私はロボット 
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僕――孫悟飯は大学最初の夏休みを、カプセルコーポで迎えようとしていた。

この春、この都にある西都大学に入学し、ブルマさんの申し出でここに居候させてもらってる。カプセルコーポはありとあらゆる研究施設を結ぶネットと直に繋がっており、あちこちのデータベースにアクセスできるIDまで貸してもらえて、勉強するには天国のような状況だ。パオズ山には15分もあれば帰れるし、母さんも快く許してくれた。

「ただし、いろいろ手伝ってもらうわよ」というブルマさんのセリフがちょっと怖かったんだけど、たいていは耐火服や防弾服の実験台とか、機械の強度実験といった程度で済んでいた。まあ、真夜中にいきなり叩き起こされて、地球の裏側のどこだか研究所にこの荷物を届けてと言われた時は(彼女は何か思いつくと夜中でも研究を始める悪い癖がある)、居眠りして飛行機にぶつかりそうになったりもしたけど・・・・・・。でも噴火中の火山の火口の大気サンプルを取ってきてくれという依頼の時は、父さんやベジータさんに手伝ってもらったりしてけっこう楽しんでたりもした。

僕の専攻は生態学。小さい頃から動植物が大好きだったのでなんのためらいもなくこの道を選んだ。はっきりいって、ことフィールドワークについてはかなり有利かもしれない。疑問があれば南極だろうがジャングルの奥地だろうが、すぐに現場に行って確かめられる。小さい頃から修行しといてよかったと、大学に入ってから改めてそう思った。

時々ベジータさんに「たまには付き合えっ」と言われて重力室に引っ張り込まれるのは大変だけど、おおむね快適かつ有意義な大学生活を満喫している。で、今日もちょっと面白い研究レポートを見つけて夢中になって読んでいた時に、ドアをノックする音がした。
「ちょっと悟飯君、入るわよ」
「どうぞ!」

ブルマさんとは知り合って15年にもなる。さすがに最近はずいぶん穏やかになってきたと思うけど、強烈に輝くその瞳はナメック星に一緒に行ってくれた頃のままだ。辛辣な物言いはしても常に最善のことを考えてる。そしてどんな些細な相談でも、きちんと聞いて的確な応えを返してくれる。精神的な強さという意味では父さん以上かもしれないこの人を、僕は大好きだったし、ある意味とても頼りにしていた。

で、椅子から立ちあがった僕は、彼女の後ろから入ってきた物体を見て驚いた。
「あれ? ロボット、ですか?」
身の丈120cmぐらいの2足歩行のロボット。胴体は楕円筒型で最小限の関節しかない。顔もかなりデフォルメされているが、2本の手はかなり精巧にできていた。

「さ、悟飯君に挨拶しなさい」
「ハジメマシテ。私ハさるふぁトイイマス。ヨロシクオ願イシマス」
「あ、孫悟飯です。よろしく・・・・・・」
僕はあっけにとられて差し出されたその手を握った。相手は完璧に的確な強さで僕の手を握り返してきた。
「サルファ、ちょっと歩き回ってみせて」とブルマさんが言う。
サルファと呼ばれたロボットは危なげなく部屋の中を歩き回った。駆動音が非常に静かだ。
「もういいわ。戻って足を収納して」
足を折り畳んで収納し手を胴体に巻き付けると80cmぐらいのこじんまりした固まりになった。ブルマさんが手に持っていたメタルを背中のある場所に押し当てると、目の赤い光りが消え、ロボットは完全に動かなくなった。

「新しい電子頭脳のテストのために作ったの。一応動物の世話をするロボットよ。で、うちの第3実験場で、2週間ぐらいの稼働実験をやりたいんだけど、その間、君にこの子を観察しててほしいのよ」

カプセルコーポレーションの第3実験場は西の都の郊外にあって、広大な牧場を有している。ブリーフ博士の趣味で多くの動物たちが飼われていて、僕もしょっちゅう遊びに行っている場所だった。
「あの、時間的にも場所的にもかまいませんけど、でも、僕、ロボットなんて育てたことないし、だいたい機械には強くないんですから、あんまり適役とは思えないんですけど?」

「大丈夫よ。サルファの言動に対して、ごく良識的な対応をしてほしいだけだから。それによって、この子の意志決定がどうやって成立していくか、すべての記録がディスクに落ちるようになってるから、そいつを毎日交換してくれればOKよ」

「はあ、そういうことなら、なんとかやってみますけど・・・・・・。でも、ブルマさん、またえらく大変そうなこと始めたんですね」
僕も植物のエネルギーレベルのトレース試験の時、計測データの海に溺れそうになったことがある。人工頭脳の意志決定学習過程のログなんて1日分でもギガ単位のデータ量になるハズだ。頭がクラクラしてきた。

「悟飯君は、ロボット三原則って知ってる?」
「え、あのスーザン・カルヴィン博士が作ったやつですか?
 えーと 第1条、人間に危害を加えないこと。
 第2条、人間の命令に従うこと。ただし第1条に反する場合はその限りではない。
 第3条、自分の存在を守ること。だだし第1、2条に反する場合はその限りではない。
 カルヴィン回路が入ってる電子頭脳は、みんなこれを守るんですよね」

「ピンポーン! さっすが! 専攻違うのによくそこまで覚えてたわね!」
「ちょうどこの前、科学史の授業でやったばっかりなんですよ。それにここの書庫にもカルヴィン博士の著作や伝記、いっぱいありますよね」

「そうそう、あたし、あの人の伝記読んで絶対科学者になろうって決めたのよねー。でもね、彼女の作った三原則は、ノイマン型の電子頭脳にしか通用しないのよ。で、あたしとしてはニューラル型の電子頭脳の三原則とその回路を作りたいわけ」

ニューラル型の電子頭脳は人間の神経回路を模したもので、意志決定の過程も判断経路も非常に複雑になり、三原則回路を作るのはほとんど不可能とされていた。たしかに研究室ではニューラル型電子頭脳によるロボットも作られていたが、その内容や安全性は作った科学者の良識にまかされている。だからドクターゲロの人工生命体のようなケースもあったわけだけど・・・・・・。それに、産業用ならノイマン型電子頭脳で充分ということで、コストのかかるニューラル型電子頭脳の研究は今ひとつ実用化に至っていないのが現状だった。

「でね、もうひとつ、君じゃなきゃ頼めない理由があるのよ」
「なんですか?」
「サルファのメインボードには私自身にもよくわからないユニットが使ってあるの。で、万が一それが原因で異常な行動に出た場合、メインの部分を温存して、かつこの子の動きをとめて欲しいのよ。こんなこと普通の人間じゃ危なくて頼めないわ」

「よくわからないユニット? だってブルマさんが作ったものじゃないんですか?」
「この子の持ってる回路の基本設計とその問題のユニットは昔死んだ友人のものなの。ずっと解析してたんだけど、そのユニットだけはどうしても動きがわからなくてね。もうこの際、実際に使ってみりゃわかるかと思って作ったのがこの子なわけ」

「・・・・・・なんか、ますます心配になってきたな・・・・・・」
「大丈夫、大丈夫、君なら大丈夫よ。ちょっと資料のコピー取ってくるから待ってて。基本的なこと説明するわね!」
ブルマさんは有り難くも勝手に請け合ってくれて部屋を出ていった。残された僕は、動きの止まった金属の固まりを見て、えらく不安になってしまった。

***===***===***

翌々日、ブルマさんと僕はサルファを連れて第3実験場の居住区に来ていた。ここにはカプセルコーポの資金援助を受けている研究者や、動物の世話をする人たちが住んでおり、長期滞在型のホテルのような快適な空間になっている。

昨日丸一日サルファと一緒に過ごして、僕はこのロボットをけっこう気に入り始めていた。実際に動物達の食事の世話をする彼を観察していたが、半数の個体はサルファが近づいても怯えなかった。必要があればその精巧な手で猫や犬を器用に抱き上げ、ブラッシングまでしてやる。動物好きという感情まであるように思えるその動作が、見ていてとても微笑ましい。
基本的な動植物の名前や生態、世話の仕方などはインプットされているようだけど、まだ知らない鳥や植物などを見かけると、その名前など色々聞いてくるのが、小さい頃の悟天のようで妙に可笑しい。その上僕をジャマしないように質問のタイミングを計っているようなところもあって、余計好感が持てる。まったくこういうとこは悟天やトランクスにも見習わせたいや・・・・・・。

居住区の自分用の部屋に入ろうとしたら隣のドアの内側に気配がする。ああ、この感じ・・・・・・。ブルマさんに目で了解をもらってから、僕はそのドアのインターフォンを押した。
「悟飯です! タオ博士、いらっしゃいますか?」
「開いてるから、いいよ、入って」インターフォンから男性の声がした。

ドアを開けると思った通り、シルバーグレーの大型犬がむちゃくちゃに尻尾を振って飛びついてきた。
「ブランカ! 久しぶり! おチビさんたちはどうだい?」
僕はその大きな体を抱きとめてから前足を下ろさせ、その首に腕を回して頬ずりする。80%オオカミの血を引く女の子。首のぐるりの純白が美しいとはいえ、ブランカという名前には少々ムリがあると思うのだけど。

「ブランカのヤツ、本当に悟飯がお気に入りなんだからなー。さっきからずっとドアの前でうろうろしてたんだぞ。子どもたちほっぽり出して、しょうがないお母さんだ」
長い黒髪を後ろで束ねた白衣の男性が腰に両手をあてて笑ってる。分子生物学、大脳生理学の権威、タオ博士。若干35歳にして西都大学の教授であり、僕はこの人にずいぶんお世話になっている。

「タオ、ひさしぶりね」
「ああ、ブルマさん、こちらこそ。おっ、それが電話で言ってた実験体ですね」
ブルマさんの後ろからひょこりとサルファが顔を出した。僕の手の中でブランカが緊張しているのがわかる。
「ブランカ、大丈夫だから、落ち着いて。サルファ、こっちにおいで。ゆっくりだよ」
サルファは近づいてきたが少し離れた位置でじっと止まり、ブランカの方から近づくのを待った。世話ロボットとしては正しいプログラミング。ブランカも下手な人間よりはロボットの方が安全なことがわかってる。少し匂いを嗅いで一応受け入れた様子だ。

「あら、あれがブランカの子供たち? かっわいいじゃない!」
ブルマさんがソファの下からのぞくまん丸い6つの瞳を見つけた。生後40日。やんちゃ盛りの子犬たちは、どうもアヤシイぞという顔でこちらの様子をうかがってる。僕はブランカを子供達のほうに押しやった。子犬たちがソファの下からわらわら出てきて母犬にまとわりつく。僕らはそれを遠巻きにそっと座りこんだ。

「父さん、絶対抱きたがるわー。もう少し大きくなったら都に連れてきてよ」とブルマさん。
「ブリーフ博士には渡しませんよ。ずーっとここに置いとくんだ。だいたいこの子たち、そうそう他人に慣れないですって」タオ博士が言い返す。なんだか子どものやりとりみたいだ。

「ねえ、博士、この子たち、なんて名前つけたんです?」
「生まれた順に、カベルネ、メルロ、グルナッシュ」
「へえ、葡萄の名前かぁ。意外としっくりきますね」
カベルネはひと目でわかった。足が太いし頭も大きい。焦げ茶色で固めの毛質。父親似なのだろう。残りの2匹のうちきもち細っこい方がグルナッシュだろう。茶というよりは金色の綿菓子のよう。メルロは母親によく似たシルバーグレーだ。

僕は彼らの注意をちょっと促すと、床に片手を置いてその上にハンカチをかぶせた。そのままその手を不規則に動かす。獲物を狩る動物の子どもにとっては本能的に逆らえない動き。三匹の瞳が僕の手に釘付けになる。で、案の定、まずはカベルネがいきなり飛びつき噛みついてきた。顎の力がかなり強い。もう片方の手も差し出すと、僕はすっかり3匹のおもちゃと化した。
「いい名前つけてもらったねー、カベルネ、メルロ、グルナッシュ♪」

「あああ・・・・・・私の子どもたちがぁっ!」悔しそうな声をあげたタオ博士に睨まれる。
「こればっかりは張り合っても仕方ないわよ、タオ」ブルマさんのしてやったりという反応も何か可笑しい。

「悟飯サン・・・・・・」いきなり後ろで声がした。サルファがそっと近づいてきていた。
「動物の個体ニ名前ヲ付ケルノハ、ドウシテデスカ? 名前ガ無クテモ、キチント面倒見ラレマス」
「え? それはね、うーん、なんて言ったらいいかな」

タオ博士があとをとった。
「個体識別ができないと困るからだよ。たとえば君がこの子達の面倒見てたとして、具合が悪い子がでたとしたら、報告するときにやりにくいだろう?」

「ナルホド。報告スル必要ガアルカラ名前ヲツケルワケデスネ。ダトスルト、らんだむナ名前ヲ付ケルヨリ、生マレタ順ノ番号ナドデ呼ンダホウガ、ワカリヤスイノデハナイデショウカ」

「サルファ、あのね、報告のためも確かにあるけど、それだけじゃないんだよ」
僕は考え考え言った。
「たとえば君と同じ型のロボット、たとえばR型として、それがたくさんいたとするだろ。で、カプセルコーポのR型ロボットって呼ぶのと、『サルファ』って呼ぶのは呼ぶ側の気持ちがぜんぜん違うんだよ。『サルファ』って呼んだほうが『君を好きだよ』って気持ちが入るだろ。名前を呼ぶと、その個体についてのいろんな感情が心にわき起こるんだ」

「おい、おまえね、そんな人間相手みたいな言い方してもロボットにはわかんないだろ?」
「いいのよ、タオ。こういう言い方してほしくて、悟飯君に頼んだんだから」
やっぱり僕には電子頭脳の相手はムリだったなと思った矢先に、いきなりブルマさんの擁護発言を受けて僕は驚いてしまった。サルファはサルファでしばし考え込んでいる風だ。

「番号ダト、感情ハ起コラナイノデスカ?」
「そんなことはないと思うよ。僕の知り合いにも番号っぽい名前の人がいるけど、その名前を呼ぶときは、やっぱり好きだなって思うもの。ただ番号だと重複する可能性が高いからね。たとえば君も1号って名前で、ここにいるカベルネも1号で、森で孵ったハヤブサの雛も1号なんてことになったら、なんか混乱してくるだろ」

「・・・・・・デハ、悟飯サンガ私ヲ呼ブトキハ、好キダト思ッテ、呼ンデイルノデスカ?」
「うん、そうだよ」

サルファの赤い目が、心なしかチカチカして、僕に向けられていた。


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