翠(みどり) 
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「あ、悟飯さんだ!」
デンデが空を見上げた。青い空の向こうからとてとてと金色の綿菓子が飛んでくる。
「ほら、デンデ、手を洗って、お迎えしてあげなさい」
デンデの隣で花の手入れをしていたマイマがデンデに言った。
「はい!」

ナメック星がフリーザに滅ぼされてから八ヶ月ほどが過ぎていた。ナメック人たちは地球のカプセルコーポを仮の住まいとし、ポルンガの二度目の復活を待つ日々だ。ブルマたちはいいからノンビリしていればと言うのだが、勤勉な彼らはカプセルコーポの園芸造園担当を自ら任じ、日々(彼らにとっては)珍しい植物の手入れに余念がない。

筋斗雲が居住区の中央の一回り大きなカプセルハウスのそばに舞い降りた。悟飯は頻繁にやってくる。長老達の博識ぶりを知ってか、チチも息子がここに来ることについては文句を言わなかった。
「悟飯さーん!」デンデが手を振りながら嬉しそうに駆け寄ってくる。
「デンデ!」二人の子どもはお互いの両手をたたき合わせて笑い合った。
悟飯が来ると二人はまず最初に最長老のところに行く。ナメック星での最長老は地球に来てすぐに亡くなり、今はムーリ長老が新しいリーダーとしてナメック人たちを統括している。この大きなカプセルハウスがその住まいになっていた。
「今日ね、クリリンさんも来てるんですよ」ドアの方に歩いていきながらデンデがそう言った。
「え、そうなの?」
「それとね、あと、もう一人‥‥」

最長老の部屋をノックすると、おはいり、という声がした。ぴょこんとドアから中を覗き込むと、「よう! おまえたち!」と張りのある声が響いた。
「クリリンさん‥‥! あ、最長老様、またおじゃまします」
悟飯は慌てて最長老の方に向きなおるとぺこりとお辞儀をした。最長老の斜め前には、悟飯の知らない歳をとったナメック人が座っている。きっと長老様の一人だろうと子どもは思った。
「すみません。だいじなお話中なんですね。じゃ、ボク、あっちでデンデと遊んでます」
「いや、話はもう終わった。ここにいてかまわんよ」最長老はにっこり微笑んだ。
「あ? クリリンさんとか、何か用じゃないんですか?」
「いや、今日はオレは、ただのお供でね‥‥」
クリリンが悟飯の知らないナメック人に向きなおると、子どもを示して言った。
「神様‥‥この子が悟飯ですよ。悟空の息子の‥‥」

悟飯はびっくりして、クリリンが声をかけたそのナメック人を見つめた。
神様って、神様!? 昔、ピッコロさんのおとうさんと同じ人だったっていう‥‥? なんかピッコロさんとはぜんぜん似てない感じだけど‥‥。でも‥‥なんか優しそう‥‥。
「おい、悟飯、そんな顔してないで、ちゃんと挨拶しろよ」クリリンが笑う。
「あ、あ‥‥、すみません。ボク、孫悟飯です。えーと、おとうさんがおせわになって‥‥」
神が悟飯に向きなおって微笑んだ。
「いやいや、孫悟空に世話になっているのは私のほうだ。そしておまえにもな、孫悟飯」
「え?」
「おまえとクリリンがナメック星に行ってくれなければ、私はここにこうしておらん」
「でも、あれは、ピッコロさんがボクのことかばって、死んじゃったから‥‥」
「そのピッコロのことでも、私はずっとおまえに礼を言いたかったのだ。
 ピッコロはおまえのおかげでずいぶん変わったようだな。ずっと感謝しておった」

地球で一番エライと思っている神様にいきなり覚えのない礼を言われて、子どもはすっかり面くらってしまった。困ったようにクリリンの顔を見る。クリリンがくすくす笑いながら助け船をだした。
「神様。悟飯のヤツ、ピッコロのことが大好きなんですよ。ただ、それだけで‥‥。
 だから自分が何やってるかなんてわかってないんですよ」
「え? クリリンさん、ボク、なんにもしてないですよ。あれ、なにか悪いことしたかな‥‥」
いきなり心配そうになった子どもを見て、だああっとクリリンが頭を掻いた。
「ちがうって。もういいから、気にすんな! おまえは今のまんまでいいんだよ!」
神も最長老も笑い出してしまい、ますます困った顔の悟飯とそれを見て自分も困った気分になったデンデが二人で顔を見合わせた。

***===***===***
「それでね、ボク、ピッコロさんに大きな岩にぶつけられて、途中までめりこんじゃって、
 岩がくずれちゃって、ボクは気を失っちゃったの。でね、気がついたらまだ岩の中に
 いたんだけど、ピッコロさんが外からそーっと岩を壊してるとこだったんです」
神に問われるままに、悟飯はピッコロのことを話していた。母親はピッコロのことなど聞いてくれないので、話せるのが嬉しくて、身振り手振りを交えながら子どもの口はとどまることを知らない。

「い、痛くなかったの‥‥?」
デンデがもう泣きそうな顔で聞いてくる。想像しただけで怖そうだ。
「うん、ちょっと。でもあのくらい普通だったから。で、ボクがごそごそ出ていったらね。
 ピッコロさんったら、ちょっとだけほっとしたような顔して、そのあとあわてたように‥‥」
「『もっと強く殴っとくべきだったな。それならうまく突き抜けただろうに』って言ったんだろ。
 まったくひでーよな!」
ぜんぜんひどくなさそうにクリリンが笑う。子どもはクリリンがマネたピッコロの声色に、似てる似てると手を叩いて喜ぶ。クリリンはこの話を、悟空、悟飯と三人で入院していた時に聞いたことがあった。他にもずいぶんな修行話が沢山あるのだが、悟飯にとっては全て楽しい思い出らしい。聞いている悟空も自分の息子がそんなメに遭ったというのに、えらく楽しそうに聞いていたのを思い出す。

「悟飯さんってすごいんだ‥‥」デンデはもはやあんぐりとしている。龍族として生まれた彼にはこんな過激なことが世の中にあるなど信じられない。
「だって、修行だもん」悟飯がちょっと得意そうに言う。「でも、外に出てから岩のかけら見て
 もうおかしくなっちゃった。だって、果物みたいに、上とか横とかからちょっとずつ
 切ってあったの。ボクにケガさせないようにちゃんと気をつけてくれたんだよね」

それって、ぶつけたときはどーだったんだよ、とクリリンは思わず突っ込みを入れたくなったが黙っていた。出てこない子どもに慌てて、岩をスライスしているピッコロの図など、想像するだけで笑える。この子どもがどれだけあの異星人を変えたのか。クリリンの脳裏には悟飯をかばって仁王立ちになり、サイヤ人の気功波を全身で受けとめたピッコロの姿が焼き付いている。

「最近もそんな修業をしておるのか?」と神が微笑みながら子どもに聞く。
「いえ。うっかりケガとかして帰ると、ピッコロさんと会ってることおかあさんにバレちゃうから。
 だから最近は軽い組み手ぐらい。あとは少しお話するだけです」
「母親はおまえがピッコロと会うことに反対なんだな」
子どもはちょっとうつむいた。
「おかあさん、ボクが修業するのキライだから‥‥。おとうさんが武術教えてくれるって
 言ったときもぜったいダメって言ったんです。それに、ピッコロさん、前のとき、いきなり
 ボクのこと連れていっちゃったから、それもとっても怒ってて‥‥。ときどきピッコロさんと
 会ったのがわかっちゃうと、怒られちゃうの‥‥」

子どもははっとしたように神の顔を見あげた。少しその顔を見つめ、おそるおそる聞く。
「おかあさんにだまってピッコロさんに会ってるの、やっぱりウソつきですよね?
 やっぱり神様も修業しないで勉強しなきゃダメって思いますか?」
神は片眉を上げて、楽しそうな笑いを浮かべた。
「確かにウソはいけないことだ。だが誰かを傷つけないためのウソなら、仕方のないこともある。
 おまえの母親も、いつかはわかってくれるだろう。それに私は勉強だけが全てとは
 思っておらんぞ。修行も勉強も一生懸命やればそれでよいのだ」
ひょんなことで神様のお墨付きをもらった子どもは、「よかったー!」と笑った。

神が身体ごと悟飯の方に向き直り、子どもを覗き込むようにして訊ねた。
「おまえはどうしてそこまでしてピッコロと一緒にいたいのだ?」
「ピッコロさんと一緒にいるの、好きだから‥‥。ちょっとおとうさんに似てるんです‥‥。
 ボクの話、ちゃんと聞いてくれて、いつもボクのこと見ててくれて、すごく安心できる感じで」
子どもははにかむように微笑むと視線を床に落とした。あとね‥‥と小さい声で付け足す。

「ピッコロさんが死んじゃうときね、オレとしゃべってくれたのはおまえだけだったって言ったの。
 それ聞いて、ボク、すごく悲しくて‥‥。ピッコロさん、すごくかわいそうだって思って‥‥。
 だから、ピッコロさんが生き返ったらいっぱいしゃべってあげようって決めてたんです」
悟飯はそう言うと、照れたように隣のデンデの顔を見た。大きなイスに座った小さな子どもたちは、顔を見合わせて足をぱたぱたと動かし、どちらからともなくクスクスと笑い合った。

神は胸が熱くなるのを感じていた。ピッコロは、この子によって、真実変わったのだ。神になるために私が追い出してしまった、あの男は‥‥。

あ‥‥と、悟飯が急にまじめな顔になって、神と最長老の顔を見あげた。
「神様‥‥あの‥‥神様は、最長老様といっしょにナメック星に行っちゃうんですか?」
「いや、私は地球の神だからな。地球を離れるわけにはいくまい」
「じゃあ‥‥あの‥‥ピッコロさんは‥‥、どうするつもりなんでしょう‥‥」
「なんだ、おまえ、ピッコロに直接聞いてみりゃいいじゃないか」クリリンが呆れたように言う。
「だって、もし、行っちゃうって言われたら‥‥。でも行かないって言われても‥‥」
子どもは床を見てぶつぶつとつぶやいている。最長老が優しい声で訊ねた。
「君は、ピッコロにどうしてほしいんだね?」
「‥‥‥‥遠くの星に行ったら会えなくなっちゃう‥‥。それはすごく悲しいけど‥‥。
 でも、ナメック星はピッコロさんのほんとうの仲間の人の星だから、一緒にいたほうが
 ピッコロさんはさびしくないのかなって思うと、行ってほしい気もするし‥‥」

「たぶん、ピッコロは我々とは来るまい。彼は非常に特殊な生まれ方をしてしまったのでな。
 普通のナメックの暮らしは彼にはできまいて。もちろん彼の責任ではないことだがな」
最長老がそっと言った。クリリンと二人の子どもが不思議そうな顔になる。
「特殊な生まれ方って、どういう意味なんすか?」クリリンが聞いた。

「ピッコロの親のように自分の遺伝子と寸分違わぬ者‥‥つまり自分の分身を生むのは、
 ナメックにおいては禁忌なのだ。やってはならぬことなのだよ」
「え!?」
悟飯とクリリンは驚きのあまり目を大きく見開いて、最長老を見つめた。

「神様には以前、お話したのだがな、我々は体内にタマゴが出来た時、その段階で遺伝子を
 変化させるのだ。そして特殊な事情がない限り、タマゴを宿す者と遺伝子を変化させる者は
 別の人間が行う‥‥。我々には男と女はないが、親は二人いることになるのだよ」
「え、じゃあ、マイマさんがデンデのおとうさんっていうのは、育ててくれたのが
 マイマさんってことじゃなくて‥‥‥‥」
悟飯が目をぱちぱちさせてデンデの顔を見た。デンデはニコニコ笑って答えた。
「ボクを生んでくださったのは前の最長老様だけど、イデンシっていうのを
 かえてくれたのはマイマ父様なの」

「もちろん時にはタマゴを作った者が遺伝子を変化させなければならない時もある。たとえば
 私は先の最長老様の最初の子どもで、だから私の親は先の最長老様ただ一人なのだよ」
最長老は少し天井を仰いだ。地球に来てから逝った前の最長老を思いだしているようだった。
クリリンが少し咳き込みながら聞いた。
「あ、あの、すごく失礼なこと聞きますけど、その遺伝子を変化させるって、
 むちゃくちゃやったら、ぜんぜん違う人間というか、その‥‥」
「まったく違うものを生むことも理論上は可能じゃな。もちろんそんなことをやる者はおらんが」
クリリンは大きく息をついた。昔ピッコロ大魔王は口から生んだタマゴから化け物を出して、天津飯を苦しめたことがある‥‥。それは、これだったってわけだ‥‥。

「分身として生まれた者は親の記憶を完全に受け継ぎ、そして異常に早く成長してしまう。
 だが、その精神にはどうしても不安定さが入ってしまうのだ。その上‥‥」
最長老は許しを請うような目でちらりと神を見た。神は微笑んで頷くと、先を促した。
「神様とピッコロ大魔王の前身‥‥カタッツの息子は龍族の人間だったのに、ピッコロ大魔王は
 戦闘タイプとして分裂してしまった。私の知る限り、ナメック人で分裂を経験した者はおらぬので
 これが何を意味しているのかはわからん。この事実が、我々の新たなる可能性を示唆しているの
 だとしても‥‥それは、心にかなりの負担を強いるもののように、私には思えるのだよ」

悟飯には最長老の言っていることが全部はわからなかった。だが、ピッコロが普通のナメック人とも違うのだと言われていることだけはわかった。丸く見開かれた子どもの瞳は潤んで、今にも涙が溢れそうだった。
「あ、あの、それじゃピッコロさんは‥‥地球でもひとりぼっちだったのに‥‥ナメックの人とも
 一緒にいられないんですか‥‥。そんなの‥‥。ピッコロさん‥‥かわいそう‥‥‥‥」

「そうではない。今やピッコロは一人ぼっちではないだろう? 彼にはまず君がいる。
 君の父上やクリリンさんやその仲間もいる。ここにおられる神様もな。
 もし彼が、我々と共に来たいというなら、我々は喜んで彼を迎えよう。ただ、たぶん彼は、
 この星で生きることを選ぶと思う。それでも彼が我々の同胞であることは間違いないのだ」

大きな黒曜石の瞳で、こくこくと頷く子どもに、最長老は言葉を重ねた。
「これだけは覚えておきなさい。ピッコロは地球にもナメック星にも受け入れられないのではない。
 地球もナメック星も、両方に、受け入れられるのだ」

***===***===***

「ブリーフ博士、気に入ってくれるといいよね、あのお庭」
「うん! でも悟飯さんってやっぱり力もち。おっきい岩もみんな運んじゃうんだもん」
悟飯が、えへへ‥‥と笑って鼻の頭をかいた。手についた土が小さな鼻を汚す。ナメックの子どもたちと大騒ぎでロックガーデンを作った二人は、すっかり泥だらけになっていた。
最長老のハウスに戻ってくると、ちょうど、神とクリリン、そして最長老が出てくる所だった。
「あ、神様も今、お帰りですか?」
「あまり神殿を空けるわけにもいかないのでな。それにしても二人とも、ずいぶん汚れたな」
神が微笑むと、二人の子どもの頭の上に手をかざす。ふわっとあったかい空気が悟飯とデンデを包み、汚れた顔も手も服も、すっかりキレイになっていた。
「うわー! ピッコロさんとおんなじだ!」と悟飯がはしゃぐ。
「ボクもこれ、早くできるようになりたいなー」と、デンデが言った。
「おまえも、もうすぐなんでもできるようになる」と最長老が答えた。

それでは、と神が最長老に挨拶する。
「またこちらから神殿に伺わせていただきます」と最長老が神の手をとった。
「感謝しますぞ。その折りは、また語り合いましょう」神が、その手を握り返す。
星を見守る二人の手が堅く握りあわされた。護る星は異なれど、それは同じ翠の手だった。
悟飯はそんな二人の長老を見ながら、さっき自分を包んだあったかい空気を思い出していた。ほんとにピッコロさんとおんなじ‥‥。神様とピッコロさんはホントにおんなじ人だったんだね‥‥。
じゃあ‥‥神様は‥‥さびしくないのかな?

「ねえ、クリリンさん。やっぱりボクじゃ、まだ神様のおうちには、行けないですよね?」
悟飯が隣のクリリンにそっと聞いた。
「え? おまえなら大丈夫だと思うけど? 神様、悟飯なら、神殿につれて行ってもいいですよね?」
神が微笑んで悟飯を見やった。だがその首がゆっくりと横に振られる。
「あー。やっぱりダメかぁ‥‥」
「そうではない。おまえには十分に神殿に来る資格がある。だが‥‥」

神がふっと空を仰いだ。
「おまえが私と会うようになれば、たぶんピッコロは悲しむだろう。
 あやつはとても私を憎んでおるからな‥‥‥‥」
神は子どもを見て、片眉をあげ、少し悪戯っぽい笑いを浮かべた。
「ピッコロには今日会ったことも黙っていてくれまいか? 神にも時にはウソが必要だ」

悟飯は少し寂しそうに、神の顔を見上げた。
「‥‥‥‥はい。わかりました‥‥。あの、神様もお元気で‥‥」
「孫悟飯、おまえに会えてよかった‥‥。ではな」
神は子どもの頭をそっと撫でた。そして最長老にもう一度頷くと、ふわりと空に浮かんだ。すっと脇に並んだクリリンと共に、その姿が空高く消えた。

父については、ピッコロがどれだけ「倒してやる」と言っても、それが本心ではないことが悟飯にはわかっていた。だが、神のことは本当にキライなのかもしれないと感じたことが何度かあった。だけど、神様の方は‥‥‥‥。
「悟飯さん、だいじょうぶ?」物思いに沈んだ悟飯の手をデンデがそっと握った。
「うん。だいじょうぶ。ボクもそろそろピッコロさんのとこ行くよ。また来るから!」
「はい! 待ってますね!」
「最長老様! おじゃましました! 筋斗雲よーい!」

子どもは飛んできた筋斗雲に飛び乗って、皆に手を振るとピッコロの気を探り始めた。
あのとんがった大きな耳に「神様はピッコロさんのことキライじゃないよ」と言いたいなと思った。

今はだめでも‥‥きっと、いつか‥‥。



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