固まりとも言えるこの場所に来ると言う意味をアレストは少なからず感じていた。
少女らしい期待と、おしゃべり好きな貴婦人から聞いた事が頭をかすめて、思わず頬が朱に染まる。

「緊張なさっているのかな、アレスト姫。」
「は、はい・・・・・・こんな風に男性に手を引かれて歩いた事なんてありませんの。」
「ご婦人に優しくするのはナイトの基本ですよ。」
「騎士・・・ナイト・・・。」

彼女の父親は騎士だった。騎士道精神と言うものを大切にしていて、自分の妻・・・亡くなったアレストの母親を誰よりも大切にしていたものだ。
女性に優しく、自分に厳しく、部下には優しく・・・。
シェロプ様もそんな風にお考えになられる方なのかしら。
お父様と同じようなお考えの方なのかしら。


「女性に優しくする、レディファーストは大切な事、って・・・私の父が言ってましたわ。シェロプ様も同じお考えなのですか?」
「もちろんです、姫。」

吹いてきた風から庇うように、シェロプはアレストに自身のマントを纏わせ、その手の甲に口づけた。
風に遊ばれた後れ毛とマントを押さえながら、彼女は目の前のナイトに上機嫌だった。
こんな風に扱われた事もなければ、こんな風に男性と話したこともなかったから。

いつも父親の側につきそっていることがあるせいか、アレストの側には遠慮して近づいて来ないのだ。
このときばかりは栄光ある家柄も父の騎士としても成果も、自分にとっては足かせのようなものだと彼女は感じていた。
しかし今、目の前にいる男は誰もが羨むくらいの高位貴族。
そして父以上の、戦場での成果がある。 



「シェロプ様、私・・・・・・。」
「レディファーストの本来の意味をご存知ですか?アレスト姫。」
「え?」


自分の言葉を遮られたアレストは初めてシェロプの顔をじっと見つめた。
白い仮面は表情がなかったが、その内から来る感情は態度となって、彼の腕を動かした。
彼女の体を自分の方へと引き寄せて、腕をぎゅっと掴んだのだ。
突然の、貴族らしくもない行動にアレストは小さく悲鳴をあげたが、シェロプはかまわず問いを繰り返す。

「ご存知ですか、姫?」
「あ、あ、・・・い、いいえ・・・・・・存じません・・・。」
「ふむ。」

シェロプは彼女の腕を掴んだまま、優雅な口調で実にゆっくりと説明し始めた。


「古来の騎士達は、私の様に暗殺者に狙われる者が多かったようです。そこでですね・・・・・・。」
「そこで?」


そして彼は仮面の下に隠された顔をにいっと歪ませて、楽しそうにこう語った。


「そこで、色々と考えた騎士は建物の中に入る時、婦人を先に入れたのですよ。」
「ど・・・どういう事なのですか・・・・・・?」


さらに、甘い行動とは裏腹に、やけに説明じみてきたセリフをアレストに投げつけた。


「つまりです・・・女を、自分の身を守るための『盾』としていたんですよ。」





シェロプはアレストの体をぐいと抱き上げて窓の方へ突き飛ばした。
彼女が悲鳴をあげる前に、彼女の体は銃声と共に穴だらけになった。
特注のマントを付けたアレストを、シェロプと間違えて撃ったのだ。
夜闇に紛れて、しかもこの高さだったら間違えてもしょうがないかもしれないが。

アレストの体は大理石の床に転がって、死にかけの蛙のようにぴくぴくと動いていた。
シェロプは、すでにものが見えていないアレストに向かって話を続けていた。

いつも通り、尊大で誇りある高貴な声で。


「暗黒時代、建物に入ろうとした瞬間を狙って殺す暗殺者が大勢いたそうです。だから、騎士は自分の身を守るために、女を先に建物の中に入れたのですよ。そうすれば、女の体が剣を受け止めてくれますからねえ・・・フフ。」

そう言うとシェロプは意識のない彼女の体を、バルコニーからぽいと捨てた。
もちろん自分のマントを外して、心臓を一突きにして楽にしてあげてから。

下で、ざわめく声がする。
自分を撃ち取ったと思った奴らが、少女の死体が転がってきたのでざわついているのだ。
失敗とわかればここから離れるはずだが、あとの処理はとある男に任せてある。

シェロプは甲高い声で笑いながら、悠々とバルコニーから離れていった。



「アハハハハ・・・。ここで私を狙うという情報が入って来たのでね。貴女は本当に愛らしいですよ、アレスト姫。私の身を守っていただいてありがとうございます。」








私は銃声が聞こえてようやく心配していた気持ちが収まりました。
どうやらお嬢様は永遠にシェロプ様の物になったようです。

私は、しがない側仕えの身の上です。

シェロプ様の冷たい提案に反論する事など出来る訳もありませんでした。
目の前で、姉妹のように暮らしてきたお嬢様を殺されたというのにです。
正気を保つためには卑怯にならざるを得ませんでした。
それに。

貴族の娘を盾代わりに使ったなんて事が流れたら、彼の身の上はおしまいです。
私はスパイダル帝国高位貴族、シェロプ様の弱みを握った事になります。
この事を上手に使えば、もっと良い思いができるかもしれません。

ですが、小心故に心が張り裂けそうで、いつのまにか走り出していました。
走って、息が切れることで、汗と共にこの恐怖が何処かに消えてくれることを望んでいたのです。
私の胸にしまっていた金のかけらが落ちそうになるのをなんとかして押さえて、それでも走り続けましたが、突然現れた金属の体にぶつかってしまいました。


私の胸から金がこぼれ落ちます。
それをかき集めようとしたのですが、ジャキリ、と言う音に手が止まりました。



「こんなはした金で、年端もいかねえ嬢ちゃんを売ったのか・・・バカ女が。」


声と銃を使う音に聞きおぼえがありました。何かの式典でそのお姿を見た事があります。
青灰色の金属体に、煙水晶の瞳を持ち、半分機械に埋もれたお顔・・・・・・。

数年前に就いたばかりの機甲将軍スプリガンです。



「あの坊ちゃんの思惑通りに事を運ぶのは気にいらねえが・・・・・・お前さんはオレも気にいらんな。」


そうです。
将軍の銃の音にようやく理解できました。
確かに私はただの側仕えだったのですが、お嬢様との優しい生活に慣れきっていたせいか、すっかりふぬけになっていたのでした。
こんな事を知っている私をシェロプ様が生かしておく訳がありません。

こんな金のかけらもあの方にとってはどうでもいいもの。
私の命も、お嬢様の命も、その辺の虫と並列くらいにしか見ていないに違いないのです。



「死ね。」

銃が顔の目の前に差し出され、私の顔は飛んでなくなりました。






シェロプがスプリガンと落ち合ったのはそれから数分もたたない頃だった。
彼はアレストの死体を獣に喰わせて処分していた。骨や髪、ドレスまで残さず喰らわせて、証拠はすでになくなっている。
自分を今日狙うとの情報を得たシェロプが、新しいロボット達の『訓練』代わりにとゲリラ達の処分をスプリガンに頼んだのだ。
スプリガンのロボット達はすでにゲリラの処分を終え、一足先に帰っている。


その結果、残った事項は何かと言えば、名門貴族の1人娘と側仕えが失踪したこと、ゲリラの抹殺にスプリガンのロボットが優秀な働きを見せたと言うことだけだ。
日がのぼれば、また少し騒がしくなるかもしれないが、それは自分達とは関係のない話となる。



「ヒトの体が一番優れた装甲だと思わんか、機甲将軍殿?」
「確かにね・・・弾が食い込み、剣を受け止めて引き抜きづらくする素材というものは、実はあまりないのですよ。」
「その点で行けば、古代の騎士達は実に頭を使っていた!女を盾にするとは、考えたモノだ。」
「ほんとーですな。」
「次は参謀閣下の前で会う事になると思いますよ、機甲将軍。楽しみにしていてもらいたい。」
「待ってますぜ、侯爵殿。」

気のない返事ばかり繰り返したスプリガンは話すのもめんどくさくなったのか、そっけなく言葉を返し、その手をかざすと闇に消えた。


後にはシェロプだけが残り、笑い声だけが新月の夜に響いていた。



これはちょっと昔の話。
そしてきっと永遠に繰り返されるかもしれない話。


===***=== (The END) ===***===
2002/11/7
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