今だからわかること 
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「わーい、ちょうちょ、ちょうちょ!」
娘が白いワンピースの裾をひるがえして駆けていく。
「パン! つかまえちゃだめだよ。見るだけにしなさい」
あの人がそういいながら、娘の後ろからゆったりとついていく。
「わかってるよー!」

「パンちゃん、ほんとにかわいいだな。お姫さまみてぇだべ」
息子と孫娘を見やるお義母さんは、いつもにもまして嬉しそう。
父が、パンの4歳の誕生祝いにと贈ってくれた白いワンピース。うっかりピクニックの前に箱を開けたのが失敗だったわ。
「きょうは、これ、きてく! ずっときてく!」
もう、言い出したら聞かない。
「いいんじゃない? 汚れたらそのとき考えれば・・・・・・」
鏡の前で、自分の背中の大きなリボンを見ようとくるくる回っている娘を、あの人はさも愛しそうに見てる。もう、ほんとに甘いんだから。
「そんなこと言ったって大変なのよ」と言いつつ、結局あきらめたの。

「あーゆーカッコしてっと悟飯の小さい時とは違うよなー。パンはやっぱ、女の子ってヤツなんだなー」
お義父さんは、今日ばかりはどうも勝手が違うという様子で、戯れる二人を見ている。
「あったりめぇだべ。まったく悟空さはわかってねぇだ。男の子と女の子を同じに考えるなんて・・・・・・。ベジータさんのほうがまだマシだべ」

以前、あの人がブルマさんの家を訊ねた時、いきなりベジータさんに怒鳴られたことがあったの。
「キサマのガキは女なんだろーがっ カカロットから離しとけっ どーなっても知らんぞっっ」
お義父さんがパンに武道を教えているという話が、悟天君経由でベジータさんの耳に入ったみたいで。

「あれはまいったよ。まあ、ベジータさん、ブラちゃんのことものすごく可愛がってるから、ウチの状況じゃ怒られるのムリないのかな」
彼の話に「あのベジータさんがねぇ」とお義母さんと二人で大笑いしたっけ・・・・・・。

でも、言い訳じゃないけど、お義父さんはムリに武道を教えてるわけじゃないのよね。パンからせがまれるままに少しずつ手ほどきしてくれてるだけ。私も小さいときからやってたし、なによりあの人が「パンがやりたいようにやらせてやればいいよ」というので、おまかせしてるだけなんだけど。

あっちの花、こっちの木と跳ねまわるパンを見ながら、お義父さんがぽつりと言う。
「でもよ、パンを見てると悟飯の小さかった時のこと思い出しちまうんだ。20年以上も前のことなのに、昨日のことみてぇに思い出す。悟天の小さかった時も、生きてられたらよかったと思うしな」
そう。悟天君が生まれたとき、お義父さんは死んでいたのよね。

「そだな。悟飯や悟天の生まれた時んこと、小さかった頃んこと、パンを見てると、色んなことがはっきりと浮かんでくるだ。孫って不思議だなや」
お義母さんも遠くを見るような目をする。

「悟飯や悟天が子どもだった時に、やってやりたかったけどできなかったことを、やってやりてぇなって、パンを見てるとそう思っちまうんだよなー」
「悟空さ、おめえ、まさか、パンちゃんのこともっと強くしようってんじゃあんめぇな!」

「ちがうって! 信用ねぇな。オラだって、パンの相手すっときはちゃんと考えてんだぞ。な、ビーデル?」
「ええ。ホントそうですよ。それにお義父さん、パンを色々なとこに連れて行って下さったり、お世話になってるの、武道だけじゃないんですから。大丈夫ですよ、お義母さん」
私だって、孫悟飯の妻だもの。お義父さんの教え方がどういうものかぐらいわかってるつもり。

半年ぐらい前、パンの上達がとても早いって喜んだお義父さんが、冗談めかして「これなら立派に闘えそうだぞ」と言ったことがあったの。そうしたら・・・・・・。

「父さん!」
ふだんあまり声を荒げることなどないあの人が、とても厳しい声で叫んだ。
あまりの口調の激しさに、そしてその辛そうな顔つきに、パンも私もびっくりしたわ。

「す、すまねぇ・・・・・・冗談だって・・・・・・」
しょげてしまったお義父さんを見て、彼はあっと口に手をやった。
本当に、反射的に怒鳴ってしまっただけだったのね。

「あ・・・・・・いえ、わかってます、父さんがちゃんと気をつけてくれてること。ただ・・・・・・」
彼は照れ笑いをして、とりなすように続けたの。
「まあ、またそんなことが起こったら、今度は僕と悟天とで『精神と時の部屋』に入って、なんとかしますって」
「それじゃ悟天のヤツ、途中で飛び出してきそうだなぁ・・・・・・。いざとなったら、おめえのほうがオラよりよっぽど厳しそうだ」
それはそうかも、と彼も笑い出して、パンはキョトンとして、笑い合うパパとおじいちゃんの顔を見くらべてたけど・・・。

でも、この家の男達にとって、「武道」や「試合」というものと、「闘い」というものが、
同一線上にありながら、まったく違うものなんだってことを思い知ったのは、この時だったわ。


まったく子どもの好奇心には終わりがないわね。お腹すかないのかしら。この調子じゃ、ここから見えるすべての虫と花の名前を答えない限り、あの人、解放してもらえなさそう。まあ、パオズ山にある動植物で、彼の知らないことなど何もないけれど・・・・・・。

「でもよ、パンのやつ、すっげー負けず嫌いなんだ。なんかできないことあるとむちゃくちゃ悔しがってさ、絶対できるようになろうってするんだもんな。だから上達しちまうんだけどさ。ありゃ、誰に似たんだろなー」
お義父さんがいたずらっぽい顔でこっちを見る。

うっ・・・・・・。確かにそこんとこは思いっきり、私に似たのよね・・・・・・。
「え、まあ、それは・・・・・・。そ、それで、お義父さん、悟飯君たちにやってあげたかったのにできなかったことって、なんなんですか?」
私はあわてて話を戻す。

「え? ああ、うまく言えねぇけどな。オラがいるから安心だって思ってほしいって感じかな。悟天が小さかったころはそばにもいてやれなかったし、悟飯には・・・・・・ホントしんどい思いばっかさせちまったから・・・・・・悪くてさ。いや、ま、パンには悟飯がいるから、いいんだけどよ」

へへ・・・・・・と頭に手をやるその顔は、おじいちゃんなんて呼ばせるのが本当に申し訳ない。
この人のそばにいれば何があっても大丈夫と思える、まさにお日様のようなこのお義父さんが、
私の夫には、何かちょっと遠慮するようなところがあって、とても不思議・・・・・・。
悟飯君がどれだけお義父さんのことが大好きで、尊敬してるか、わかってないのかしら。

「あ・・・・・・パン!」
お義父さんが反射的に身体を浮かせて・・・・・・。

ばたっ。
うーん、空は飛べても、転ぶときは転ぶのよねー。そこが子どものなせるワザだわ。

「ほーら、パン、強い、強い。起きられるよね」
転んだパンのそばに膝をついて、あの人がパンに話しかける。こんな時、彼は、けっして抱きとめたり助け起こしたりしない。もちろん周りに危ない物がなくて、パンが本当に大丈夫なことがわかってる時は・・・・・・だけど。

パンがむくりと起きあがった。泣きそうなパンの顔を、まん丸い目をした彼がのぞき込む。
人差し指を伸ばして、鼻先をツンとつっつく。パンの顔にふわっと笑顔が広がる・・・・・・と・・・・・・。
「うわーん! よごれちゃったあああぁーー!!」

「ありゃ・・・・・・」ずっこけそうになった彼がパンを慌てて抱き上げた。
「ほら、ほら、パン。大丈夫だよ。そんなのすぐ落ちるんだから」
無責任なことをいいながら、パンを抱きしめてこっちに歩いてくる。何度か頬ずりするうちにパンが泣きやんで、そんな娘を高く差し上げて一回転、二回転。パンったら笑い声まで立て始めたわ。

「さ、パン。そろそろなんか食べようよ。パパ、お腹すいちゃったよ」
「パン、こっちいらっしゃい」
「はーい」


「すげぇな、悟飯。パンって一度泣きだしたら、てぇへんなんだけどな。オラいつも苦労してんのに」
お義父さんがさも感心したように言う。そう、パンをなだめるのは、この人の得意技。
ちょっと悟飯君、魔法を知ってるなら教えてほしいわね。

「そうですか? あんまり大変って思ったことないけど・・・・・・」
やっとありつけた食事をぱくつきながら、彼はのんきな答えを返す。

「ま、悟飯ちゃんも昔は泣き出したらそーとー大変だったべ。お互い通じ合うもんがあるんだべ」
「い”・・・・・・」お義母さんの一言に、思わず彼の動きが止まる。
「そっかなー。悟飯はオラが抱き上げりゃ、すぐ泣きやんだぞ」
「・・・・・・・・・・もう・・・・父さんも母さんも、いったい、何年前の話してるんです?」

弱り切って皿を置いた彼は本当に少年のようで、会った頃とあまり変わってないみたい。今日は眼鏡をかけていないからよけいそう見えるのかしら。まあ、あの眼鏡も、あんまり若く見られるのもやりにくいからといって、必要もないのにかけてる伊達眼鏡なんだけど・・・・・・。

「あっ・・・・・・」
パンが食べかけのオレンジを落とす。エプロンの上をころがって、白いスカートのすそにオレンジ色のシミが・・・・・・。
「うっ・・・・・・うっ・・・・・・おようふくが・・・・・・!」
まずいわっ。

「ほーら、パン、ぶぅぅーっ!」
あの人とお義父さんが、示し合わせたようにほっぺたをふくらませてパンの顔をのぞき込む。
泣き喚こうとした口をそのままに固まってしまったパンは、次の瞬間・・・・・・
「・・・・・・おんなじー! パパとじいちゃんのかお、おんなじー!」
私とパンは抱き合って、涙を流すほど笑い転げたの。
ホントにこの父子ときたらっ・・・・・・!

そうよ、なんてむちゃくちゃで、なんて強くて、なんて優しい家族なのかしら。
私は今、ここにこうしていられることをとても感謝してるわ。とても・・・・・・。



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