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デジャ・ヴュの風景(忘れる記憶)後編

彼女は長く生きた分だけ、得たものはたくさんあったがその分だけ失ったものも多かった。
最愛の者に先立たれた時の彼女の顔を、神は覚えていない。
泣くのをこらえる彼女の『音』は覚えている。
涙がぼろぼろこぼれる音。
誰も止めることができない音。
こらえてもこらえても喉から出てくる嗚咽。
彼女の背中をさする娘の手のひらの音。

あれほど切ない風景が、彼女に幾度となく繰り返されて、そしてそれに彼女は慣れるという事が永遠になくて。

覚えたのは慣れる事じゃなくて受け入れる事であって。
決して痛みがやむことはなくて……………………。

自分がどうにかしてあげたい、神はそう思ったが、どうにもならない。
自分の感情すら上手にごまかせないくらい誠実な神は、彼女の感情を折り曲げて、違う方向へ軌道修正してあげる事なんでできないのだ。


「それにね、わたしはもういつ逝ってもかまわないわ、ホラ長生きしすぎちゃったし。」
「い、いけません!」
神は思わず彼女の手をとって大声をあげた。もちろん彼女は神のそんな所を見たことがなかったから、一瞬だけ表情が固まったが一息ついてくすくす笑った。

「だって、カワイイ孫もひまごもいるし、優しい子供達もいるわ。とても幸せよ。だけどね・・・・・・私のいちばん必要で、大切な人はもうここにはいないんですもの。」
「・・・・・・そんな、そんなこと・・・。」
「もうそろそろ、また一緒になってもいいじゃない?ね。」


神は自分の胸の鼓動が、高鳴っているのがわかった。
こんな動悸、今まで生きてきた中で一度も経験したことがない。
命の危険にさらされた時だって、こんなにやかましく心臓が鳴ることはなかった。



わたしは・・・
わたしは、どうしたというんだろう・・・。
なぜこんなに胸が痛くなるのだろう。
どうして・・・。


「そんなことはありません・・・。あなたの事を必要としている方はいっぱいいるでしょう?わ、わたしは・・・ボクは。」
神は、デンデは次の言葉を言おうとした瞬間、はっと気が付いた。


なぜ、なんのために?

どうしてボクはこのひとが逝く事を、こんなにも恐れているんだろう・・・。
今まで、何度となく繰り返された光景なのに・・・。






神は一休みして息を吸った。

私はそれまでもたくさんの方をみとってきたのです。私に色んな事を教えてくれたり、連れていってくれたり、見せてくれた人達を。けれどその時は・・・恐ろしかった。目の前にいる方がこの世から消えてなくなってしまうのが。
あれだけ死を見てきたのに、彼女が消えるのが恐ろしくてたまらなかった・・・・・・。


「けれどもそれはきっと私のかってな気持ちです。」


取り残されていくのが怖かったんでしょう。
思い出達が手の中から消えていくのが。ひとりになるのが恐ろしかったんでしょうね。
もういい加減、この気持ちに慣れなくてはいけないはずでしたのに。
そして忘れる事が怖かったんです。
「そんなのは恋でもなんでもないですね、きっと……。」 




「そ、んなの、怖いに決まってるだろ!」

メディは椅子をひっくり返して、たまらず大声を上げた。
肩をいからせて、白めの肌を真っ赤にさせて、キっ!と神を睨む。
「人の死ぬとこなんて、誰も慣れるわけねえだろ!!その人がいなくなっちゃうのが、ひとりぼっちになっちゃうのが淋しくて、怖くてたまらなかったんだ!誰だってそうだよ!!」

サヤがメディ、と小さく呼ぶ。
彼が立ち上がって、握りしめた拳には涙がひとつふたつ、こぼれていった。

メディは『死』を語るのに嫌悪感を持つ時がある。
「誰だって・・・そうだよお・・・・・・。」

一度は彼の目の前で姉や兄貴分が死んだ。
隣に座っている少女も異形の者に変わり、闘いと言う名の凄惨な殺戮を彼の目の前でしてみせた。

彼は目の前で誰かがいなくなる、ということを一番怖く思っていて、

「知ってるヒトがいなくなるなんて・・・イヤに決まってる・・・・・・。」

そんな中で、彼はサヤがもとの姿に戻っても、変わらず彼女の横に立っていた。
他人の血で染まった彼女の隣に立っていた。


「例え大切な人じゃなくても、恋してなくても、いなくなるなんてイヤだよお・・・・・・。」


そしてそれが二度と起こってほしくないから、彼は強くなろうとしている。





「闘いというものには理由がたくさんありますね。」
「地球を守るためではなく…?」
神はくすくす笑い、隣の後見人に笑いかけた。

「ピッコロさん、貴方は戦うときに地球を守る、なんて考えた事はなかったはずです。つきつめていけば、もっともっと個人的な理由なんですよね。」

戦う事が好きだから、
戦う事がこれ以上ないようにしたいから、
隣の男には絶対に負けたくないから、
どんどん強くありたいと思うから、

何より誰かを守りたいと思うから。

「皆さんは地球を守る、で戦っているわけじゃなくて、小さな理由が集まって、大きな力になる。戦う事だけじゃなくって、恋する感情も同じくらい小さくて、けれども、そんな小さな事が大きく包み込む力になる。」

誰かが一人二人離れて消えていくのが怖いと思ったのは、自分がひとりになるのが怖かったから。
それはとてつもなく醜くて、我が儘で身勝手な感情だけれど。

誰かにそういう感情を抱いた時に、ひとはその恐怖を払拭するために、その人に優しくなれたり、自分に厳しくなれたり、また逆の事もあったりするのだな、とデンデはふと思った。

神は、彼女を失う恐怖を払拭するためにどうしたかだなんて『忘れて』いるけど。
「………………あ。」

そうか。


「さあ、私の話はおしまいですよ。早く修行のつづきをしなさい。」
「わかったよお。ピッコロさんっ!オレ浮けるようになったんだぜ!ちょっとだけだけどよ!!」
「あたしも!ピッコロさんの背くらい浮けるんだよ!」
「よしみてやる。」

子供達は大きなマントを引っ張りつつ修行の成果を見せたいと笑っている。


神はまた日記を書こうと羽ペンを滑らせる。
ずっと前に書いたものは、もう紙がぼろぼろになって読めない。
「そうか私は……。」
忘れる事でこうやって受け入れてきたのか。

忘れる事で人間達の幾多の欲望を受け入れてきた優しい神は、自分の想いもそうやって受け入れて、これから先どんな事を朽ちていく紙にペンを滑らせるのだろう。



けれども神ではない、ひとりの異星人としての彼は忘れる事ができないのだ。
森の日だまりの中で、柔らかな時間が流れる友人達がいたことだけは。


今までも、そしてこれからも、またきっと素敵な時間を私にくれて、そして彼らはどこかに去っていく。
するりと手から離れていく日が来るが、温もりだけは残っている。

忘れる感情があっても、優しい想いは残るのだと信じて、神はまたペンを走らせた。


      (おしまい)
2003/7/13

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