過ぎし時 巡りし時

「あの‥‥」小さな少年はちょっと口ごもったが、思い切ったように青年を見上げた。
「あの、未来の僕ってどんな人だったんでしょう‥‥」
かの人を喪った時の自分より、まだ小さな少年の悟飯にそう言われて、トランクスのブルーの瞳が少し丸くなった。
「悟飯さん‥‥ですか‥‥?」
「はい。‥‥トランクスさん、その‥‥方のこと‥‥、とても尊敬してらっしゃるから‥‥」
「そうですね。オレにとっては、父さんと兄さんと先生と‥‥全部いっしょにしたような人だったから‥‥」
優しげな微笑みを浮かべた唇がちょっとだけ震え、青年は淡い色の髪を掻き上げた。

「いつも優しかったんですよ。あんな辛い時代なのに、いつも優しくて‥‥。修行の時は厳しかったはずなんですけど、終わったあとの楽しかったことばっかり思い出すんです。たき火を熾したり、水浴びしたり‥‥。色んなこと教えてもらいました。動物のこと、鳥や虫のこと、食べられる植物とか薬草のこと‥‥‥」
「あは‥‥。それ、僕が父さんから習ったのと、同じことなのかなぁ」
「そうそう。悟空さんから教わったって言ってましたよ、あれがなかったら‥‥」
「「ピッコロさんに置き去りにされた時、飢え死にしてた‥‥」」
二人の口からちょうど同じ言葉が飛び出し、ガラス玉が転がるような子どもの笑い声と、干し草の香りがする青年の笑い声が重なった。

口元の笑みはそのままに、青年は、少し目尻を押さえて空を見上げた。
「‥‥オレ、最初に過去に来るちょっと前‥‥。母さんの言いつけも聞かずに人造人間と戦いに行ったことがあったんです。ぜんぜん歯が立たなくて、死ぬような目に遭いました‥‥」
黒い瞳がまん丸になって、子どもの顔が辛そうに歪む。青年はそれに気づかず、少し夢を見ている風に話し続けた。
「‥‥オレ‥‥、怖かった‥‥。自分の力がぜんぜん通じないって分かった瞬間、怖くて怖くて、どうしようもなくなりました。ムダに気功波を撃ったってダメって頭では分かってるのに、もう撃ちまくって‥‥。だのに逃げても隠れても、やつらが追っかけてくるんです‥‥。あんなに修行したハズなのに、オレの攻撃なんてぜんぜん効かない。そのあとしばらく、夢の中でも追いかけられてました‥‥」
青年は少し苦笑して、少年をちらりと見やった。
「情けないですね‥‥」
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少年は涙ぐんだ目でぶんぶんと強く首を振った。そんなことない。そんなことない! そう伝えたかったけれど、なんと言ったらいいのかわからなかった。でも青年は、ありがとうと言いたげに笑んでくれた。

「その時、オレ‥‥。悟飯さんって、本当に強かったなって思ったんです。悟飯さん、いつも傷だらけでした。人造人間にはどうしても敵わなかったんです。あの時のオレみたいに。きっと怖かったり、悔しかったりしたと思うんですよ‥‥。何度も何度もそういう目に遭って‥‥。なのに小さい時からずっと一人で戦い続けてきたんです‥‥。なんで挫けないで、やってこれたんだろうって思うんです」

青年は少し気恥ずかしげな笑みを浮かべて、小さな声で言った。
「悟空さんも、父さんも、そして今の貴方もとても強い。でもオレにとっては、やっぱり悟飯さんが、一番強い人なんですよ‥‥」

少年の黒髪がこっくりと頷いた。
「わかります‥‥とっても‥‥。僕も‥‥ちょっとでも、その人に近づけたらいいです」
青年が笑って、少年の肩にそっと手を置いた。
「気にしなくていいんですよ、悟飯さん。あなたはあなたなのがいいんです。悟飯さんもよくそう言ってました。『俺のマネしなくていい。自分なりのやり方でやるのがいいんだ』って」
「はい‥‥」

青年が青い澄んだ空を見上げた。海色の瞳に大気の蒼が陰影を描く。その視線の先を追った黒い瞳に光が映った。

共に戦い続けてきたふたりだった。
これから仲間として歩いていくふたりとも言えた。

だが‥‥二度と再び、交わることのない、ふたりであった‥‥。              Illust by Aki Takamiya Words by Kaoru
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