その道に光あふれ風満ちて
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男はせめて上半身を起こそうと必死だった。両腕が役に立たない上に、躰全体にまったく力が入らなかった。だが‥‥。このままあのガキがやられてしまったら‥‥オレは‥‥。

「ご‥‥悟飯‥‥」男に初めて名前で呼ばれて、少年が思わず振り返る。
「すまなかったな‥‥」
子どもの口元に小さくこわばった笑みが浮かんだ。男の胸に別の痛みが生じる。
「だが‥‥諦めるな‥‥。諦めないでくれ、悟飯‥‥」
「ムリ‥‥です。ベジータさん‥‥。セルはさっきよりずっと強い。ボクじゃ‥‥ムリだ‥‥」
「‥‥カカロットが‥‥貴様を、信じたんだぞ‥‥。ムリなことが‥‥あるか‥‥」
激痛に顔をしかめながらも、必死に顔を上げて自分を見つめてくるベジータに、少年は息を呑む。いつも怖いだけの人と思っていたのに‥‥‥‥。でも‥‥もう‥‥‥‥。


そのとき、子どもの心に、ひとつの響きが、波紋のように打ち寄せた。

<悟飯、聞こえっか?>

「お‥‥おとうさん‥‥? ど、どこ? どこにいるの?」
子どもは空を仰ぎ見て、必死に声の主を探し求めた。思わずよろめくように踏み出す。

<あの世だ。今、界王様といっしょなんだ>
「おとうさん‥‥やっぱり‥‥死んじゃったの?」
<ああ。だけど、まさかセルのヤツ、生き返っちまうとは思わなかった。すまねえな、悟飯>
「ちがうよ! 悪いのボクなんだ! おとうさん、死なせて! 地球もっ‥‥」
<落ち着けって。おめえはなんも悪くねえんだ。それより、悟飯、あきらめんじゃねえぞ。セルを倒すんだ。おめえならできる。絶対だ! そして生きるんだ。おめえは生きてくれ!>

「ムリだよ!! ‥‥ムリだよ‥‥おとうさん‥‥。ボクじゃ‥‥ムリなんだ‥‥。おとうさんじゃなきゃ、ダメなんだ! ボクじゃ、ダメなんだよ!」
<おい‥‥悟飯‥‥>
「ボク、おとうさんの期待、裏切った! ボクの方がセルより強かったのに‥‥! 倒せたハズなのに! ‥‥ちゃんと‥‥できなかったっ‥‥おとうさんまで、死なせてっ‥‥」

<悟飯‥‥。誰でも、最初から、持ってる力、ぜんぶ出せたら苦労はしねぇぞ? おめえは精一杯やった。オラは誇りに思ってる。それにな、もしも、おめえにまずいトコがあったとしたって、失敗しねえ人間なんて、世の中、いねえだろ?>
「だって‥‥! おとうさんが‥‥!」
<母さんが生きてる。ピッコロもクリリン達も‥‥。地球だってまだゼンゼン大丈夫じゃねえか。完璧にやろうとすんな。無くなったモンじゃなく、まだ在るモノのこと、考えろ>
「で‥‥でも‥‥ボクじゃ‥‥‥もう‥‥」

<悟飯‥‥。オラはな、今までいろんな強えヤツを見てきた。でも、おめえのは特別だ。おめえみたいな力を持ってるヤツは他にいねえ。セルもオラも含めてだ。精神と時の部屋で、父さんがどれだけヤセガマンしてたか、おめえ知らねえだろ?>
父の声には笑みすら混じっている。まるで、釣りに行くぞ、とでも言ってるような穏やかな声音だ。悟飯は目を閉じる。父がすぐ側で話しかけてくるような、心地よいその感じに身を任せた。

<悟飯。おめえ、まだ父さんのこと信じててくれっか?>
「なに言ってるの? いつだって、ボク、おとうさんを信じてるよ」
<そっか。よかった‥‥‥。じゃあ、父さんが信じてるおめえを、自分自身を、信じろ>

セルゲームが始まった時の、父の眼差しを思い出した。あの強い瞳が、果てしもなく自分を信じていた。そして戦場に立った時、すべては、父の言った通りだったではないか‥‥?

子どもは大きく息を吸った。くっきりと、答えた。
「はい」

伏し目がちに目を開き、ゆっくりと前を見る。セルの気がどんどん高まっているのがわかる。驚いたことに自分の躰が震えていた。もう数歩前に出て、足場を確認するように地を踏みしめる。右拳をぐっと握って震えを止めた。胸元にせり上がってくるものは、強い敵と対峙したときの恐怖。小さい頃から何度も味わってきたこの感覚が、何か懐かしく思えて、少年は泣き笑いのような表情を浮かべた。

全身の息を吐ききる。自然に外気が染み込んでくる。それが経絡に沿って躰中を巡るようにイメージした。左腕の痛みが意識されて、思わずそれだけ遮断する。少年の躰がふわふわと金の揺らぎに包まれ始めた。

***===***===***

目の前で子どもがいきなりしゃべり出した時は驚いたが、その気が高まりだしたのを見て少しだけほっとした。自分の見境のない行動のせいで、セルに唯一拮抗する戦力を失ってしまったということに、正直言ってだいぶ参っていた。

「大丈夫か、ベジータ」
声の主に振り返った。ヤムチャだった。
「なにしに‥‥きやがった‥‥」
「ご挨拶だな。助けに来たんだろ」
ヤムチャはいつも通りのふざけたような表情で、ベジータの躰を助け起こす。
「よ‥‥余計なことを‥‥!」
「じっとしてろって。おまえがここにいたんじゃ、みんな思いっきりできねーだろ」

気づくと少年の側に3人が降りてきていた。
「バカか‥‥。おまえたちが何人こようが‥‥」
「ムダだってんだろ。わかってるさ。でもな、どうせ悟飯がやられたら、最期なんだ。だから、やるだけのことはやりてーんだよ。ほら、いくぞ」

ヤムチャは有無を言わさずに、男を連れてそのまま離れた崖の上まで飛んだ。
「しばらく、こいつのこと、見ててやってくれよな」
そこにはどす黒い空洞を胸に、物言わぬ青年が横たわっていた。

「きっとトランクスは生き返れるさ。神殿にゃドラゴンボールがそろってるんだ」
「フン‥‥。その前に、セルのヤツを‥‥倒せればな」
「だな。とにかくトランクスのこと頼んだぜ」
「‥‥勝手にしろ‥‥」

背中を向けて飛ぼうとしたヤムチャが、突然振り返った。
「ベジータ。おまえ、さっき、本当に怒っただろ。トランクス、殺されて‥‥」
「‥‥‥‥」
「俺は、嬉しかったぜ」
勝手なことをぬかすな、と怒鳴ろうとした時には、もうその背中は飛び降りたあとだった。

***===***===***

急に人の気配を感じた。見なくても、わかった。
「悟飯‥‥」
「俺たちでどこまで助けになるかわからんがな‥‥」
「ま、いないよりはマシでしょ」

左側。もう役に立たない左腕をかばうように立ったのはピッコロだ。
右側。何度こうして戦っただろう。弾むようなクリリンのこの気が心地よい。
そしてクリリンの隣に天津飯。命の火を燃やすようなその闘い方にいつも驚かされた。

体内の対流がみるみるうちに早くなる。周りの三人から発する気で空気が熱く感じられた。いつも好みの右手から左手に巡る輪が作れない。仕方がないので足下からわき上がるようにその流れを導く。

「遅くなった!」
とんっとピッコロの左隣にヤムチャが陣取る。その声にはもう恐れのかけらもない。

流れの密度がどんどん高まり、水銀のような重みを持ち始めた。かぎりない滑らかさと、吸い込まれるような重量感が共存する。もはや、内に収めておくのが苦しいほどになっていた。

遠くからセルの怒鳴り声が聞こえてきた。
「ザコが何人集まっても同じだ!!」

自然に皆の呼吸が同じリズムになった。中央の小さな子どもに合わせるように‥‥。彼らのような達人にしてめったに到達できない異様なほどのコンセントレーション。言葉を発せずとも思いが通じ合うようなその高揚感。四人の大人達は不謹慎だと内心苦笑しながら、その感覚を味わい尽くす。
今や五人は、お互いのその勁の有り様を、まるで自分の身体の一部のように感じることができた。

子どもの右手が何かを押し出すようにゆっくりと上がった。
その小さな掌を、演舞のように、八枚の厚く大きな掌が囲んだ。

「地球ごと吹き飛ばしてやるぞ、孫悟飯!!」
叫びと共に、セルの両手から青白い光の砲が放たれた。
九つの掌から出ずる五本の光が、絡み合うように走り、それをはっしと受け止めた。

***===***===***

(ごめんな、トランクス‥‥)
ヤムチャの脳裏に、銀と朱の軌跡が焼き付いて離れない。
結局何もしてやれなかった。自分じゃ絶対に役には立つまいと思っていたこのセルゲームにやってきたのも、トランクスのことが気になって仕方がなかったからだった。

一撃でフリーザ達を倒す様を目の当たりにして、なのにどこかほっておけない印象があるのが不思議な少年だった。二度目に会った時、それが好きな女と恋敵の赤ん坊の成長した姿と知った。
未来は変わらないとわかっていながら、全て自分に責任があるかのように奔走する様が苦しかった。他に頼れる者がいないことに慣れきったその行動が‥‥。

(あいつらの子どもが、お前みたいにいいヤツだってなら‥‥認めねーワケにいかねーよな‥‥)

人造人間を圧倒する力を手に入れたのに、とっくに未来に帰って良かったハズなのに、結局セルゲームにまで参加すると言い張った。ヤムチャにはトランクスの気持ちがわかるような気がしていた。

あいつは、何か父親の思い出が欲しかったんだ‥‥。
一生心にしまっておける、思い出が‥‥。

だからこの時代にこだわった‥‥。自分では気づいていないのだろうけれど‥‥‥

そして命とひきかえに‥‥それを、手に入れた‥‥。

(なんとしてもお前を生き返らせて、未来に帰してやりてーな‥‥)

ベジータの怒り狂った様を話してやったら、あいつはどんな顔をするだろう‥‥。

今はその笑顔のために、賭けるのも、祈るのも、悪くはないと、ヤムチャは思った。

***===***===***

右の手だけに意識が集まっている。掌のずっと遠くにある熱と圧力を直接に感じることができる気がした。心臓はもはやとめどなく連打していて一回の拍動を区別するのも難しそうだった。息をすることを忘れるほどに、自分の命も心も全てを放出するように、そのエネルギーを押し返す。

だが、どんなに頑張っても、相手のエネルギー波をそこに留めているだけで精一杯だった。少しでも力が抜けて、押し込まれてしまったら‥‥もう支えきれない。

このまま‥‥、疲れちゃったら、どうなるんだろう‥‥。

慌ててその考えを頭から振り払った。

なんとかしなきゃ、なんとか‥‥。
おかあさんがいるんだ。おじいちゃんも‥‥。ピッコロさんも、クリリンさんも、みんな‥‥。

家で修行を始めてから‥‥おじいちゃんがボクにそっと言った。
「おめえの名前は、あの悟飯サンからもらったもんだべ。ワシの尊敬する悟飯サンの名前だ。そしておめえは何よりあの悟空さの息子だべ。きっと強くなる。がんばるだ‥‥」
あの時のおじいちゃん、なんか嬉しそうだったな‥‥。

おかあさん。
3年たったら、人造人間を倒したら、今度こそ勉強するって約束した‥‥。
でも、あの3年間、おかあさん、ひとことも勉強しろって言わなかったよね。
その上、精神と時の部屋に入る時も、ボクを強くしてってお父さんに言ったって‥‥。

おかあさん。おかあさん。ごめんなさい。
おとうさんが‥‥死んじゃった‥‥。ボクのせいで‥‥。
ボク‥‥かわりに‥‥ならなきゃ‥‥。

流れ込む汗とあまりのまぶしさに目を細めても、青白い光が頭の芯まで染み込んできそうだ。
そのスクリーンに、なんの脈絡も無く、色んな映像が浮かんでは消えた。

小さい頃父親とよく遊びに行った風景三人で行ったピクニックさらわれて閉じこめられた宇宙船の暗さ厳しくてでも楽しかったピッコロとの修行サイヤ人達との戦い自分をかばって死んだ師ナメック星のフリーザや手下たち爆発したクリリン金色に変化した父‥‥

亀裂の入っていく人造人間の大きな体‥‥怪物たちに傷つけられてゆく仲間達‥‥
胸をつらぬかれ朱をまき散らして倒れた青年‥‥

‥‥こなごなに吹き飛んでいく山吹色の道着‥‥‥‥

おとう‥‥さんっ‥‥!
ボクは、こいつをっ‥‥!

***===***===***

ベジータは自分の右腕と格闘していた。座り込んで両膝で前腕を固定し、躰を後ろに倒して肩を伸ばす。そんな体勢で外れた関節を戻すなどむちゃな話だったが、男はなんとかやり遂げた。まだ痺れた感じのする右腕で、今度は左肩をはめ込む。終わったときには全身、冷や汗にまみれていた。

隣に横たわる青年の顔を見た。頬から顎にかけて血のりを拭いたあとがあった。肺が破壊された時に喀血したのだろう。だが同時に心臓もぶち抜かれていたから、ほとんど即死だったはずだと、少し救われた気になる。

血の気の引いた青白い肌に刷毛で引いたように乾いた血が残っている。男はグローブを取り、青年の頬に触れてみた。汗まみれの掌に乾いた血がなじんで落ちた。思わず無心にその赤い汚れをきれいになるまで拭い、血の移った手を自分の腿のあたりにこすりつけた。風が巻き上げて顔にかかったその銀髪を、几帳面にも掻き上げて整える。

色合いがいくぶん淡いだけで、あの女にそっくりの柔らかい素直な髪だった。
なのになぜ、その額もその頬も、こんなにも冷たいのだろう。

ヤムチャはああ言ったが、本当に生き返れるのだろうか。
未来という別の時代から来た人間にも、あの龍の力は及ぶのか。
男の常に明晰な理性は、それはムリなのではないかとつぶやく。
だが‥‥‥‥。
男は初めて‥‥、生まれて初めて、神に祈りたい気持ちになっていた。

そして‥‥
もしも、セルが倒せて、もしも、この息子が生き返ることができたとしても、
自分は、この死顔と冷たさを、一生忘れることはないだろうと、
男は思った。



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