コイノハジマリ

あまりに衝撃的なことが次々に起こって、あたしの足はもう動かなかった。
クラスメートの孫悟飯君が金色の戦士に変身したと思ったら、いきなり飛び込んできた二人組に刺された。気乗りのしなさそうな彼をムリに誘ったのはあたしだけど、まさか天下一武道会の試合中にこんなことが起こるなんて‥‥!

どうして誰も助けないの! と、叫ぼうとしたのに声も出ない。彼の身体が視界の中でゆっくりと前のめりに倒れ込む。呪縛がとけたように駆け出した時には、犯人の二人は飛んでいってしまった後だった。

「悟飯君っ」
そばに駆け寄ったら、息が弱々しくて‥‥。死んじゃったらどうしよう‥‥!!
あたしの頭は真っ白になった。

とんっとあたしの脇に誰かが立った。山吹色の道着‥‥。この人、確か‥‥。
「悟飯のことまかせといて、ほんっとにいいんだな?」
その人が悟飯君の対戦相手にそう言った。そうだ、この人、悟飯君のパパだ。頭に不思議なワッカがついてる。信じられない。どうして悟飯君の様子を見もしないの? 心配じゃないって言うの!?

「大丈夫だ。孫悟飯を回復させたら、すぐに私も行く。たぶん孫悟飯も行くと思う」
対戦相手の変わった格好のおじさんがそう言った。悟飯君のパパがこっちを見て、ふわっと笑った。パパというよりはお兄さんみたいなその笑顔に、でかかった文句の言葉が止まってしまう。なぜかしら。悟飯君は大丈夫だって、その顔を見たら思えてきて‥‥。

と、悟飯君のパパはいきなり飛んでいってしまった。もう、いったいどういう人なのよ!?

「みんな‥‥どこいくんだ‥‥?」小さな声が聞こえて、あたしは彼の顔をまた覗き込んだ。
「悟飯君っ 大丈夫なの!?」
「うん‥‥大丈夫だけど‥‥、身体のチカラが‥‥」
苦しいというよりは、むしろ眠そうな感じの彼の声に、あたしはちょっとだけ安心したの。
「今すぐに担架がくるから‥‥しっかりして」

「その必要はない」
例のおじさんが悟飯君の脇に片膝をついた。大きな大きな手を彼の背中にあてると、その手がパアッと光った。な、なにこれ。これも"気"ってヤツなの? こんなことして大丈夫なの!?

悟飯君も最初はびっくりしたようだったけど、そのうち何か確かめるような表情で目をつぶった。
「もういいぞ、孫悟飯」
悟飯君がむくりと起きあがった。あたしの方を見て一瞬にこっとしたけど、すぐその視線を自分の手に戻す。彼の手が一度ぎゅっと握られて、ゆっくり開いた。
「なにもんだい、あんた?」
おじさんを見て彼が言った。ちょっとぞんざいなその言い方にどきりとする。いつも丁寧すぎるぐらい丁寧な彼が、他の人にこういう言い方をするのを聞いたことがない。

「いっしょにくるがいい なにもかも話してやろう」
いきなりおじさんが飛び上がった。

彼は、その姿を追うように、空を仰いだ。

大きくひとつ深呼吸をした。その目はどこか遠くを見ていた。

覚悟を決めたような、それでいて、どこか寂しげな、その表情‥‥。


その顔を見ているうちに、あたしの胸が苦しくなる。これはもう、あたしの知ってるオレンジスターハイスクールの孫悟飯君じゃない。あのどこか遠慮がちの大人しい悟飯君じゃない‥‥‥。

きっと、あたしとは別の世界に行ってしまう気なんだわ‥‥。

行ってしまう‥‥? そうしたら、もう、会えない‥‥?

「あたしも一緒に行っていい?」
あたしは思わずそう言っていた。とても驚いた表情で、彼があたしの方を振り返った。

「やめたほうがいいよ。きっと何か危険なことがあるんだ」
彼があたしをまっすぐに見て言った。今まではいつだって絶対に言い負かしてたのに‥‥。その時の悟飯君の口調には逆らえないような何かを感じたの。

でも、だめ。このまま行かせたら‥‥。あとですごく後悔しそうな気がする‥‥。
「知りたいことがいっぱいあるの。お願いだから‥‥」

大きな黒い瞳がじっとあたしを見てる。断る言葉を探しているのかしら?

この人にこんな風に見られたの初めてだわ。いつもだったら目を合わせるの避けるのは悟飯君の方じゃない? なぜか、顔が熱くなって、思わずうつむきそうになった。
でも、あたしはがんばって彼の目を見返した。ドキドキいう胸の音、気付かれませんように‥‥。
勇気を出して、もう一回、言った。
「ジャマはしないわ。一緒に行きたいだけ‥‥。悟飯君がダメだって言ってもついて行くわ!」

悟飯君が小さく息をついた。
「‥‥‥‥危なくなったら、ぜったい逃げるって約束できる?」
「うんっ」
あたしはすごく嬉しかった。メイワクだったかなって心配になって、そうっと彼の顔を見たけど、そんなにイヤそうじゃない。むしろ優しそうな表情になってる。

「わかった。いこう。悪いけど少し飛ばすね」
悟飯君がどんなに飛ばしても、ぜったいついていこうって思った。


***===***===***

例のおじさんをおっかけて、あたし達は空を飛んでる。さっきまで大けがしてたなんで信じられないくらい身体に元気が満ちてる気がするわ。少し前を飛ぶ悟飯君が心配そうに何度も後ろを振り返るけど、その度に大丈夫って手を振った。

アヤシイとは思っていたけど、やっぱりこの人が金色の戦士だったのね。もしかすると、7年前にセルと闘った子供が悟飯君なのかもしれない。こんな変身できる人が、そうたくさんいるとは思えないもの‥‥‥。


‥‥‥‥あたしって、なんてバカだったのかしら‥‥‥‥。

あんな怪物と対等に闘ったことのある人と張り合おうとするなんて‥‥。なにが、チャンピオンの子供同士よ‥‥。なにが、いいセンいってるけど、パパにはかなわないわ、よ。
ぜんぜん格が違うじゃない‥‥!

きっと悟飯君、呆れてる。なんて女の子だろうって思ってるに違いないわ‥‥。

思いっきり落ち込んだ頃、あたしたちは例のおじさんに追いついた。
「やはり、きたか」
「はい。どういうことか、聞かせてくれますね?」

飛びながら、おじさんは荒唐無稽な話を始めた。悪い魔導師バビディと魔人ブウ‥‥。うそ‥‥と思ったけど、悟飯君の顔はすごく真剣。そのうちにおじさんにいくつか質問をし出した。信じてるんだ、悟飯君。このおじさんの話‥‥。

「このスピードではおいつけない。もう少しスピードをあげるぞ」
「ちょっと待ってもらえますか?」
悟飯君がおじさんにそう言って、ふわりと私の脇に並んだ。

「ビーデルさん、やっぱり帰った方がいいよ。思ってたよりずっとやばそうだ」
「‥‥そうね‥‥。どう考えてもジャマよね。あたし‥‥」
もう、これ以上のスピードでなんか飛べない。ぜったいついていこうと思ったのに。
ただでさえ落ち込んでたから、よけい泣きたい気持ちになった。

「ごめんね、ビーデルさん。でも、ここまででも来てくれて、ありがとう‥‥」
「え?」
「僕らには、その、普通じゃない力があって‥‥。バレたらみんなびっくりするだろうと思ったから、正体、知られたくなかったんだ‥‥‥‥。君のことも色々驚かせちゃったと思うし‥‥。でも、それでも一緒に来るなんて言ってくれて、嬉しかったんだ‥‥」

悟飯君があたしを見て微笑んだ。悟飯君のパパと似てるけど、もっとずっと優しい‥‥。そして、なんてあったかい笑顔‥‥‥‥! クラスにいる時に見せる、困ったような、作ったような顔じゃなくて‥‥。
これがこの人の本当の笑顔なのね‥‥‥‥。

あたしは胸がいっぱいになった。こんなこと言ってくれるなんて思ってなかった‥‥。
こみ上げてきた涙を、風から目を庇うフリをして、急いで拭った。

「悟飯君、これだけは教えて。7年前のセルとの闘いの時にいたのが、あなたのお父さんと
 仲間の人たちだったのね。そして、そのとき一緒にいた、あの子どもが‥‥」
「‥‥うん‥‥僕なんだ‥‥」
「そして、セルを倒したのもあたしのパパじゃないわ。あなたたちね」
「そ、それは‥‥‥‥」

悟飯君がいつも見慣れた、あの困った顔になった。あたしは思わず笑ってしまう。
優しい人。あたしを傷つけまいと、ずっとパパの事にも気を遣ってくれてたのね。

「いいのよ、そんなに気を遣わなくて。あたしだって変だと思ってたんだから。ありがとう、悟飯君。もう行って。あたし、あなたが帰ってくるの待ってるから‥‥。それで、あの‥‥、悟飯君‥‥。また、会えるわよね?」

「もちろんだよ! じゃあ、帰り、気をつけてね!」
悟飯君は笑って手を振ると、すっとおじさんと並んだ。
二人の身体から爆発したような圧力が広がって、あっという間に見えなくなった。
あたしに合わせて、どれだけゆっくり飛んでてくれたのか、よくわかったの。


さっき言いたくて、言えなかった言葉をつぶやいてみた。
「死なないで‥‥」
声に出したら、唇が震えて‥‥。

「絶対、死なないで、悟飯君。あたし、待ってる。待ってるから‥‥」

世界で一番大切な人になったあの人の消えた空に、あたしは、祈った。


                     (了)
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