歩みゆく者たちに

「どうもありがとうございました、ポポさん」
悟飯さんが挨拶する声がしたのでびっくりして振り返りました。いつもは資料の館に入ったら2時間は出てこないのに。
「悟飯さん、ずいぶん早かったですね」
「なんとなく集中できなくて……。忙しい時に来ちゃってごめんね、デンデ」
「ううん。もうほとんど終わったところだから」
「で、どんな様子なの?」
「大丈夫。ポルンガの仕事は相変わらず完璧です」

魔人ブウによって壊滅した地球が元通りになって5日。ポルンガによって地球の人達は生き返りました。とはいえ流石にあれだけめちゃくちゃなことになったあとです。ボクはピッコロさんと手分けして世界中の様子をチェックしていたのです。

「学校の方はどうだ? 天下一武道会に出たことがバレてしまって問題は無かったのか?」
ピッコロさんの問いに悟飯さんは照れたように笑いました。
「あはは……。あんまり戦わないうちだったから……。でも友達は僕がふざけてグレートサイヤマンの名前を使っただけって思ってるから、助かりましたよ〜」

実はそう思ってるのは悟飯君だけなのって、ビーデルさん言ってましたよ……。

でも、こんな呑気な言葉を聞くとちょっとほっとします。
頭を掻く仕草は確かに以前の悟飯さんのままだけど、その眼差しはキツくて、ああそうだ、ベジータさんに似た感じです。髪が逆立ってるせいか余計荒々しく見える。ブウを倒すために老界王神様に潜在能力を引き出してもらったらこうなったそうですが、超化した時と違って元に戻らないんです。

悟空さんは例によってぜんぜん気にしてなくて、悟天くんなんか強そうってむしろ喜んでるぐらい。でも悟飯さん本人は自分の変化にとまどっているようにボクには見えます。ビーデルさんの話では友達の間でも話題になったそうですが、悟飯さんに遠慮して――というかたぶん少し怖がっているのだと思います――誰も直接は何も言わないそうです。

「悟飯さんはこれからどうする予定ですか?」
「うん。予定は無い……っていうか、なんだか最近勉強に身が入らなくて困ってるんだ」
「じゃあ、どこかに遊びに行きませんか?」
「え? 遊びに行っていいの? いいんですか、ピッコロさん?」

ピッコロさんがにやっと笑いました。
「オレに訊くな。神の誘いを何だと思ってるんだ?」

***

ボクの提案で、ある山の中の渓流に来ました。河原の石はまだごろごろと大きめで、流れの近くまで木々が押し寄せてます。ここは悟飯さんも来たことがなかったそうで、すごくいい場所だと言ってくれました。
「少し前に偶然見つけて、いいなぁって思ってたんです」
「そっかぁ。今度ピクニックに行く時はデンデに教えてもらおうっと」

上から見てるだけだと音はわからないんですよね。ちゅらちゅらという水の流れる音がこんなに心地いいなんて。あと風も! ナメックの風はいつも同じ方向にしか吹いてなくて、地球よりずっと単調だったんです。
昔は地上に降りるときはついナメック星に似た場所を選んでしまったのですが、最近はこんな場所が大好きになって来ました。地球ほどいろいろな風景を持った星も珍しいと思います。

「ところで悟飯さん、あたりに人、いないですよね?」
悟飯さんがちょっと目を閉じて気を探ってくれます。
「うん。少なくとも半径5Kmには誰もいないね」
「じゃ、これ、とっちゃお」
ボクは頭のターバンをとりました。地上に来るときはピッコロさんが作ってくれたターバンをかぶるのですが、やっぱりちょっと窮屈。それにせっかくの濃い空気を触覚で感じられないのはつまらないもの。マントも畳んで河原に置きました。

「デンデ、デンデ。ほら、オタマジャクシ」
水辺で悟飯さんが声を上げました。行ってみると、岩に区切られた浅い水たまりの中に小指の先ほどの黒褐色のオタマジャクシが何匹も泳いでいます。
「オオアカガエルのオタマみたいだね」
「しっぽの脇にちょこっと出てるの、もしかして足?」
「そうそう。このぐらいの実物見るの初めてだっけ? 今は泳ぎ回ってるけど、前足も出る頃には鰓は退化しちゃう。皮膚呼吸と肺呼吸をするようになって地上にあがって来るんだ」
「本当にすごいですよね」

この、多様な命。
ナメック星の生命はとても少ない。自然災害が多く気候の異変が続くあの星では人とアジッサと小さな植物や微生物の類しか生き残っていません。だけど地球は違います。
ボクは初めて地球に来てブルマさんのところでお世話になっていた時のことを思い出しました。虫たちや鳥や小さな動物たちがたくさんいるのにすごく驚いたものです。長老様たちも知識としては知っていても見るのは初めて。だから遊びに来る悟飯さんがボクたちの先生だったのです。

悟飯さんがそっとボクの肩をつっつきました。川の反対側、大型犬ぐらいの大きさの褐色の動物が森から出てきました。ちょこんとした耳がなんだかひょうきん。目は黒々とつぶらで、まるでぬいぐるみのようです。小さな子どもを3匹連れています。。
「デイツリー・ハイラックスだ」
こういうの、悟飯さんは流石です。ボクも知識としては持っていても実物を見てそれと同定するにはまだまだ経験が足りません。ツリー・ハイラックスより大きくて日中行動します。眠るときは樹上でも普段はけっこう地上にいたりします。

でも写真や映像で見るより実物は100倍も可愛いです! 親よりずっと明るい毛色をした子ども達は石に興味津々。足下でごろんと転がるとびっくりして跳ねたりして、ほほえましいったらありゃしません。毛並みがぼさぼさしているせいか、なんだか弾む毛糸玉みたいです。

可愛いですね、と悟飯さんに言おうとして、ボクはびくっとしました。悟飯さんはハイラックスの親子ではなく別の方向を見ています。その顔は表情が無くて彫刻か何かみたい。おそるおそるその視線の先を見ました。

少し離れた岩の陰から大型のワイルド・ドールがハイラックスの親子を狙っていました。今ならまだ間に合う。大きな音を立ててびっくりさせればハイラックスは森に飛び込んで木に登るでしょう。ドールは木には登れないのです。

でもボクが踏み出そうとした瞬間、悟飯さんの手がボクの肩にかかりました。顔を見なくても、その掌を通じて、悟飯さんの言葉が伝わってきました。
『自然の営みをじゃましてはいけない』

ぎゅっと目を閉じ、両手で耳をふさぎました。それでもボクたちの耳は良すぎる。つんざくような鳴き声や激しい争いの物音。ボクは村がフリーザにおそわれたときの事を思い出し、身体が動かなくなりました。悲鳴がぱたりと途絶えると、今度は、ばきり、がじゅり、といった、胸が悪くなるようなもの喰らう音……。惨劇は永遠に続くかのようで、ボクはのどの奥の固まりが飛び出してこないよう、必死でガマンするしかありません。そのうち、重そうに何かを引きずっていくような音を最後に、しんと静寂さが戻ってきました。川の音も葉擦れの音も、もうボクの頭の中から消えてなくなっていました。

悟飯さんがすっと飛び上がったのがわかりました。目を開けた時、彼の背中はもう川の向こう側でした。ボクはついて行きたくないと思った。でも、神様としては行かなきゃいけないとも思ったんです。だから勇気を奮い起こして川を越えました。

そこで――――

……済みません。もう一度、あの状況を頭に浮かべる気にはなれません。ただ、ボクが一番ショックだったのは、悟飯さんが……あの悟飯さんが、ただ淡々とデイロリスの子どもの……残された部分を調べていたことでした。
「両方は運べないと思って食っちまったのか……? 驚いた判断力だな」

その毛皮と骨と血の固まりが、ついさっきまでぴょこぴょこと躍動していたあの可愛い子ども達だったという事実は、悟飯さんの中からは消えてしまっているように感じられました。

これは悟飯さんじゃない。少なくともボクの知ってる悟飯さんじゃない。弱い者が傷ついていくのを黙って見ていられない。それが悟飯さんのはずです。表情ひとつ変えずにこんな学術的なコメントを言えるような人じゃないんです。

これも全て老界王神様が潜在能力を引き出した事によるのでしょうか。でも……優しさが無い強さなんて、なんだっていうんでしょう? 悟飯さんが悟飯さんでなくなってしまったら、ボクは……。ボクにはまだ……。

知り合いと先輩と先生に囲まれたこの地球で、今のボクには悟飯さんだけがたった一人の友達なのに……。


「デンデ。どうしたの?」
顔を上げると目の前に悟飯さんが立っていました。きゅーきゅーと暴れる明るい茶色の固まりを無理矢理捕まえています。ハイラックスの子ども。たぶん逃げ延びた子。それまで……
「それ……。その子、どうするつもりなんですか!」
ボクは思わず悲鳴のような声で叫んでました。

悟飯さんはボクの剣幕にびっくりしたように目をぱちぱちしました。
「だってまだ親離れには早いだろ。しばらく面倒みてやれば一人で生きていけるようになると思うからさ」
悟飯さんはハイラックスの子どもを赤ん坊でも抱くように持ち替えます。子どもの方は必死で悟飯さんの手にかみついてますが、悟飯さんは気にもしてません。
「苦労して獲物を運んだとこを見ると、あのドールも子どもがいたんだろうね。こいつの母親や兄弟は不運だったけど仕方がない。でもこいつを助けるぐらい許してもらおうよ」

ボクは一瞬唖然とし、それから取り乱した自分を恥じました。いったいぜんたいボクは何を考えてたんでしょうか。
「ご、ごめん。ボク、ちょっとびっくりしちゃって……」
「そうだよね。こっちこそ君のこと考えてなかった。ごめん」
本で読んだり話で聞いたりしても、ボクにとって「捕食」の現実を受け入れるのはけっこう難しいことを悟飯さんは知っています。でも昔は悟飯さんもさりげなく石を投げたりして、目の前でそのことが起きないようにしてたのです。でも今ではこんなに落ち着いて対処できるようになってたんですね。


「なあ。もうそんなに暴れるなよ。疲れちゃうぞ」
そういいながら、悟飯さんは大きな手でハイラックスの子どもの顔の脇から目にかけてを覆います。すると不思議なことに子どもはなんとなく静かになってきました。
「はは……。お母さんのお腹に頭突っ込んでるみたいだろ」

悟飯さんはちょっと笑い、それからボクを見て言いました。
「デンデ。僕は、変わった?」
ストレートにそう言われて、ボクは戸惑いました。
「え? あ……。その……、少し……」

悟飯さんがまた少し笑いましたが、その目は笑ってませんでした。
「遠慮しなくていいよ。自分でもそう思う。あれからどっかヘンなんだ」
「どんな風にですか?」
「うまく言えないけど、どんなときでも冷静すぎちゃってる感じ。勉強してても、上の方にいるもう一人の自分が僕を見てるみたいで、身が入ってるんだか入ってないんだかわかんない。別に困ってるわけじゃないけど、なんか気持ち悪いんだ」
悟飯さんは一気にそう言いました。

何か聞いてあげたくて悟飯さんを誘ったのは事実です。でもこの言葉にどう応えればいいのか、ボクは少し悩みました。
「悟飯さん、ボク、さっき、悟飯さんのことを怖いと思ったんです。でも悟飯さんがドールのこともハイラックスのことも両方考えててあげたことが判って、そんなこと思った自分が恥ずかしくなりました。ごめんなさい」

ボクは悟飯さんの目をまっすぐに見上げました。
「悟飯さんは老界王様の力で、確かに少し変わったのかもしれません。でもその変化はけっして悪いものじゃないと思います」
「そう思う?」
「はい。あの悟空さんの子どもでピッコロさんの弟子だった悟飯さんが、神様の神様のそのまた神様のご先祖さまに力を引き出してもらったのに、そんな怖い人になるはずないもの」

「ありがと、デンデ。じゃあこの妙な感じのこと、気にしないようにするよ」
「どうしてそんな感じがするのか、ピッコロさんに相談したら判るかもしれませんけど……」
「いいよ! こんなことピッコロさんに聞くなんて恥ずかしいよ!」
慌てて手を振った悟飯さんですが、ボクを見てにっこり笑いました。

「でも、デンデ。本当にありがとう。やっぱりこういうのは君にしか相談できないや。おかげですっきりしちゃった」
「悟飯さんがそう思ってくれたなら、ボクも嬉しいです……って、あれ?」

ボクは何か小さな音に気づいて、耳を澄ましました。誰かの呼吸音みたいな……。
「……悟飯さん……。その子、寝てません?」
悟飯さんは襟元から服の中をそーっと覗き、くっくっと笑いました。
「そろそろ帰った方がよさそうだね。この子連れてちゃ、あんまり速く飛べないし」
「はい!」

***

「それは良かった。あいつは根は単純だからな。お前にそう言われれば納得するだろう」
神殿に帰ってからピッコロさんに今日の出来事を話したら、ピッコロさんはそう言ってくれました。悟飯さんはいいって言ってましたが、ボクはピッコロさんには隠し事ができないのです。

「でもピッコロさん。悟飯さんって何が変わったんでしょう。落ち着いてるのに"ヘンな感じ"って、どういうことだと思いますか?」
「オレはそういったことはよくわからん。だが、もしかすると、潜在的な力を引き出すために、あいつの共感力が抑えられているのかもしれん」
「え? どういうことですか?」

「悟飯は子どもの頃から他者、特に弱い者に強く感情移入するタイプだった。幼い時に自分は弱いと思い込んで育ったせいなのかもしれん。目の前で誰かが傷ついた時にはその者への共感が強烈なパワーを生むが、その心には相手を傷つけることへの嫌悪感も存在していて、結局己を追い詰めてしまう」

ピッコロさんの言っていることは説得力があります。セルゲームの時、悟飯さんが別人のように怖い気を発していたことを思い出しました。それは追い詰められて自我が壊れそうになった反動だったのかもしれません。
「だから老界王神様は、悟飯さんがあまり感情移入できないようにしてしまったんですか? でもそれって……」

「いや結果的にそうなっただけで、意図的にそうされたわけではあるまい。新しい力となじんでくれば違和感も無くなってくるだろう。それでも一度体験した「冷静さ」の感覚はあいつの中に残り続け、それがあいつを成長させていく。お前が悟飯に言ってやったことは正しかったのだ」

「ならば良かったです。それで……あの……。もう一ついいですか?」
「なんだ?」
「ボク自身のことなんです。ボクは地球で起こっていることをあまりに知らないって、今日、改めて思ったんです。ボクはもっと地上で生活してみた方がいいのではないでしょうか?」

ピッコロさんが目を見開いてボクを見ました。その目線が少し落ち、再び上げられた時、その眼差しは不思議に柔らかいものでした。

「お前がそうしたいのならそうしてもかまわない。だがそうすることで不必要な悲しみや悩みの末に、無駄な遠回りをしてしまうこともある。神は人とは異なるものであってもかまわないと私は思う。それに今日とてお前は孫悟飯を正しく導くことができたではないか? お前もまた歩み進み習熟していく。それで良いし、その時間は十分にある」

その声はずいぶんと静かでした。ボクはネイルさんのことを思い出しました。それから以前ちょっとだけお会いした前の神様のことも。そう、今はピッコロさんの"導き助くる者"になっておられる方々のことです。

ピッコロさんが今度は少し横を向きました。これがこの人の照れのサインであることをボクはもう知っています。
「あまり悩むな。変わるも是、変わらぬもまた是。お前はお前の思うまま歩いていけばいい。そのためにオレがいる」

身体の中がとてつもなく温かくなったような気がしました。ボクは地球に来て本当に良かったと思いました。

ボクとボクの大切な友達は、こんな風に歩いています。
ボクらを大事に思ってくれる人たちに見守られながら……。


   (了)    
2008/2/13

お年賀小説のはずが旧正月になってしまいました。すみません(汗)。遅ればせながら今年もよろしくお願い致します。
原作ではブウ戦のあとの悟飯はずっと「最強の戦士」状態だったのですが、映画の龍拳では悟飯はスーパーサイヤ人の代わりに黒髪の戦士状態に変わってました。TVアニメ版でどうなっていたかは判らないのですが、このあたり皆さんはどう解釈しておられますか?
できれば普段はきょとんとした目の可愛い高校生悟飯に戻って欲しいので(笑)、こんなお話を書いてみました。書いてから思ったのですが、これって「寄生獣」のシンイチの変化とちょっと似てるかも、なんて思ったり。

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