One of the Endings
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空が高い。

秋の陽光が、照らすもの全てを美しく磨き上げていた。

ふたつの悪魔が消滅してから早くも3年が経った。それ以前の10年以上にも及ぶ過酷な時代・・・・・・。それでも全ての人の心を完全に闇に塗り込めるなど、神にさえできることではなかった。
日々の刹那に人々の脳裏に去来する戻らぬ人の姿。足りない物を数え上げればきりがなく、残った物はごくわずか。それでもあまりに長い苦難のトンネルを抜けて射し込んだ光は、多くの人々の心を返って豊かにしたのかもしれなかった。日の出と共に街々には活気が満ち、復興に汗を流し、そして日の入りと共に何者にも妨げられない安らかな眠りにつく。助け合い、分かち合い、微笑み合い、力を合わせ・・・・・・。まだ廃虚は広がってはいても、今、この世界は生きている。人々は、与えられたその生を、精一杯生きていた。

世界をその双腕で生き返らせた青年は、世界をその頭脳で生き返らせた母とともに、自宅の庭で銀色の乗り物の最終チェックをしていた。まだまだ余分のエネルギーなどない状況で、少しずつ、少しずつ、タイムマシンのエネルギーをチャージし、今日やっと出発できる状態になったのだ。

「よーし、これでOKよ、トランクス!」
「これでやっと報告に行けますね!」
三度目の過去への旅。そして最後の時間旅行だ。二人とも、これを最後に、もう二度とタイムマシンを使うまいと心に決めていた。

五十路を越えてなお、会う人の誰をも惹きつけてやまない魔法の輝きを持つ母は、息子の両肩を叩いて、気を付けるのよ、と言った。息子が、はい、と大きく頷き、額にかかる髪が二すじ、何かをからかうように、きらり、と揺れた。
そう、昨夜すっきりと髪を切ってやった。銀に近いほどの淡い色合い。柔らかい毛質。まるでその性格のように。おだやかで優しい青年。彼を見れば百人が百人そう言うだろう。悟飯亡き後、たった一人でよくここまで頑張ってくれたと、ひたすらに誇らしく愛おしい。

その眼差しは夫譲りでも、あまりに周囲を思いやる心はその師にそっくりで、必要以上に自らに重い枷をかけてしまう息子だった。人造人間を倒した後の、半月ほどのふわふわと心許ない時間を経て、息子はやっと少し解放されたようだった。闘いだけが全てではないこと、自分にできないことがあってもいいこと、少しぐらい間違ってもそれはあとで正せばそれでいいのだということ。

生まれて初めて味わう「平和」の中で、少しずつその言動が大胆になり、時に無邪気なわがままを言ったり、熟慮もせずにカンにまかせて動き始めるような所作もでてきて、初めてブルマは、この息子の性格の中に自分に似た部分を見つけた気がして、嬉しかった。

「あんたがこんなに立派になったなんて、みんなびっくりするわよ、きっと」
「そうかなぁ。この3年、修業どころじゃなかったから、父さん、怒りそうで・・・・・・」
「何言ってるの。力だけが強さじゃないでしょ? ベジータだってきっとわかってるわ」

ほんとかな、とトランクスは半信半疑だ。精神と時の部屋での父との修業は、ずいぶん厳しいと思った師匠の修業の比ではなく、このまま殺されるんじゃないかと思ったことも一度や二度ではなかった。修行を重ねるたび、そして、ぼろぼろの状態から蘇るごとに強くはなったのだけれど。
しかし、5ヶ月めに入り、父と会ってから何十回目かに「やっぱりこんなヤツ、大キライだ!」と思った矢先「少しはマトモになってきたな、トランクス」と言われ、あっさり前言を撤回することになる。我ながら単純だとは思いつつも、その後たった1ヶ月であの部屋を出なければならなかったのが、トランクスにとっては残念なくらいだった。

2度目に過去に戻って驚いたのは人造人間が4体もいたことだった。この時代と同じ17号と18号に加え、ひどくデフォルメされた民族人形のような19号と20号。ドクターゲロが殺されていたのは同じだったが、17号と18号の酷薄さとパワーはこの時代のそれを凌駕していた。そのうえ全人工製でパワーだけなら負けず劣らぬ19号と20号が彼らの命令通りに動くという、とんでもない状況になっていたのだ。

最初の一戦で彼らを倒すことは容易ではないと見抜いた悟空は、神と融合したピッコロと共に自分自身を囮にして彼らの目を一般人からできるだけ遠ざけた。そして闘いと離脱を繰り返しては半日という時間を稼ぎ、その間、ベジータとトランクスを精神と時の部屋に放り込んだ。
そうして今度は悟空と悟飯が精神と時の部屋に入り、ベジータとトランクスが人造人間を引きつけた。ベジータは悟空達が出てくる前に自分が4体とも全て倒すと息巻いていたが、敵の連携はあまりに見事で、結局最終的には四人のサイヤ人がそろって、人造人間達を葬り去ったのだった。

過去で過ごした時間は短かったが、皆が自分を仲間として扱ってくれたのがトランクスには嬉しくて仕方がなかった。小さな悟飯は自分を兄のように慕ってくれたし、他の仲間も皆優しく、特にカプセルコーポにしょっちゅう入り浸っているヤムチャは、何くれとなく気をつかってくれたものだった。
人造人間を倒した後、悟空は、未来の人造人間を確実に倒せるようにと言って、「精神と時の部屋」でのトランクスの修業にもう4時間(つまり二ヶ月)つきあってくれた。そのうえ彼はナメック星からちゃっかりと小さな神まで連れてきて、人造人間によって破壊された地上をドラゴンボールを使って元に戻してしまったのだ。なぜ母がここまで孫悟空という人間にこだわったのか、トランクスは改めてわかった気がした。

父は相変わらずそっけない態度ではあったが、その態度に「何か」が含まれていることがトランクスにもわかってきた。「優しさ」と言ってよかったのかもしれないが、同時にそれは父自身は決して認めないであろう感情だった。若い母や自分への言動の中にそれが滲んだ時は、決まって父は「フン」と背中を向けてしまう。自分の感情を持てあましているようなその様子が妙に微笑ましく映った。

だからこそ、自分がこの時代を守りきったことを伝えたかった。こっちに戻ってくる時に誰もが言ったのだ。絶対に人造人間を倒して幸せになれと。そしてできることならそれを知らせてくれと。報告に行かなければ、あの人達は心のどこかで自分のことを心配し続けるのかもしれない。それよりなにより、今、自分が幸せであることを、心からの感謝とともに伝えたかった。

「じゃ、トランクス、みんなによろしくね!」
「はい。母さんから何か伝言とかありますか?」
「とにかく、ありがとうって。こっちも頑張るからって伝えて」

「はい! じゃ、行って来ます!」
トランクスはとっと浮きあがり、三年ぶりにタイムマシンの操縦席に乗り込もうとした。

その時だった。
胸に、ちりり、と警戒の痛みが走った。

「どうしたの、トランクス?」
「母さん、何か、いる」
「え? 何が?」
「わからない・・・・・・。わからないけど、なんかヘンだ。ちょっと様子を見てきます」

トランクスは飛び上がり、広大な庭を横切る。隅の半壊したままの煉瓦作りの小屋。その影に・・・・・・。

相手も空のトランクスに気付いた。
ためらわずに飛び上がってきて、青年の正面に制止した。

「お、おまえは・・・・・・!?」

トランクスは目を見開いた。できそこないのギミックのような、広い肩と細い腰。甲虫を思わせるつやのある身体を緑色と黒い斑点が覆う。そしてやや小さい羽と、背中の中央から延びている長い尻尾。どう考えてもこの地球の生き物ではない。

「言う必要もあるまい。お前はここで死ぬんだからな、トランクス」
「なぜオレの名を知っている!?」
怪物は口元をゆがめただけで答えず、そのまま両腕をすっと上げた。ぐっと両の拳を握りしめる。

「そ、そんな・・・・・・!?」
怪物から発せられるその気にトランクスは驚愕した。過去で会った孫悟空、父ベジータ、それにピッコロやフリーザ父子の気がバラバラに感じられる。しかし目の前にいるのはただ一体の怪物だ。
虚をつかれた青年に怪物はいきなり飛び込んできた。延びてきた相手の右拳をかろうじて両手で受け止め、相手の力を利用してバネのように後ろに飛びすさる。相手が追ってくることを確かめた上で、都から離れた。頭の中は混乱していたが、とにかく復興が進んだこの地域を荒らしたくなかった。

(ここなら大丈夫だろう・・・・・・)
事情はよくわからないが、闘うしかない。むざむざと殺されるつもりはなかった。

広がる荒野のただ中で、秋の陽光に銀髪をきらめかせて向き直ったトランクスは、怪物を正面から見据えた。怪物の半開きの唇から青い舌先がちろちろとのぞく。縦に細い虹彩がこちらの身体を舐め回すように動くのにうなじの毛が逆立った。のど元にせり上がる嫌悪感を押さえて練功に入る。

ゆっくりと息を吐き切る。余分な力を抜く。息を吸う。空気の流れを感じるように。身体から四肢に流動感を感じる。また吐く・・・・・・。体内の流れがどんどん速くなる。それが重量感を増して連動した弾力を持ち始めた。青年の四肢と頭部から爆発的にその内気が弾けた時、銀髪は淡い黄金を帯び、瞳は翡翠の深みを持って怪物を睨め付けた。

「ほう、これは驚いた。17号と18号を倒したのはお前だったんだな、トランクス」
「17号と18号を知っているのか!?」
「あの二人はわたしのパーツになるはずだった。あの二人を探しながら騒ぎにならんように、わざわざ少人数ずつ殺しては、生体エネルギーをいただいてきたというのにな」
「なんだとっ!?」

「わたしは人間の生体エキスを吸収してパワーアップできるのだ。だがお前のおかげで、また一からやり直しだ。せめて、わたしの力を試す実験台ぐらいにはなってもらおうか?」
不気味な外見にそぐわない知的な声だった。それが嘲笑の響きを含んで、自分に向けられている。
最近、行方不明者のニュースが多いと気にはなっていたが、まさかこんな怪物のせいとは思っていなかった。何がなんでも倒さなければ・・・・・・! またあの地獄の繰り返しはごめんだ。

「おまえは何者なんだ? 仲間はいるのか?」トランクスの声が静かになった。
「わたしは究極の生命体だ。仲間などいるわけがない」ひどく尊大な調子だった。
「オレはおまえを倒す」自分に言い聞かせるように、低く、青年が言った。
「ほざけ」怪物が、明らかに、笑った。

怪物の目がカッと見開かれた。トランクスは息を呑んだ。そのパワーは想像を越えていた。
三本指の掌からいきなりエネルギー波が放たれた。間一髪空によける。右側頭部めがけて拳が来た。背中側に倒れてかわし、回転にまかせて相手の胸元を蹴り上げた。怪物は前屈みにブロックしたが、青年はすでに相手の背中に回り、組んだ両手を思い切り打ちつけ地面に叩き付ける。青年の双掌が輝きを増し、連続した気功波を敵に浴びせた。

一瞬の間隙を縫って、逆に地面から何本もの凝縮した光の筋が空中に放たれた。青年は驚異的な反射神経でよけていくが、怪物の方も相手がその空間から逃げられないように、6本の指先から放たれるレーザー光をコントロールしていく。青年の衣服が何条も裂け、赤くにじんだ。
地上から信じられないスピードで怪物が突っ込んできた。激しい打ち合いになる。妙に長い手足、それに比して小さなボディ。何より複数人数の気がバラバラと流れ込んでくるので、動きの先が読み切れない。トランクスは確実に圧されていった。

右の脇腹に突き刺すような激しい痛みが走ったと思ったら、急に全身の力が抜けた。がむしゃらに脇腹に刺さったもの掴む。怪物の尻尾の先だった。渾身の力を込めてそれを引き抜き、攻撃圏から離脱する。が、そのとき既にトランクスの金の鎧は解けていた。

(オレは・・・・・・この世界を・・・・・・!)
守るんだと、誓った。抱き上げた師の最期の感触が蘇った。自分の腕の中で、深く一呼吸、胸の中の全てを吐きだして・・・・・・、そして永久に動きを止めた。
誓ったんだ、あの人に。それをこんなところで・・・・・・!

もう、ディフェンスに配分できる力が、無い。怪物の方はトランクスのエネルギーを吸い取った分、パワーを上げていた。トランクスは左手に全身の気を集中した。そのまま、翔んだ。

紙一重で交わした拳が頬を抉り、血しぶきが目に飛び込んで視界が赤く染まった。掴まれた右腕が妙な角度に捻れるのもかまわず、怪物の懐に飛び込む。その腹にきれいに指を伸ばした左掌を当てて気功波を叩き込んだ。相手の身体が破壊される感触が伝わってきた。だがトランクスの方も反動で後ろに流れる。空にとどまっているのが精一杯だった。

「バカ・・・・・・な・・・・・・!」

脇腹を粉砕された怪物が、いったん腹部を抱え込んだ姿勢をとったが、身を起こして気を巡らすと、その傷があっという間に再生されていった。
「残念だったな! わたしには再生能力があるんでね!」

迫ってきた怪物に対して抵抗する力は、もはやトランクスには残っていなかった。サンドバックの様にただ殴られる。怪物が、乱れきった銀髪もろともに、青年の頭を前からわしづかみにし、そのまま地表に叩き付けた。
肩から地面にめり込み、仰向いたまま身を起こすことすら叶わない。怪物が上空からさらに蹴り込む。青年の右肩から右胸にかけてを思い切り踏みしだき、跳びすさった。

「がっ・・・・・・!」
トランクスが鮮血を吐いた。右の鎖骨から第5肋骨までが砕けて陥没している。
左肘を支えに、全身の力を振り絞って頭を起こした。右半身はもはや、ずるりと引きずられるしか能がない。だのに不思議と痛みは感じなかった。空中から自分を見下ろす怪物を見やる。

もう一度喉にせり上がった血を吐き出し、なんとか呼吸を整えようとした。
しかし、息が吸えない。銀髪を弱々しく振りたてて、ひたすらに空気を求める。まるで細い管で呼吸しているかのようだ。折れた肋骨が胸部と肺を突き破り、胸腔内に空気が入ったことで、右肺の三葉のうち二葉がすでに外圧に縮んでいた。

頭がひどく重くなってきた。怪物の姿がゆらゆらとぼやけはじめる。遠くから声が聞こえた。
「これで、ジ・エンドだ、トランクス」

向かってくる白い光が、焦点を失ったブルーの瞳に映った。
唇が、かすかに、動いた。

「かあ・・・・・・さん・・・・・・」



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background by Vague Sound