その道に光あふれ風満ちて
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「なにがなんでも、貴様の力、見せてもらうぞ‥‥」
セルが息子に言った気障ったらしいその調子に、悟空は思わず茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる。
(あとで後悔したって、知んねえぞ)

精神と時の部屋での最後の日々、自分のはったりもここまでかと何度思ったか知れない。まったく普通に超サイヤ人になった状態でさえ、悟飯の力はすでに悟空を越えていたのだ。それでもこっちは手加減しているんだぞと息子に思わせ続けることができたのは、圧倒的な戦闘センスの差ゆえだった。だがもし悟飯が秘めたる力を発現させていたら、そんなものはチリのように吹き飛んだだろう。

だが、悟飯はあの部屋を出る最後まで、その真の力を見せることはなかった。悟空が必死に強がりを押し通したのも、それを少しでも見ておけないかと考えたからなのだが‥‥。

ま、修行ん中で、そんな力、発揮できるハズもねえけどな‥‥。

戦闘と、修行は、違う。
敵と、仲間は‥‥‥‥。それは、あまりに、違うのだ。

たとえば今、ベジータと、昔、闘ったように闘えと言われても、絶対にムリだ。
ベジータに言ったら烈火の如く怒るだろうが、どんなに言われてもできないものはできない。
天下一武道会の決勝戦として闘ったピッコロとだって、あのときと同じにはきっと闘えない。

いちど仲間になってしまったら、どうしたって本気でなど闘えるわけがない。
だから悟飯が父親相手にその真の力を出せなくても、それは何の不思議もないことだった。

精神と時の部屋を出てみたら、セルがまんまと完全体になっており、そのうえ理不尽なぐらいのパワーアップを遂げていた。これは自分では敵わないと一目見て思った。だが、セルが悟飯の敵でないということも一目でわかった。それでもセルの強さを実際の戦場で確認したくて最初に闘った。息子にセルの動きを見せておきたいという思いもあった。そして改めて確信した。百パーセント、悟飯は勝てる。悟空がセルから受けたダメージをそのままに晒しているのも、息子に対する信頼をセルに見せつけたかったからかもしれなかった。

あれは圧倒的な力だ‥‥。

山より出ずるもの、海より出ずるもの、森より出ずるもの‥‥。
目を閉じればいつも感じるこの流れ。微細なものから巨大なものまで、圧倒的な"存在"のエネルギー。それは幼い時から常に悟空のそばにあり、奔放な光の子を、包み、育み、見守ってきた。
悟空にとってそれは母の懐のようなものであり、だから彼は容易にその力を借り受けて、自らの内にそれを取り込むことができた。

だが悟飯は、自分の存在をそれと同一にしてしまう。取り込むとか利用するのではない。茫漠とした自然のエネルギーと一体となってしまう。
あんな内勁を感じたことがない。とてつもない強大さでありながら、ただ静かなのだ。それがいざ剛に転じた時、計り知れない破壊力を持つことは、もやは自明の理だった。

悟飯の動きはまだどこか硬い。それが故に圧されているように見える。だが、今までも悟飯は、追いつめられて初めてその力を発揮してきた。だからきっと今度も‥‥。

(悟飯、持ってる力を全部出してみろ。おめえのパワーがあれば、セルなんかメじゃねえ)
悟空は不敵な笑みで、闘う息子を見つめていた。

***===***===***

化け物じみた姿の中で妙に人間的な手指が4本、貫手となって少年の喉に吸い込まれる。とっさに躰を捻ったが全部は避けきれなかった。気管を潰されたかのように息が止まり、思わず右手が喉元に上がった。空いた右脇腹に真横からきれいにセルの蹴りが入り、小さな躰は地面に打ち倒された。
少年は息をとめたまま両腕で地面を押し返すと、間髪入れず蹴りこんでくる長い脚をかわして、内側から相手のもう一方の膝を思い切り蹴り払った。バランスを崩したその長身に右肩から突っ込み、全体重をのせた肘を叩き込んで敵を地面に打ちつける。反動で跳ね飛び、やっとの思いで息をついた。

が、跳ね起きたセルは少年に呼吸を整えるヒマさえ与えない。突進するその表情には笑みが浮かんでいる。少年の小さな体躯と大きなパワーのアンバランスが予想外に面白い。コイツをうまいこと怒らせて、力を発揮させたら、もっと楽しめることになるのは間違いなさそうだ。孫悟空よりよほど生真面目に見えながら、あんたを殺したくないなどと、たわけたことを言うガキ。自分の全ての力を出しても、それでも私に勝てないと知ったら、どんな恐怖の表情を浮かべるのだろう。

一方、少年の動きには余裕がなかった。集中しなくちゃと思えば思うほど意識が散漫になり、焦りだけが増していく。どんなに頼んでもセルはきっとこのゲームをやめてくれない。誰かがこの怪物を倒さなければみんな殺される。そしてこいつを倒せる力があるのはボクだけで‥‥‥‥。


このままじゃ、おとうさんをがっかりさせちゃう。

修業のことではいつもおかあさんに遠慮してたけど、おとうさん、ほんとはボクに強くなってほしいって思ってたんだ。ベジータさんとの闘いの後で入院した時、おかあさんが帰ってから、おとうさんとクリリンさんと三人でずっと修行の話をしてた。楽しくって、笑い転げて、看護婦さんに怒られたりして‥‥。おとうさんはピッコロさんとの修行の話を、すごく嬉しそうに聞いてくれて。寝る前にはいつも、よくがんばったなって褒めてくれた。

精神と時の部屋で、おとうさん、あんなに喜んでくれたのに。
強くなったなって、あんなに喜んでくれて、ボクはすごく嬉しくて‥‥。
なのに、どうして‥‥? どうしてあの時みたいに、動けないの‥‥?


セルの掌に気が集中する。指先から放たれた細い波動が、後ろに跳んで距離を稼ごうとする少年を追った。ここまで収斂したエネルギーは、よほどうまく面を作らないかぎり弾けない。少年はひたすら逃げまわる。驚異的な反射神経とスピードではあった。

足先を焦がしたビームから飛び退いた先に、高速で移動してきたセルが先回りしていた。あっと思う間もなく、少年の躰がセルの太い腕の中に抱きすくめられた。背中から回ったセルの両手が右上腕と左前腕を固定する。反って頭突きをしようとしたが、肩胛骨から腰のあたりまで押さえ込まれてそれも叶わない。こうなると小さい躰は圧倒的に不利だった。

セルが無造作にその双腕を締め上げた。昆虫の外骨格を思わせるその硬い胸部と前腕に挟まれた少年の躰に、異常な圧力が加えられた。思わず一声、苦悶の叫びが上がった。が、それをぐっとこらえる。声を出せば呼吸が乱れて力が入らない。苦しさのあまり浅くなりがちな呼吸を無理矢理に長めに整え、必死で苦痛から意識を引きはがして、体内の気に焦点を合わせた。

なんとか二呼吸。そしてもう一度深く息を吸い込んだその瞬間、セルの腕の力がいきなり強められた。広がった肋骨に激しい衝撃が走り、少年の口から飛び出た悲鳴は、もはや止められなかった。

***===***===***

悟飯がセルに捕まるだいぶ前から、ピッコロの右手は、知らず自分の左胸に、掴むように爪を立てていた。苦しかった。悟空の心臓病が伝染ったのではないかと、頭の隅でバカなことを考えていた。

確かに悟飯の力は悟空を上回っている。精神と時の部屋で、悟飯は知らないうちに父親を越えたのだろう。悟空が、自分はセルに勝てないと言いながら、余裕を見せていたのはこのセイだったのだ。悟飯の力がセルを凌駕しているのだという悟空の言葉も、また真実として受け入れざるを得ない。こと「強さ」に関して悟空は異常なカンを持っている。そして何よりピッコロ自身の感覚が、悟飯の中に眠る何か大きなうねりのようなものを捉えていた。

そして、悟飯が、ただ、その力を引き出せないでいるだけだということも‥‥。

強い者が勝ち、弱い者は負ける。そこには、大人か子どもか、父親か息子かなど、なんの意味も持たない。この甘さの固まりのような悟空が、情に流されることなく、息子を戦場に引っ張り出したことは、喜ぶべきことのはずだった。

オレもまた、悟飯に強くなってほしいと望んでいたのではなかったか?
なのに‥‥なぜ、こんなにも、苦しい‥‥? 

悟空の兄と名乗ったサイヤ人と闘った後、あの子どもを無理矢理さらった。半年ほっておいてから、もういないかもしれんと思いながら戻った。弱いまま死んで獣に喰われたか、力がついて逃げだしたか、どちらにしろ、いない可能性のほうが高かった。まあ、別にそれならそれでよかった。

「寂しかったよ、おじさん!」
自分の姿を認めるなり走り寄ってきて、いきなり飛び上がって首に抱きつかれた。思わず固まって、振り払うことも忘れていた。すりよってくる柔らかい子どもの頬の感触がひどく奇妙な感じだった。子どもは硬直した顔を見て、怒られると思ったのか慌てて飛び降り、てててと走っていくと、どこからか木の枝を6本持ってきた。

「ほら、キズをつけて数えてたの。1本に30コずつ。もうすぐ6本終わるから、そろそろ来てくれると思って待ってたの」
「‥‥‥‥オレが戻ってこなかったらどうする気だったんだ?」
「え、だって、おじさん、6ヶ月たったら修行を教えてくれるって言ったよね?」
無邪気な笑顔だった。思わず力が抜けた。このバカ素直さはたしかにあいつの子どもだ(この年齢で日数を数えるなど、頭はあいつよりいいかもしれん)。この程度強くなっていれば、この荒野から抜け出せたのではないかとも思ったが、最初の脅しを真に受けて、大人しく待っていたらしかった。

不思議な子どもだった。叱りとばされてしょげることはあっても、この異形をまったく恐れない。どれだけ厳しく叩きのめしても、逃げ出すどころか気味が悪いくらいなついてきた。甘える人間が他にいないからこうなのかとも思ったが、ナメック星から帰ってからもよく訊ねてきた。あとで母親にはこっぴどく怒られていたようだが、懲りずに何度もやってきて、ほんの少しの会話をするためだけに修行をするそばで虫や花を見ながら時間をつぶしていた。だいたいこの気の弱い子どもが母親の大反対を押し切ってナメック星に行ったのも、自分を生き返らせたいその一心だったと、あとでその父親から聞いた。

悟飯を庇って死んだ時、泣き喚く子どもの顔を見ながら、ひどく満ち足りた気持ちだったことを覚えている。お前と過ごした数ヶ月悪くなかったと、普段だったら口が裂けても言わぬであろう言葉を、死ぬ前に伝えられてよかったと心から思った。

ユンザビットに置き去りにされた小さな異星の子ども。人里にたどりついてから、その異形のために、肉体的にも精神的にも有形無形の傷を受けて過ごしてきた。どんなマイナスの要素もその心に存在しなかったその子どもは、人間達に気に入られようと必死で努力するしか術を知らなかった。一生懸命に学び、善行を重ね、それが最後には神を目指すまでの道につながる。

時が経つにつれ、正面切って悪意をぶつけてくる者は少なくなった。だが、なまじ感応力に優れているが故に、相手の心にある不信感や優越感、妬みや嫉妬、そういった感情に不幸なほど敏感だった。そして周囲の理不尽な圧力は、とうとうこのナメック星人の心を引き裂いてしまった。

神は慈愛と加護をもって人との交わりを求め、そして大魔王は憎悪と支配をもって人との交わりを求めた。そんな神の自嘲の記憶が、今また一人に戻ったピッコロの内にある。

大魔王の残した卵から生まれたピッコロが、周囲との交わりを一切拒否し、孤高を守ろうとし続けたのは、無意識下に眠る遙か昔の葛藤を繰り返したくないと思っていたせいかもしれなかった。そして孫悟空はそんなピッコロにとってまたとない存在理由だったのだ。孫悟空を倒す。この永遠に進歩し続け、強くなり続けるだろう男を、この手で倒す。それまでは世界征服どころではない。

そう、そのためには、世界征服の準備の一手すら、打たないで、許された。

孫悟空こそがピッコロと外界をつなぐ唯一の扉だった。そしてその扉をこじ開けて、無邪気に無防備に飛び込んできたのが、その息子であるこの小さな少年だったのだ。

少年の悲鳴にかぶるように、ピッコロの心にあのささやき声がよみがえった。
(ボクはあんたを殺したくない)

オレは‥‥いったい、どうしたいんだ‥‥? 悟飯を強くしようと鍛えてきた。ならば、今、たとえ死の危険に晒されても、隠された本当の力が発揮されるのを、待つべきなのか‥‥? いつものように、甘ったれるなと、あいつを叱りとばして‥‥?

(オレは‥‥‥‥)

あいつが大きな力を秘めているのは事実だ‥‥。だがそれは、殺されそうになってなお発揮できない力なのか‥‥。そんな力は‥‥そもそも力と言えるのか‥‥‥‥? 相手を殺すよりは、自分の死を受け入れてしまうような、そんなモノは‥‥!?

(オレは‥‥‥‥‥‥!)

オレは‥‥ただ‥‥悟飯が、ありのまま在ってくれれば‥‥それで‥‥‥‥。

ピッコロが無言でターバンとマントをむしり取った。
「おいっ ピッコロ!?」悟空が気配を感じて振り向いた。
「おめえじゃ、ムリだ! 落ち着け! らしくねえぞ、ピッコロ!」
「らしくないのはどっちだ!」心の中を言い当てられて、カッとして言い返し、悟空を睨み付けた。

「オラは精神と時の部屋で悟飯のホントのパワーに気づいたんだ! おめえだってあそこにいれば、わかったはずだ。今のセルを倒せるのは、悟飯のあの力しかねえってことが!」
「このままやったら悟飯は殺されるぞ! もうガマンできん!」

「今出ていったら、悟飯は目覚めねえ。つれえのはわかるが、待ってくれ! あいつがあの力を開放できれば、絶対にセルを倒せるんだ!」
「あそこまで痛めつけられて発揮できない力なぞ、期待する方が間違ってる! セルに仙豆まで渡して、子どもの命を賭ける気か! なぜ悟飯を闘わせることにそこまでこだわるんだ!?」

悟空が息を呑んだ。他の連中も息をつめてそのやりとり見つめる。皆、もはや少年の悲鳴をただ聞いている事に耐えられなくなっていた。ピッコロが目を見開いて黙りこくった悟空に言葉をぶつけた。

「悟飯にセルは倒せん! 相手を殺すかもしれんと怯えている人間にいったい何が出来る? あいつはおまえのように本能的に力を使いこなせるタイプじゃないんだ!!」
怒鳴りながらもピッコロは、らしくもなく甘いことを言っていると思った。だから余計、怒鳴らなければ気が済まなかった。

***===***===***

(なぜ悟飯を闘わせることにそこまでこだわるんだ!?)
悟空の胸に、ピッコロの怒声が突き刺さった。

違う‥‥こだわってなんか‥‥。ただセルより強えのが悟飯だけだったから‥‥。

(セルに仙豆まで渡して、子どもの命を賭ける気か!)

あんな中途半端な状態のセルじゃ悟飯を追いつめらんねえ。
そうしたらアイツはきっと真の力を出さねえ。それじゃ闘う意味がねえんだ‥‥‥‥!

闘う意味‥‥? セルゲームの意味‥‥。それは、セルを倒すこと‥‥。

闘う意味‥‥。悟飯の闘う意味‥‥。悟飯に闘わせる意味‥‥。それは‥‥。


悟飯の‥‥あのとんでもない力が爆発するところを、見たかった‥‥‥‥。


セルを倒すことよりも、息子の真の力を見たいと渇望していた‥‥。

悟空は、心の奥底に隠れていた自分の本音に、驚愕していた。



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