その道に光あふれ風満ちて
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細胞の一つ一つから全ての力をかき集めるように、その翠の双手からエネルギーが送出されていく。二つの波動がぶつかってできた面が、完全に拮抗して動かない。

決め手が‥‥無い。
セルにはまだ余力がある‥‥。だが‥‥。


悟空‥‥。
こんな時‥‥貴様ならどうした‥‥?


オレ達は埋められるのだろうか。
孫悟空がこの世に遺していったこの空洞を‥‥。

あの男の気が消えた時、あれほどまでの喪失感を覚えるとは‥‥。
セルの消滅を信じた上で、それでもあいつの死を受け入れたくなかった。
生まれた瞬間から、ずっと意識してきた、あの気‥‥。


―――不動と見えしも常に流転す


視界の中の少年もまた、必死の面持ちで押し寄せる圧力に立ち向かう。あどけないその顔が苦しげに歪んで‥‥。その横顔を見るにつけ、自分もまたひたすらに、この子どもを戦わせたくなかったのだと認めざるを得ない。そんな甘い考えが自分の中にあることから、ずっと目を背けてきたのに。

自分は"ピッコロ"なのだから。

ピッコロ大魔王の生まれ変わりであるのだから、優しさなどあってはならないと思っていた。そんなものがあったら、それはもう自分ではないのだと‥‥。

(この温かさは、おまえの中にあるものだ)
神と融合するとき、確かに聞こえてきた、あの言葉‥‥。


―――流れゆくもの全て我が内に有り 故に我が子の内に有り


ただ漠とした"人間"とか、世界のためとか、地球とか‥‥。
そんなものを"護る"と言葉にして口にするのは、どこか上滑りして嘘くさいと思っていた。

だが、自分がこの子どもを護りたいと願うのと同じように、誰かが誰かを護りたいと思う。もしも失ったら‥‥という、同じ怯えと痛さを胸に秘めて‥‥。
この少年が笑顔で走ってくる姿を再び見ることができるなら、それはどれだけの喜びを自分にもたらすのだろう。いや。この目で見られなくて、かまわない。その父親譲りの曇りのない瞳で、ただまっすぐに生きていってくれれば‥‥。

この思いは、きっと自分一人のものではないのだ。

人がそういった熱さと痛さと、そして歓喜の集まりであるのなら、
"人間"も"世界"も、それはもうあやふやな集合名称などではなくて‥‥。


ならば、オレは、それを護りたいと思う。


―――其れ個にして同胞(はらから)なり 同胞にして個なり


自分以外のものを背負ったら、強くなるのか、弱くなるのか‥‥

どうやっても、貴様に追いつけなかった。
だが、そんなことは、もういい。

教えろ‥‥悟空。いったいどうしたら乗り切れる。
地球は、仲間は、そしてあの子どもは‥‥。

もはや、お前がいないというのに‥‥

お前が、いない‥‥?


―――光にして玄なり 玄にして光なり


そうか‥‥

お前は‥‥自分の去った後を、ちゃんと埋めていったんだな

その類い希なる輝きを継ぐ者を、お前は遺していったんだな‥‥


―――(いにしえ)(とき)より汝とともに在り
―――悠久の刻まで汝とともに在る


オレもまた、信じよう‥‥。
お前と、お前の息子を‥‥。


―――善く観よ知らしめよ 以て久遠に安らかなれ‥‥‥‥


‥‥悟飯‥‥


***===***===***

子どもの右腕がかすかに震え始めた。その小さな躰に容赦なく疲労が襲いかかっていた。ピッコロやクリリン達が交互にかけてくるその声で、かろうじて子どもは意識を保っていた。

<悟飯!>
子どもの胸にその声が響いた。
「お‥‥、おとう‥‥さん‥‥」しかし、答える少年の声はぎりぎりだ。
「やっぱり‥‥ダメだよ‥‥。押し切られ‥‥ちゃう‥‥」

<しゃべんなくていい。頭ん中で言葉にすんだけで、父さんには聞こえっから。悟飯、おめえ、まだ、セルが憎いか? アイツを殺してえか?>
<もちろんだよ! アイツさえいなければ、おとうさんだって‥‥!>
<おめえの気持ちはわかる。でもな、難しいかもしんねぇけど、アイツを憎むな。たぶん、おめえのホントの力はな、相手を憎んだら発揮できねぇ力なんだ>
<そ、そんなの‥‥。だって‥‥アイツはっ>

<なあ、悟飯。こう考えてみろ。もし父さんが普通のサイヤ人のままだったら、きっと地球をめちゃくちゃにしてたぞ。頭打ったか打たないか、そんだけのことで‥‥>
<や、やだ! そんなこと言わないでよ!>
<たとえばの話さ。セルだってちょっとのことで、ぜんぜん違うヤツだったかもしんねぇだろ。だから、憎むな。おめえがセルを憎んだら、セルもおめえを憎む。終わりがねぇ>

<で、でも、セルは倒さなきゃいけないんでしょ? 憎んでないのに、どうやって‥‥>
<大風が吹いたら木とか倒れたりすんだろ。あれと同じだ。セルは倒されるもので、おめえが倒すものだ。たまたまそうなったって考えろ>
<倒すものと、倒されるもの‥‥?>
<そうだ‥‥。セルはおめえにやられる運命だった。そんだけのことだ>
<運命‥‥>

<精神と時の部屋で、午後中、ずーっと組んでたことがあったろ。あん時のこと思い出せるか? おめえ、夢、見てるみてぇに静かだった。なのに躰ん中にとんでもねえパワーがあった。地球そのもの‥‥いや、宇宙そのものの力が、全部おめえの中に流れてきたみてえな‥‥。あれが、おめえの力だ。あれがおめえのホントの力なんだ‥‥>

あの時‥‥。そうだ‥‥あの時‥‥。自分が溶けて無くなっちゃうみたいな感じだった‥‥。
気づいたら、おとうさんと組んでた。おとうさんの気と、ボクの気、区別、つかなかった‥‥。
いろんなことがいっしょくたに果てしなく広がってて‥‥。どんどん溢れてくるみたいで‥‥。
あれ‥‥おとうさんの気じゃなかったんだ‥‥。ボクのだったんだ‥‥‥‥。

「お‥‥おいっ!?」
「ど‥‥どうしたんだ、悟飯っ!?」
「押されちまうぞっ!」
少年の発する力がすっと弱まり、三人が驚きの声を上げた。だが、ピッコロは別のことに驚愕していた。子どもの中で、何かが起こっている。今までまったく感じたことのない種類の内勁。


山より出ずるもの、海より出ずるもの、森より出ずるもの‥‥。
もうその目を閉じてしまった子どもの小さな身体の中に、それがただ静かに存在する。

水より出ずるもの、大気より出ずるもの、大地より出ずるもの‥‥。
今、自分の右に在るものは、子どもではなく、人間ですらないように思えた。
だが同時にそれは旧知の感覚でもあった。ピッコロの心を懐かしさが埋めた。

(悟空‥‥。これか‥‥!)

「少しだけ持たせろ!」
ピッコロはそう叫び、自らもその最後の力を、両掌に込めた。

***===***===***

「どうした、孫悟飯!? とうとう力が尽きたようだな! 最後に勝つのは私だ! 究極の生命体である、この私なのだ!」

勝利に酔った人工生命体の叫び声が響きわたった。

そうだ。戦うためだけに生まれてきたのだ、戦うためだけに。
この手もこの足もこの躰も、呼吸をするのと同じように戦うことが必要だ。自分の強さを常に確かめていたい。この宇宙で最も強い存在であることを‥‥!

この苦しいまでの愉悦はどうだ。もうダメだと思ったところからの大逆転。最高の勝利だ! もう少しであのガキは消滅する。追わせてやるさ、その父親の後を。その愚かな仲間と一緒に。あの世とやらでせいぜい悔しがるがいい。

セルの手から送り出される激流が獰猛な牙をむいた。中心となっていた少年の意識が散じ、明らかに弱まったもうひとつの光を呑み下しながら走り始めた。



<悟飯‥‥なんも心配すんな。父さんが見ててやる。自分の周りをよく感じて見ろ>

無限に‥‥外から染み込んでくる。ふわふわと穏やかな流れが、てんでばらばらに躰のあちこちに生じる。優しく撫でられているような、少しくすぐったいような‥‥。

<ムリして集めようとしなくていい。そこにあるってわかればそれで‥‥>

あそこにもそれがあるのがわかる。こっちにも‥‥。温かい? 爽やか? なんて言ったらいいんだろう。でも心地良い何かが確かにある。遠くにあるものにさわれるような不思議な感じ。頭の芯が痺れて、どこまでが自分の手なのか足なのか心もとない。躰が希薄になって、境界がわかりにくくなる。

<それはおめえだけの力じゃねえ。だけど、おめえが使っていい力だ‥‥>

風が木を倒すように‥‥

水が山を削るように‥‥


すでにうつむいていた子どもの右手がゆるゆると下がり始めた。最初にそれを視界に捉えたクリリンはこれで最期だと覚悟を決めた。
が、下がった腕と入れ替わるように、グローヴをはめた二つの手が新しい力を生んだ。白い掌から弾けた金の光が、押し寄せる濁流の勢いを少し弱めた。
「ベジータ‥‥!?」クリリンは自分と少年の間に立った男の姿に思わず声を上げた。


ごく自然に‥‥茫漠としたそれが自分の体の中に凝縮してきた。圧縮されて暴れ回ることもなく、まるで魔法のように流れ込んでくる。

躰の感覚が戻ってきた。今、総てが自分の腕の中にあった。

子どもがゆっくりと顔を上げた。



ヤムチャは面白半分に見に行った津波のことを思い出した。静寂の中でみるみると水の壁ができていくあの様‥‥。魅入られたように、その波頭が砕ける寸前まで飛び上がることを忘れていた‥‥。
(うそ‥‥だろ‥‥?)

まるで雪崩だ‥‥と天津飯は思った。すべてを呑み込み押し倒す。その圧倒的なエネルギーの全てを内包して、白い色が、滑るように動き出す‥‥。そっと、静かに‥‥。そして‥‥。
(悟飯、おまえ‥‥!)

クリリンは大地震の前触れのような波動を感じていた。躰の中の血液だけを沸き立たせるような、あの異様な感覚‥‥。それが自分の右側から、響いてくる。押し寄せてくる‥‥。
(悟空‥‥おまえの言ってたのは‥‥)

(カカロット‥‥‥‥!)
今はもう悔しさも敗北感も何もなく‥‥。ただその力への感銘だけがあった。


ぽかりと子どもの瞼が開き、けぶるようなエメラルドがぼんやりと前を見る。

<いけ! 悟飯‥‥!>

その瞳が、くんっと光を取り戻した‥‥‥‥‥‥‥‥!



思わず重心が流れ、前につんのめりそうになった。あれほどまでに圧倒的な力で自分たちを呑み込もうとしていた圧力がいきなり取り払われていた。男たちの十メートルほど前に透明な壁ができあがり濁流を遮っている。子どもの上半身をまとう気がその胸の前で収斂して前方に伸び、セルのエネルギー波を静かに留めていた。

「はなれて‥‥」少年がつぶやくように言った。
はっと我に返ったピッコロが大声で怒鳴った。「この場を離れろ! 早く!」

最後の力で離脱した五人の目にふわりと浮かび上がる小さな躰が映った。内包するエネルギーが高まるにつれて波長は短くなり、光が白から青紫を帯びるまで変位する。少年が仰向くように力を込めれば、髪は白く逆巻き、その躰を包む万波は可視光を越え、色を失った。
少年はそのまま滑るようにセルの放つ波動の中を遡った。少年の躰を包む大きな紡錘形の障壁が、セルに近づくにつれてその濁浪を押し込み、むしろセルを包み込むかのように変形していく。

「バ、バカな‥‥! そんな、バカな‥‥!!」

絶叫するセルをとてつもない律動が襲った。内から外から、彼の躰を構成する総ての組織が分子レベルで揺さぶられ、それらはもはや配置の規律を保持できなかった。

戦うためだけにこの世に生まれた一体のキメラは、ただの一瞬に気化した。

様々な者から模倣したその細胞(セル)のひとかけらも遺さずに‥‥。


***===***===***

「だ、大丈夫か‥‥?」
どさりと仰向けに地に落ち、目を閉じて動かなくなった少年を四人の大人が囲んだ。子どもの胸に手を置いたピッコロの顔をクリリンが見上げる。
「力を使い果たしただけだ。すぐ気がつくだろう」
ピッコロの手の下で、子どもの鼓動は幾分早く、だが規則正しかった。

「しかし、信じらんねーパワーだったな」ヤムチャはいまだ興奮醒めやらぬといった調子だ。
「ああ。‥‥悟空のやつ、全部わかってたんだな」天津飯も感慨深げに言った。
「とにかく、神殿に帰ろうぜ。オレ、18号連れて行くから、先に行っててや」
クリリンが18号を寝かせた岩陰に飛ぶ。ピッコロが少年の躰を抱き上げた。

じゃ、俺はトランクスを‥‥とヤムチャが振り返ると、ベジータと目が合った。男は無言で両手で抱えていた青年をヤムチャに突き出した。ヤムチャがあわててその躰を抱きとる。
「あ、おまえ、ケガしてんだったよな。デンデに触ってもらえばすぐ‥‥」
「オレは、行かん」
「何、言ってんだよ。一緒にトランクス、生き返らせようぜ?」
「‥‥オレには‥‥それを見届ける権利は無い‥‥」
「おい、ベジ‥‥」
男はぷいと背中を向けるとたっと飛び上がった。

「あんにゃろ、いったいなんなんだよ」ヤムチャが呆れたように言う。
「いいじゃないか。あいつも色々考えてんだろう」
「へっ 天津飯、何あいつの肩持ってんだよ。あんなに嫌ってたのによ」
「いや‥‥悪いだけのヤツじゃないってことが、少しわかっただけだ」

「わるい、待たせた!」クリリンが跳ねるように飛んでくる。
「いくぞ」ピッコロがふわりと宙に浮いた。ヤムチャと天津飯が並んでその後につく。

長い午後だった。
傾き、赤みを帯びてきた太陽が、空を翔る彼らを染める。

蒼い星の代弁者となった少年は、いま、翠の腕の中で深い眠りについていた‥‥。


      (了)
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