ランチさんのシガレット  (戻る)

車を横付けにされたかと思ったら、イキナリ中に引きずり込まれた。普段なら、引きずりこまれる前に何らかの抵抗はできるはずなのだが、今回は少し勝手が違った。
「やあっと見つけた…っ!天津飯っ!!」
そう言って天津飯の首にかみつくように抱きついたのは、ランチだ。あの時から、かなりの年がたっているはずなのだが、容姿にあまり変わりがない。むしろ、ますますキレイになっているようだ。

「ずっと、ずっと、探してた…。疲れたぜ…。」
ランチは豊かなブロンドの髪の毛をかきあげ、胸のポケットからタバコを取り出して火をつけた。ただでさえ狭い車の中に、きついタバコのにおいと煙が充満する。
彼女はふうっと煙を吐き出して、彼のほうに『ニコっ』として振り向いた。
いつのまにか、さっきまであたふたしていた餃子がいない…。ご丁寧に気配まで消している。
こういうとこまで気が回ってどうするんだ、あいつは…。
「ん?なんか言ったか?」
「いや…。しかし、よく見つけ出せたな…。」
「惚れてるからな…。ふふっ、ホラ『愛の力』てやつだぜっ!!」
ランチは、からから笑って3本目のタバコに火をつけた。
「その太い腕も、三つの目も、手も指もカラダ全体、中身全体…惚れてるよ。理屈なんかねーんだよ…。」
「……。」
天津飯は答えない。こんなとき、どんな気のきいた言葉をかけたらいいのかわかるほど、娑婆のことはわかってない。
だけど…答えはわかっている。
自分のことをこんなにも、こんなにも…愛してくれるひとに対する答え。

ランチは5本目のタバコを胸ポケットからだそうとしたが、いきなり、予告なしに天津飯の手が自分の両腕をつかんだ。
「て…天津飯…?ど。どうしたのさ…?」
「…静かに…。」
お互いのまつげがくっつきそうなくらい、近づいてる。触れてもいないのに、体温が感じられる。ランチはまっすぐに自分をみつめる3つの視線に、金縛りにあったように動けなくなった。
が、彼の顔はそのまま下のほうに落ちていった。
ゆっくりと、彼女の顔から首、鎖骨に…胸元で顔が止まった。
彼女の胸ポケットの中から、タバコを一本、上手に口にくわえて取り出した。
そこで、ようやく彼女の腕を放した。
「…タバコは吸ったことがなくてな…。」
「ホラよ。」
ランチは、ジッポを取り出して天津飯に思いきり投げつけた。彼は軽々と受け止める。
かしょっとフタをあけて火をつける仕草は、教えてもいないのになかなかサマになっていた。



唇からつける。また離す。…もう一回、つける。
「…けっこう、いけるな…。」
「初めて吸ったら、ムセるヤツが多いがな…。」
「…うむ。タバコは初めてだ…。」
「そりゃそーだっ!!こんなとこで生活してたんならなっ!!」
ランチは、だんだんといらついている自分に気がついた。きつい目つきがさらにきつくなって、瞳の色が濃くなった。

こいつ…何考えてんだ…?あんな、思わせぶりなことするか…?普通?
男だったらさ、あそこであんなことするか?
やることが違うだろうが…。

しかし、考えてみると自分が期待していたようなことを、頭の硬い天津飯が考えているわけがない。そうわかると、そんな期待をしてた自分が急に煩わしくなって、頬が熱くなった。

つかまれた腕に、天津飯の手の感触がまだ残ってる。

ランチは「フン」と鼻を鳴らして、5本目のタバコに今度こそ火をつけようとした。天津飯のタバコは、もうなくなりかけている。
「オレは…。」
「あ?」
彼は、なくなりかけのタバコを口で遊ばせながらランチの方を向いた。
「強くなりたい…。今までも、これからも…ずっと。」
「…はんっ!」
「だが、タバコも吸っていたいな…。
「…………。」

えっ?


ランチの顔に笑顔がもどった。彼女は満面の笑みで「なーんだ!」と言うと、彼が加えていた無くなりかけのタバコをひょいっ、と取り上げて自分の口にくわえた。
一回だけ「すーっ」と吸って煙を吐き、そのまま彼の唇に自分の唇をそうっとくっつけた。
「そんなことだったのかあ…。ふふっ、いーぜ!オレが毎日ずーっと…吸わせてやる…。」
「いいのか…?」
「いいって?オレがか?それともお前か?」
「さあな…。」

天津飯は彼女の髪を指に絡ませながらもう一回、柔らかくてとろけそうな「タバコ」を口にした。
気持ちがいい。
彼女の指に、腕に、首に、頬にひとつひとつに口づけてく。
甘くて、柔らかくて、やめられない。
止まらない。

ランチは自分の体にタバコの香りとともに跡をつけていく天津飯に、くすくす笑った。
夢中になってる。まるでお菓子を欲しがる子どもみたいだ。
おもしろくて、おかしくて、うれしくて笑みがこぼれる。
「…なんだ?」
「いや、…うれしくって、さ!」
彼の首にぎゅっとしがみついて、3つのまぶたに口づけて、唇を指でなぞった。

自分の髪を撫ででくれる手はとってもキレイで、唇も見た目よりもずっとずうっと柔らかくって、抱きしめてくれる腕はとってもとっても優しくって。

そのうえ、自分しか見ていない。
「当分、タバコはやめられねーな…。」
「ん?」
「いや…。」


当分の間は…中毒症状が出そうだ、ぜ。
天津飯、責任持って…治せよ…。


2001/06/26
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