私はロボット 
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「じゃあ、おまえは、あのロボットに人の考えを読みとる力があるって言うのか? それは、いくらなんでも突飛すぎないか?」タオ博士があきれたように言った。
「いや、考えという程はっきりしたものじゃなくて、感情みたいなものを感じとる力があるんだと思うんです。とにかく、他の個体の悲しみや苦しみに対する反応が良すぎるんですよ」

「なんでそういう結論に達したのか、もう一度順に話してくれない?」
ブルマさんが言った。僕はタオ博士の研究室で、二人に自分の突拍子もない思いつきを説明していた。サルファはパワーを落として隣の僕の部屋にいる。

僕は最初から気になっていたことを余さずに話した。僕が何か考え事をしている時は話しかけてこないこと。動物たちの中から弱いもの、苦しんでいるものを見つけだすのが異常にうまいこと。その表情を見る前から少女のために花束を作っていたこと。そして僕自身が16号のことを考えていた時、悲しいのかと聞いてきたこと・・・・・・人の表情によってその感情を理解していると考えるにはムリがありすぎた。

「結局のとこ、人でも動物でも、感情は脳内の微弱電流に帰結するわけですよね。もしも、それを探知して、解釈することができたら・・・・・・」
「しかしな、悟飯、そんな微弱な電流を捕まえることなんてムリだろう?」

「タオ、ちょっとマシン借りるわよ」
真剣な顔で僕の話を聞いていたブルマさんは、キーボードに指を滑らせると素早くカプセルコーポのメインホストに接続した。壁にはめ込まれた30インチディスプレイに、わけのわからない図面が大量に映し出されていく。

「げっ、これってぜんぶアイツの電子頭脳の図面なんですか?」とタオ博士が後ろから覗き込む。
「貴女のこと信じられない人だと思ってたけど、こんなもん理解するなんて、やっぱり信じられないですよ。まったく、どういう脳味噌してんだろう」
「あのね、その脳味噌の中身見るよりはよっぽと簡単よ。信じられないのはあんたの方だわ」
工学と大脳生理学・・・・・・分野は違えど同じ人種なんだよね。目が輝いてますよ、二人とも・・・・・・。

「で、これが例の動きのよくわからない謎のユニットの回路図。コイツの中には、メイン系とは独立したプロセッサと大容量のメモリが内臓されてるの。ただメモリの中身が暗号化されてて、よくわからないのよね。毎日そのうち一部が少しずつ変化しているのは確かなんだけど。」
「バックアップの類じゃないんですね?」
「バックアップは別にあるのよ。でね、日中も一応このプロセッサが、働いてるみたいなんだけど、一番活発に稼働してるのが、なんと夜なの」

「え、パワー、オフってるのに?」
「ユニットの中にバッテリーも内蔵されてるのよ。だいたいサルファは永久式だから、パワーを切ってるっていっても、動力が回らないようにしてるだけなんだけどね」
「となると、このユニット・・・・・・、まさかほ乳類の脳でいう海馬みたいな・・・・・・?」
「あたしもそうじゃないかと思ってる。夜の間にメインメモリから重要事項を引っ張り出して、ここで再構成してるんじゃないかって」
「ありえますね。しかし、ここまで再現するとは、とんでもない技術力だ」

「で、これが問題の部分。ここにえらく感度のいい誘導回路と共振回路がかなりあるの」
「なんです、そのなんとか回路って?」
「他の回路に流れている電流と同じ周波数の電流を再現する回路よ。普通は電子頭脳にこんなもの入れないの。誤動作の原因になるから。だからずっと不思議だったのよ」
「つまり、この回路を使って、他の個体の脳内電流をを再現しているってことですか?」
「あくまで推測だけどね。でももしそれが証明できれば、
 悟飯君の言う"感情を読んでいる"という現象も説明できるわ」


「おい、悟飯。何そこ一人で犬にまみれてるんだ?」
う・・・・・・。
二人の会話をそっちのけに、研究室にそっと入ってきたブランカと3匹の子供たちと、座り込んで遊んでいた僕は、振り返ったタオ博士にいきなりそう言われて固まった。
カベルネは僕の二の腕にしがみつき、なんとかして僕の襟を倒そうと躍起になってる。メルロは膝の上で伸びあがって、上着のボタンを自分のものにしようと必死だ。グルナッシュを抱き上げて鼻をくっつけ合ってる僕のほっぺたをブランカが舐めていた。ブルマさんがそんな僕を見て笑い転げた。

「す、すみません・・・・・・。この子たちが入ってきたんで、つい・・・・・・」
「とにかく、なんかおまえの考えいいセンいってるみたいだぞ。テストしてみる価値がありそうだ」
「そうね、悟飯君の脳波の変化と、サルファのユニットの状態を計測して、相関を調べたら、面白いデータがとれるかもしれないわ」

そうと決まると二人の天才博士の行動は早かった。まだ遊びたそうな4匹の犬は部屋の外に追い出され、僕は彼らの指示で色んな機械を運んだ。最終的に隣からサルファを連れてきた時には、すでにそこは計測機械とケーブルの城となっていた。
僕は中央の肘掛け椅子に座らされて、頭にたくさんの電極を付けられた。ただ電極糊で付けているだけだから痛いワケじゃないけれど、ちょっと気持ちが悪い。

サルファの方はログをとるプログラムに追加を加えた上で、メインボードのあちこちに電位計測用のクリップを留めた状態で、足を収納して僕の隣に座りこんでいる。
「サルファ、すぐ終わるし、何も危なくないからね。いい子だからちょっとじっとしててね。何があっても動いちゃだめよ」
「ハイ、ぶるまサン。ジットシテイマス」

タオ博士が僕にヘッドフォンを渡し、そこから流れてくる音に集中するようにという。ゆったりしたものや早いもの、優しい感じのものや緊張するようなもの、いろいろな音色が流れてきた。これによって僕の脳波が変化し、その変化がサルファにどういう影響を与えるかを調べるというわけだ。
「うん・・・・・・。わずかだけどユニットに変化が起きてるようにも見えるわね。とくに緊張状態に対しては・・・・・・。だけど計測結果として有意かどうかは難しいわね」
ブルマさんが考え込んだ表情で言う。

「悟飯、もうフォンは外していい。頭の中でいいから、ちょっとこの中の好きな問題やってごらん。とにかくできるだけ問題に集中するんだ」
タオ博士がさらさらとメモを書いてそれを僕に手渡した。
『ニューロンの構成とその各部位の機能について説明せよ』『神経伝達物質のうち5つをあげてそれぞれの化学式と機能を説明せよ』etc・・・・・・。1学期にやったタオ博士の授業の内容だ。
できるだけ集中して・・・・・・か。

目を閉じて深呼吸すると、僕の好きな森のイメージを想像する。少し冷たい気持ちのいい風。清涼感が満ちてくる。雑念が消えてくるとおもむろに、頭の中でいつものノートを広げた。様々な文字や図が浮かんでくる。「ニューロンは細胞体と樹状突起からなり・・・・・・」僕は声に出さずにその知識を言葉にしていく。遠くでブルマさんとサルファが何か話しているようだが、あえてそこから思考を引き離す。二人の声が小さな雑音となって消えていった。

2問目の途中、ドーパミンの機能を並べ立てていたところで、タオ博士が僕を揺り動かした。
「もう、いいよ。なかなか興味深い数値がとれたみたいだ」
「あーあ、なんか試験勉強やってるみたいですよ」
「いや悟飯、しかしおまえ、すごい集中力だな。こんなに局所的に活性化した状態ってちょっとめずらしいぞ。そんなにガリ勉してるふうでもないのに成績がいいのはこのせいなんだな」
「そ、そうですか?」

本を読む時も勉強するときも、僕はいつも頭の中のこのノートに視覚的に転写していく。必要になったらそのページを開くだけでいい。10年近くも前にデンデに教わった方法。地球に関する様々なことをあまりに短期間にマスターしていくので、不思議に思って聞いてみたら教えてくれた。悟天やトランクスにやらせてみようと思ったらぜんぜん続かなかったんで、誰にでも合う方法じゃないみたいだけど。まあ、あいつらは、ただでさえ飽きっぽいから。

「悟飯君の言ったとおりだわ。サルファは確実に、今、君が忙しいって認識してた。全体的な脳波じゃなくて、脳のある部分の電位変化に反応するみたいね。たとえば悲しい時は、脳のその部分が活性化するから、それにサルファのユニットのある回路が反応するとか・・・・・・。まあ、このデータだけじゃ推測の域を出ないけどね」

「悟飯にはちょっとしんどいかもしれないけど、感情刺激やってみますか?」
「なんですか、それ?」
「外部から電気的な刺激を与えて、君の脳に、楽しい状態や悲しい状態を作り出すんだよ。しんどいって言っても一時的に悲しくなったりするだけだし、実際に精神的外傷を負った人の治療にも使われているくらいだから、心配するようなことじゃない。サルファが人の感情に反応するということを確かめるには、一番、効果的だと思うんだ」

「だめよ、タオ。この子にそんなことさせられないわ」ブルマさんがきっぱりと言い切る。
「でも、ブルマさん。そのデータがとれれば、ユニットの解析に役立つんですよね?」
僕はリストの山に囲まれて「友人の遺品だから」と言ったブルマさんの顔を思い出していた。

「タオ博士、いいです、やってください。ただ、怒りとかそういうのはやめてもらえますか?」
「ちょっと、悟飯君! だめよ!」
「大丈夫ですよ、ブルマさん。ただ、見てて危ないと思ったら止めてもらって下さい」

「じゃ、悟飯、悪いけど、念のためちょっと身体を固定させてもらうよ」
タオ博士が僕の手首や身体にベルトのようなものを掛けていく。やれやれ・・・・・・。何かあっても計測器具は壊さないようにしなくちゃ。僕の苦笑と小さな溜息に、ブルマさんの顔に仕方ないわねという笑みが浮かんだ。僕は目配せして笑い、大丈夫だからと伝えた。

タオ博士に言われて、目を閉じると不思議な感覚が僕をおそった。
自分がカプセルコーポ第3実験場のタオ博士の研究室にいることはわかってる。ちゃんと椅子に座ってて、周りにはブルマさんにタオ博士、それにサルファがいる。それははっきりわかってる。

なのに、僕の頬は風を受けている。腕を回しているのは大きな肩。両手で握りしめているのは少しごわついた丈夫な布地。風の具合で時々硬い黒髪が僕の顔を撫でてくすぐったい。僕の身体は大きな手でしっかりと抱きかかえられている。ときどきくるりと宙返りしたりするけど、この手の中にいれば何があっても怖くない。大きな黒い瞳が僕の顔を見てる。いつも笑みを絶やさないその口が僕に話しかけている。

ふわりと目の前に白い大きなものが翻る。駆け寄ってその道着の足にすがると、その人が唇の端で微笑む。4本の指が僕の頭にそっと置かれる。二人で並んで瞑想していたハズが、僕はいつのまにかこてりと寝ている。濃紫の膝枕。僕の身体を白いマントがしっかりと包んでいる。

タオ博士が僕の膝を軽く叩いた。大丈夫ですよと、親指を立ててみせた。

急に胸が苦しくなった。目の前に倒れている人が僕に向かってしわがれた声で何かつぶやいた。その目に涙が浮かんでいる。他の誰にも見せたことがないだろう、その涙・・・・・・。
熱いものがこみ上げる。今、この人が神の後見人として健在であることはわかっているのに、僕の頬に涙が流れる。逝ってしまう・・・・・・。逝ってしまう、僕を庇って・・・・・・。

僕は椅子の肘掛けを握り直して、自分のいる場所を確認した。
大丈夫、大丈夫だ。これは実験なんだから。

いつもと変わらない笑顔だ。ぜんぜん変わらない。よくやったと褒めてくれた。
イタズラっぽい碧の瞳。眉間に当てられた2本の指。
とめなくちゃ。行かせちゃだめだ。僕のせいなんだ! 僕が代わりに行くから! だめだよ!

いきなり、消える。

背筋が寒くなる。全身から冷や汗が吹き出す。
ずたずたに裂け飛ぶ、山吹色の道着。真っ赤に染まって・・・・・・。
なんども、なんども、見た、夢・・・・・・。

遠くでブルマさんの叫び声がする。
手の中で、何かが、くしゃり、とつぶれた。


いきなり胸の重しが外されて、我に返った。大きく息をついて、目を開けた。

「悟飯サン、ダイジョウブ、デスカ?」
最初に飛び込んできたのはサルファの声だった。体内の基盤類をむき出しにしたまま、僕の顔を見ている。その手に何本ものコードを握っていた。僕の頭についていた電極をまとめて引き抜いたらしい。

「大丈夫デスカ? 悟飯サン」サルファがもう一度言った。
「ああ・・・・・・。大丈夫だよ、サルファ」
ブルマさんが、ほうっとひとつ安堵の溜息をついた。

たぶんサルファより少し遅れてスイッチを切ったのだろう。装置のそばに立っていたタオ博士の顔つきが驚愕からいつもの知的な表情に変化する。歩み寄ってきて僕の前に膝をつくと、僕の両の掌をよく確認して、僕の顔を見上げた。
「ケガしなかったか?」
「はい。あの・・・・・・。すみませんでした、椅子、壊しちゃって」
「いや、いい」

タオ博士の両手が僕の両手を包んだ。
「すまなかったな、悟飯」
「いいえ、タオ博士」
非常識な僕の力を見て、なおいつもと変わらぬその眼差しに、僕は感謝していた。


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