まどろみ
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まどろむ:目蕩む、短い時間(いい気持ちで)眠ること。名詞/まどろみ

自分の正面に座っている人は、姿形はまちがいなくピッコロだ。身につけているターバンも特徴的な白いマントもなにもかも。
だが、自分を見つめる瞳はいつもよりも幾分優しく、仕草にもちょっと品があった。声もとっても優しい。

その声は永遠に聞くことができないハズだった、ネイルの声だ。

「デンデ達や最長老様が世話になっているみたいだな・・・ありがとう。」
「い、いえ・・・その・・・、ね、ネイルさんはピッコロさんと融合しちゃって・・・?もう、会えないって、デンデが・・・あれ、あれ・・・?ピッコロさんは・・・?」
軽いパニックになっている悟飯に、ネイルはくすくす笑って答えた。
「ピッコロなら、夢にまどろんでいる最中だ。あいつが眠っている間だけ、ちょっと体を貸してもらって、地球の見学をさせてもらっていた。」
「じゃあ、融合っていうのは・・・?」
「本来なら、こうやって意識がでてくる事などないはずなのだが・・・。あいつの自我は相当強いらしいな。あいつの意識からはじき飛ばされた・・・と言えばいいのかな?」

「わあっ!」
悟飯は小躍りするようにピッコロの・・・ネイルの手を引っ張った。
「じゃあ、今すぐ西の都に行きましょう?きっと、デンデ達が喜びますよ!」
「それはダメだ。」
師匠が下手なウソをつくときのように、即答されてしまった。しかし、ピッコロは目を合わせないが、彼はまっすぐに悟飯を見つめて答えた。
「わたしの意識がこうして出てくるのは、本来考えられないことなのだ。ピッコロも相当まいっているだろう?」
「あ・・・。」
悟飯は首を重そうに下に向けているピッコロを思い出した。眠気という最大の敵と戦いつつも、負けてしまっている師匠の姿を。
「一ヶ月もたつのだから、もう少ししたら、わたしの意識は完全にピッコロのものとなる。」
「そうなんですか・・・?」
「一度消えた者がまた現れて、そしてまた消える・・・。そんな身勝手なことは許されないだろう・・・?ゴハン、今日お前に会えたのは『たまたま』だったんだ。」
「・・・・・・。」

ネイルは夜の星空を食い入るように眺めた。ちょうど郊外ということもあり、悟飯が住んでいるパオズ山と同じくらい、スケールの大きい星空が目の前に広がる。
「地球は、良い所だ・・・。こんなにも美しいものが見られるんだな。みっつの太陽が輝くナメック星もスキだったが・・・、ここもキレイだ。」
「ネイルさん・・・、消えちゃうの?怖くないんですか・・・?」
「わたしは一度死ぬはずだった人間だ・・・。ピッコロの意識と一緒に生きていく、それだけだ。」
「だって。」

大切な人が消えてゆく恐怖と悲しみと恐ろしさは、悟飯もよく知っている。
大切な人が、大切な人の意識がこの世から消えていく・・・。
それがとても恐ろしくて、なんとかしてもがいていく自分がいた。

そうしないと、自分の中の大切な人の記憶がいつしか風化していくようで。

「忘れていくのが、怖いか?」
「あ・・・。」
ナメック星人は共感能力が高い、という事を最長老様から教わったのはつい最近のことだ。ネイルはちょっとバツが悪そうに「お前達は心を読まれるのがキライだったな。」と言い、悟飯に笑いかけた。
「忘れていくのなら、それが一番その者にとってベストなのだろう?」
「どうして?大好きな人を忘れていくのがベストなんですか・・・?デンデやほかの皆さんだって、ネイルさんにきっと会いたいでしょ?どうして・・・?」
「忘れないで、いつまでも心のどこかで引っかかって、・・・次の行動に移れないとしたら、わたしはとても苦しくなる・・・。」
「・・・・・・ネイルさん・・・。」

このひとは、本当に『最長老様の側近』だったんだな、と悟飯は思った。皆から慕われている訳も、よくわかったような気がした。言葉をひとつひとつ選びながら、自分の顔を見つめて話してくれる。ゆっくりと師匠のピッコロとは正反対の性格と仕草だが、このとても素敵なひとと話せる機会を与えてくれただれかに感謝だ。

「ボク、ネイルさんとこうしてゆっくりお話できてよかった!」
「わたしもだ。ピッコロが命をかけて、お前を大切にするのもわかるような気がする・・・。」
悟飯とネイルはくすくす笑って、顔を見合わせた。


「さて、もう戻る時間のようだ。・・・これが最後だな、きっと・・・。」
「え?え、もう?またこうやってお話できないんですか?」
「ピッコロの居眠りが顕著になる。」
ネイルは微笑んで立ち上がった。心なしか、彼の体がゆらゆらと揺らめく。水に広がる波紋のように、ゆらゆらと。
それを見た悟飯は急にデンデ達のことを思い出して、思わずこう叫んだ。
「そ、そうだ、ドラゴンボールで、元通りふたりに別れて!って願いをすればいいんですよ!ね?そうしたら、またみんなと会えるし・・・。」
「・・・・・・ゴハン。」
「そうしましょう?!ね?ポルンガももうすぐ復活しますし!」
「それはムリな願いだ・・・。わたしの意識と体、・・・すべてはピッコロに受け継がれた。今更二人に別れても、何の意味もない。」

ネイルは顔をかくりと下に向ける悟飯の頭に、ポンと手を置いた。
「ピッコロの爪はキズだらけだな・・・。」
「え?」
「その分、きっと色んな者を守ってきたのだろうか・・・?」
ネイルの脳裏に『ゴハン』を自分の体を盾にして守るピッコロの姿がうつった。デンデがクリリン達の所に行くまでの時間を稼ぐために、必死になって戦った自分の姿も。
「守る存在があることは、良いことだな。」
「え?」
「弱くもなるし、強くもなる・・・。」


「ゴハン、わたしは消えるがわたしの意識はピッコロと常に一緒だ・・・。ピッコロの大切なものはわたしも大切だし、わたしが大切にしていたものも、彼はきっと優しくしてくれるはずだ・・・。」
「ネイルさん、あ。」
「最長老様達に、伝えておいてくれ。ネイルはいつでもあなた達のそばにいると・・・。」


ネイルはまた微笑むと、体がゆらゆらと星に溶けた。緑の肌が溶け、マントが闇に溶ける。
彼の体の揺らめきがおさまると、揺らめきはまどろみに変わった。立っていたネイルの体が、崩れるように地面の草原に倒れそうになり、悟飯はあわてて彼の体を支えた。
「わわっ、ネイルさ・・・、あ。ぴ、ピッコロさんだ・・・。」
寝息を立てているのは、まちがいなく自分の師匠のピッコロだ。彼の体の『気』がもとどおりとなり、彼のものになった。

悟飯は、彼を座らせるようにして起こすと、自分は彼のマントの背中を背もたれがわりにして地面に座った。ここにほったらかしにしても師匠は平気だということはわかっていたが、どうもそんなことはできなかった。

お母さんの怒っている顔が目に浮かんだ。ちょっと怖いけどまあいいだろう。明日になってたっぷり怒られればいい話だ。
「おやすみなさい、ネイルさん、ピッコロさん・・・。」
ふたりのナメック星人にもたれかかって、悟飯は目を閉じた。


2001/08/17
   (おしまい)

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