その道に光あふれ風満ちて
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ピッコロはおのれの耳を疑った。
たぶん自分がこの世の中で最も信頼しているだろう男の発した言葉が、理解できなかった。
(おめえの出番だぞ、悟飯!!) 男の声が頭の芯に痛いほど何度も反響した。

セルに敗北を認めたその男が、次に闘う者を指名するために飛び上がってくる。仲間はただ、驚愕のあまり言葉を失ってそれを見つめるだけだ。男は、彼自身の血を分けた息子であり、またピッコロの愛弟子である少年の肩に手を置き、ゆっくりと言った。
「やれるな、悟飯!」

「闘えるワケがないだろうが! ムチャを言うな、悟空っ!」
ピッコロは普段の冷静さに似合わぬ激しい口調で、悟空に食ってかかっていた。
少年は、ただ驚きの表情で父親の顔を見上げている。
「貴様でさえ敵わなかったセルなんだぞ! 悟飯を殺す気か!!」
「ピッコロ。悟飯はオラたちには信じらんねえような、すげえ力を持ってるんだ。ぜってえにセルに勝てる。オラ、それを確かめたくて、一番手をとったんだ」

「う、うそだろ、悟空。そりゃ悟飯の素質はオレもわかってるつもりだけど、この歳でおまえを越えるなんて、セルに勝てるなんて、そんなことは‥‥!」
クリリンの声もうわずっていた。セルがベジータとトランクスを圧倒するところをその場で見て、感じた。そして二人を上回る力を持つ悟空もまた、セルにパワー負けしていた。その怪物に、たった十歳の自分の息子をぶつけようなどと、いくら悟空の言うことでも信じられなかった。

だが悟空は親友の言葉に応え、一筋の迷いもない自信に満ちた笑みを浮かべた。
「じゃ、本人に聞いてみてやろうか?」

「悟飯、さっきの父さんとセルの闘い、ついていけないと思ったか?」
「お‥‥思わなかった‥‥。だって、ふたりとも思いっきり闘ってなかったんでしょ‥‥?」
「セルはどうかしらんが父さんは思いっきりやってたさ。それでも、おめえには手を抜いてるように感じられたんだろ?」
「‥‥‥‥‥‥」

肯定を意味する少年の沈黙が、その場にいる戦士達に浸透していく。闘いの天才と究極の怪物が繰り広げる雲の上のレベルの戦闘と見ていたそれが、この少年にとってはウォーミングアップも同然だったとは‥‥!
ピッコロは愛弟子の顔に別の意味の驚きが浮かぶのを認めた。父親が力を出し切っていたという事実に、明らかに戸惑っている。では‥‥悟空の言ったことは、事実だというのか‥‥?

悟空が息子の肩にそっと手を置いた。
「悟飯、おめえはもうとっくに父さんを越えてたんだ」
「え‥‥?」
悟飯は驚いて父の顔を見あげた。悟空は笑みをたたえ、まっすぐに息子を見つめた。
「セルを倒してくれ。おめえにしかできねえ」
決して揺らぐことのないその瞳。その輝き。いつもいつも、この父を信じてきた。どんな絶体絶命の時でも、その信頼が裏切られることはなかった。ならば‥‥今度も‥‥。

「わ、わかりました。やってみます‥‥」
悟飯はマントを取り去ると、大きく深呼吸をし、もう一度だけ父親の顔を見た。父が、強く頷き返す。少年の小さな身体は、あとはなんの躊躇いも見せず、そのまま戦場に舞い降りた。

セルを見上げる。少し、緊張している。手が汗ばんでいた。だが、不思議と恐怖はない。実際におまえの番だと言われた時は驚いたが、心のどこかでこうなることを予感していたような気もする。

自宅での3年の修行の間、悟飯が思っていたのは「おとうさんは本当に優しいなぁ」ということだった。組み手の時もどこかで自分を庇ってくれる。容赦のない師匠とはまったく違っていた。かつてピッコロに「悟空は甘くて人を教えることに向いていない」と言われたことがあったが、ホントにそうかもしれない、と妙に納得したりもしていた。

それが「精神と時の部屋」では事情が変わった。最初から超サイヤ人になれと言われ、父が本気で自分を鍛え上げようとしているのがわかった。この父がここまでの危機感を持つほどセルは強いのかと少し焦った。精神と時の部屋に入る直前にピッコロがセルに殺されかけた時に、その場に行くことすら許してもらえなかった悔しさも、修行に一層の弾みをつけた。そして一年の終わりに近づく頃、父は、自分を越えろと言うようになった。いくらなんでもそれはムリだと思っていたのに‥‥。

宙に浮かぶセルが放られた何かを受け止めた。父親の声が聞こえた。
「セル、それが仙豆だ、食え!」
悟飯の見ている前で、セルの気が一番最初の状態に戻った。

ボクを、一人の戦士として見てる‥‥‥‥。
おとうさんと協力して倒すんじゃなくて、ボクだけの力でセルを倒せと‥‥。

大好きな父。そばにいてくれるだけで嬉しい。みんなから頼りにされている。あれほど孤高にこだわる師匠のピッコロでさえ、特別な存在と認めている、父‥‥‥‥。

ボクは、おとうさんの‥‥孫悟空の‥‥息子だ。

その思いはずっと自分を支えてきた。激しい闘いの中でも、たとえ殺されかける瞬間にさえ、そのことを忘れたことなどなかった。そして今、その父から、全幅の信頼と共に、闘いを渡された‥‥。

心が静かになっていく。意図せずに外界のプラーナが流れ込んでくるのを感じた。もともと超サイヤ人になっていたので内気はあっという間に体中を駆けめぐる。身体の中心からわき起こるうねりはもはや行き場を失い、それは少年の解放の咆哮とともに空間にはじけた。
少年の発した波動が崖の上、そして高く宙に浮かぶセルにも届いた。その凄まじさに悟空を除く全員が絶句する。さっきの悟空のフルパワーに匹敵する‥‥いや、それを越えているかもしれない。

最も闘いに向かない性格と、最も強大な戦闘力が共存していた。いったいなんという皮肉か。弟子が新たな力を発揮するたびにそれを深い満足とともに見守ってきたその師は、いまや複雑な表情で少年を見つめていた‥‥。

***===***===***

セルは、孫悟空が闘いを放棄したことに怒りを感じていた。ベジータの戦闘パターンも分析したが、やはり孫悟空こそが闘いの天才だ。最後の最後まで何をしでかすかわからない圧倒的な迫力がある。こんなスリルは他のヤツでは味わえない。確かにこのガキは父親以上のパワーを持っているのかもしれん。だが勝敗は力だけではあるまい? それがわかっていながら、この私の相手を、こんなガキにさせようというのか?

「反省しろ、孫悟空! おまえの息子、すぐに殺してやる!」
こいつを殺せば、孫悟空は怒りに燃えて、もっと激しくぶつかってくるだろう。そう思ったら笑いがこみ上げた。おまえの目の前で息子を殺してやる。そのふざけた笑顔が青ざめるのが楽しみだ‥‥。

セルは大地に降り立ち、少年を睨め付けた。が、少年はまったく臆することなく、セルの目を睨み返してきた。胸元あたりに構えた小さな手。怯えを見せないその様子がセルの神経を逆撫でした。

セルがすっと視線を外す。つられて悟飯の注意がその先にそれた。と、一瞬で踏み込んできた足が少年のこめかみを襲った。迷いも見せずに少年はそれを左腕で受ける。長い脚ならではの強烈に力の込められたそれを、細い腕ががっしと受け止めた。

セルの目が一瞬驚きに見開かれたが、蹴りを戻すと同時に突っ込んだ。重さと速さを兼ね備えた素晴らしい連打。長いリーチだが決して大振りはしない。振り抜いて間合いに飛び込ませるほど親切ではなかった。何度か、少年の髪がちぎれて舞った。
が‥‥信じられないことに、その拳は相手の身体に当たらない。いや、かすり傷さえ負わせることはなかった。少年は必要最小限の身のこなしで怪物の拳を交わし、時にそれを受け止めた。

見えている? 見えているのか、この私のスピードを!? バカな! まぐれに違いない!

悟飯はセルの動きを、その闘気を、ほぼ確実に捉えていた。父との闘いをずっと見て、感じていたおかげだ。なぜ父が最初に闘ってみせたのかわかった。そして、もうひとつ。

思いっきりやっていたのは‥‥おとうさんだけじゃ‥‥なかった‥‥?

***===***===***

ピッコロは悟空の横顔を盗み見る。いつも通りの表情だ。動揺も焦燥も不安も恐怖も‥‥何も、無い。信じているのだ、自分たちの勝利を。そう、こいつは、何時も、そうだ。

何よりも闘うことが好きで、諦めることの大嫌いなこの男が、なぜこんなやり方に出たのか、まるっきりわからない。そのうえ仙豆をセルにくれてやるなぞ、悟飯を追いつめるようなマネをして‥‥!
おまえはむしろ、悟飯を闘わせたくないと思っていたはずだ‥‥。なのに‥‥なぜだ!?

相も変わらず素直な弟子だった。無理難題をふっかけても、情けない顔をしながら、結局、一生懸命こなしていく。だから着実に力は伸びた。ただ、どこかで、こいつはもっと強くなれるはずだというもどかしさもあった。そして、案の定というべきか悟空の教え方も甘いものだった。そしてパオズ山で半年ほど過ごした頃、とうとうピッコロは悟飯の鍛え方について悟空に文句を言った。

悟空は黙ってピッコロの言い分を聞いていたが、そのうちぼそりと言った。
「‥‥ピッコロ、悟飯が闘いを好きじゃねえってこと、おめえはわかってんだろ?」
「そんなことは最初からわかっている。しかし敵に殺されてしまっては、元も子もあるまい? 悟飯が重要な戦力であることには変わりはないだろう。それにあいつだってやる気なんだぞ」

「おめえの言うことはわかる。ただな、オラ、自分とアイツがこんなに違うんかって、思い知らされちまったんだ。アイツは、自分も何かできるんだから、やんなきゃなんねえって、責任感みたいなもんで修行してる。オラみてえに単純に強くなりたくて修行してんじゃねえ。強くなることにこだわりがねえから、逆にものたりねえ感じが出てきちまう。違うか?」

ピッコロはぎろりと悟空を見やったが、黙っていた。
「オラ、おめえにはすっげえ感謝してっぞ。やっぱ自分のコドモが強えってのワクワクするしさ。アイツもおめえと一緒にいられるのが嬉しくて仕方ねえんだ。だからあんなにガンバれる。だけどな、もともとアイツは闘うには気持ちが優しすぎるし、オラがいれば、別に‥‥‥‥」

「本当に甘いヤツだな。オレは貴様のやり方には付き合えん」
「わかってる。おめえの方がたぶん正しいんだろ。ただ、オラは、オラのやり方しかできねえから」
悟空はピッコロを見て、照れくさそうに頭をかいた。しょうがないヤツだと舌打ちしつつ、ピッコロの心には悟空の気持ちがしみこむように伝わっていた。

***===***===***

焦りのせいか気持ち振りの大きくなった右ストレートが伸びてきた。少年は左前腕でセルの右肘のあたりを外に押しやり、相手の懐に飛び込んだ。どれだけ激しいパンチでも垂直に力を加えられたら必ず流れる。目の前に無防備なセルの顎があった。最高のカウンターのタイミング! が、繰り出した右拳には一瞬の躊躇いがあった。怪物は体型に似合わぬ柔軟さを見せて、ぎりぎりのスウェーバックで交わした。
セルがのけぞりざまにこちらの右拳をひっつかんだ。身体がぐっと引き寄せられて、思いきり頭突きを喰らう。セルにとって頭部は守るべきものではない。身体の他の部位と同じ、いくらでも再生できる消耗品だった。

二度、眉間にまともに入った。三度目が来たところでセルの胸元を両足で蹴り上げて離脱した。さすがに視界が白く飛んだ。飛び込んできた相手をほとんどカンだけでよける。セルの蹴りと拳が頭部に集中し、思わず両手でガードした。頭が振れるたびにガンガン響く。相手の動きは見切っている。見切っているが、ひどく動きにくい。動きにくい。動きにくい。身体が‥‥重い‥‥!

あ! と思った時にはよけきれなかった。みぞおちのあたりにひどく熱いものを感じた。

「悟飯っ!」「悟飯さんっ」
戦士達から相前後して叫び声があがった。セルが少年の腹部に気功波もろとも激しい掌打を叩き込んだ。小さな身体はふっとび、二つの岩山を突き抜けて、三つ目の大岩を崩し、めり込んだ。
セルが悟空を仰ぎ見て、嘲笑を込めてがなり立てた。
「孫悟空! さっさと仙豆を食って下りてこい! 息子のカタキを取らんでいいのか!?」

「悟空! 貴様っ!」
ピッコロは一瞬、怒りの持って行き場を見失った。思わず悟空の肩のあたりの道着をむんずと掴んでいた。だが、悟空は肩越しにピッコロを見あげると、いつものおだやかな笑みを浮かべた。
「心配えすんなって、ピッコロ。悟飯の気、ぜんぜん減ってねえだろ」

その言葉に、ピッコロも他の連中も我に返った。悟飯はすでに瓦礫の中から立ち上がっていた。額に少し血が滲んでいるものの、衣服すら裂けていない。少年に纏う気はその主の身体をしっかりと護っていた。はじけ飛んだのはセルにぶつけられたエネルギーを運動量で相殺するためだけだったのだ。少年はそのまま、無邪気なまでにまっすぐに、セルの足元まで歩み寄ってきた。

「こいつは驚いた。ことのほか、タフじゃないか」
つんけんと逆立った金髪を見下ろすと、それが仰向き、エメラルドの瞳が見上げてきた。
「やめようよ、こんなこと。ボクは、もう、闘いたくない‥‥」
「フン、おまえに選択権を与えたつもりはないぞ。父親の元に泣き帰るというなら別だがな」
「あんただって、生きてる‥‥。人に作られたって言ったって、生きてるんでしょう? ボクは闘いたくない。あんたを‥‥殺したくない‥‥。ボクは‥‥‥‥」

ささやくような声が立ち消えた。セルの唇が歪んだ。
「私を殺したくないだと? 言ってる意味がわからんな」
「‥‥このままやったら、ボクはあんたを‥‥‥‥。だから‥‥」
このガキは何に怯えている? 何を隠している?

「ほう、ではやってもらおうか!」声と同時にセルが身を沈め、少年の腹部にストレートを決めた。
「ぐうっ‥‥」
前屈みになった子どもの胸ぐらを掴み、その顔面にもう一発拳を叩き込む。少年はとっさにそれを両手で包むように止めた。小さな両手がバチリと熱を帯び、セルはあわてて後ろに飛びすさった。

「ま‥‥待って、よっ‥‥」
哀訴にも似たその声を殴り消すようにセルは突進した。激しい打撃の嵐に交わしきれなくなった少年が思わず反撃に出る。小さい身体、近い間合いならではの驚くほど接近してからの回し蹴り。少年の右足が、ガードに入った左上腕もろともセルの左顔面に炸裂し、巨体を地に横倒しにした。

塩辛さが広がる。口元をこすると指に赤い染みが付いた。頭部にまだ衝撃の余韻が残っている。
本物だ、このガキ。戦い方は未熟だが、とんでもないパワーを秘めている‥‥! 気持ちが高揚する。こいつは面白い! わざわざ過去に来た甲斐があった。こんなガキがいるとは!

「なにがなんでも、貴様の力、見せてもらうぞ‥‥」
セルは穏やかに通る声で宣告した。

***===***===***

(あんたを‥‥殺したくない‥‥)
ピッコロの心にその小さな声が繰り返しささやく。崖の上で彼だけがその声を聞いていた。

(精神と時の部屋で、いったい何があった‥‥?)
戦い続ける少年と悟空の横顔を見比べながら、ピッコロは思った。



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