黒 月 桜
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ごす、と音がした。
「・・・・・・っ。」
首がごとりと落ちる音で我に返ったスプラは、随分と長いこと黒いマントの男を見つめていたのは気のせいだったとわかった。
永遠のような一瞬から解放された瞬間に、激痛はまた彼の感覚を襲った。
うう、と呻く自分に男はゆっくりと近づいてきた。
敵か・・・・・・、それとも、味方か・・・・・・?
激痛の中、意識を奮い立たせて近づく男の腕を見た。スパイダルの紋章がある。
とりあえずは同じ軍だ・・・・・・。
座り込んでいるせいか、黒いマントの男がやけに大きく見える。彼はゆっくり近づいてくるとスプラの前に立った。
霞む目をこらして、目の前の黒の騎士を見ようとする。しかし赤光と霞んだ視界がそれを遮る。
彼の目もとまでマントが塞ぎ、揺れる髪が顔の輪郭をぼかす。
髪に埋もれた艶やかな黒色・・・それが彼の瞳なのだと、霞む視界の中でなんとか認識できた。
「す・・・げえな、あんた・・・・・・。驚いたぜ。」
簡単に飛んだ首だが、そんなに楽に切れる物でもないのだ。腕前がなければ骨にひっかかる。上等の剣を使わなくてはすぱりと切れない。
叩き割るのが本来の使い方である大剣を、片手でいとも軽々に扱って、しかも一降りで複数の人間を倒せる。
すげえ。こんな奴が味方の軍にいたのか・・・・・・。
「お前は利き腕を失った。どうする?」
尊敬の目線で男を見つめていたスプラだが、男の一言で再び我に返った。
そうだ、忘れてた、右腕を失った・・・・・・。
今まで利き腕ばかりで剣を振るってきたのだ。これからどうすればいいのか。
左手で振るう事にしても、とんでもない時間がかかるに決まっている。
今まで積み重ねてきたものが、一気に地に落ちる。
今まで培ってきた戦いの感覚が右腕と共に消え去るのか・・・・・・?
それよりも現実問題として、今日オレはここから生きて帰る事ができるのか?
「質問に答えろ、どうする・・・・・・?」
「お、オレは・・・・・・ぐ、ぐううっ!」
心臓が出来たようにどくどくと脈打つ腕の跡。脈のように打つ感覚が、やがて針のように鋭い痛みとなり、いやがおうにも『右腕を失った』という事を植え付けさせられた。
さっきまで止まっていた涙も再び出てくる。
「いっ・・・てえ・・・っ!」
オレは・・・・・・。
「す、すっげえ痛え・・・しょ、正直な感想だ。右腕がないし、左手で今日の戦場を無事に突破できるかもわからねえ。なあ、お、オレはここで・・・。」
死ぬのか?
という言葉を出そうとした口を、男ががばりと押さえた。
手に力は入っていないが、なぜかはねのけられない。
力で押さえつけられている訳ではない。
彼の黒い瞳が自分の手足と思考を押さえつけていた。
「やめておけ。」
「っ・・・・・・。」
「それを認めた瞬間、お前はそうなることになる。」
革手袋ごしの手の力が緩められた。
何かを話せという事だと思ったオレは、すぐに口火を切った。
「オレは、じゃあどうすればいい!?どうすりゃいいんだよっ!・・・くそ、痛え・・・。」
「お前は前の質問に答えてなかったな。利き腕を失った。・・・どうする?」
「は?」
「お前はなぜここにいる。理由があるのだろう。お前は腕と一緒にそれを捨てるか?」
「り、ゆう・・・・・・。理由。」
理由。
彼のマントがひるがえる音だけが耳に響き、一瞬ここが戦場と言うことを忘れた。
彼の一言で、今までの記憶がすべて洗い出されていくのがわかった。
刹那の時間に昨日の事、10日前のこと、100日前のこと、ずっとずっと前に決めた叶えることが出来ないかもしれない、まさしく夢ともいえる目標が思い出された。
オレは・・・・・・。
「優先順位で動けば良い。オレは戻る。」
「あ、あんたは?何の為に戦うんだ?」
黒い騎士はスプラの質問には答えずにマントをまたひるがえすと、視界から消えた。
それと同時に聞こえる叫び声。
彼は彼の戦場へと戻ったらしい。
オレは・・・・・・。
「ぐっ・・・・・・くそっ。う、う、うぐっ・・・。」
しつこくぶら下がっている自分の右腕のカケラ達を、スプラは自分の剣でこそぎ落とした。
泣き叫ぶほどの激痛だったのだろうが、不思議と涙も声も出てこなかった。
残りの肉を引きちぎって、左手で投げ捨てた。
はあっはあっはあっ・・・・・・。
血がこびりついてる!きったねえっ!
オレは・・・・・・!
左手に剣を持ち直して、茂みから戦場へと出ていった。背中に被弾したおやっさんはもういなかった。
死んだか、それとも移動してどこかへ消えたか・・・。
お互い生きていれば、いずれ会える。
それよりも、最前線はどっちへ移動した?
あの方はどっちへ行ったんだ?
そして、さっきオレにウンチクたれたあの黒い騎士は何処へ行って戦っている?
いや生きていれば・・・必ずまた会える。
オレは・・・・・・っ!
「よっしゃあっ・・・・・・行くぜっ!!」
生きてさえいれば、あの方の後ろで戦えるかもしれない。
生きてさえいれば、右腕の技術以上の事を左腕に教え込むことだって出来ら!
生きてさえいれば、命があれば、
願いを叶える事がいつかできるっ。
オレは、いつか、かならず・・・・・・!
「あの人の背中を任せられるようなヤツになってやるって、決めたんだっ。」
スプラが再び駆けだして行ったのは戦場ではなく、自分の夢を叶える地。
彼の左腕は右腕以上の活躍をして、今日を生き延びることができた。
明日も明後日も、明々後日もずっと、永遠に、
それは今日まで続いている。
ぱたぱたぱたぱた・・・きしきしきしきし・・・・・・
赤い光を通して、窓辺の床に空が映る。
あの時、自分を助けた男に彼が会う事は二度となかった。
今となってはあの男が誰なのか・・・わからなくてかまわない。このごろになって、ようやくそう想えるようになっていた。
赤光の中に浮かんだ黒い騎士。
あれは霞んだ中に浮かんだ自分の未来だったのかもしれない。
ロボットバードの羽ばたく音と影が、床に映り込んだ。
腕をこきこきと鳴らしていると、そいつが窓際に書状をくわえて止まり、挨拶をしてみせる。
「すぷりがん様・・・デスネ。コレハぶらっくいんぱるす様カラノ書状デス。」
「・・・・・・確かに受け取ったぜ。」
スパイダル帝国軍司令官から直接来るようにとの命令書が来たのは、彼の体の半分近くが機械で埋もれた頃だった。
今、機甲将軍スプリガンは自分に舞い降りる月の光を見上げた。
彼は恐怖を知り尽くし、戦いのさなかに獲物を殺す瞬間の喜びをかみしめる事ができるくらいの実力は持っている。
自ら采配をふるうことは少なくなったBIだが、あの時の憧れは今も思考の底に残っている。
「だから、ガキのお前があのお方の側で戦いぶりを見ていられるだなんて、羨ましい事この上ないんだぜ。その辺りをわかってんだかわかってないんだか、知りたいモンだが・・・。」
そんなこた、口が裂けてもこの娘には言えんがな。
スプリガンに抱えられているアラクネーは、自分の体に巻き付いている彼の右腕に頬杖をつき、先ほどの告白内容をずっと考えているようだった。
「なぜ、そうまでして戦いたい?」
「さあねえ・・・・・・。理由ってのはあとからあとから変わるモンだ。どれが本当の理由か・・・今となっちゃわからねえ。お前さんもそうじゃないか?」
「私は・・・どうなのだろう?」
そろそろ、こいつもオレも新しい理由が欲しくなってきたところだ。
か弱いゲリラじゃなくて、もっとどこかに好敵手となる者達が現れないものか。
オレをわくわくさせてくれるような、もしかしたらあのお方が剣を振るうような、そんな敵が現れないものか・・・・・・。
将軍として、この考え方は間違っているというのは百も承知。
わかっている、わかっているが、彼の剣さばきを間近で見ていたいと思う者達は少なくない。
「どこかにいないかねえ・・・・・・オレの欲求を満たしてくれそうな奴らは・・・・・・。」
彼の願いは数年後に聞き入れられる事となる。
偶然か必然か、それともこれが運命なのか。
彼自身の行く末まで決める事になるであろう、好敵手達との出会いはこれから数年後の話のこと。
現れる好敵手の名前は、龍球戦隊オズリーブス・・・・・・。
===***===( 了 )===***===
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