その道に光あふれ風満ちて
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セルの加える圧力に抗して巡る気をわずかでも緩めれば、肋骨は一気にバラバラと砕けていくだろう。だから胸郭に意識を集中せざるを得なかった。だがそのことが苦痛を余計に大きく感じさせるのも事実だった。衣擦れの音に混じって聞こえる骨のきしむ音に、うなじの産毛が逆立つ。

逃げないと‥‥。力を、出して‥‥。力を‥‥‥‥。殺す‥‥力‥‥‥‥。
殺して‥‥しまう‥‥‥‥‥‥きっと‥‥‥‥。

なんとかしなければと思うのだが、考えがまとまりそうになるたびに手の先から何かをぐしゃりと潰した時のような気味の悪い感覚が広がり、全身が泡だって猛烈な吐き気が襲ってくる。そのうえ頭の芯が絞られるように痛くなってきて、結局、思考は苦痛と悪心をいったりきたりするだけだった。

「このまま死にたくはなかろう? いいかげん、本気を出してみたらどうだ?」
嘲りを込めた声までが、セルに強く押しつけられた躰を細かく振動させて、内蔵をかき回される気がする。激痛と激しい嘔吐感をこらえて、少年の全身は汗で濡れそぼっていた。

***===***===***
悟空はピッコロの顔を見つめ、微動だにしなかった。
その黒曜石の瞳は、友のはるか後ろの、自分自身の心を見ている。

セルを倒せるのは息子だけだ。だから息子にまかせるのだと思っていた。
相手の強さをこの手で確かめ、息子の勝利を確信した上で、託したつもりだった。
だが‥‥自分の本当の目的が、セルを倒すことよりも悟飯の真の力を見ることだったとは‥‥。
セルに仙豆を渡して、息子を追いつめさせてまで‥‥‥‥!

フリーザと闘った時、あえて相手がフルパワーになるのを待った。得意の絶頂にいるフリーザを倒したい気持ちがあったのも事実だが、大きな戦闘力をこの目で見たいという気持ちもまた確かにあった。どうしても「強さ」に惹かれてしまう。自分以上の強さを見たい。そしてそれを目指したい‥‥。
だが、息子を命の危険に晒して‥‥‥‥。自分は‥‥そこまでして‥‥‥‥。

悟飯の悲鳴が、悟空の胸を抉るように、響く。
喉元にぐっと黒い恐怖の固まりがせり上がり、口元がわなないた。
が、彼はぐっとそれを噛みしめると、言った。

「クリリン、仙豆だ! オラが闘う!」

***===***===***
少年を締め上げていた力が消えた。小さな躰が怪物にすがるようにずるりと滑り落ち、そのまま足下にうずくまった。セルがそれをこづくように蹴飛ばすと、無抵抗に二回、ころがって止まった。うつぶせて目を閉じたまま、ただその背中が荒い息づかいに上下している。

「呆れたヤツだ。どうやら自分の痛みでは、力が発揮できんようだな。では、おまえの仲間たちに相談してみるとするか」
セルの言葉に少年の息が止まった。脱力していた掌が地面を捉え、蒼白な顔を上げた時には、セルはもう崖の上めがけて飛び上がっていた。浴びるように全身を濡らした汗が、一気に冷えた。

セルは一瞬でクリリンの前に飛び上がると、彼が今まさに悟空に手渡そうとしていた仙豆の布袋を奪い、再び少年の脇に降り立った。あまりに一瞬の、それも予想外の出来事に、悟空を含め、誰も一歩も動けなかった。

セルはにやりと笑うと、なんとか起きあがった少年に、その布袋を得意げにつまみ上げてみせた。
「な‥‥なにをする‥‥つもり‥‥?」
「これがなければ、ケガを治すことはできまい? たっぷり苦しんでもらうさ、おまえの仲間にな」
「な、なんで‥‥そんなことっ‥‥。あんたの相手は、いま、ボクが‥‥」
「おまえが妙にガマンして力を隠すから仲間が痛い目に遭うんだ。そこでよく見ておくんだな」

「や‥‥やめて‥‥! やめてよっ」
悟飯はがむしゃらに布袋に飛びつこうとした。が、小さな両手がセルの腕に届く前に、背中に強烈な肘打ち受け、みぞおちを思い切り蹴り上げられて、どさりと地面に落ちた。
「怒るなら思いっきり怒ってみろ!!」怒声を倒れ臥した子どもに浴びせる。

セルはいつまでも力を見せない少年に少しイラついていた。これと比べれば、あんたを殺せるんだとのたまった最初の状態のほうがまだかわいげがある。持っている力を出す。そんな簡単なことのために、なぜこんなに手順を踏む必要があるのだろう。力は、生きる意味だ。存在する理由の全てだ。だからこそ最も強い自分が究極の生命なのだ。その力を表に出すことを躊躇うなど信じられない。
たしかに子どもは恐怖の表情を浮かべている。だが、見たいのはそんな顔ではなかった。持てる力の全てを出し切って、それでも勝てないと、絶望し、怯え、震え上がった顔が見たいのだ。このガキはまだ力を秘めている。だからそれを引き出すまで、痛めつけてやる。その躰も心も‥‥。

セルは崖の上を見やった。7人‥‥。いいだろう‥‥。あの中にはこのガキの父親もいる。
孫悟空‥‥愚かだったな。仙豆を食っていれば、お前だけは勝てたかもしれんのに‥‥。
セルが両腕を軽く開き、ぐっと気を込めたときだった。

空から人影が降ってきた。それはセルより二周りもある躰で背中からセルをかかえて持ち上げた。
「16号!」クリリンの驚きの声が響き渡った。悟飯も驚いてその乱入者を見あげる。
セルゲームが始まる前にクリリンのところに礼にきた人造人間だった。そばにいるだけでなんだか嬉しくなってしまうほどの大きな躰。何よりその笑顔が優しそうで、「孫悟空を殺すのがオレの目的だ」と父親の差し出した手を無視したときでさえ、憎めない人だと思ってしまった。

16号が、思わずにじり寄ろうとした悟飯に言った。
「悟飯といったな。早く逃げろ。オレはセルと共に自爆する」
「なんだとっ」セルが怒鳴った。
「これだけ密着していれば持つまい! スイッチを入れた。あと5秒だ。早く逃げろ!」
必死の形相に気圧されるように、悟飯は少しだけ後じさったが、あとは動けない。この人もドクターゲロの作った人造人間と聞いている。それが‥‥セルを倒すために、自爆‥‥? 逃げろ‥‥だって?

しかし、覚悟した衝撃は襲ってこなかった。
「なぜだ‥‥なぜ、爆発しない?」16号が呆然とつぶやいた。

「16号‥‥自爆はできない‥‥。修理の時、爆弾は、取り除かれたんだ‥‥!」
妙に静かになった空間をクリリンの苦しげな声がたゆった。死を覚悟して臨んだ行為が、自らあずかり知らぬ理由により徒労に終わる。ましてや、同じ創造主に作られた生命を道連れに、地球を守ろうとしたその行為が‥‥。崖の上から見ていた漢達の胸に、まったく同じ痛みが走っていた。

16号の力が抜けた。地に足をつけたセルが、後頭部を人造人間の厚い胸にそっともたせかけるようにしてその顔を見上げると、優しい調子で嘲りの言葉を囁いた。
「‥‥残念だったなあ、16号‥‥‥‥」

大きな人造人間が、ひどく穏やかな表情で、セルを見返した。
セルの躰がゆっくりと半身になると、ぶわっと開いた掌を16号の腹部にあてた。
16号はまだセルの目を覗き込んでいる。

セルの手がぶんっとぶれたように発勁した。人造人間が十メートルも高く飛ばされる。次の瞬間、セルの掌から気功波が放たれた。大きな躰はバラバラになり、広く遠く、吹き散った。悟飯は声も出せず、16号の吹き飛ぶスローモーションを見ていた。

腹部から入った亀裂が一瞬で広がった。ボディはさらに小さく裂かれ熱と光の中で溶けるように消えた。腕や足が寸断されていく。手首はそれが見慣れたものであるが故に、単独で浮遊している様が怖い。胸元から喉を経由して顎の下に食い込むように亀裂が走った。優しげな青い瞳が表情を無くし、ガラス玉のように光を反射する。ちぎれた頭部がボールのように遠くに飛んでいった。

「とんだジャマが入った。さあ、孫悟飯、続きだぞ。よく見ていろよ」
その声で我に返った。セルがぐっと力を込めると、背中の羽の付け根の突起がぱくりと広がって、何か小さな生き物が、弾けるように飛び出してきた。セルは彼らを見やって目を細めた。
「セルジュニアたち、岩の上の七人だ。痛めつけてやれ。ただし、あっさり殺すなよ」
セルの形をした7つの小さな怪物が、歓喜の声を上げて、我先に、崖の上の獲物を目指した。

***===***===***

「クリリン、逃げろっ! ヤムチャッ! 天津飯ッ!」
セルが生んだ怪物を見た途端、悟空が悲鳴のような叫び声を上げた。来させるべきではなかった! 自分と悟飯だけで片がつくと安易に考えすぎていた。三人とも地球人としては桁外れでも、自分達とは肉体そのものの強靱さが違うのだ。

が、間に合わない。小さな怪物が七体、あっという間にそれぞれに襲いかかる。悟空も慌てて気を巡らせたが、セルとの闘いで疲れ果て、痛みの残っている躰では思うように闘えない。玩具のような姿でありながら、パワーはセル並みだった。
防戦一方になりながら、悟空の胸は後悔で焼けるようだった。すべて自分の失策だ。ギリギリまで闘うこともせず、そのうえ戦場だというのにダメージを回復しておくことすらしなかった。悟飯の力を見たいという無意識の願いに振り回された自分の行為が、悔やんでも悔やみきれない。

闘いになれば、あっさりとあの力は発揮されると思っていた。幼くはベジータと闘った時も、ナメック星でフリーザやその一味と闘った時も、悟飯はいつも期待以上の力を戦場で出してきた。まさか、持っている力が大きすぎて発揮できない状況になるなど、想像していなかった‥‥。実際は、大きなパワーを持っていれば、むしろ相手を殺さずに済むともいえる。だがそれは、自分の力を使いこなせる自信が言わせることで、今の悟飯に理解しろというのはムリだった。

そして、セルがここまでして悟飯の力を引き出そうとするとは‥‥‥‥。

だが‥‥。

オラのやったことも、結局、セルと同じなのかもしんねえ‥‥。

その苦さが、躰の痛みでうち消されたらいいのにと思った。

***===***===***

―――(おめえは子どもだ。子どもらしくしてりゃええんだ)

―――(ボクだって役に立てるよ‥‥。ボクだって闘えるんだ‥‥)

―――(これからの時代、修行なんかいらねえぞ。そうだ、がんばって勉強しろ。いい子だな)

―――(ちがうよ‥‥。ボク、修行もしたかったんだ。おとうさんといっしょに‥‥
    ボクは、おとうさんの子どもだよ。‥‥おとうさんの子どもに、なりたかった‥‥‥)

―――(闘ったり殺し合ったりするこたねえ。おめえは、いい子なんだから)

―――(闘ったら、いい子じゃないの? 闘ったら‥‥ボクを、キライに、なる‥‥?)



躰が動かない。顔を背けることも、声を上げることも、目を閉じることもできない。意識しなければ、きっと呼吸すら止まるだろう。頭が激しく痛む。拍動とともに痛みが全身を走り回る。いっそ心臓に止まってほしい。‥‥永久に動くな‥‥。それでこの悪夢が覚めるなら‥‥‥‥二度と‥‥。

(おまえが妙にガマンして力を隠すから仲間が痛い目に遭うんだ‥‥)

ガマンなんか‥‥しないよ‥‥。隠してなんか‥‥。
闘わなきゃ‥‥。力を出さないと‥‥。お願い‥‥。ボクの力‥‥。

おとうさんが言った、おまえは強くなったって。だからホントのはずだ‥‥。

お願いだ‥‥、動いて‥‥ボクの手‥‥。どうして‥‥動けないの‥‥?

崖の上から突き落とされて、散々蹴りつけられたクリリンはもう動かない。倒れたヤムチャの右手は奇異な形に折れ曲がっている。怪物が、意識を失った天津飯の躰をなお嬉しそうに岩壁にぶち当てている。超化して闘うベジータとトランクスでさえ一対一で互角の状態だ。

ピッコロさん‥‥おされている。このまま闘い続けたら、きっと、もたない‥‥。おとうさんが何の抵抗もできずに、あんなに殴られて‥‥。むしろ気を失って‥‥‥‥。痛みも殴られていることも、わからないように‥‥‥‥。

おとうさん‥‥ごめんなさい‥‥ごめんなさい‥‥ボクは‥‥。
おとうさん‥‥ピッコロさん‥‥。

死んで‥‥しまう‥‥。

みんな‥‥‥‥死んで‥‥‥‥。

「やめ‥‥て‥‥。やめさせて‥‥よ‥‥‥‥」

カチカチと震える歯の間から、やっとのことでか細い声が漏れた。息はまるで熱風のようだ。口の中がカラカラに乾いている。なのにひどく寒い。全身がおこりのように震えている。知らず涙があふれた。頭痛は極限まできている。痛みが不気味な生き物になって頭を食い破って飛び出してきそうだ。

セルはちらりと少年を見た。泣いているのに金色の輝きを増している。思惑通り、少年の気が高まっている。まったく手間のかかるガキだ。だが、もう少し‥‥。もう少し追いつめれば、きっとぶち切れるぞ‥‥。まずは、二、三人、殺してみるかな?

その時だった。少年とセルの間に、いきなりぽーんと何かが放り込まれた。

「じ‥‥16号‥‥?」
少年が驚きのあまり目を見開く。それはさっき破壊されつくした人造人間の頭部だった。

16号の青い瞳が、優しい光を宿らせて、エメラルドの瞳をじっと見つめた。
「孫悟飯‥‥正しいこと‥‥のために‥‥闘うことは‥‥罪ではない」
発声がスムースに出来ない状態でありながら、とてもおだやかに落ち着いた声だった。それはまるで、少年の心を包み、癒すように、響いた。

「おまえの‥‥気持ちはわかる‥‥が、もう‥‥ガマンする‥‥ことはない・・・・・・。セルを‥‥倒したいという‥‥その気持ちは‥‥正しいのだ‥‥。自由に‥‥開放して‥‥やるがいい」
その声の響きに、おだやかな笑顔に、優しい瞳の輝きに‥‥体中の痛みが溶けていくような気がした。少年は細い糸にすがるような気持ちで、その顔を見つめ、その声を聞いていた。

「俺の好きだった‥‥自然や‥‥動物たちを‥‥守って‥‥やってくれ・・・・・・。孫悟‥‥」

いきなり、ロボットの顔がセルの足に踏みしだかれた。がしゃんと部品が四散し、異様に大きな眼球が二つ飛び出した。「よけいなお世話だ。できそこないめ」

悟飯が、優しい人造人間の頭を踏みつぶした足から、なぞるように目線をあげ‥‥冷笑を浮かべた顔を見上げた。セルが少年を見おろして、まるで出来の悪い生徒を諭すような調子で言った。
「さあ、坊主、続きだ。仲間のことをよく見るんだ。まず、誰から殺してほしい? 特別におまえに選ばせてやるぞ‥‥」

声が小さくなっていった。セルの口はまだ動いている。なのに、何も、聞こえない。
何も、聞きたく‥‥ない‥‥。

見たくない‥‥‥‥。‥‥もう‥‥‥‥耐えられない‥‥‥‥
抑え‥‥‥られない‥‥‥‥

静寂の中で、微かな雫が一つ、吸い込まれるように落ちた。体中を限界まで満たした息苦しさと苦痛が、それで、あふれた。もはや、いくら流れ出しても、とどまるところを知らなかった。

‥‥おまえが‥‥憎い‥‥‥‥

おまえが‥‥望んだことだ‥‥。おまえの、せいだ‥‥‥‥。
おまえが、憎い‥‥!!

セルを見つめる緑の瞳が異様な輝きを帯び始める。躰中のあちこちで無理に堰き止められていた、息が、血が、気が、すべての流れが、一挙に巡り始めた。
少年の口がゆっくりと開いた。ゆらりと立ちあがると同時にその喉から発せられた波動に、その場の全ての動きが凍りついた。

放出された気の流れが空気と激しく摩擦し、分子から電子を引きはがす。電位差が電磁場を生み、少年の周りではじけた。髪はもはや白に近いほどの輝きで、コロナのように燃え上がる。それは人の姿をした融合炉さながらだった。

少年が薄い緑の瞳でセルの瞳を見据えながら近寄り、その顔をじっと見上げた。と、いきなり消える。少年を見失ってから、セルは仙豆の布袋が奪われていることに気付いて、愕然とした。

一番手近にいたクリリンの側にまず飛んだ。意識のない躰をこづき回していたセルジュニアが驚いて飛びかかってきた。左の拳を無造作に振り下ろす。一瞬で怪物の首はあとかたもなく吹き飛んだ。

頭蓋骨がくしゃりとつぶれる感触が全身に伝わってきた。まるで砂糖菓子が砕けた時のようだった。


あれほど激しかった頭痛が、すっかり消えていた。



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