ヒスイ   


ざざあっ…。


自分の周りの空気が舞い上がる。
青い草原を構成している草のツヤが、グラデーションのように移動しながら風に沿って身を躍らせる。
それと共に、湖の水面も波を作ってざわざわとおしゃべりを始めた。
空の色を映したかのような水の色。自分達の肌にそっくりな水…。
ネイルは心地よい風にふかれながら湖をぼおっと眺めていた。
青い草原と岩山。それに美しい水と、どこまでも続く高い空。
それがこの星のすべてだった。

昨日と変わりがない。
かといって、明日変わっているかといえばそんなことはない。
昨日も、今日も、そして明日もずっと…。永遠にこのままの風景なのだろう。
自分が生まれたときから変化のないこの風景を、彼はとても愛していた。


「ネイルさーん!」
ふわふわと浮いてくる小さな影…。デンデだ。先ほど彼の村によったばかりで距離はそんなに離れていないのだが、よく自分を見つけられたものだ。

個体差はあるが、だいたい考えていることは一緒ということか。

「どうした…?デンデ。」
「木登りして遊んでいたら、ネイルさんの姿がみえたから…、どうしてまだこんなところにいるのかなって思ったんです。」
「そうか。」
たしかに、自分は外をあまり出歩く事はないかもしれない。いつも最長老のそばにいるし、そのために畑仕事をすることもほとんどない。
ナメック星人唯一の戦闘型のクセに、この星で一番すりキズが少ない手の持ち主かもしれない。
ネイルはそう思うと、思わずくつくつと笑った。デンデに『こっちにおいで。』と手招きをすると、彼は素直に自分の隣にやってきて腰をおろした。
「退屈だったんでな。話し相手になってくれないか?」
「もちろんです。」
二人は、お互い顔を見合わせるとにっこり笑った。


ふたりの前の湖は、大規模な異常気象の後にできたものらしい。
いつか最長老が教えてくれた。

昔はこんなに空は広くなかった…。高くもなかった。
狭い空から、人々は宇宙に目を向けて他の星に出かけたりしていた…。

「異常気象のあとは、その技術を捨てたんですね…。」
「ああ。…わたしにはよくわからない。宇宙に行きたいという気持ちが…。」
「………。」
デンデは目の前に広がる湖を黙って見つめていたが、急に思い出したかのように口から言葉が出た。
「ねえ、ネイルさん…?」
「どうした?」
「なぜ、異常気象があった時に、ドラゴンボールを使ってほかの星に移住しようって考えなかったんでしょう?ポルンガにたのめば、きっと適当な星に連れて行ってくれたはずですよ?」
ネイルは思わず目をまるくしてデンデの顔を見つめた。
そうか、なるほど…。デンデの言うとおりだ。
我々にはドラゴンボールがあった。自分たちの危機のために使っても、誰も文句はいわない。
彼はいままで少しも気がつかなかった自分がおかしくてくすくす笑った。
「お前は頭がいいな、デンデ…。そのとおりだな。」
「だったらどうして?」
「さあ…?使わなかったとすれば、当時の人々にとって異常気象はドラゴンボールを使うような事柄ではなかったのだろう?」
「えっ?」
デンデはちょっときょとんとして、ネイルの方を見た。
「異常気象は、この星がもたらしたもの。ドラゴンボールだって、この星がなければ存在しなかったのかもしれない…。」
「……?よくわからない…?」
未だに首をかしげているデンデに、ネイルはちょっとだけ口調をゆっくりにして話しかけた。
「皆が最長老様を慕っているように、この星のことが好きだったのだろう?だからこそ、この星が生み出したものは…、水のように受け流したかった。水の惑星が、ドラゴンボールを使うのは、本当に最後の手段だ。」
「そ、それは…?」
ネイルは自分の手をぎゅっと握り、目を閉じて唇をちょっと動かすと、手のひらから炎がぽっと出た。湖にそおっと投げると音を立てて跡形もなく消えた。
「水を枯らす、火のように迫り来るもののため、か…?」

二人の間に風がふいた。
青いグラデーションが自分たちを包み込んだ。

「外の世界から来る、火のように自分達に迫り水を枯らすもの…。ドラゴンボールは、そのために使われるものなのかもしれないな…。」
「な、なんだか怖いです…。」
デンデは自分の肩を抱くようにして、身をすくめた。
いつもは遊び場になっている湖の湖面が、急に過去を映すレンズのように思えて、体を震わせた。
「その火がもし来ても、わたしがいる…。頼ってくれてかまわない。」
ネイルが笑顔を向けて、自分の頭をなでてくれた。それだけで、デンデはいいようのない恐怖から解放されたような気分になった。

「さあ、もう帰ったほうが?大人達が心配するぞ…。」
「ハイ。」
デンデはゆっくりと宙に浮いて、立ち上がったネイルと目線が一緒になると、『また遊びにきてくださいね。』と彼に耳打ちをして、そのままぎゅうん、と飛んでいってしまった。




ネイルは不安だった。
自分の存在が、限りなく不安だった。
自分は、この星で唯一の戦闘型のナメック星人だ。
だが、どうして最長老様はいまになってわたしを産んだのだろう…?
今まで、龍族しか生まれてこなかったというのに、どうして今更わたしが生まれたのか…?
ひょっとすると、最長老はこれからなにかが起こることをわかっているのかもしれない。
これから、この星に迫り来る火の事を…。

そのために、自分が生まれたのだとしたら?

「……!」
ネイルは背中に一瞬、ぞくりとする感触を味わった。首から汗が一筋流れて、背中をつたう。
「……っ、う。」
彼の全身から『気』がゆらめく。押さえきれない感情が風と光になって舞い上がった。

言葉には出さない。
出してしまうと、よけいにこの感触が体を支配する。


もし………。その時が、来たとしても。わたしは、最長老様を守るために…。同胞達のために、そして自分のために。

「……戦うだけだ…。」


    (おしまい)
2001/07/20
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